帰れない

あおい はる

 駅のホームの、くすんだアスファルトに、こべりついた、明らかに、もとは固形、または半固形だった、なにかの、それは、よく、アニメで観るような、坂道を転がってくるおおきな岩や、お城などの罠の落ちてくる天井に、ぺしゃんこにつぶされて、ぺらぺらになったにんげん、を想わせる、よごれているけれど白いなにかが、途端にきもちわるい、と感じた夜。自動販売機って、さいきん、静かになったよねぇというのは、ノア。買ったはいいものの、びみょうにぬるい紅茶を飲みながら、つぎつぎと滑りこんできては、流れてゆく電車を、わたしたちはただぼんやりと眺めている。
 かえるばしょを、なくしてしまったのが、ノアで、かえるいえを、みうしなってしまったのが、わたしだった。
 ときどき、深夜のファミリーレストランのあかりが、こわい。夜の闇にまぎれるはずのものを、丸裸にされたような気分で、あの、煌々とまぶしい看板の光に、めまいがする。うしろめたさ。仄暗さ。だれしもがきっと、胸の裏側に、ひたかくしているもの。ノアが、深夜のファミリーレストランで、ステーキを食べているときの、視線。じゅうじゅうと音を立てる肉に、むちゅうのノアをみつめている、わたしの存在証明の、薄弱さ。心許ない。宙ぶらりんの、それ。あの、いねむりしていて、落下する夢をみたときの、足が、透明な床を踏み外した感覚に、いつも、ひやりとする。夢だとわかっていても。そういうのに似ている。二十五時に、牛肉をかっくらう、ノア。ねむいような、ねむたくないような、ふわふわとした、わたしのあたまのなかを、さらにかきまぜて、ごちゃごちゃにしてゆく。ノア。お冷のおかわりばっかりすすめてくる、店員の、安っぽそうな生地の蝶ネクタイが、曲がってる。

帰れない

帰れない

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
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