雪かき同盟
ホリデーが終わり春の足音が聴こえてくるまでのこの空白の期間は、子どもたちにとって(おとなにとっても同じかもしれないが)ただ雪がしんしんと降るだけのつまらない期間だった。とくに、ぼくとライはそう。ぼくたちは親の方針により、ホームワークそっちのけで雪かきをしなければならなかった。ぼくの家はお母さんとおばあちゃんとぼくの三人暮らしで男手がぼく以外になく、ライの家は父親が単身赴任で外国に出払っちゃっててやっぱり男手がなかった。そんなわけでぼくたちは、学校に行く前と学校から帰った後にちょこちょこと雪を片付けるのだった。この街で雪かきをする子どもは珍しくはなかったけれど、まあどう見たところで勝ち組というわけでもなかった。だからぼくとライは同じ境遇を生きる同年代の友だちとして、家が隣同士というよしみも手伝って、ここ数年でかなり結託をしていたのだった。
下校時間になり教室を出ると、下駄箱のところでライに遭遇する。ぼくたちは大体は下駄箱で遭遇した。下駄箱でなければ、廊下で遭遇する。そして、まず話題になるのは今日の雪の具合だ。「今日は異常だね」とか「意外と楽できそうな気がする」とか、「もしかしたら、今頃家が埋まっちゃってるかも」なんて日もある。とにかくこの街は、雪がしんしんと降り続けるのだ。手はかじかむし、耳たぶは真っ赤になるし、つまらない街なのだ、ほんとうに。
「今日は、なんていうか普通だね」
ぼくは靴紐を結びながらライに言う。この本日の雪具合の評価は、午後の数学の授業のあいま、窓の外を何度も掠め見て下される。すでに靴を履き終えていたライはつま先をとんとんと床へ打ちつけると、「わかる」と答えた。「スタンダードだ」
今日はそんな「よくある日」だったわけだが、それは楽という意味では決してない。雪道で転ばないように帰り道を辿ったぼくたちは、家に着くなり鞄とスコップを玄関で交換して、再び外に戻る。そして、会話もなくお互い持ち場(自分ちの庭先)につき、雪を寄せ始めた。繰り返すが、一度にすごくどっさり降ったわけではない。しかし、こまめにやらないと色んなものが埋まってしまう。ぼくたちはそれを知っていたし、それにぼくたちはひとりじゃなかったから、真面目に毎日雪を掻き続ける。
「よくある日」の今日であるが、一部、いつもと異なる点があった。それはとても些細な点ではあった。ぼくは最初のうち、ひとりだけで雪かきをしていたのである。つまり、スコップを持って再び玄関を後にするまで、ライのほうが少々時間が掛かり過ぎていたのだ。よーいどんで作業を開始する取り決めにはなっていないから、ぼくは黙々と作業を始めていた。次第にライも玄関から出てきていつも通り作業を始めたので、ぼくの中でその特異点はだんだんと薄れていき、ついには記憶の彼方まで追いやられていた。しかし作業の後半、お互いの庭の境目の雪を掻いているときに発せられたライの言葉で、その記憶は容易に呼び戻されることになった。
「さっきスコップ取りに行った時さ、父さんがいて」
ぼくは雪に勢いよく刺したスコップから手を離し、荒い息を吐き出した。「おじさん? 仕事から帰ってきたの?」
「そうなんだよ」ライもスコップを雪に刺して、自由になった腕を互いの庭の間に横たわる柵に乗せた。「ぼく、びっくりしちゃって。でもまた明日発つんだって」
そしてライは寂しそうな白い溜息をついた。ぼくの心にも、やわらかくも深いかなしみが潜り込んできた。
「ずっと、居てくれればいいのにね」
ぼくは、その潜り込んできたかなしみを、そのように翻訳した。ライは赤くなった頬と鼻を雑に擦り、「ごめん、マットよりぼくのほうが全然マシなのにさ。マシって言い方もどうかと思うけど。つまり、会えるだけ恵まれているのにって意味で」と、申し訳なさそうに言った。「いいんだ、全然。寧ろ、ぼくはよくわかんないんだよ。最初から居なかったから、失ったことがないんだ」ぼくもどうしようもなくなって、頬と鼻を擦った。手袋は雪で濡れていて冷たかった。
ライは今度は鼻をすすり、ほうぼうへ少し目配せをした。そして、こう言った。
「雪かき終わったら、スイッチやる? きみんち行ってもいい? レモネードも持ってく」
「いいよ。うちになんかお菓子あったかな。あと一応ホームワークも持ってくれば」
「そうだね。そうする。宿題なんてクソだけど」
「どうだっていいよな。雪かきに比べれば」
な。な。と、ぼくたちは言い合い、忘れてしまいたいことも雪と一緒に適当に片付けてしまった。
雪かき同盟