灰蝶
Twitterの愛・悪・君で文を作ると性癖がばれるというハッシュタグから生まれた、謎の話。
暇つぶしにどぞ。数時間で考えたので、短くて荒いのはご愛嬌 笑
1、駒
黒よりも深い。そんな靄のようなものに包まれている。体というよりも、心が喰われている気がした。私の肩ぐらいまである塹壕の土壁に背を預けて、銃を抱えて蹲っている。先ほどまでの喧騒が嘘みたいに静まり返っていた。硝煙の匂いと死臭。時折、びちゃびちゃと水たまりを踏むような音が聞こえては止むを繰り返している。同じ穴の中で息絶えている、かつて仲間だった肉塊を、私はただ、ぼんやりと眺めていた。もう、それらに関心を寄せなくなるぐらいには、私の頭はいかれていた。
軍服の胸の名札を切り取って、祖国に持ち帰り家族のもとに届けてやろうなんていう気力は、当の昔に失っていた。
次の突撃までに、少しでも体力を温存しておかなければならない。かといって、目をつむると先ほどまでの喧騒が、すぐ目の前に這い寄ってくる。銃声、銃声、銃声。そして、断末魔。今日までに、同じ服を着た人間が山程殺された。今ここで呼吸を繰り返す私は、山程殺した人間だ。死にたくなければ、眠らない事だ。死にたくなければ、殺されない事だ。殺されないということは、、、ここでは、殺してきたということだ。
正しいこととは何だろう。正義とはなんだ。幼い頃から刷り込まれてきた、世界平和と道徳は、一体どこに消え去った。人を殺すことは罪であると、今まで教わってきたはずだ。ささやかな命を粗末にしてはいけないのだと、我々は教えられていたはずだ。それが、なぜ。こんな地獄絵図を作り出しているのか。
正義は本当に正しいのか。国の数だけ、人の数だけ、正義があるというのなら、本当に正しいことなどあるようで無いのとおなじだろう。自分の信念が、そのまま正義を為すのなら。
国の正義の信ずるところは一体どこにあるのだろうか。国という大きな渦に巻き込まれ、大儀と正義に背を押され、血を流し、地を駆ける。私たちはさながら、心のない駒だ。
惨状を見ろ。大きな正義という泥沼に、私たちは腰までずっぷり浸かっているのだ。
正義か、悪か。善人か、悪人か。俺は、どちら側だろうか。
『……雪?』
ふいに、白いものが視界を過る。雪ではない。とっさに掌を差し出すが、私の指をすり抜けてゆるゆると灰のように落ちて行く。おびただしい数の命を吸った地面に、ふわりととまったその灰は、小さな白い蝶であった。
灰。そう、灰だ。まるで、灰のように白い肌。透き通るような瞳に見つめられ、森を駆けたあの平和な日々。暖かで明るい、春の野の小さな蝶のような君。君に似合うと思って贈った、蝶が掘られた櫛。君は今頃どうしているだろうか。
2、口無し
『おっと、兵隊さん!』
私が、村の出口に差し掛かった時である。村を抜ける門の近くで商いをしていた商人が、大きな声で私を呼び止めた。
『あんたぁ、この先なにがあるのか知ってんのけぇ。』
私が黙って頷くと、商人は『やめときなぁ』というように、首を横に振る。
『あんたぁ、ここさ来たばかりだで知らんねぇだろうが、こん道の奥にある小屋さ、ばけもんさでるつっで、だぁれも寄り付かん。悪いことはいわね、行かんほうがえ!』
商人は必死に私を引き留めている。話をよくよく聞いていれば、その小屋で何人もの村人が女の化け物を見たらしい。
『あそこにゃあな、若い娘と年老いた母親が住んどった。』
商人は昔を懐かしむように話始めた。
その娘は美しく明るい女だったそうな。彼女には、村に住んでいた駒汰という恋人がいて、とても仲が良かったらしい。
『戦争でぇ、その駒汰が兵隊にとられちまってなぁ。あとはぁ、母親も病気で亡くなってぇ、すぐに駒汰も戦死の知らせぇ届いで、村にも顔さ見せなくなっちまったぁ。すこししでぇ、焼身自殺したってぇはなしだぁ。親も亡くなってぇ、戦争で恋人もなくしてぇ、世ん中恨みたぐなる気持ちはよぉぐわからぁ。』
商人は、腕を組み頷きながら話終えた。
『とにかぐ、悪いこたぁいわね。やめと、、き、、、。』
商人が私の腕を掴もうとして差し出したその手は、空を切った。私は深くかぶった軍帽の唾をを少し持ち上げて上げて、商人を見る。商人は、細い目を大きく見開いた。
『……駒汰…。』
死人に口なし。
私は、商人に向かって少しほほ笑むと、小屋へと歩みを進めた。
3、灰
焼けてボロボロになった、懐かしい彼女の家の中に入る。商人が話していたほどのおどろおどろしさもない。化け物の影も見当たらない。不思議と動物が入った痕跡もなく、小屋の中は黒く焦げている以外きれいなものだった。一層黒く焦げ付いた部屋に入ると、そこには白くて小さな骨が散らばっていた。ああ、君は。ずっとここにいたんだね。地面に膝をつき、小さな骨を拾い上げる。
『…。』
膝にこつんと何かがぶつかった。
少し焦げ付いているが、それは確かに私が贈った櫛だった。
国のためにと沢山の人を殺したが、私は一番大事なものを守ることができなかったのだ。国は勝利した。沢山の命を犠牲にして。私の命も燃やし尽くして。国の正義は保たれた。だが、どうだ。私は。俺は。俺の正義は。俺の正しさは。どこで、燃えて無くなった。命は、誰の隣で燃え尽きた。大事なものはどこに消えた。一番大事な君の愛を。一番大事な君の命を。守ることができなかった。
肉体は既にない。魂がただ、君を求めてこの世をさまよっているに過ぎない。肉体はない。ないはずなのに。涙があふれて止まらない。
『…。』
もう感じられない君のぬくもりを感じようとして、櫛に額を擦り付ける。国の大義に流されて、大儀のために人を殺して、一番大事なあなたを守ることができなかった。
それでも、君に愛されたいと思う俺は、悪人かもしれない
涙がびちゃびちゃと地に落ちて、君の骨を濡らす。
すっと、頬を何かに触れられた気がした。
顔を上げれば懐かしい、あの頃と変わらない君の笑顔。
思わず、抱きすくめれば朗らかに笑う君。背に腕を回されて、感じないはずの体温を感じる。暖かい。ただ、暖かい。ただいま。
その日の夕暮れ時、小屋は再び燃え上がった。
まるで、すべてを残さず連れて行くように…。
燃え上がった小屋の中から、二羽の白い小さな蝶が月に向かって飛んだのを村の子供が見たそうな。
灰蝶
主人公、最初の時点で死んでますね。
なんか、わぁーってかいて、ようわからん話になってしまいましたが。死んでも二人一緒に、お空へ帰っていければいいのになぁっとおもって、こんな終わりになりました。