覚えていますか

maoria

  1. 一章 嘘がまことへ
  2. 二章 言霊

主な登場人物
賀上家
母と父 
・賀上勇 ・・・進路に悩む高校3年生の男の子。自分が誰だかわからないという玉野琴絵と図書室で出会う。

玉野家
母と父
・玉野琴絵 ・・・引っ込み思案で内弁慶な高校2年生の女の子。
         本当の自分が思い出せなくなってしまったという嘘をついてしまったことでそのようになってしまった。

・玉野みき(3つ下の妹)・・・漫画やアニメが大好きな女の子。姉と違って活発的な性格である。

・相模翔太 ・・・勇と同じクラスでちょっと個性的な男の子。

一章 嘘がまことへ

ふかふかのベッドの上で気持ちよく眠っていると、「勇、起きなさい」と声が聞こえる。
肩を揺さぶられ、ゆっくりと起き上がった。
「うるさいなぁ、もう少し寝かせろよ」
そしてもう一度布団に戻る。
「こら、起きろ」
布団を無理やり掴んではがされた。
「今日から3年生でしょ?いい加減、自分で起きなさいよ」
それからカーテンを開けてまぶしい太陽の光が差し込んできた。
「朝苦手なんだよ、母さん」
仕方なく起き上がると、パジャマを脱ぎ始めて着替えを始めた。
「お父さんはもう会社行ったからね」
「良かった。父さんいるとなんか気まずいんだよね」
「私はあんたの気持ちもお父さんの気持ちもよくわかるよ。将来がどうしたいかなんて、わからないわよね。ほら、ネクタイ曲がってる」
ネクタイを直してもらって制服に着替えると、リビングに向かった。
テーブルの上にはトーストとベーコンエッグ、それからコーヒー牛乳が乗っている。
椅子に座って「いただきます」と言った。
「大学行きたいなら勉強頑張ってね。就職ならお父さんに頼むけど」
別に何か勉強したいこともない。
だからと言って、お父さんのように公認会計士になりたいわけでもない。
賀上勇(かがみゆう)は普通より下の成績、勉強が苦手なのだ。
「お母さんは頭も良くないし、勉強教えてあげられないからなぁ」
ちなみに母親は主婦、でも一か月に3回くらいは居酒屋でお手伝いしにいく。
その居酒屋とは父と母が出会った場所だった。
父が独身の時に会社の帰りに飲みにいき、厨房で働いていた母の料理がうまく、そこに惚れ込んだのだ。
母も父も同じ駅に住んでいたのも偶然なのか、遅くまで飲んでは一緒に帰ったりもしたという。
今はその居酒屋、別の人が働いていて忙しい時は母が行くのもたまにくらいだ。
「ごちそうさま」
この両親の過去話は良く効かされた。そして、いつも言われることがある。
「あんたもいつかいい子見つけてきなさいよ。すぐじゃなくていいから」
すぐに聞こえるんですけど・・・。毎回言われると、早くしろと言われている気分だ。
「じゃあ、歯磨きしたら学校行くから」
「もう冷たいなぁ」
勇はお皿をキッチンの方に片付けて、洗面所へと向かった。


勇の高校は関内駅にある。
彼の家は戸塚で駅までは歩いても15分、電車に乗ると地下鉄ですぐに着く。
関内駅に着くと友達が改札口で待っていた。改札近くの柱にもたれてスマホを眺めている。
「勇、おはよ」
友達の相模翔太(さがみしょうた)が勇に気づいて挨拶する。
「おう、翔太。早いな、また野球の試合見てるのか?」
改札口を通ったら南口の方に歩いていく。翔太は動画を見ていたようだった。
「もちろんさ、大学も野球が強い学校行きたいし。勉強は苦手だけど、これだけは誰にも負けないからな。勇はどうすんだよ」
「特に決まってねぇ」
「のんびりしてっと候補なくなるぞ」
そうは言われても得意なものもないから目指す目標がわからない。
友達の翔太は三年間同じクラスで席も近かった。昼食中、一人で食べていることが多い勇に声をかけたところがきっかけだった。
勇と違って明るく、ちょっと空気が読めない冗談が好きだけど、悪いやつでないことは確かだ。
親もスポーツが得意なので、その影響で小学校の頃からずっと野球をやっているという。
それに女子にも性格で人気なのだ。
野球で打ち方がかっこよく決まると、ナルシストみたいに「俺かっこいいだろ?」と見せつけてくる。
まぁ、そこがいい意味で面白いからだ。
「彼女も作って大学生活送って・・・ついには結婚」
「今から彼女作れば?モテモテじゃん」
「今度、試合だから忙しくて彼女作る暇ないんだよ」
南口から出るとスタジアムの方に歩いていく。
そして、スタジアムを過ぎていくと白っぽい建物の学校が見えてきた。
扶郎花(ふろうか)高校、校長先生が扶郎花つまりガーベラの花が大好きでたくさん植えてあるところからそういう名前になった。このガーベラは花言葉で希望という意味がある。
何事にも希望を持ってほしいという気持ちも込められている。
今日から久しぶりの授業が始まる。
勇はため息をつくと隣にいる翔太も同じようにため息をついた。
二人のため息が同時に出ると、思わずクスっと笑ってしまった。
唯一の二人の共通点は勉強ができないというところだった。


1時間目から昼休みまで眠くなるような授業、勇はとりあえずノートに取りながらあくびをしていた。
昼食に入る時間の前、担任の先生が教室に来た。
「昼休みと放課後にみんなと進路の話をしたい。食べ終わったら出席番号1番から17番までの人は4階の空き教室に来るように。残りの数は放課後、用事があるやつは次の日だ」
先生はそう言い残して、教室から出ていくと皆が面倒くさいという顔をした。
机を向かい合わせにくっ付けて勇と翔太は昼食を食べることにした。
「お前の母ちゃん、ほんと料理うまいよな。俺も弁当くらいできたらなぁ」
「自分で作れる方もすごいよ」
「いやいや、サンドイッチとおにぎりしか作れないし・・・」
翔太は自分でサンドイッチを作ってくる。野球で朝練習もあるので起きるのも慣れているのだ。
母親が中学1年の時に離婚していて、父親と翔太、二つ下の弟、父方の祖母の4人暮らしである。
離婚した理由はよくわからないが、母親の浮気が原因だったらしい。
「作ってもらえば?」
「うちのばあちゃん、家のことで忙しいから朝ごはんは俺が担当なんだよ」
「夜ごはんの残りとかを入れたらいいんじゃない?」
「弟も俺もよく食べるから、残りがないんです。それより進路の話、何か聞かれる前に適当な学校決めとけ。あとで変えたらいいんだからさ」
「そうは言ってもなぁ」
名前順で勇は賀上なので5番目、早く終わる方がいいけれど後半の順番がうらやましい。
ちなみに翔太は15番目だ。
弁当を食べ終え、片付けていると教室のドアが開いた。
「賀上くん、次来てほしいって」
4番目の女の子が勇を呼んだ。
勇は「わかった」と手だけ振って合図して立ち上がる。
「頑張れよ」
何を頑張ったらいいんだ。教室から出ると4階の空き教室に向かった。


昼休みの進路の話と午後の授業が終わって放課後になった。
先生には適当に「自分にあった大学見学しに行きます」と、答えておいたらなんとかなった。
また数か月たったら進路決めと三者面談がある。
さすがに2回も同じ手は使えない。
翔太の方は野球のことを話したら先生から良い学校をオススメされて、そこにするとすぐ決めたそうだ。
成績よりもスポーツメインの学校らしい。
部活に行くからと彼とは別れて、勇は図書室に寄ることにした。
教室を出て1階まで階段を降りていく。
親には調べ物があるから遅くなると連絡をしておいた。
調べ物というより本当は帰りたくなかったのだ。三者面談の話もしなきゃいけない。
「マジでどうしよ」
独り言をつぶやいて、1階に着くと右側にある外廊下を通って図書室に着く。
ここの図書室は3階まであって、1階が就職や大学関係、辞典などが置いてある。
2階は本や新聞に外国文学本、3階はまだ整理されていない本の物置。
勇は2階の階段を上って、本を眺めていた。
(なんかヒントくらい見つかればなぁ)
そう思っていると、机が何個か並んでいるところにうつぶせになっている女の子を見つけた。
見たところ眠っているようだ。
本を広げてその上に顔を乗せている。ブレザーに2年生のバッジがついている。
「俺も寝れるくらいの余裕欲しいよ」
眠っている彼女がちょっとうらやましかった。
前の席に座る。物音立てても起きもしない、ぐっすり眠っているようだ。
カバンについた柄がない藤色のパスケースには名前が書いてあった。
玉野琴絵(たまのことえ)、珍しい苗字だな」
キーンコーンカーンコーン、学校のチャイムが鳴った。
そろそろ図書委員の見回りが来る時間だ。
さすがに起こしてあげないとこの子が注意されてしまう。
本に頭乗せて寝ているなんて、自分の家ならともかく学校の本だしなぁ。
「おーい、起きろ」
小声で肩をゆすってみる。
びくともしない。
「起きろってば」
今度は強く揺さぶってみた。すると、「うーん」と唸って顔をあげた。
「だあれ?」
目をこすって前を向く。
「図書委員が来る前にその本しまえよ」
「・・・」
玉野琴絵は本を閉じて、立ち上がるとしまいに行った。
棚に戻している間も心臓の音がリアルに聞こえる。
(あの人だ。あの人だ、間違いない。どうしよう)
再び戻ってきてお礼を言う。
「ありがとうございました」
「何読んでいたんだ?」
質問されて琴絵は答えに行き詰った。
(話すの?会話続けるの?)
「小説です。ところで・・・一体、私はどこの誰なんでしょう」
勇は「え?」という顔をした。
女の子は口を両手で覆った。
(しまった。言ってはいけないこといっちゃった。)
余程の天然な女の子なのか。物語の見過ぎでちょっと変わった子なのか。
「・・・。君、名前はわかるだろ?」
「全然わかりません」
泣きそうになるが誰か来たらまずいので、こんなところで泣くわけにもいかない。
「保険証、持ってる?」
女の子はカバンを開けて猫の耳が付いた黒い財布を取り出した。
「玉野琴絵?私はそういうのですね。なるほど。住所のところ、ねぎし?って読むんですか?」
保険証を勇に渡すと、後ろに書いてある住所を読んでみた。
この子はどうやら根岸駅に住んでいるようだ。
「一人で帰れる?」
「うーん、わかりません。お願いがあるんですけど、送ってもらえますか?」
その言葉になんて回答していいのかわからなかった。
だって、女の子と一緒に帰ったことなんてないのだから。


学校から校門に向かって歩いている間、2人は少し離れて歩いていた。
こんなところを誰かに見られたら恥ずかしい。
一番見られたくないのは翔太だ。
彼は調子に乗ってからかってくるに違いない。
でも、良かった。
野球部は着替えに行っていたみたいで校庭にはサッカー部と陸上部しかいなかった。
校門から出ると2人は一緒に並んで歩き、駅に向かう。
玉野琴絵、髪は肩まで伸びたナチュラルボブ。太陽に照らされると少し赤茶っぽい色をしている。
あんな変なことを言い出す割に嘘をついているようにも見えない。
「家族のこととか覚えてないの?」
スタジアム近くまで来て勇が聞いた。
「妹がいます。確か中学生だったかな。4人家族でそれから・・・うーん」
頭を抱えて髪の毛をぐしゃぐしゃにしている。
「無理すんな」
途中に自販機があり、止まって何かを買うために財布を出した。
「これでも飲めよ」
「あ、ありがとうございます」
渡されたのは小さいペットボトルのほうじ茶、勇は缶コーヒー牛乳を飲んでいる。
しばらく歩いて、そして関内駅のJRに着くと根岸駅に向かう電車に乗った。
根岸駅は7分ですぐに着いてバス停のところまで来ると再び、彼女の住所を見せてもらう。
どうやら、根岸森林公園に行くまでのどこかに家があるみたいだ。
地図の前で立ち止まって場所を確認することにした。
「この公園、知ってます。小さい時によく遊びました」
「住所だと・・・こっちから行くのか」
改札口から北側の交差点を渡って“東町”というバス停まで行くと、細道がある方に左折する。
そこからずっと歩いて行くと長い階段があり、上まで登っていく。
勇はそんなに疲れてないがこんなに歩いたのは久しぶりだった。
琴絵は全然疲れている様子もない。
それはそうだ。この子は学校まで行くのに毎日ここを歩いている。
体力はついていてもおかしくはない。
階段を登りきると、スマホが振動して、ポケットから取り出すとメッセージが入っていた。

“今日、急にいつもの居酒屋に呼ばれたので行ってきます。
晩御飯は好きなの買って帰ってね。
お父さん、今日は遅いからカプセルホテルに泊まるって。
私の帰りは10時くらいかな。それじゃあ、行ってきます(*^^*)”

都合がいいと思った。今、勇は琴絵を家に送っている。
帰りが遅ければ何か言われるが、二人がいないなら友達の家に行ったとでも言えばいい。
スタンプで“了解“を押して、スマホをしまうと再び歩いて右の方に向かう。
「この辺りかな・・・・あ、あれか?」
住宅街が並ぶ中、白っぽい一軒家を発見する。
名前のところを見ると“玉野”と書かれていた。
「着きましたね」
「じゃあ、俺は帰るから」
元来た道を歩こうとする勇を琴絵は引き止めた。
「ま、待ってください」ブレザーのすそを掴んでいる。
「良かったら、夕飯をご馳走します」
「いや、それは急に悪いって」
ブレザーを引っ張るが琴絵はしっかりと掴んで離さない。
「お願いします。ちょっとだけでいいんで」
「怪しいと思われちゃうだろ」
2人がそう言い争っていると、玄関から女の子が出てきた。
「もう、玄関まで聞こえすぎ・・・ってこの人誰?もしかして、お姉ちゃんの彼氏?」
女の子は中学生くらいでショートカットの髪型、トレーナーみたいな服を着ている。
「(たぶん、妹かな)あのね、この人はね・・・」
首を振るが女の子は信じていないらしく「お母さん、お姉ちゃんが男の人連れてきた」と、家の中に戻っていく。
「誤解されるからやっぱり帰る」
「待って、話せばわかります」
次に玄関のドアが開いた時にはお母さんとさっきの女の子が出てきた。
「琴絵、おかえりなさい。その人は?」
勇は琴絵のお母さんに訳を話した。
自分が図書室で琴絵と出会ったこと、自分のことがわからないということ、ここまで送ってきたこと嘘偽りもなく話した。
「はぁ、なるほどね。勇くんだっけ?せっかくだから上がっていきなさい」
ここまで言われたら断るのも申し訳ない、勇は「わかりました」と言って、家の中に入っていく。
「お邪魔します」
玄関について靴を脱ぐまで妹がずっと勇を見ていた。
「お姉ちゃんをお願いします」
「みきったら、部屋戻ってなさい」
「はーい」
みきは二階の階段を上がっていく。
「ごめんね、うちに男の子なんて来るの初めてだから」
「いえ、別に」
勇だって女の子の家に上がるのは初めてだ。
リビングに案内され、自分の家よりは広いなぁと思った。リビングの半分は和室でそこに男の人がいた。
「お父さんよ」
琴絵のお父さんは和室にある丸テーブルの上で、パソコンを触っていた手を止めてこちらを見た。
「誰だね?」
「あ、お邪魔しています。賀上勇と言います」
数分間、じっと眺めてから立ち上がり杖を突いてこちらに歩いてきた。
「琴絵の彼氏かい?」
「もうお父さんたら気が早いんだから。実を言うとね・・・・」
お母さんが話している間、琴絵はお父さんの杖を見ていた。
「あれ、見たことがある。・・・・、誕生日に買ってあげたやつだ。お父さんは足が悪くてね、あまり長い距離を歩けないの。でも、お仕事は家でもできる在宅ワークなんだ」
お母さんの話が終わって父親はため息をついた。
「忘れてしまったのか。他のことは覚えていても、自分のことはわからないのかね」
「うん」
琴絵は申し訳なさそうな顔をして下を向いている。
「とりあえず、ご飯にしましょ。今日は豚汁にしたから。琴絵、ちょっとだけ手伝って。準備ができたらみきを呼んできて」
「わかった」
「何か手伝いましょうか?」
「お客さんは座って待ってて。お父さんも座っていてね」
お母さんと琴絵はリビングから近くにあるキッチンに入った。
勇とお父さんはテーブルに座って夕食ができるのを待つことにした。
しかし、お父さんと二人きりで待たされるこの時間が少しだけ長く感じているのは勇だけだった。

二章 言霊

勇は母親に友達の家で食べてくるとメッセージを送っておいた。
そして、夕食の準備もできて玉野家全員が揃った。
「いただきます」
豚汁と白いご飯、それから5個のガラスのお皿に野菜を付けたピクルスがあった。
人の家でご飯を食べるのなんて小学生の時以来だろう。
「勇くんは嫌いなものはないの?」
「特別ないです。何でも食べれます。美味しいです」
「まぁ、良かった。ピクルスは初めて作ったのよ。あ、またみきったら玉ねぎ残して」
みきはピクルスの人参とセロリは食べているが玉ねぎだけはじいていた。
「だって、苦いんだもん。それより、あのこと、話した方がいいんじゃない?」
お父さんがお茶を飲んで一息ついて口を開いた。
「君は“言霊“っていうのを知っているかね?」
「“言霊“って確か・・・言葉に魂が宿っていて、それを言うとその通りになるっていう意味ですよね」
あまり勉強は好きではないが、母親がミステリードラマ好きでテレビをよく見るのだ。
その影響で一緒にドラマを見て、“言霊”を扱ったドラマを見たことがあるのを思い出した。
「うむ。その通り。実は私の家、玉野家は“言霊“を使っていた家系なのだ。母さんは元々、玉野ではないのでこの力はない。私とこの二人の娘たちは持っている。例えば、みきは”ポジティブ思考“を言うとその通りになる。ネガティブな発言には力が働かない。だが、琴絵はもっと強いぞ。どちらを言ってもそうなってしまう。この意味が分かるかね?」
「要するに、琴絵さんは“自分が誰なの?”って言ってしまったことが本当になったってことですよね・・・」
琴絵は自分のことなのに、何が何だかわからないという顔をしている。
勇にとっては信じられないような話だが、ここで「ふざけている」なんて言ったらお父さんの言霊で何を言われるかわからない。
それに話を聞いてみないとわからないこともある。
「ずいぶん物分かりが早くてよい。前にもこんなことがあって、今よりも大変だったんだ。琴絵が一年生の時、夏休みに入る前だった」
お父さんが話をし始めると皆が箸を止めた。
勇は二年生で琴絵は一年生の時、さかのぼること去年の夏休みに入る前のことだった。

***

夏休みに入る前の終業式にその事件は起きた。
終業式はどこの学校も昼で終わるのが普通だったのに琴絵の帰りが遅かった。
「琴絵、何かあったのかしら?」
夕飯の支度もできているのにまだ帰ってこない。
特別、寄り道するような子ではない。
いつもならまっすぐ帰ってくるはず。
「私ちょっと駅まで行こうかな」
「みき、夜は危ないから私が行こう。駅までなら歩けるし」
「じゃあ、一緒に行こうよ」
二人がリビングで話していると、玄関の方で音が鳴った。
お母さんが先に玄関に向かう。ドンッと何か大きな音がして、お父さんとみきもそっちに行った。
「お母さん、どうしたの?」
何か怖いものを見たかのように転んで、指をさした。
すると、半分透けている状態の琴絵がそこに立っていた。
「お、お姉ちゃん!」みきが琴絵に駆け寄って触ってみるが手がすり抜ける。
「お母さん、お父さん。みき」
「琴絵。お前、“何を言ってしまったんだ?“」
「とりあえず、上がんなさい。話はリビングで」
お母さんもやっと立ち上がってそう言うと、つかめない手を引っ張って琴絵をこちらへと引っ張る。
リビングに到着して、琴絵はこんな状態になる前の話をした。

家に帰る途中、夏休みには夏祭りに行こうと自分を含めた5人の友達と約束をした。
この友達は席も近く、たまたま話があったので仲良くなったという。
しかし、琴絵は外ではおとなしい子なので自分からというより誘われたというべきだ。
「お祭りのことなんだけど、好きな人に告ってその人連れてくるっていうのはどう?」
ポニーテールの女の子、この子は5人の中だとリーダーっぽい子だ。
「いいね、やろう。てか、みんな絶対いるよね」「え~、でも、いきなり好きとか言ったら引くでしょ?」
「じゃあ、好きはちょっときついからお祭りを誘うっていうのはどう?友達感覚ならいいじゃん」
「それなら、あたしは橋田くん誘う」
「え、私も橋田くんなんだけど~」
橋田くんというのはクラスで一番人気のある子だった。
特別、背も高いわけでもない、すっごくかっこいいというわけでもないが、みんなに優しく好かれる性格をしているという。
「あの子、絶対人気多いよね。ねぇ、琴絵はいるの?」
一番後ろの方で話をぼうっと聞いていた琴絵。
「え?」
「好きな人、いるでしょ?」
「無理だったら候補でもいいから連れてきてね。」
「いや、わたしは・・・・その」
好きな人がいることはいる。でも、恥ずかしくて何も言えなかった。
「ていうか、どんな人なの?まだ聞いたことないよね」
こうして責められると余計に言いずらかった。
「い、言えないし、それに誘えるかわからない」
「恥ずかしいのはわかるけど・・・あ、駅ついちゃった」
話をうまくじらすころには駅に着いていた。ここで彼女たち4人は反対側の電車なので安心した。
これがいつもそうだった。
別れの挨拶をして、琴絵は一人電車に乗る。
「(そんな勇気ないし、嫌われるかもしれないし)・・・こんな私、消えちゃえばいいのに」
そう何気なくつぶやいてしまった瞬間、窓に映る自分がすうっと薄く見えた。
目をパチパチさせて、もう一度窓に映った自分を見てみると透けて見えた。
「嘘・・・いやだ」
琴絵は怖くなってしまった。
次の駅、根岸駅に着いた途端に走って改札を通ろうとするが、パスケースが反応しなかった。
パスケースが通らないなら駅員さんにお金を渡そうと、改札の端っこに行き声をかける。
しかし、こちらをちらっと見てはまた中に戻ってしまった。
どうやら琴絵のことが見えていないようだ。
いや、見えていないというより“見えては消えて”を繰り返しているからはっきりとわからないのだ。
「どうしよう」
琴絵はお金だけでも机の上に置いていき、そこから走って家に帰ってきた。

「これはさすがに私にも治せない。おばあちゃんところに行こう」
お父さんも“言霊”を使えるが元々、力が弱い。
祖母の家に行けば治せるかもしれないと思ったお父さんは、電話をしておいた。
祖母は“言霊“使いでもあり、シャーマンでもあった。祖父がいなくなってもからずっと一人で、青森に暮らしているという。
「まったく、あんたがちゃんと説明しないから」
「そうは言っても怒られても困るよ」
「実際に見てみないとわからん。近々、連れてきな。それからみきに“お姉ちゃんは消えたりしない”と言わせるんだ。しばらくは消えないと思う」
お父さんはみきに頼むと琴絵にこう言った。
「大丈夫、お姉ちゃんは消えたりしないから」
琴絵の両手を握って必死で声を出して言うと、一時的に透けている体は元に戻った。
しかし、見えていても時々透けてしまうのだった。


みきが毎日、声をかけていたおかげで一週間は消えなかった。
しかし、みきの言葉も長くはもたないからその日に家族4人でお父さんの実家、青森に帰ることになった。
お祭りのことは風邪をひいたと言ってうまく嘘をついた。
友達もそれ以上のことを追及はしなかったので「早く治してね、来年は行こう」となった。
正直嫌われるのではないかと思ったが、何とかなってよかった。
そして今日、祖母の家、青森に来た。
祖母の家は古民家風で、部屋が多いので一人になってからは余計に広く感じるみたいだ。
「母さん、よろしくな」
「はぁ?琴絵のためじゃよ。だから言ったじゃないか。あんたが小さい時にあたしの“教え“を聞かないからこんなことになるんだ」
お父さんと祖母はブツブツと文句を言い合っている。
「お父さんって、“言霊“の力が弱いのは勉強しなかったからってこと?」
みきがお母さんに小声で耳打ちしているとお母さんも同じように話す。
「お父さんね、ちょっと不良だった時期が合ったみたいなのよ。その時、サボっちゃったらしいのよ」
「そうなんだ」
「だから、おばあちゃん厳しいんだね」
琴絵も二人の話に混ざる。
「琴絵、今日中には治してあげるからね」
「は、はい」
急にこちらを向いて優しそうな顔をした。
祖母は顔が怖くてお父さんには厳しいが、孫たちにはとても優しいのだ。


その夜、この家で一番大きな部屋で祖母と琴絵の2人を残して、皆は他の部屋で待機していた。
儀式をするところは家族にも誰にも見られてはいけないという。
だから中でどんなことが行われているかわからなかった。
中で行ったことももちろん誰かに話すことも禁じられている。
待つこと3時間経った頃。
居間に琴絵と祖母が来て、襖を開けた。
琴絵の姿は元の通りに戻っていた。
「お姉ちゃん!」
みきが抱きついて、お母さんは祖母に頭を下げている。
「ありがとうございます」
「花さん、そんなに頭を下げないで」
「母さんありがとう」
「ふん」
それからしばらく一週間くらいは祖母の家で泊まり、神奈川の家に帰ってきたのは8月の半ばだった。

***

「そんなことあったけ?」
今の琴絵はこの話を聞いても全く覚えていなかった。
「そのおばあさんにまた治してもらうことはできないんですか?」
「それがね、去年の冬に亡くなったのよ。老衰って言ったらわかるかしら。特別病気もしてなかったしね」
回覧板を回しに来た人が呼び鈴を鳴らしたが答えず、警察と一緒に中に入ったら布団で普通に寝ていたという。
起こしてみたら起きないので、医者も呼んだら眠ったまま亡くなったのだ。
「そうだったんですか」
「母さんに言われたんだ。自分が死んだらここにある資料は燃やしてほしいって。だから今の琴絵を治す資料は残ってないんだ。・・・父さんがもっと勉強していれば」
「“言霊”を使える人は他にいないんですか?」
「最近じゃあそういうのも減ってきた。母さんには知り合いがたくさんいたわけでもないし・・・」
「お姉ちゃん、本当に何もわからないの?」
「うーん」
「あ、そうだ。勇くん、手伝ってくれる?」
「え?」
聞き違いだろうか。いや、この先なんて言葉が帰ってくるか予想はついていた。
「この話を聞いたからにはそうだな。協力してほしい。琴絵を戻す方法を探してくれないか?」
やっぱりそうだった。お母さんは勇と琴絵が出会ったのも何かの縁だとニコニコしている。
「わ、悪いんですが。俺みたいな一般人には無理なんじゃ」
勇には特別な力なんてもってない。どうやって元に戻すのか、さっぱりわからない。
「この子は外ではおとなしい子で内弁慶なのよ。本当だったら勇くんがここにいるだけで何にもしゃべらないのよ。でも、普通に話してこの家まで帰ってきた。それがすごく不思議なのよ」
「わたしって、そんなにシャイなんですか?全然、イメージわかないなぁ」
図書室で会った時はおとなしかったが、「私は誰なんでしょう」と言い始めてから普通に喋る子なんだなと思った。
確かに今までの話を聞いて「できません」とも言いにくい。
ご飯までご馳走になっている以上、何かしてあげないといけないという気持ちはある。
「お願いします」
琴絵を抜いた家族全員が立ち上がって頭を下げてきた。もうこれでは断ることはできない。
「わ、わかりました」
「ありがとう、勇くん。提案はこっちがするから君はなにも考えなくていい。琴絵、連絡先教えてあげなさい」
琴絵はスマホを出すとトークアプリを開いて連絡先を交換する。
彼女のアイコンはしらす丼のマークで、勇はコーヒー牛乳パックのイラストだ。
「私のアイコン、何でしらすなの?」
「お姉ちゃんは好物がしらす丼なんだよ。お兄さんはコーヒー牛乳、好きなんですね」
みきが横から2人のスマホをのぞいている。
画面の右上にある時間を見るともう8時半を過ぎていた。
「そろそろ帰ります。ごちそうさまでした」
「こちらこそ、長いさせっちゃったわね。帰りは大丈夫よね?」
「はい、母には連絡してあるので。ありがとうございます」
玄関まで一緒に行き、外に出ると真っ暗だった。
勇は駅に向かう方に歩いて振り返ると、琴絵が手を振っていた。
とりあえず振り返して、駅まで走っていくことにした。

根岸駅から横浜に着くと戸塚に行く電車に乗った。
会社員の人が数人乗っていたが席も空いていたので、座って母親に帰ってくる時間を連絡する。
(母さんのご飯より、薄味だったなぁ)
トークアプリで琴絵にお礼のメッセージを送ると、すぐに返事が帰ってきた。

勇  “今日はごちそうさまでした。今度何かお礼するよ。”

琴絵 “お礼は大丈夫です。こちらも家まで送っていただき、ありがとうございました。
    あの、妹の提案なんですけど・・・。今週の土曜日か日曜日にお出掛けしませんか?
    無理にとは言いません。記憶を戻すためにはいろいろ出かけてみろと言われまして。”
   

(これって、デートの誘いじゃないよな・・・)
自分には特別な用事もない。外に遊びに行くこともそんなにない。
家にいても暇と言えば暇だ。

勇 “土曜日の昼ならいいよ。朝は苦手なんだ”

琴絵 “本当ですか?ありがとうございます(>_<)
    時間は12時ごろで、鎌倉駅でお願いします。”

勇 “わかった”

彼女は人見知りだと琴絵の母親は言っていた。こんな風に話すのはめったにないという。
慣れ親しんだ女友達なら話すだろうけど、男の子なんて初めてだろう。
(これからどうなるのかな)
進路を考える事より大変な課題だ。
母親に話そうか・・・いや、やめておこう。ミステリー好きの母親ならいろいろ質問攻めされそうで疲れそうだし、父親は断れというに違いない。
「ギリギリまで黙っておこう」
『次は戸塚、戸塚』
急行に乗れたので戸塚に早く着いて、勇は電車を降りると駅から歩いて行く。
ブー、ブーっとスマホが鳴りだして取り出すと、母親から電話がかかってきた。
「もしもし」
「もしもし、おかえりなさい。お母さんの方がちょっと帰ってくるの早かったみたいね。お友達の家で何食べたの?」
「豚汁とピクルスだよ」
「そうなんだ。翔太くんに今度、お礼しなくちゃね」
本当は玉野の家で食べてきたのだが、母親には翔太の家を伝えておいた。
「今日、仕事先でちょっと余ったおかずあるから明日の朝はそれにするからね。気を付けてね」
「はいはい」
河原に沿って歩くと、きれいな月がのぼっているのが見えた。

***

勇が電車に乗り始めた時間に少し遡る。
琴絵はみきに自分の部屋まで案内してもらった。
2階に上がって、サインプレートに“みき”と書かれたドアの隣に“琴絵”と書かれたサインプレート。
どちらも木の素材でできた丸い形、花と葉っぱの模様が描かれている。
ドアを開けて中に入ってみる。
見慣れない部屋だった。
左側にベッド、パステルピンクの絨毯、壁のコルクボードには景色を撮った写真が飾ってあった。
「お姉ちゃんの趣味は景色の写真を撮ることなんだよ。そこの机にもアルバムもあるし」
机にはジュエリーボックスと黄色のリボンをつけたテディベアの小さい人形が乗っていて、教科書以外にアルバムが三つくらい置いてあった。
一冊取り出してみると、題名のところに『神奈川編』と書いてある。
ペラペラめくっていくと、景色以外にみきと撮った写真もあった。
「へぇ、すごいね。私、写真のセンスあるかも。みきはどんな部屋なの?」
「教えない」
「ちょっとだけいいじゃん」
アルバムを閉じてみきの方を見る。
「(やっぱり、お姉ちゃん違う。私の趣味なんて気にしたことないのに)わ、笑わないでよ」
「笑わないよ」
みきは部屋を出ると自分の部屋に琴絵を案内した。
ベッドは琴絵の部屋と左右対称で右側、机にはアニメのアクリルスタンド、パソコンにはステッカーが貼ってある。
本棚もあって漫画や小説がぎっしり詰まっている。
窓辺にも小さなアクリルスタンドが飾ってあった。
「フフ、漫画好きなんだね」
「あ、笑わないって言ったじゃん」
顔を赤くしながらもじもじしている。
「他にもこのアクリルスタンドあるの?」
「流行りによって変えるんだ。特に窓辺のは最近のアニメなの。へ、変だよね」
「ううん、変じゃないよ。今度何かオススメあったら教えて」
そんな風に言われたのは初めてだった。
いつもの琴絵なら「ふーん、漫画好きなんだ」と反応も薄く、オススメを求めてきたこともない。
強いて言うなら景色を撮る場所を探す時、聖地を教えることはある。
そんな時しかオススメというのをしたことがない。
「ここは何が閉まってあるの?」
白い押入れみたいなドアを指さしている。
「そこはダメ。お姉ちゃんには強すぎるから」
「ごめんごめん」
こんな会話は初めてだったのでみきは少しうれしかった。
ふと、一瞬だけこのままの姉でもいいかなと思ってしまった。
でも、いつもと違うのもなんだか気持ちが悪い。
「ねぇ、みき、私戻れるかな」
「も、戻れるよ。みきが考えてあげる」
「何を?」
「こういう時はやっぱり・・・デートだよ。お姉ちゃんが景色で撮った場所に行くの。何か思い出すかもしれないよ」
デートという言葉を聞いて自然と鼓動が早くなるのを感じた。
あれ?この感じって何だろう。
「今聞いてみて。今週、空いてるかどうか」
「えぇ?今から?空いてるかな」
琴絵はトークアプリを開いて文字を打ち始める。
「場所は・・・そうだ。鎌倉がいいよ。お姉ちゃんは鎌倉の写真、良く撮ってたよ。デートには持って来いだね」
「もう、デートじゃないもん。記憶探しだよ」
「デート終わったら感想聞かせてね」
みきはとても楽しそうだった。でも、琴絵も正直こういうのは楽しいと思っていた。
昔の自分ってどんな雰囲気だったのかわからない。
母親曰く、おとなしくて家でしか良くしゃべらないという。
今の自分とは違うかもしれない。こんな喋り方じゃないかもしれない。
だからこそ、もう一度向き合えるかもしれない。
見えない自分がきっと見つかるかもしれない。
「学校ではとりあえず、いつも通りに振舞うんだよ」
「いつも通りがわからないよ」
「おとなしくするの。でも、キャラ変更って感じで明るくいくのもいい印象になるかも」
「明日、やってみる。勇さん、土曜日大丈夫みたい。ありがとう、みき。じゃあ、そろそろおやすみ」
「うん。おやすみ」
琴絵はみきの部屋を出た。

覚えていますか

【三章 記憶探し:鎌倉編】

勇は琴絵の記憶探しのために彼女と一緒に鎌倉へ出かけた。
勇は普段は出かけない。けれど、適当もよくないのでそれなりに悪くない服装で来た。
琴絵はみきと母親に提案してもらった服装。
胸元にはコインのネックレスをしていた。
あまりみないデザインのネックレス、みきが言うには琴絵は出かけるとき、このネックレスをいつもしていたそうだ。
ふと、勇の頭の中に一瞬だけ記憶が蘇った。
どこかでこのコインを見たことがある。でも、どこだっただろうか。

覚えていますか

高校3年生になったばかりの賀上勇は、進路に悩んでいた。 そんなある日、寄り道がてら図書室にいくと、机の上に本を広げて、頭を乗せて眠っている女の子に出会う。 その子は高校2年生のバッジを付けていた。名は玉野 琴絵。 図書委員が見回りに来る時間が来てしまい、その子を起こしてあげる。 彼女は急に「私は誰なんでしょう」と変なことを言い出した。 実はこれは嘘である。彼女は好きな人にやっと会えたのだ。 彼は覚えていないみたいだ。 ならば、ちょっと気をひかせるために自分が誰だかわからないという嘘をついてしまった。 でも、この嘘が本当になってしまい、本当の自分を思い出せなくなってしまう。 元に戻してもらうため彼に協力してもらう。

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更新日
登録日 2021-01-16

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