テトラポット
潮風が足首を擽る。巻きついてはなさない。だけど、この匂いはどこか落ち着いて、海岸沿いは卵を割ったみたいにたっぷりと日が注ぐ。都会は日が当たらないってお姉ちゃんが言っていたけれど、ほんとうにそうなんだろうか
遠くで船が進んでいく、どこかへ。そこにカモメが何羽かとまって、鳴いている。この景色を愛すには、これ以外を知らなくてはいけない気がする。それは見聞という意味ではなくて、もっと体現的なものだ。たとえば、こんな平日の昼間に、制服を着た高校生が、海を見つめていたり
するのだろうか。
その海の向こうでだれかがこっちを向いていたりするのだろうか
だれの声も、この潮風に錆びて、波に溶けてきえていく
この島の人間はみなそれを知っている。都会の喧騒はうるさくてなにも聞こえなくなるというけれど、この風の前では皆無だ。自然には誰も逆らえない。
後ろの丘の上から学校のチャイムが聞こえる。それを背中に感じる、だれかに撫でられたように優しく、温かく。どこか遠くへ行くことはできる、それは呆気なく簡単な気がする。ただそこで生きることが、難しいんだろうな
どこの学校のチャイムも同じだとは思わない。わたしはずっとここにいる気がする
この足の下に見える、ガラクタのように積まれたテトラポットを、その意味を、都会の人は知っているのだろうか。
テトラポット