探偵・九十九龍之介の怪奇手帖 -堕落の因果- 急:比翼連離
『少女と男は未来を守るために〝別離〟を選んだ――』
――怪奇探偵シリーズ第二弾・後編
ラベル
◆台本名◆
『探偵・九十九龍之介の怪奇手帖 ―堕落の因果― 急:比翼連離』
●作品情報●
脚本:にがつ
原案:坂口安吾『明治開化 安吾捕物帖 三〝魔教の怪〟』(1950年)
『夜長姫と耳男』(1952年)
引用:坂口安吾『恋愛論』(1947年)/ 『戦争論』(1948年)
高井蘭山『絵本三国妖婦伝』(1886年)
上演所要時間:70-75分
男女比 男:女:不明=4:4:0(総勢:8名)
スペシャルサンクス:こーたぬ
<登場人物>
九十九 龍之介(つくも りゅうのすけ)
性別:男性、年齢:29歳、台本表記:九十九
本作の主人公で、神田神保町に探偵事務所を構えている。
この世ならざる事象が関わった事件を専門とすることから『怪奇探偵』と呼ばれる。
ハイカラな格好をするイケメンではあるが、オネエ言葉を喋る。
実は陰陽師名門・土御門家の一族の人間で、旧名は『土御門 龍之介』。
千里(ちさと)【※女性配役のキャラクター】
性別:男の娘、年齢:100歳以上(見た目は10代後半)、台本表記:千里
九十九 龍之介の式神である、オスの猫又ではあるが――
主人の(強制的な)命令で女性モノの服を着ており、華奢で愛らしい容貌から少女と勘違いされる。
性格は自信過剰で好戦的で、良くも悪くも裏表のない不良気質。
仙狸(せんり)【※『千里』役の兼ね役です。】
性別:男、年齢:100歳以上(見た目は20代前半)、台本表記:仙狸
真名は『悪行罰示神・仙狸』であり、千里の真の正体。
普段は龍之介の封印術によって力が抑えられ、精神的に幼くなっている。
封印が解除されると落ち着いた雰囲気となる。
結城 新十郎(ゆうき しんじゅうろう)
性別:男性、年齢:26歳、台本表記:結城
神楽坂で『結城探偵事務所』を営んでおり、穏やかで礼儀正しい青年。
その性格もあって『紳士探偵』と呼ばれており、警視庁雇付という身分で警察に協力している。
坂口安吾とは親友であり、彼の魂が結城の中に存在するため、安吾としての人格が出ることがある。
坂口 安吾(さかぐち あんご)【※後半では独立とした存在となります】
性別:男性、享年:25歳、台本表記:安吾
結城 新十郎の親友であり、相棒であった青年。
夜長姫に殺されるも、彼女の『尸解の術』によって結城の身体の中に留まることで生き続ける。
気性が荒くて闊達な人物で、暴力などの荒事を得意とする。
夜長姫(よながひめ)
性別:女性、年齢:不明(見た目は18歳)、台本表記:夜長姫
鬼神・両面宿儺を祖とする鬼の一族を統べる鬼女で、飛騨国の山間部にある『宿儺の里』に住んでいた。
里にやってきた坂口 安吾を喰い殺し、瀕死の結城 新十郎に一生離れることが出来ない『楔の呪い』をかけた。
性格は純粋かつ残酷で、結城に対して病的にまで好意を抱いている。
加納 梨江(かのう りえ)【※『夜長姫』の兼ね役です。】
性別:女性、年齢:18歳、台本表記:加納
政商・加納家の長女で、自称「紳士探偵の一番助手」。
箱入り娘ではあるが、自由奔放でお転婆な性格。かなりの行動派。
正体は、夜長姫が〝人間として生きる〟ために創られた仮初の存在。
大野 妙心(おおの みょうしん)
性別:男性、年齢:32歳、台本表記:妙心
新興宗教団体『別天教』の創設者で、初代座主。
結城 新十郎とは英国留学時代の学友で、本名は『世良田 摩喜太郎(せらだ まきたろう)』。
将来有望の政治家だったが、妻の大野 久美穂こと玉藻前に出会ったことで変わってしまった。
玉藻前/大野 久美穂(たまもまえ/おおの くみほ)
性別:女性、年齢:100歳以上(見た目は20代後半)、台本表記:玉藻前
日本三大化生『白面金毛九尾の狐』であり、平安時代末期に鳥羽上皇の寵姫であった女性。
〝妖術師〟によってかけられた呪いで、力を封印され、痛みで苦しみ続けられている。
『大野 久美穂』は人間の身分として彼女の存在で、妻として大野 妙心を献身的に支えている。
〝妖術師〟(ようじゅつし)
性別:女性、年齢:??(見た目は20代前半)、台本表記:妖術師
九十九 龍之介が関わった事件に暗躍する不思議な雰囲気を纏った女性で、
龍之介にとっては過去の因縁から〝不俱戴天〟の関係性。
他者の苦痛と絶望を愉悦に感じるサディスティックな性格をしている。
本名は『■■■■』で、■■■■の末裔で龍之介を始めとした陰陽師たちに危険視されている。
古書堂店主
性別:男性、年齢:??(見た目は20代)、台本表記:店主
若い青年なれど、老獪を感じさせる雰囲気を持つ。
正体は『■■■■■■』、〝ヒト〟としての名前は『京極』。
※本作は三部作の後編となります。
<上演貼り付けテンプレート>
台本名:『九十九龍之介の怪奇手帖 ―堕落の因果― 急:比翼連離』
台本URL https://slib.net/104218
サイトURL https://nigatsu-kobo-1.jimdosite.com/
【配役】
九十九 龍之介(♂):
千里 / 仙狸(♀):
結城 新十郎(♂):
坂口 安吾 / 古書堂店主(♂) :
夜長姫 / 加納 梨江(♀):
大野 妙心(♂):
玉藻前 / 大野 久美穂(♀):
〝妖術師〟(♀):
【注意事項】
・世界観を壊さない、他の演者さんに迷惑をかけない限りはマイナーチェンジやアドリブはOKです。
・〝結城(安吾)〟は結城新十郎の台詞となります。
□アバンタイトル
結城:一説。
結城:『私は、闘う、という言葉が許されてよい場合は、ただ一つしかないと信じている。』
結城:『それは、自由の確立、の場合である。』
結城:『固より、自由にも限度がある。』
結城:『自由の確立と、正しい限界の発見のために』
結城:『各々が各々の時代に於いて、努力と工夫を払わねばならないのだ。』
結城:『歴史的な全人類のためにではなく』
結城:『生きつつある自分のために』
結城:『又、自分と共に生きつつある他人のために。』
結城:坂口安吾、『戦争論』より。
(間)
夜長姫M:朝がやってきた。
胸に大きな穴が開いてしまったかのような空虚感を感じる、どこか目覚めの悪い朝。
――理由はわかっている。
今日は、きっと最後の日。
決して避けることが出来ない運命。
沢山の命を奪ってきた私への因果応報。
夜長姫:「天網恢恢疎にして漏らさず」、ってね。
夜長姫M:そうポツリと呟いた。
声色にはどこか寂し気な感じがした。
夜長姫:今の私って、鬼じゃなくて人間みたい……ふふっ。
夜長姫M:何故だが嬉しくなった。
それと同時に悲しい感情が沸き起こってきた。
夜長姫:あの人と一緒に生きたかったなぁ……
夜長姫M:瞳から一筋の涙が流れる。
――でも、受け入れなきゃいけない。
守るために、そう、〝あの人〟が生きる未来を守るために。
(間)
安吾M:恋愛とはいかなるものか、俺はよく知らない。
それは自分にとって不要で、縁が遠いモノだと思っていた。
だが、俺は理解してしまう。
恋愛には狂的な力が備わっている。
安吾:それが例え、叶わない恋であったとしても……ハハッ、何を感傷的になっているんだが。
てか、自分を喰い殺した女を好きになるとか、どうかしてる。
けど……それが坂口安吾という人間なのかもな。
色々と未練はあるが、まあ、悪くない。
最後はカッコよく派手に散ってやるさ。
安吾M:これは独白。
誰の耳にも入らない、ひとりの男の独白。
安吾:だから、先に言っておく。
わりぃな、相棒……先に詫びておくぜ。
千里(※タイトルコール):探偵・九十九龍之介の怪奇手帖、堕落の因果。
急・比翼連離
□シーン1
【『九十九探偵処』に九十九龍之介、千里、そして結城新十郎がいた。】
【三人は目の前のテーブルに置かれた一通の封筒を見つめていた。】
九十九:この封筒が昨日の夜に投函されていたのね?
結城:はい、事務所の扉の下に挟むように置いてあったんです。
差出人は書かかれていませんが、恐らくは……
九十九:そうね、きっと〝アイツ〟からの手紙ね――大野妙心からの。
結城:はい。
千里:とりあえず、封筒の中身を確認してみようぜ。
結城:そうですね。
手紙は大きな紙一枚のみですね……それじゃあ、読みたいと思います。
結城:「拝啓、結城新十郎殿。
突然のお手紙を失礼いたします。
先日は久方ぶりの再会と云う喜ばしいことにも関わらず――」
妙心:「――自らの未熟、故に貴殿を始め、御友人である九十九龍之介殿にもとんだ御無礼を働いてしまった事を深く後悔しております。
此処にお詫びを申し上げます。
それに伴い、此度帝都を騒がせている『別天教事件』の顛末について私の口から直接説明をさせて頂きたいと考えています。
話す内容については一切の偽りはありません。
ご多忙の身とは存じておりますが、ご都合の良い時に渋谷町にあります『別天教』本殿に
ご足労頂けますようお願い申し上げます。」
結城:「――また再び相まみえる日を楽しみにしております。
別天教座主・大野妙心こと、学友・世良田摩喜太郎、拝。」
……手紙はこれで以上です。
千里:絶対、コレ、俺たちを誘き寄せるための罠だよな?
九十九:ええ、確実にね。
結城:ですが、これは好機だと考えます。
九十九:それは私も同意見。
そこに書かれている通り、真実は教えてくれると思うわよ。
……私たちの命と引き換えにね。
結城:はい……。
千里:なあ、新十郎。
お前のところの助手はどうしたんだよ。
結城:梨江さんは、体調を崩してしまったのでご自宅で休んでもらっています。
前から彼女には何度も休むように進言はしたのですが、一度決めたことに対して中々辞めない人ですから。
千里:おいおい、大丈夫かよ。
九十九:あらあら、お友達が心配?
千里:べ、別にそういうわけじゃねえよ!
それに、友達とかじゃねえし……
九十九:照れ隠ししなさんな。
結城:御心配して頂いてありがとうございます。
乳母さんが付きっきりで看病しているそうです。
九十九:まあ、それなら大丈夫そうね。
私たちと一緒にいるよりは安全だし、それに護符を渡しているしね。
結城:はい。
彼女には申し訳ありませんが、今回は私たち三人で向かいましょう。
千里:きっと、アイツは怒るだろうなー
結城:生きて戻ることが出来たら、いくらでも受け入れます。
これから……死地に赴くわけですから。
九十九:そうね……敵は大野妙心だけではないからね。
結城:三大化生の一柱、『白面金毛九尾の狐』……
九十九:まあ、考えると埒があかないわね。
さっ、行きましょ。
結城/千里:はい!/おう!
九十九M:願わくば、今回の事件に関しては〝彼女〟が関わっていないことを祈るばかりだわ。
□シーン2
【『別天教』本殿・座主執務室に、大野妙心と敵対相手の〝妖術師〟の女がいた。】
【大野妙心は室内にある黒電話でどこかと連絡をとっていた。】
妙心:そうか、新十郎たちが来たのか。
彼らを来客用の部屋に通しておいてくれ。
ああっ、しばらく待つようにも伝えておいてくれないか?
ああっ、そうだ、先客がいるからな。
すまない、ありがとう。
【大野妙心はそう言って黒電話の受話器を置いた。】
妖術師:ふふっ、来たようですね。
妙心:そうだな。
妖術師:わかっているとは思いますが、彼らはこれが罠であることは承知の上ですよ。
妙心:そんなことはわかっている。
それよりも、だ。
妖術師:ええ、もちろん約束は守りますよ。
彼らを殺した暁に、奥方様の呪いを解除させて頂きます。
妙心:そうか、ならいい。
妖術師:……いいのですか?
妙心:何がだ。
妖術師:九十九龍之介はともかく、結城新十郎は貴方の大切なご友人なのではないですか?
妙心:はっ!
まさか、君からそんな言葉を聞くとは思わなかった。
……確かに、新十郎は数少ない心許せる大切な友人だ。
だが彼を犠牲にすることを厭わない程、久美穂は……私の全てだ。
彼女を救うためならば畜生になることだって構わない。
妖術師:まるで道化師……哀れに狂い踊るんでしょうね。
どの道、〝破滅〟しか待ち受けていませんよ、貴方の未来は。
妙心:言っただろう。
彼女は、私の全てだ。
他人が、世界がどうなろうと、私にとってはどうでもいいことだ。
もちろん……彼女が私の命を奪うことになってもだ。
喜んで受け入れよう。
妖術師:……救いようがない自己中心的なヒトです。
いや、質の悪い破滅願望者ですね。
実に愚かで、滑稽ですね。
妙心:それは君もそうだろう。
全てを見透かしているかのようだが、油断をしていると君もいつか喰われるぞ。
ひとつひとつの言葉で神経を逆撫でにし、他人の信念を嘲謔する、その振る舞い。
同じ空気を吸っているかと思うと嫌悪感しか感じられない。
そろそろ目の前から消えてくれ。
準備にとりかからないといけない。
妖術師:あらあら、随分と嫌われたようですね。
いいですよ、嫌われるの、慣れていますから。
期待していますよ。
では……御機嫌よう。
【妖術師はそう言うと、その場から一瞬にして消え去った。】
妙心:幻霊のように一瞬にして消え去ったな。
〝破滅〟しか待ち受けない未来、か。
……自分が犯してきた罪を覚えば、そんなことは当然だろう。
これが堕落してしまった私への因果だ。
□シーン3
【『別天教』本殿の来客用部屋に九十九龍之介、千里、結城新十郎の三人がソファで腰かけていた。】
【目の前のテーブルには、お茶と高価そうな茶菓子が置いてあった。】
千里:ううっ……腹減った……
なぁー!
ちょっとぐらいつまんでもいいだろ?
九十九:アンタ、本当にバカね。
敵の腸の中にいるのよ。
それに日本茶には眠り薬、茶菓子にはしびれ薬が入っているわよ。
千里:うへぇ、マジかよー!
てか、なんでわかるんだよ。
九十九:バカなアンタに説明したってわかんないわよ。
千里:なにをー!
九十九:うるさい。
千里:あんぎゃ!
相変わらず、容赦ねえな……
九十九:たかがデコピンじゃない。
んっ?
結城:…………。
九十九:緊張しているの?
結城:えっ?
九十九:手、震えているわよ。
結城:あっ……すいません。
自分が思っているよりも緊張しているんですね。
九十九:新十郎。
結城:……九十九先生。
世良田さんは……大野妙心はどうしてここまでのことをするんでしょうか?
何があの人をここまで駆り立ててしまったのでしょうか?
九十九:そうねぇ……直接本人に聞くしかないんじゃない?
簡単には教えてくれないと思うけど、とりあえず正面からぶつかっていくしかないわ。
結城:そう、ですね……
九十九:まあ、そこは貴方の相棒に任せるしかないじゃない。
ねっ、安吾。
結城(安吾):気安く呼ぶんじゃねえよ、怪奇探偵。
九十九:あら、早速出てきたわね。
それにしても、新十郎の声でその言葉遣いは慣れないわね。
結城(安吾):ほっとけ!
九十九:まあ、安吾が出てきたっということは。
千里:あぁ、来るぜ、〝奴〟が……いや、〝〟奴らだな。
千里N:部屋の扉が勢いよく開かれた。
大野妙心が先頭に立ち、青白い顔をした、複数の男性信者がたちが背後に立っていた。
妙心:ようこそ、おいでくださいました。
ご多忙にも関わらず、ご足労頂きましてありがとうござ――
結城(安吾):はっ!
随分と血気盛んな奴らを連れてくるじゃねえか、大野妙心!
妙心:んっ、新十郎……ではないな。
君が、坂口安吾か。
結城(安吾):けっ、俺の事も知っているというわけかい。
おい、ペテン野郎。
俺たちを殺すつもりなんだろ?
だったら、その前に真相をさっさと話せよ。
妙心:冥土の置き土産に、か?
それならば、鬼籍に入った後ではダメか?
結城(安吾):やっぱりそうかよ!
テメェの背後にいる信者共は随分と御立派な物をお持ちで!!
おい、お前らが持っているのはガキの玩具じゃねえだろ?
かかってこいよ。
妙心:見え透いた挑発だな。
やれやれ、野蛮な人間は嫌いだよ。
結城(安吾):奇遇だな!
俺もテメェみたいな偉そうに他人を見下す奴はブッ飛ばしたくなるくらい嫌いだからよぉ!!
九十九:大野妙心。
妙心:これは、これは怪奇探偵。
……いや、土御門の恥というべきかな?
九十九:やれやれ、随分と嫌われたようね。
他人が触れたくない過去をあまり口にしないほうがいいわよ。
妙心:あぁ、そうだな。
だが、感謝してほしい。
これで私を容赦なく叩き潰すことが出来るだろう?
九十九:あら、そんな気遣い出来る程の余裕があるのね。
結城(安吾):おいおい、早く始めようぜ。
さっきから心が昂ぶって仕方がねぇからよ!
九十九:本当に新十郎と大違いね。
相棒だって言うのが驚きだわ。
結城(安吾):おうよ!
俺は、喧嘩が大好きだからなぁ!!
千里:おい、待て!
何も持たず一人で行くのは……!
結城(安吾):先手必勝! 乾坤一擲!!
妙心:突っ込んでくるか……行け、奴らを殺せ!!
【背後にいた武器を持った信者たちが、突っ込んでくる安吾に襲い掛かる。】
結城(安吾):ふっ!はっ!!
おらぁ!!
千里:うっそだろ、おい……圧倒しているよ……
結城(安吾):おいおい、武器を持ってる癖に手ぶらの人間に負けてどうすんだよ!
ほらよ、まずは一人目!!
さあ……次、来いよ!
木偶の坊ども!!
千里:すげぇ……
九十九:あんたもよそ見をしている暇はないわよ、ふん!
千里:うわぁ!?
いきなり回し蹴りをするんじゃねえよ!
九十九:呆然としている暇はないわよ、千里。
さっきも言ったけど、私たちは敵の腸にいる。
……それに後ろをよく見なさい。
千里:えっ、あっ……
九十九:あんた、やられていたわよ。
千里:……くっそー!
俺だけなんか置いてけぼりされている気がするー!!
ムカついてきた!!
九十九:ちょ、千里!
……たく、脳筋バカが二人とか、勘弁してほしいわ。
結城(安吾):さっさとくたばれよ、おらぁ!!
よっしゃ、四人……なっ、いつの間に後ろに!!
千里:あらよっと!
まずは一人目!!
結城(安吾):やるじゃあねえか、ガキンチョ。
助かったぜ!
千里:誰がガキンチョだ、コラァ!
結城(安吾):女でも威勢がいいのは嫌いじゃねえぜ。
さあ、勝負しようぜ!
どっちが多くを倒し、大将の首をとるか!!
千里:上等!
その勝負、のった!!
それに俺は女じゃなくて、男だ!!
九十九:どうやら、あの二人に任した方が良さそうね。
□シーン4
【渋谷町松濤の加納家・玄関。】
加納:それじゃあ、行ってきます。
ええ、もちろん新十郎さんのところよ。
心配しないで、ばあや。
体調はもう大丈夫よ。
もう、心配性なんだから。
うん、うん……ちゃんと帰ってきますから。
夜長姫N:そう言って、人差し指でばあやの額に触れた。
突然のことに困惑した表情を浮かべている。
加納:それじゃあ、行ってきます。
……ありがとう。
夜長姫N:そう言った瞬間、ばあやは眠るようにその場で倒れた。
これは「記憶の削除」、この人で最後。
目が覚めた時は全部が終わっていて、加納梨江という人間は〝元からいなかった〟ことになる。
そう、それでいい。
今日で〝加納梨江〟は消える、〝夜長姫〟も消える。
――蝉の五月蠅い鳴き声が聞こえる。
照りつける太陽の日差しと、その暑さ。
雲がちらちらと浮かんでいるものの、空の大半は澄んだ青色。
ふいに笑みがこぼれる。
加納:懐かしいなぁ……貴方に初めてお会いした日もこんな天気でしたね
――新十郎さん。
始まりと、終わりの光景が一緒なのは……本当に……
□シーン5
【別天教本殿・巫女長執務室。】
玉藻前:アアアアアアアアアアアアア!
玉藻前M:痛みのあまりに叫びをあげる。
もう我慢の限界だ。
耐えることなんか出来ない。
玉藻前:このまま……ハァ、ハァ……いっそ、死ぬことが出来れば……
妖術師:自死なんて真似、許すわけないじゃないですか。
玉藻前:ハァ……ハァ……貴様は……!
妖術師:御機嫌よう、九尾の狐。
随分とやつれてしまいましたね。
玉藻前:全て……
妖術師:ん?
玉藻前:全て、貴様のせいだ!!!
狐炎辺獄・早蕨ィ!!
妖術師:地割れ……そして、何か光って……
玉藻前:燃えろ!!!
玉藻前M:一瞬にして火柱が沸き上がる。
憎き相手を燃やし尽くした。
これで――
妖術師:五行相克、水克火!
唸る奔流、彼の炎魔を消し尽くせ――喼急如律令!
玉藻前:なっ、そんなバカな……人間如きが妾の……
妖術師:呪いの炎だから焼き殺すことが出来ると思ったのかしら?
甘いのですよ。
玉藻前:くっ、ならば……うっ!
うああああああああああああ!!
妖術師:本当にツメが甘い。
お忘れなのですか、貴女は私の呪いに既にかかっている。
――でも、ありがとう。
お陰様で手間が省けました。
玉藻前:な、にを……!
妖術師:その苦しみから解放してあげましょう!
目が覚めた時に貴女様は真の御姿へと変わる!!
玉藻前N:全身に寒気が走った。
人間の底知れぬ悪意に恐怖した。
どう生きたらここまで邪悪になれる?
権謀術数渦巻く平安京でもここまでの者はいなかった。
悪霊左府と共に都を転覆しようとした道摩法師ですら霞んでしまう程の邪悪。
――理解できない、否、理解してはいけない。
気が付いたら、既に手遅れなのだから。
妖術師:さぁ、全てを殺し尽くしなさい!
この世を魔界へと化しなさい!!
アハハ……アハハハハハハハハハハハ!!
玉藻前:高笑いが響き渡る。
自分を嘲笑うために。
何かを返す前に、目の前が真っ暗となってしまった。
□シーン6
【再び『別天教』本殿・来客用部屋。】
【安吾と千里が、武器を持った別天教信者たちを次々となぎ倒していく。】
千里:あぶねぇ……っと!
あっ、待ちやがれ!
逃げるな!!
結城(安吾):あらよっと!
千里:あっ!?
結城(安吾):これで10人目だ!
お前は9人で、俺は10人。
この勝負は俺の勝ちが確定だな。
千里:ちょっと待てい!
今のは! 俺が!! 倒そうとしていたの!!!
ずりいぞ!!
結城(安吾):戦場で卑怯もクソもねえよ、バカ野郎。
千里:むきー!
九十九:あんたたち、喧嘩するのは後よ。
千里:そうだ、大将の首は残っているからな!
お前より先にブッ飛ばせばいいだけだ!!
結城(安吾):はん!
やれるもんなら、やってみろチビ助!!
千里:なにをー!
あいた!!
九十九:もうちょっと緊張感を持ちなさいよ、アンタらは……
千里:だから何で俺だけが拳骨を喰らわないといけないんだよー!!
【当然拍手をしだす大野妙心、その表情は余裕であった。】
結城(安吾):あっ?
拍手とは随分と余裕があるじゃねえか、大将。
妙心:いやはや、ここまでやるとは思えなかったよ。
君たちの健闘は称賛に値するよ。
結城(安吾):お前の負けは確定だ、大野妙心。
諦めろ。
妙心:おいおい、それは流石に早計ではないかな?
千里:どういうことだ?
九十九:二人とも伏せなさい!!
結城(安吾):ちい!
千里:うわっ!?
九十九:簡易式発動!
オン・シバリ・ソワカ!!
千里:どうしてさっきまでのびてたやつがすぐに起き上がるんだよ!
結城(安吾):牛沼の時と同じだ……まさか、こいつらは!!
九十九:彼らは〝生きた人間ではない〟。
そうよね、大野妙心。
妙心:ご名答、彼らは『殭屍』だよ。
まあ、彼女と比べると月と鼈の差があるがね。
九十九:あら、認めるのね。
彼女も人間ではないことも。
妙心:とぼけるなよ、怪奇探偵。
もう君は知っているだろう?
大野久美穂という人間はいない。
彼女が『白面金毛九尾の狐・玉藻前』であることを。
九十九:もちろん。
でも、納得したわ。
どうして今まで事件が露見しなかったのか。
それはそうよね、生きている屍体なのだからね。
妙心:だが、誤算だったよ。
まさか、三人も見つかってしまうとはな。
脱走するなんて予想外だ。
屍体で屍体の管理を行うには限界があるな。
今後の対策を再考しなければいけない。
あとは、術の鍛錬を――
結城(安吾):ふざけたことを言ってるんじゃねえ!
どこまで死んだ人間を侮辱すれば気が済むんだ、てめぇは!!
妙心:野蛮な癖に、生命倫理に高潔とは滑稽が極まるな。
結城(安吾):この野郎!!
千里:おい、挑発に乗るな。
九十九:残念だけど、いくら『殭屍』を生み出しても私が全てを潰す。
それとも、その余裕が示すように他に何か策があるのかしら?
妙心:正直言うと、予想以上に追い詰められているよ。
ただ……〝あの女〟の言った通りだったな。
九十九龍之介、まずはお前から潰させてもらう。
九十九:貴方が私の命を奪えると思って?
妙心:あはは、それは無理だろう。
元より君を殺せるとは思っていない。
だから……
結城(安吾):なんだありゃ……人型のお札か?
千里:それを破った……なにをしたいんだ?
妙心:封じさせていただく!
九十九:外縛の手印に、札破り……まさか……!
簡易式発動!!
妙心:もう遅い。
呪符解放・怨身黒縄縛!!
九十九:ぐうっ!
千里:龍之介!
大丈夫か!!
九十九:ちっ、やられたわ……まさか封術を使用してくるとは……
千里:封術?
九十九:……術が使えない。
千里:なっ!
妙心:これはすごい……!
忌々しいが、〝あの女〟に感謝せねばならないな!
あはははははははははは!!
結城(安吾):ちいっ!
だったら、俺が代わりにこいつらを……!
九十九:待ちなさい。
安吾、あんたがいくらやったとしてもジリ貧よ。
結城(安吾):じゃあ、どうすればいいんだよ!
お前が満足に戦えないんじゃ、俺とこのガキンチョで何とかするしかねえだろうが!!
九十九:大丈夫、千里が何とかするから。
千里:へっ?
それって、まさか……
九十九:そうよ。
久しぶりに本当の姿に戻してあげる。
結城(安吾):本当の姿ァ?
九十九:そう、千里は私の式神である猫又。
猫又は、年月を重ねた化猫の怪異。
そして、それは神通力を持つ。
この子は、かつて人間の精気を吸うことで多くの命を奪ってきた。
今でも初めて会った時のことは覚えているわ。
とても手強くて、闘い甲斐があった……だからこそ気に入った、自分の式神にしようと。
妙心:なんだ?
降参するのなら、そこで土下座をして詫びれば考えないこともないぞ?
九十九:……その言葉、これから起こる事を見た後でも言えるのかしら?
陰陽師・土御門龍之介の名のもとにおいて告げる。
汝、俗名・千里!
我、汝の真名を言の葉に示し、封じられし力を此処に開放する。
真名解放――悪行罰示神・仙狸!!
結城(安吾):なっ、ガキンチョが光り輝いて――!
どうなって――
仙狸(千里):……何度も言わせるな、誰が童だ。
結城(安吾):えっ……お前、まさか、あのガキンチョなのか?
九十九:仙狸。
命令よ、久しぶりに派手に暴れなさい。
仙狸(千里):相承知した。
妙心:ふんっ、姿が変わっただけではないか!
苦し紛れも片腹痛いぞ!!
行け、『殭屍』たち!!
結城(安吾):なっ、18人全員をアイツ一人に!
やべえ!!
九十九:大丈夫よ、安吾。
私の式神、強いから。
結城(安吾):あっ?
仙狸(千里):死して尚、道具の様に生き永られ……泣き叫ぶ魂の声が聴こえる。
ならば送ろう。
弔いの炎を以て、汝らの魂を極楽浄土へ――『猫鬼炎廊裹』。
九十九N:仙狸の身が炎へと化し、殭屍たちを包み込む。
彼らを火葬するための焔。
炎に包まれた殭屍たちは苦しみにのたうち回ることはなく、ただじっと立っていた。
妙心:おい、殭屍たち!!
何をしている、最期まで戦うんだ!
戦え!!
九十九:無駄よ。
誰もあんたの言うことは従わない。
妙心:なっ!
結城(安吾):よそ見をしているんじゃねえよ。
妙心:坂口安吾……!
いつの間、に?!
結城(安吾):覚えとけ、クソ野郎……命、なめんな。
おらぁ!
妙心:がはっ!
【安吾の力を込めた拳で大野妙心の顔面を殴りつける。】
【妙心は殴られた勢いで背中を地面に思いっきり叩きつけられる。】
結城(安吾):そこで寝ていろ。
……新十郎を悲しませるようなことを二度とするな、大馬鹿野郎。
仙狸(千里):大丈夫か、龍之介。
九十九:ええっ、なんとかね。
奴が気絶したことで、術が解けたけど後遺症で少し力が落ちているわ。
久しぶりね、その姿。
仙狸(千里):そうだな、久しぶり過ぎてまだ十分に発揮できていない。
結城(安吾):無事か、怪奇探偵。
九十九:ありがとう、大丈夫よ。
すまなかったわね、安吾。
いくら貴方とはいえ、新十郎に友人を殴らせることをさせてしまって。
結城(安吾):気にするな……あいつだって理解しているさ。
それよりも、まずは全て終わらせてからだ。
千里N:突然、勢いよく扉が開かれる音がした。
三人の注意が一転に集中する――玉藻前がいた。
荒い息を立て、髪も服を乱し、表情は怒りで満ちていた。
玉藻前:はぁ……はぁ……
九十九:まさか、アッチから来るなんてね……
結城(安吾):それにしても、おかしくねえか?
どうしてあんなに弱っているんだ?
玉藻前:みょ、う……しん……?
あっ、ああっ……あああああああああああああ!!!
仙狸(千里):あいつのところに……させるか!!
玉藻前:どけえええええええ!
仙狸(千里):ぐあっ!!
九十九:簡易術式発動!
玉藻前:邪魔をするなあああああああ!!
九十九:っつ!
結城(安吾):しゃらくせえ!!
玉藻前:あああああああああああああ!!!
結城(安吾):かはっ!
【玉藻前は大野妙心の元に辿り着くと抱きかかえる】
玉藻前:妙心……妙心……!
妙心:く、みほ……いや、玉藻前……
よく、聞くんだ……私を、喰え……
玉藻前:っつ!
妙心:そして、奴らを……喰い、殺せ……!
そうすれば、あなたを……
玉藻前:はぁ……はぁ……妾は、妾は……!
妖術師:『いつまで悩んでいるのですか?』
玉藻前:ぐうっ……あ、たま、の中から……声が……!!
妖術師:『さあ、大野妙心は喰われることを望みました』
『何を迷っているんですか?』
『さあ、お食べなさい』
『あなたは呪いから解放され、力を取り戻す』
『そして――』
玉藻前:あああああああああああああああああ!!
□シーン7
夜長姫:この霊力は……!
まさか、玉藻前が目覚めたの……!!
止めてください!
夜長姫N:事の事態を理解し、乗っていた馬車から降りた。
形振り構っておらず、加納梨江から夜長姫へと変わる。
周りは騒然とするが、それを無視し、神通力を使い急いで目的地へと向かう。
最悪な事態が起こったのだから――
(間)
九十九N:一心不乱に玉藻前は大野妙心を喰らう。
首に噛みつくと鮮血色が吹き上げ、そしてそこから血を吸った。
それが終わると、次に顔、腕、胸、腹そして足へ。
骨を砕く音と共に喰い続けた。
あまりの光景にただじっと見ている事しかできなかった。
妖術師N:そして、その光景を鏡で通して見て、満足そうな笑顔を浮かべる女がいた。
妖術師:女は愛した男を喰い、呪いから解放され、そして――捻じれ狂い堕ちる。
妖術師:『夫れ太極の一理』
『陰陽の両儀と別れてより』
『天あれば地あり』
『暑あれば寒あり』
『男あれば女あり』
『善あれば悪あり』
『吉あれば凶あり』
『されば乾坤開闢』
『呂律の気は清みて軽きは昇って天となり』
『濁りて重きは降りて地と成り』
『中和の霊気大となれり』
『其の大気、禽獣となる時に』
『不正の陰気凝って一箇の狐となるあり』
『開闢より以来、年数を経て終に姿を変じ』
『全身金色に化して面は白く九ツの尾あり』
『名つけて白面金毛九尾の狐といへり』
『元来邪悪妖気の生ずる所ゆへ世の人民を殺し盡くし魔界となさんとす』
妖術師:――さあ、全てを殺し尽くしなさい。
□シーン8
玉藻前:クフフフ……アハハハハハハハハハハハ!!
ふぅ……妾は、何をしていたんだろうな……
長い夢を見ていた気分だ。
仙狸(千里):最悪だ……
玉藻前:んっ、なんだお前たちは誰だ?
名を名乗れ、妾の御前であるぞ。
仙狸(千里):あいつ、俺たちのことを覚えていないのか……?
九十九:初めまして、玉藻前。
玉藻前:んっ?
どうした、満身創痍ではないか。
九十九:ええっ、あなたのせいでね。
玉藻前:それは済まなかったのう……ちゃんと殺していなくてな。
安心せよ、次は殺す、絶対にな。
……それにしても其方、実に忌々しい血の匂いがするな。
晴明の奴と同じ匂いだ。
九十九:ご名答よ。
この身には、偉大なる祖・安部播磨守晴明の血が流れている。
お初目にかかる。
我が名は九十九龍之介、改め、土御門龍之介。
玉藻前:なるほど、末裔というわけか。
クククッ……これはとんだ好機だな。
妾の妖力で形作られた刀で切ってやろう。
ひとつ、ひとつ、丁寧にな。
だが……
九十九:んっ?
玉藻前:まだまだ足りないな。
九十九:足りない?
玉藻前:お前を殺す前に、空腹感を失くしておきたいのだ。
そこの式神を喰うのもいいが……今は人間が良い。
ほら、いるではないか、そこに倒れている男が。
しかも魂を2つも内蔵している……ご馳走だ。
九十九:仙狸!!
仙狸(千里):わかってる、燃えろ!!
玉藻前:っつ!
仙狸(千里):効いたか?!
玉藻前:――これが神通力とは片腹痛いな。
仙狸(千里):なっ、火を一瞬で……
がっ!!
玉藻前:驚いて逃げることを忘れたのか?
このまま首を掴んだまま、妾の炎を喰らったらどうなるんだろうな?
仙狸(千里):はな、せ……!
玉藻前:見せてやろう。
――狐炎辺獄・城郭炎上!!
仙狸(千里):ああああああああああ!!
九十九:急急如律令!
玉藻前:んっ?
九十九:オン・ビロバクシャ・ノウギャ・ヂハタエイ・ソワカ!!
玉藻前:見事な水の濁流だ。
水神を従える広目天の真言……これに巻き込まれれば無事では済まされないだろうな。
だが……妾には手が届かぬな、ふん!!
九十九:一瞬にして大量の水を蒸発させるとは……流石ね。
玉藻前:ほう、妾の背後に回るとは……それに、腕を切るとは驚きだ。
その素早さ……禹歩を使ったな?
小賢しい真似を。
九十九:ごめんなさいね、うちの式神とあなたが求めるご馳走を助ける必要があったから。
玉藻前:腕の一本や二本くれてやる。
すぐに再生することが出来るからな……ほら、元通りだ。
九十九:ちっ……わかっていたけど、あまりの強大さに嫌になるわね。
玉藻前:それに百鬼夜行除けの結界とは芸達者だな、だが……
九十九:っつ!
玉藻前:簡易発動かつ、十全ではないお前が創ったものなど壊すのは簡単だ。
さあ、どこまで耐えられるかな?
九十九M:状況は……最悪。
きっと、この結界は壊される。
私一人を犠牲にすることで、果たして彼らを救えるのか……
あぁ……奇跡を信じてしまうのはきっと……私、本当にやばいのね。
□シーン9
夜長姫:はあっ!!
【夜長姫の妖力で生み出された大刀の斬撃を、玉藻前は持ち前の刀で防ぐ】
玉藻前:ほう、立派な首切り包丁だ。
夜長姫:っつ!
玉藻前:この妖力……両面宿儺と似たものだ。
アハハ、アハハハハハ!!
土御門に、両面宿儺……最高のご馳走ばかりだ!!
夜長姫:こんのっ!
玉藻前:興が乗った!
まずは其方から相手してやるぞ、宿儺ァ!!
九十九N:玉藻前の対象が、夜長姫へと変わった。
二人の剣がぶつかり合い、激しい剣戟が繰り広げられる。
刀がぶつかる度に強い衝撃波が放たれる。
玉藻前:楽しいな!
久方ぶりの殺し合いがこんなに心躍るものとはな!!
夜長姫:それは、どうも!!
玉藻前:ふんっ!
夜長姫:まずい……吹き飛ばされる……!!
九十九:おっと、危ない。
夜長姫:あなたは……九十九龍之介……!
九十九:まさか来るとは思わなかったわよ、姫様。
夜長姫:あなた、傷だらけじゃない……ちょっと、新十郎さんは無事よね?!
九十九:大丈夫よ、王子様は結界の中で……
結城:梨江さん!!
九十九:あら起きちゃったみたい。
もちろん無事よ、彼も満身創痍だけどね。
夜長姫:……生きているのなら、いい。
結城:どうして来たんですか、梨江さん!
いや……夜長姫!!
夜長姫:新十郎さん、貴方に謝らないといけないの!
結城:えっ……
夜長姫:あなたが愛した〝加納梨江〟は、私が作った〝まやかしの存在〟。
全ては、貴方に愛してもらうために!
夜長姫宿儺は醜い鬼で、大事な親友を殺した仇となる存在!
だから愛して貰える筈はない!!
だから……嘘をついたの……でも、それは今日でおしまい。
怪奇探偵!
九十九:なに?
夜長姫:絶対に新十郎さんを守りなさいよ。
死なせたら、苦しませて殺すから。
九十九:ええ、わかったわ。
玉藻前:……話は終わったか?
夜長姫:ええ、今生の別れは済ませたわ。
玉藻前:今生の別れか……果たして其方の命を犠牲にしても妾を殺すことは出来ぬとは思うぞ?
無駄死にだ。
夜長姫:好き勝手に言いなさい。
慢心は身を滅ぼすわよ。
玉藻前:覚えておこう、すぐに忘れると思うがな!
夜長姫:っつ!
玉藻前:受け止めるだけではどうしようもないぞ!
夜長姫:うっさい!!
(間)
結城:九十九先生……
九十九:新十郎、夜長姫のことは――
結城:気付いていたんです。
九十九:えっ?
結城:彼女と知り合って、それなりの年月が経った後ですけどね。
親友を殺した仇が、まさか……愛した人であったことに気付いたのは絶望しました。
加納梨江を演じた彼女の言葉は全て偽りで、いつかはそれを暴露して自分を絶望に陥れるんじゃないかって。
九十九:…………。
結城:ただ……
九十九:ただ?
結城:それでも、私は彼女を愛してしまった。
心の底から。
向けられた気持ちが偽りかもしれないのに。
九十九:……そうね、その可能性があるわ。
〝かつての夜長姫〟だったらね。
結城:えっ?
九十九:〝今の夜長姫〟は違う。
結城:どういうことですか……?
九十九:見なさい、彼女の姿。
貴方を守るために必死になって戦ってる。
これが貴方を騙す演技だったら、とんだ役者ね。
短い間の付き合いでしかなかったけどわかることがある。
……彼女の、貴方への想いは偽りではないと思うわ。
もちろん、これは根拠がない私の勘なんだけどね。
結城:ハハッ……なんですか、それ……
九十九:でもね、私は探偵。
探偵である以上は外すのはご法度。
それに、一度も外れたことが無いのよ、私の勘。
結城:九十九先生……。
九十九:結城新十郎、貴方は彼女のことを信じられない?
結城:それは……
玉藻前:ほらァ!!
夜長姫:ぐっ!!
玉藻前:もう終わりか?
結城:夜長姫!
夜長姫:新十郎、さん……?
玉藻前:あはははははは!
どうやら、お前の想い人らしいな、そいつは!
夜長姫:こんのぉ!!
玉藻前:ぐっ!
押しが強くなってきたな。
だが、剣の筋が乱れているぞ!!
夜長姫:しまった!
玉藻前:隙あり、だ。
結城N:それは一瞬だった。
玉藻前の斬撃が夜長姫の身体を切り裂いた。
世界の時間が停まり、目の前が真っ白になった。
結城:夜長姫……夜長姫ェ!!!
九十九:新十郎!
結界から出たら駄目!!
結城N:ただ歩みを止めず、ただ彼女の元へと駆け寄った。
自分の事は二の次、今は、ただ、ただ、彼女の元へと……。
玉藻前:妾の姿が見えないとは、愚かしいのう。
先に始末を――
九十九:急急如律令!
玉藻前:っつ!
九十九:ノウマク・サマンダボダナン・シャカラヤ・ソワカ!!
玉藻前:ちい!
九十九:こっちも忘れては困るんだけど?
玉藻前:雷に、その真言は帝釈天か。
いいだろう。
この人間は最後にとっておく、死に損ない其方から喰ろうてやろう。
九十九:残念だけど、私、強いから。
返り討ちに合わないようにね。
玉藻前:減らず口を!!
(間)
結城:夜長姫!
夜長姫M:あぁ、声が聞こえる……愛する人の声が……
結城:返事をしてくれ、夜長姫!!
夜長姫M:意識が朦朧としてきている。
目の前の光景が霞んでいるせいで顔が見えない……こんなに近くにいるのに……
夜長姫:新十郎……さん……
結城:夜長姫!!
夜長姫M:力強くギュッと抱き締められているのがわかる。
こんなに抱き締められたのは、いつだっけ?
そう、初めて夜伽をした時だっけ……あの時は……
夜長姫:嬉しかったな……かはっ!
結城:喋らなくていい……いいから……!
くっそ、血が止まらない!
止まってくれ!!
夜長姫:どうして……そんなに悲しい顔を浮かべているんですか?
憎い相手が……死ぬんですよ?
喜ばしいことじゃないですか……
結城:黙れ!!
夜長姫:っつ!
結城:……すみません、怒鳴ってしまって。
夜長姫、貴女が梨江さんということはわかっていました。
夜長姫:えっ、嘘……
結城:けど、貴女と長く過ごし、心の底から好きになってしまった。
最初は戸惑いましたし、絶望もしました。
自分の親友を殺した女性を好きになるなんて。
貴女の言葉や思いが偽りかもしれないと思った。
本当に馬鹿ですよね、自分。
都合が悪いところは目を背け、そして自分勝手な考えを。
夜長姫:新十郎さん……
結城:貴女の事を信じようとしなかった。
貴女が偽ったのならば、自分も同じように偽った。
九十九:ぐあっ!
結城:九十九先生!!
九十九:ちっ、流石に大妖怪を単独で挑むには無理があったのかしら、ね。
玉藻前:終わりだ、土御門。
だが褒めて遣わすぞ。
ただひとりで、妾に果敢に挑み大健闘したのだ。
かの晴明とは劣るが、誇るが良い。
九十九:そいつは……嬉しいわねぇ……
結城:まずい、このままでは……!
夜長姫:新十郎さん、これを……
結城:これは、小刀……こんなものをどうしたら……
夜長姫:これで……私を殺してください……
□シーン10
夜長姫:『鬼成り』?
店主:そうだ。
『鬼成り』は、「人間を鬼するための儀式」だ、まあ呪いと同一ではあるがな。
夜長姫:人間を……なぜ、それが玉藻前を倒す――
店主:夜長姫宿儺、わかっているだろう?
其方は、もう、鬼としての力が失ってきている。
夜長姫:それは……
店主:両面宿儺の末裔である以上は、その力は絶大なものであるのは必然。
にも関わらず、今の其方は人間に近い。
だから、玉藻前には勝てない。
夜長姫:だからって……!
店主:『鬼成り』を行い、自らの命を捧げて、結城新十郎を鬼にしろ。
それが玉藻前を倒す唯一の方法だ。
夜長姫:…………。
店主:それに〝彼〟は覚悟したようだ。
夜長姫:〝彼〟……?
えっ、どうして……
安吾:よう、この姿では久しぶりだな。
夜長姫:安吾……!
だって、あなたは、新十郎さんの中に!!
安吾:こいつの力で一時的に実体化しているだけだ。
まぁ、すぐに戻っちまうけどよ。
夜長姫:待って!
どこまで聴いていたの……?
安吾:悪いが、全部だ。
夜長姫:だったら……!
安吾:分かっているさ。
それに、こいつ、ちゃんと言ってねえだろ?
『鬼成り』の行う条件を。
店主:ほう?
安吾:夜長姫だけじゃなく、俺の命も捧げる必要があるんだろ?
夜長姫:えっ?
店主:呵々、勘が良い奴だ。
その通りだよ。
安吾:じゃなきゃ、俺を呼ばねえだろ。
店主:それもそうさな。
『鬼成り』を行うには2つの条件が必要だ。
ひとつ、能力譲渡を行うためには、その能力を持つ鬼一体の命を捧げる必要がある。
ふたつ、成功するためには呪いに打ち克つ必要がある。
そもそも、『鬼成り』が知られていないのは十中八九失敗に終わる儀式だからだ。
だが、結城新十郎は違う。
夜長姫と、坂口安吾の命を捧げることで必ず成功する。
夜長姫:そんなの無責任じゃない……ただ、新十郎さんを苦しめるだけじゃない!!
安吾:それでもだ!
俺は……新十郎と、新十郎が守ろうとしている世界を守りてぇ……!
夜長姫:安吾……。
安吾:自分がやっていることがエゴで、如何に無責任であることは理解している。
学がねぇ俺ですら理解できるほどな。
だけどよ……確かにこの胡散臭い奴の言う通りならば、このままだと俺たち全員が死んで全てが台無しになる。
夜長姫、お前の反応を見るに、こいつが言っていることは間違っていないんだろ?
夜長姫:…………。
安吾:腹を括れ、夜長姫。
この悪巧みの共犯者に俺もなる、いや、ならせてくれ。
夜長姫:……本当に嫌い。
安吾:夜長姫?
夜長姫:どいつもこいつも好き勝手に言って……ねぇ!
店主:なんだい?
夜長姫:……本当にそれで新十郎さんを守れるんでしょうね?
店主:呵々、もちろん、僕は取引が成立した相手には嘘をつかないさ。
忘れたか?
僕は百鬼夜行の一員、客人神たる怪異、〝ぬらりひょん〟だよ?
自らの名を穢す真似はしないさ。
□シーン11
結城:何を言って――
夜長姫:時間が無いの!
新十郎さん、聞いて……私の命を代償にし、貴方に私の力を譲渡します。
……鬼になって貰います。
結城:えっ?
夜長姫:残酷なことだってわかってる!
自分勝手なことだってわかってる!!
でも、このままじゃ……貴方だけじゃない、貴方が守ろうとした人々や世界まで無くなってしまう。
結城:だからって、貴女の命を必ずしも犠牲にしなければいけないのか?!
他にも方法が――
夜長姫:そんな時間はないのよ!
この状況を挽回するにはこれしかないのよ!!
結城:夜長姫……
安吾:おいおい、女を泣かせるなんて『紳士探偵』失格だな。
結城:えっ……安吾!?
き、君はどうして……うぐっ!
安吾:よく聞け、新十郎。
コイツは確かにイカれた女で、人間の心を理解しようとしない奴だ。
だがな……コイツが言っていることは真実で、何よりもお前を守ることを第一優先としている。
それにな、俺も同じなんだ。
これから行うのは『鬼成り』という「人間を鬼にする儀式」だ。
……新十郎、お前には鬼になって貰う。
俺たちの命を代償に。
結城:なにバカなことを言っているんだよ、安吾!
夜長姫も!!
どうして……どうして! 二人でこんなことを勝手に決めているんだよ!!
安吾:ははっ、お前がそんなに感情を曝け出すなんて初めて見たよ。
……俺たちはとうに死んだ身だ。
ちょいとズルをしてこの世にとどまっている。
結城:だからって!!
安吾:これじゃあいけねえんだ。
それにな、新十郎。
結城:なんだよ……
安吾:さっきも言ったが……俺と、夜長姫はお前を死なせたくねえ。
お前は、この先を生きる人間だ。
未来がある。
だが、亡霊である俺たちはここでお終いだ。
……わりぃな、相棒。
お前に全部背負わせちまって。
結城:安吾……
安吾:さあ、俺からのお話はこれでおしまいだ。
本当にさよならだ……後は任せたぞ、夜長姫。
夜長姫:新十郎さん。
結城:夜長姫……
夜長姫:私は……貴方に出会えて幸せでした。
沢山の罪を犯してきた私には、貴方と過ごしてきた日々はとても輝いていました。
自分にはもったいない程の……だから、最期に言わせてください。
――愛してくれてありがとう。
結城N:彼女はそう言って、幸せそうな微笑みを浮かべた。
その笑みを見て、涙が止まらなかった。
ひとつぶ、ひとつぶが彼女の頬にぶつかる。
夜長姫:ふふっ……今の新十郎さん、小さな子供みたい……
ねえ、新十郎さん?
あの時の言葉を覚えていますか?
結城:あの時の言葉?
夜長姫:そう、安吾を生き返させ、貴方に『楔の呪い』をかけた時の言葉です。
『好きなものは――』
結城:『好きなものは、咒うか、殺すか、争うかしなければならないのよ』
夜長姫:覚えていてくださったのですね……
結城:忘れたくても忘れられませんよ、なにせ、貴方は本当に僕を殺そうとしたんですから……
夜長姫:そうでしたね……あぁ、昨日のことのように思える……貴方に出会った日を……
さあ、新十郎さん。
『鬼成り』を始めましょう。
結城:……本当にいいんですね?
夜長姫:ええっ、もちろん。
結城:……わかりました、貴方たちの覚悟を無駄にはしません。
夜長姫:儀式の前に貴方に名を授けましょう、鬼としての名を。
結城N:耳元で彼女は名を告げ、それを聴いた私は苦笑いを浮かべてしまった。
結城:夜長姫、趣味悪いですよ。
夜長姫:でも、これなら安吾は貴方の中で生き続けるわ。
結城:そして、貴女も私の中で生き続ける。
だから、〝さよならは言いません〟。
先に待っていて下さい。
すぐではありませんが、時期が来たら迎えに行きます。
夜長姫:はい、待ってます……新十郎さん。
私の愛した人……
□シーン12
九十九N:玉藻前の妖刀が自分の命を狩り取ろうとした瞬間だった。
眩い光が再び世界を包み込み、大きい金属音が鳴り響いた。
玉藻前:どういうことだ、どうしてお前如きが宿儺の力を!
九十九N:研ぎ澄まされた刃が、兇刃を受け止めていた。
長く伸びた白髪、頭に2本の角、白の死装束に黒の羽織。
そして、視界を遮ったのは彼の肩にかけられた女物の着物。
場にそぐわず柔らかくひらめくそれに、私は覚えがある――夜長姫が着ていたものだ。
玉藻前:断じて有り得ない!
人間の分際でその霊力……まるで鬼じゃないか!!
九十九N:玉藻前の狼狽した声が聞こえる。
驚くのも無理はない、実際に自分も信じられない。
目の前に立っているのは、人間・結城新十郎ではなく――
結城:――問われて名乗るも烏滸がましいが、我が身に流れる血は飛騨高沢山日龍峰寺に坐す
両面四手上人、改め名将・難波根子武振熊命と死闘を繰り広げし鬼神・両面宿儺。
畏れ多くも末裔たる夜長姫宿儺より鬼成りの儀を執り奉り、誉れ有る鬼神の力を賜った。
我が魂の真名は結城新十郎、そして賜れし諱は〝炳伍〟也。
今此処に、宿儺の力を以て貴殿を調伏す!
九十九N:そう口上を言い終えると、夜長姫と同じ大刀で玉藻前を吹き飛ばす。
玉藻前:ぐあっ!
なっ……!
結城:うおおおおおおおおおおおお!!
玉藻前:ちぃ!
万死に値する無礼であるぞ、この鵺風情がぁ!!
結城:っつ!
我が刃は、決死の刃!
三千世界の烏を殺しても、この死合に勝利をする!!
玉藻前:ハッ!
アハハハハハハハ!!
ここまでの大言壮語を吐くか!!
両面宿儺の新しき末裔・〝炳伍〟!
貴様の決死の刃、我が魂を貫いて見せよ!
九十九N:狂気に近い滾る心が互いに溢れ出し、それは剣戟の衝撃に現れた。
両者の身体に刃が切りつけられ、鮮血が周囲に飛び散る。
僅かな瞬間でも多数の斬撃が襲い掛かる。
そして、勝負の終わりがやってきた。
結城:貰った!!
玉藻前:っつ!
九十九N:結城新十郎こと、炳伍の大刀が玉藻前の身体を切り裂いた。
しかし――
結城:なっ、幻術……!
玉藻前:甘いぞ!
妾が術を使わないと思ったか!!
結城:しまった!
玉藻前:死ね!!
九十九:オン・ビシビシ・カラカラ・シバリ・ソワカ!
玉藻前:なっ……不動の金縛り、だと!
九十九:……ごめんなさいね、手は出さないつもりだったけど外法を使ったから。
玉藻前:こんな脆弱なもので、妾を縛れるはずがな――
九十九:そんなことはわかってる、ただ、隙が欲しかっただけだから。
玉藻前:隙……まさか……!
九十九:決めなさい、新十郎。
結城:今度こそ貰ったぁ!!
玉藻前:しまった……あああああああああああああ!!!
結城:我が刃、其の魂を両断す……!
玉藻前:……見事、だ……其方たちの勝ちだ……
人間を侮っていたようだ……ククッ……あの小娘が言ってた通りになったな……
結城:……最後におひとついいですか、玉藻前。
玉藻前:良いぞ……勝者には応えればならないな……
それに、妾は後もう少ししたら消滅する……長くは話せぬぞ……?
結城:はい……黒田妙心という男の名は覚えていますか?
玉藻前:……何者だ、聞いたことが無い。
結城:では……世良田摩喜太郎という名は?
玉藻前:その名も聞いたことが……いや、あるかもしれないな。
結城:えっ?
玉藻前:……不思議なことだ。
はは……何故だろうな、涙が止まらぬぞ……
妾は、この名の男を大切にしていたのか?
顔も声も覚えておらぬ男に?
だが、涙が止まらない……あぁ、せめて、思い出すことが出来れば良かった……
結城:……消えてしまいましたか。
せめて、あちらでは――
□シーン13
千里N:事件から2週間後――。
戦いの末に『別天教』本殿は崩壊し、瓦礫の山となった。
しかし、今では何もない更地となっていた。
千里:もう、なにもねえんだな。
九十九:そうね。
まあ、今回の件は御霊部の連中が黙っている訳ないからね。
秘匿の為に対応するとは思ったけども、こうも素早くされるとは。
千里:……そうだな。
九十九:それに、これから面倒な事が待ってるしね。
千里:だーよーなー!
うへぇ……あの女の尋問、嫌いだわ。
九十九:それは、私も同意見。
きっと一発殴られるわね。
千里:おっ、そいつは見物だぜー
あいたぁ!
九十九:ヒトの不幸を笑っていたら罰が当たるわよ。
千里:もう当たったわ、バカ!!
結城:九十九先生、千里さん。
九十九:んっ、やっぱり、あなたも来たのね……新十郎。
結城:はい……あの事件から、もう2週間も経過したのですね。
時の流れはあっという間です。
九十九:そうね。
貴方のほうは大丈夫なの?
身体も、能力の方も。
結城:ええっ、なんとか落ち着いています。
九十九:そう。
結城:そういえば、こないだ宮内庁御霊部に呼ばれました。
監視対象になってしまうそうです。
危険と判断されたら、即刻処分。
九十九:その感じだと、私の姉が言ったそうね。
もう少し手心があればいいんだけど。
結城:仕方ありませんよ。
もう私は人間ではないのですから。
九十九:後悔してる?
結城:まさか、全く後悔していませんよ。
死ぬまで守っていきます。
……この世界を守るために、夜長姫と安吾が遺した生きた証。
力に溺れるような真似はしません。
九十九:強いのね、貴方。
結城:ありがとうございます。
それに……
九十九:それに?
結城:私も〝そっち側〟の人間になってしまいました。
なので、お二方とは長い付き合いになりそうですね。
九十九:ふっ、確かにそうね。
まあ、はぐれ者同士、仲良くしましょ。
結城:喜んで。
千里N:九十九龍之介と結城新十郎が固い握手を交わす。
すると、新十郎が何かを思い出しかのような表情を浮かべる。
結城:九十九先生、おひとつ、お聞きしたいことが……
九十九:なに?
結城:目黒にある古書堂、『百夜堂』をご存知ですか?
(間)
店主:いらっしゃい、生憎だが本日の営業時間は……おや?
君達か、いつかは来ると思っていたよ。
特に、結城新十郎、君をね。
九十九:京極、あんたの仕業ね。
店主:はて、何のことやら?
九十九:とぼけるんじゃないわよ、あんたが教えたのね。
夜長姫に『鬼成り』を。
店主:…………僕は最適解を与えただけにすぎない。
それに、夜長姫はどちらにしろ、長くこの世にはいられなかった。
千里眼を通して見させて頂いたよ。
あやつの最期は実に好い見せ物であった。
九十九:アンタねぇ!
結城:いいんです、九十九先生……そうですか。
店主:結城、君という人間は不思議だ。
ここで、僕を殺すものかと思ったが……一切の憎悪を感じられないとは……
結城:貴方には借りが出来てしまったようですね。
時が来たならば、熨斗をつけて〝お返し〟しますよ……
店主:ほう……〝お返し〟、か。
結城:こんな"禁じ手とも言える方法"を知っている貴方だ。
もっと他にやりようがあったのでは?
いえ、鬼となったことは憂いていません。
ただ、人の理を外れて……思い至る節があった、と言うだけです。
店主:呵々!
そうか、そうか!!
これは面白いことを言うな!!
結城:減らず口を……
店主:そうだ、僕を愉快にした褒美として〝ある話〟を教えてやろう。
世良田と玉藻前の馴れ初めを――
結城:いえ、結構。
彼らは愛してあっていた。
最後は悲劇だったかもしれないですけど、それでも彼らは愛しあっていた。
それで充分です。
店主:…………つまらんやつだ。
なぁ、九十九。
九十九:なに?
店主:またしても、蘆屋の妖術師を出し抜いたそうだな。
相変わらずの不倶戴天の関係だ。
九十九:……やっぱり、道冥の奴が関わっていたのね。
あんた、〝彼女〟がお気に入りなの?
店主:馬鹿を言うな、むしろ僕はお前を気に入っているよ。
奴はあくまで「僕の興味を引くもの」への添え物でしかない。
何か一遍に固執してる存在はやがて飽きが来る。
九十九:ホント、碌でもないわね。
結城:九十九先生、行きましょう。
これ以上、長居は無用です。
九十九:え、ええっ、そうね。
店主:そうか、もう帰るのか。
結城:店主。
店主:なんだい?
結城:鬼とはよっぽど私よりも、貴方の方が相応しいようだ……
店主:面白いことを……鬼がそう言うとは。
残念だけれどね、僕はしがない古書堂の主人さ。
鬼なんて大仰なもんじゃない。
結城:そうですか、ではお邪魔しました。
店主:またのご来店をお待ちしております。
(間)
九十九:驚いたわ。
結城:何がですか?
九十九:あのクソ店主はあんなのでも、神様の一人ではあるのよ。
そんな奴相手に、あんな過激で皮肉めいたことを言うなんて。
貴方……そんな性格してたっけ?
結城:そうですね……夜長姫の気がそうさせるのか、
安吾の気がそうさせるのか……ふふ、きっとどちらも、なんでしょうね。
九十九:変わったわね、貴方。
結城:そうですか?
九十九:もちろん、良い意味でね。
……さて、新十郎、この後時間はあるかしら?
結城:ええ、もちろん。
九十九:すぐ近くに電気ブランが旨いジャズバーがあるの。
どうかしら?
結城:喜んで。
僕もなんだか、一杯飲みたい気分になりました。
九十九:それじゃあ、行きましょう。
結城:はい。
千里N:二人を遠くから眺める女がいた。
忌々しい表情を浮かべ、女――蘆屋道冥は静かにこう言った。
妖術師:不愉快ね。
千里N:女はそう言葉を吐き捨てると、一瞬にして消え去った。
次の災いを起こすために――。
□シーン14
安吾:んっ……ここは……船、か?
夜長姫:やっと起きたのね。
安吾:おわぁ!?
ビックリさせんなよ!!
夜長姫:寝ぼけている貴方が悪いんでしょうが。
安吾:わりぃ……てか、なんでお前と一緒なんだよ!
夜長姫:私たちは、今、三途の川を渡っているのよ。
この船でね。
安吾:三途の川……あぁ、本当に死んだんだな、俺たち。
夜長姫:まったく……死んでも騒がしいのは貴方らしいわ。
安吾:まあな、それが俺だからな!
夜長姫:そうね。
安吾:…………。
夜長姫:…………。
安吾:なぁ。
夜長姫:なに?
安吾:もし、生まれ変わることが出来たら何になりたい?
夜長姫:藪から棒に、可笑しなことを。
安吾:良いから、答えてくれよ。
夜長姫:あなたのそういう下品なところが嫌いよ。
安吾:悪かったな、そういう人間なんだ。
で、何なんだよ。
夜長姫:そうね……まあ、普通の女の子にいいな……
普通に勉強して、花嫁修業して、結婚して、母親になって……そんな平凡な人間になりたい。
安吾:ぷっ、あはははははは!!
夜長姫:ちょっと、あなたが言えって言ったから折角真面目に答えたのに!
安吾:わりぃ、わりぃ。
まさか、そんな答えが返ってくるとは思わなかったからさ。
夜長姫:本当に不愉快、嫌い。
安吾:悪かったって。
夜長姫:もう……それで、安吾はどうなんですか?
安吾:俺か?
そうだな……次、生まれ変わるなら『小説家』になりてえなぁ……
(END)
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探偵・九十九龍之介の怪奇手帖 -堕落の因果- 急:比翼連離
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スペシャルサンクス:こーたぬ