聖夜の宴
市内の主要な繁華街からは離れた閑静な住宅街。
十二月に入って寒い日が続いているが、今日は青空が広がり太陽が頑張って地球を暖めている。
そんなとある日の昼下がり、道路の端にうずくまっている人がいた。
身なりが綺麗で、その佇まいから品の良さを感じさせる老齢の女性。彼女は腰に手を当てて座り込んでおり、傍らにあるビニール袋からは大根や葱が顔を覗かせている。
「だ、だいじょーぶ、ですか?」
昼間は人通りが少ないのだが、そこへ運良く小学校高学年の女の子が通り掛かり、座り込んでいる老女に声を掛けた。声をかけられた老女は女の子に対しては柔らかい笑顔を見せたが、それでも痛みからか、笑顔が引きつっているように見える。
「え、ええ。ちょっと、転んじゃってね……ありがとう」
「立てますか?」
女の子が手を伸ばすと、老女はその手を握り立ち上がった。
「家は近くですか? 私、お手伝いします」
女の子は自身の胸をぽんと叩き、頼もしい笑顔で老女の買い物袋を持ち上げる。
「ありがとう。あなたにはお礼をしなくちゃね」
「い、いえ、そんな」
「いいのいいの。家はすぐ近くだから、そこまでよろしくお願いね」
清く正しい、微笑ましい光景。現代ではご近所さんどころか隣人との接点すら希薄なものとなりつつあるのに、ここには素晴らしい人間関係が構築されていた。
情けは人のためならず。こうした親切が巡り巡って自分に返ってくるだけでなく、多くの人の間で親切が循環してゆくことが、幸せな社会に近づく第一歩であると思う。
しかしそれを逆手に取った落とし穴も存在する。
君子危うきに近寄らず。そもそも他人と関わらなければ犯罪に巻き込まれる確率は低下する。知らない人には付いて行かない。子供にとってはそれが最大の防犯対策となるのだろう。
◇
窓も、ドアも、開かない。
すりガラス越しに光は入るが、外の様子はわからない。
声を上げればひどくぶたれるから、私はいつしか静かに、大人しく過ごすようになった。
言うことを聞いていれば、何もされることはない。食事も出してもらえるし、トイレやお風呂も頼めば行かせてくれる。ただただ時間が、とてもゆっくり流れてゆくだけだ。
だけどこの部屋では何もすることがなくて、いつも暇をもて余している。
「ほら、お友達だよ。いいかい、この子も、あんたが大人しくさせるんだよ?」
独りで過ごしていたこの部屋にもう一人、新たな住人がやってきた。
私より小柄で、たぶん小学生くらいの女の子。
乱暴に引きずられながら運ばれてきたその女の子を、床に放り出される前に私が抱き止める。弛緩した身体は、大きさ以上に重たく感じた。
すうすうと静かな寝息を立てるその顔はとてもかわいらしい。
たぶん、だから、ココにいる。
柔らかな髪を撫でる。
前から妹がほしかったな、と思っていた。
だから、少し嬉しい。
…
あと二日でクリスマス。
この家にもサンタさんは来てくれるのかな?
…
壁にもたれて座り、女の子を抱きかかえている。
むにゃむにゃとかわいい寝姿は、ずっと見ていたいと思う。
顔にできてしまった痣も綺麗になってきた。大丈夫。大人しくしていれば、傷つけられることはないはずだから。
◇
「ほほう、クリスマスには間に合いそうかい」
「ええ。まだ足りませんけど、ね」
「いやいや、お前さんはいつまでも若々しくて、羨ましいよ。ワシはもうだいぶ、頭も身体も衰えてしまったからのぉ」
「あら、それならあなたも一緒に召し上がればよろしいのに」
「……ワシは遠慮するよ」
「それは残念ねぇ。あなたも若いエキスを摂れば、こんなにイキイキと過ごせるというのに―――」
聖夜の宴