幻の楽園(八) Paradise of the illusion
幻の楽園(八) 真夏の島
Paradise of the illusion
真夏の島
君といた夏は、もう遥か彼方。
どこまでも青い空は高く。
水平線の彼方。深く碧い海は、夏の光に輝く。
吹いて来る風と、潮の香り。穏やかな潮騒。
太陽の焼けつくような、眩しい日差し。
肌を小麦色に焦す。
南風に乗って、いくつもの畝りが押し寄せてくる波。
海に向かい。水飛沫を浴びて、ただはしゃいだ。あの夏の日。
君の甘いココナツオイルと潮風の香り。
灼熱の午後。
君の濡れた黒髪。頬をつたう水滴。熱い視線の先の大きな瞳も......。
あの夏には。あの夏には。
あの夏には二度と帰れない。
永遠に帰れない。
虚しくとも、時は無情にも過ぎ去った。
*
午後の早い時間だった。川崎慶は、ショッピングモールで買い物を楽しんでいた。
ふと、背後から声を掛けられた。
「川崎じゃないか?」
何か懐かしいその声に、なかば習性のように反応して彼は後ろを振り返った。
そして、軽く驚いた。
「えっ?」
そこには、昔と変わらない笑顔の神田隆一が若い女性と立っていた。
「よお。久しぶりだな」
「隆一?えぇ?久しぶりだなぁ」
それから、慶は彼の隣りにいる若い女性を見て更に驚いて目を疑った。
そこには、あの頃の南沢遥が立っていた......。
いや、違う。違う。彼女であるはずがない。
僕達は、随分と歳を重ねたはずだ。そうだろ?
大学を卒業したのは何年前だ?
もう遥か彼方の出来事になってしまった。
慶は、しばらく茫然として彼女をみた。
本当に彼女じゃないか?そう思うほど似ている。
あれから随分と経つ。僕は、年相応に歳を重ねている。時間は充分に過ぎ去っている。
慶は、自分の中に起こる動揺をなんとか抑えて平静を装った。
自分の錯覚である事を心に言い聞かせながら、再び彼女を見た。
見れば見るほど、あの頃の彼女にそっくりだ。
彼女を眺めていると、言葉では言い表せない様な複雑にして妙に切ない気持ちになった。
僕の視線に気がついたのか、彼女は、恥ずかしそうに頬を染めてうつむいた。
それに気づいた神田隆一が、彼女を紹介した。
「あぁ。僕の娘だよ」
「えぇ?娘さん?」
「そう」
「そうか。娘がいるとは、知らなかったな」
彼の隣にいた彼女は、僕を見て恥ずかしそうに、はにかんだ。それから軽く頭を下げた。
その仕草が、あの頃の彼女そっくりだ。色白で、少し甘く幼い雰囲気がほんのりと可愛らしい。ほんのりと熟れた唇に、淡い紅を彩した口元が魅力的だった。彼女と同じような黒髪は、清楚で艶やかに輝いていて綺麗だった。
僕は何とも言えない気持ちで彼女を見た。
「今度、大学生だよ。可愛いだろ?」
「あぁ」
隆一の言葉に、敏感に反応するように彼女は彼の肩の辺りを軽く押した。
「やだ、もうお父さん。恥ずかしい事、言わないでよ」
「だって、そうなんだもん。可愛いものは可愛い。なぁ、川崎?この娘、とても可愛いだろ」
隆一がニヤニヤしながら僕を見た。
隆一のこんなところは、あの頃とちっとも変わっちゃいない。人懐こくて、素直でさ。何処か憎めない。いつも少年のような目をしている。目尻のしわは幾分深くなって歳を感じさせるけども。瞳の奥はあの頃のままだ。僕は彼を見て妙な安堵感を覚えた。
それにしても、遥にそっくりだなぁ。遥は元気か?
そう言おうとして、慌てて口を噤んだ。
「あぁ。こんな、年頃の可愛い娘さんがいたなんて驚いたよ」
隆一は、ほらねと言った表情で娘を見た。
慶の言葉に、彼女は恥ずかしそうに上目遣いに慶を見た。
慶は内心、驚きを隠せなかった。遥は元気だろうか?聞きたい気持ちを抑えて愛想笑いを浮かべた。
この、複雑な気持ちは何だろう。
ついこの間の日々だと思っていた出来事が、遥か彼方の出来事になってしまった事実に改めて気がついてしまったからなのか?
もう、割り切って諦めたはずだった。とりかえしのつかない過去に後悔しているのか?
この切なくも複雑な気持ちは?何故だろう。
「じゃあな?また、逢おうよ。連絡する」
「あぁ。またな」
隆一は、慶にそう言い残し別れた。
慶は、二人の後ろ姿を複雑な気持ちで見送った。
*
あの夏には。あの夏には。
あの夏には二度と帰れない。
虚しくとも、時は無情にも過ぎ去った。
あの夏には、もう二度と帰れないんだ。
全ての誤ちに気づいても、もう時は無情にも過ぎ去った。
慶は、全てを失ってしまった喪失感を再び自覚した。
その後に来る、どうしょうもない淋しさと切ない気持ちを予感した。
幸せは、両腕からするりと抜け落ち何処かへ行ってしまった。
あぁ。今、僕は世界一不幸だ。どうしようもない絶望感と共に自覚した。
*
あれは、大学四年生の夏休みだ。南沢遥と神田隆一の三人で、小さな島に行く計画を立てた。偶然、出逢った同じゼミの中川玲子も誘って、四人で行くことになった。
その島へ行く為には、都内から車で高速に乗り二時間ほど走って太平洋を望む熱海の港から出航する。僕達は、早朝の船の便に乗る。
四人は前日の夕方に翌日の日程の詳細を決める為に、街の小さなコーヒーショップ Le soleil に集まった。
最初に慶が、いつものようにLe soleilの片側の木目のドアを開けて中に入った。その後を、遥、玲子、隆一と三人が順番に続くように入ってきた。
小さなスペースの中は、青山さんだけがカウンター越しに立っていた。
四人を見て少し驚いた顔をした青山さんは、直ぐに笑顔になって四人を迎え入れた。
「いらっしゃい。今日は、大勢だね。どうしたんだい」
「明日のスケジュールの打ち合わせなんです」
「スケジュール?」
「えぇ。四人で二泊三日の夏休みの旅行に行くんです」
「へぇ。いいねぇ。何処に行くんだい」
「離島です。真夏の島」
「いいね。真夏の島か」
「えぇ」
四人は、並んでカウンター席に座った。
「注文は、何になさいますか?」
「エスプレッソコーヒー。いつもの」
と、慶が注文した。
「はいはい。マグカップサイズね」
青山さんは、隆一を見た。
「あっ、えっと。僕はカプチーノでシナモンシュガーをまぶして」
「はい」
「私は、アップルティーソーダ」
遥が注文を決めた。
「はい、かしこまりました」
続いて青山さんは、玲子を見た。
「私は、アイスアーモンドミルク」
「はい。それでは、少々お待ち下さい」
青山さんは、注文を聞き終えるとカウンターの中で直ぐに作り始めた。
「えー。じゃあ、明日の打ち合わせをするね」
「集合場所は?」
「うん。まず離島へ渡るフェリーが一日ニ便しかない。朝の7:30に出航の便と、午後2:30の便。当然、7:30のフェリーに乗る」
「それで?」
「フェリーの出る時間は、7:30。
余裕を見て港に着くのは遅くとも7:00
には着きたい。そこから逆算して東京から高速を使い小田原厚木道路を使って二時間くらいかな。早朝だから渋滞もないだろうし。熱海まで二時間で抜けるとすると高速には5:00に乗る計算だ。いや一度休憩を入れて、朝食をコンビニで買い物する時間も含めて30分程を余裕を見て4:30かな」
「えー早いよ」
「起きれるかなぁ」
「もう少し遅くてもいいんじゃない」
「湘南の方を行こうよ」
「真夜中だから何も無いよ」
「だって通りたいじゃない。海岸線を通ったら気分も上がるでしょ」
「夜だし風景も見れないよ」
「時間の無駄だって」
「いいの、湘南を通りたいの」
効率は悪いが、若気の辺りて奴だ。気分的なムードの問題なのだ。
「そんなことしたらさ。もっと早く起きなきゃならないよ。起きれるの?」
「湘南通ると、何時頃に起きなきゃならないの?」
「更に一時間以上繰り上げだよ3:30でも微妙かな」
「みんな拾うのにも時間かかりそうだし3:00だな」
「えー。早い早い。起きれないよ」
「とにかく、複数だと余裕の時間を見とかないとね。乗り遅れたら午後の便まで待つしかないし。夕方に着くことになる。真夏の島を満喫する為にも7:30の便に乗らなければね」
「で、集合は何時なの?」
「早朝だから、僕が隆一の家に行き4:00ごろ彼の車で出発。つぎに中川さんのマンションへ行って拾う。だから中川さんは、電話するからマンションの前で待ってて」
「起きれるかなぁ」
「起きてもらわないと困る」
「運転は、僕達が交代でするから寝てて構わないからさ。車で拾う時間に起きてよ」
「わかったわ」
玲子は、渋々と承諾した。
「それから、遥の家の近くまで行って拾う。中川さんのマンションを出る時に、電話するよ」
「わかったわ」
「で?」
隆一が、急かす様に聞く。
「高速を経由して湘南を通りたいんだな?7:00までに港に着きたい。だったら、全員集まるのが、3:00としておこう」
「決定ね」
「いつも、時間は余裕を作っておくものだな」
いつも講義に、ギリギリ遅刻寸前に駆け込む隆一が説得力の無い戯言を言った。
それを聞いた玲子は、クスクス笑った。
「なんだよ。笑うなよ」
隆一が、苛立った表情で玲子を見た。
「だってさぁ。いつも遅刻寸前の貴方が言ってもねぇ」
「しょうがないな」
「何だよ。みんな」
玲子のダメ出しに、隆一が口を尖らせてブツブツと文句を言う。
「まあまあ、説明するから聞いて」
「あぁ」
「フェリーは7:30で30分後の8:00に島に着く。ホテルにチェックインして水着に着替えてから、9:00ごろに南側の海岸までホテルのボートに乗って行く。
午前中から海で遊んで昼食もその海岸の施設でシーフードバーベキューを予約済み」
「わーお」
「いいねぇ」
「ビールで乾杯だ」浮かれて隆一が言う。
慶が、注意する様な口調で言う。
「酔っ払って泳ぐと心臓麻痺で溺れるよ」
揶揄う様に玲子が言う。
「ビール好きの隆一くんは、飲み過ぎ注意」
「ちぇ。なんで俺ばっかり」
「まあまあ」遥が仲裁にはいる。
「で?」
「うん、午後三時頃まで海岸にいてからホテルへ帰る。それからシャワー浴びて自由時間。夕食は、六時。ホテルのレストランに集合。ゆっくり食事して八時すぎに港の岸壁に行って花火をしょう」
「やったね」
「花火は」
「もう買ってある」
「バケツも持ってく」
「用意がいいな」
「後始末しなきゃ、隆一くんポイ捨てしちゃ駄目よ」
また、玲子がちょっかいをだす。
「なんだよ。何故、俺ばっかり」
「まあまあ」苦笑いする様に慶がなだめる。
その後、翌日の日程まで慶は具体的に説明をした。
説明の途中で、青山さんが笑顔で注文した飲み物を各自の前に置いて行く。
青山さんは、最後に遥の前にアップルティーソーダを置いて話しかけた。
「なんか、楽しそうだね」
「うん、そうなの」
「急に決まったの?」
「前から、私が行きたいね。て、慶くんと隆一くんに提案してたの。二人が準備してくれて」
「へぇ。そうなんだ。遥ちゃんが行くなら。僕も行きたかったなぁ」
「えっ?」
遥は、ちょっと驚いた表情で青山さんを見た。
「水着姿。可愛いだろうなぁ」
青山さんは、笑顔で遥を見てそう言った。
「えっ?」
遥は真っ赤な顔で、慌てて青山さんの視線を逸らした。
「ちょっと、青山さん。いま、明日の説明してるんだから」
隆一が、二人を見て遮るようにたしなめた。
「あぁ。ごめんごめん」
青山さんは、あっさりと引き下がり何事も無かった様にカウンターで洗い物を始めた。
*
コーヒーショップを出た四人は、自動車を停めてある駐車場まで歩いた。
外はもう、すっかり夜の闇に包まれていた。
自動車は、神田隆一のネイビーブルーに近い4WDだ。
割とワイルドな走りが自慢ではあるが、乗り心地は良かった。
駐車スペースに入っていくと彼の4WDが見えた。
隆一が運転をして、助手席に慶が乗り、後部座席の遥と玲子を送った。
しばらく走ってから、遥の自宅の近くの幹線道路の道端に停車して遥を下ろした。
「家まで送るのに」
隆一が、残念そうに言う。
「いいの、この近くだから。歩いて帰れるわ」
「じゃあ、また明日」
「うん」
「寝坊しちゃダメだょ」
隆一が冗談のように言った。遥は、何も言わず微笑して応えた。それから直ぐに歩き出した。
三人は、遥の後姿を車の中で見送った。
やがて遥は、三番目の角を曲がって見えなくなった。
「さて、行こうか」と、慶が言った。
「あぁ。次は、玲子だな。何処?」
「とりあえず車だして。道を教えるから」
「OK」
それから、隆一の4WDは、玲子のマンションまで向かった。
*
「あー、眠いなぁ」
助手席の隆一が大欠伸をして伸びをした。
運転席の慶は、ダッシュボードの真ん中辺りにある時計を見た。デジタル表示の数字は3:20になっている。
もう少しで、中川玲子のマンションに着く。
昨夜、彼女を送ったから道に迷わず予想より早く着きそうだ。
眠そうな隆一がホルダーに置いてある缶コーヒーを少し飲んだ。
「もうそろそろ着く。隆一、玲子に電話してよ」
「わかった」
隆一が玲子の携帯の番号を入力した。コールが三回鳴ったところで彼女がでた。
「もしもし」
「あー、中川?」
「隆一くん?」
「もうすぐ着くよ。今、どこ?」
「マンションの入り口。部屋から降りて待ってるわ」
「了解。すぐ行く」
電話は、そこで終わった。
駅から数分ほど走ると小高い丘に、マンションがある。
煉瓦造りのマンションの、周りを囲むように緑が調和している。
落ち着いていて洒落たマンションだ。まだ夜明けには時間があるのにポツポツと部屋の明かりが灯る
「なんだ?ずいぶん、いいマンションに住んでるんだなぁ。お金持ちのお嬢様?」
「誰かとルームシェアしている。て、聞いた」
「へぇ。愛人?」
「下世話な妄想だな」
「だってさ、普通の大学生だろ?お金持ちのパパかな。結構、美人だから......」
「ハイハイ、妄想はそこまで。ほら、入り口に彼女が見えた」
「おォオ?なに、あれ。大胆」
「完璧な夏のリゾートファッションだ」
入り口に立つ玲子を二人は見た。
玲子は、一枚仕立ての夏のキャミソールドレスに身を包んでいた。淡いパールホワイトがよく似合っている。短めのスカート丈から白く綺麗にカーブした脹脛が伸びていくその落下点に華奢なサンダルに包まれた小さな足が見えた。
慶は、彼女の前に静かに車を停車させた。
玲子が、ドアを開けて車に入ってくる。
「おはよう」
「おう」
「よく眠れた?」
「全然」
玲子は、苦笑いして言った。
「さあ、すぐ出るよ。遥を拾ったら、真夏の島へ行くよ」
慶が、二人を急かすように言った。
「あぁ。夏の思い出づくりに出発だ」
隆一が応えた。
それを見て、玲子は少し微笑した。
*
慶は、昨夜と逆の手順で遥の家まで車を走らせた。
昨夜、遥を下ろした場所に遥は立って待っていた。
ビーチサンダルにデニムのショートパンツ。ボートネックの白いTシャツを身につけている。
彼女の前に、静かに車を停車させた。ドアを開けて遥が入ってくる。
「おはよう」いつもの可愛い笑顔でそう言った。
「おはよう」
「眠れた?」
「うん、よく眠れたわ」
「いいなぁ。私なんか眠れなかったのよ」
「そうなの?」
「小学生の頃は遠足の前の日は眠れない人だったの」
「あぁ、わかる。わかるその気持ち」
隆一は、おおいに共感した。
「でしょう。ワクワクして眠れないの」
「ウキウキもあるな」
「そうなの」
「さあ、出発しよう」
「よし」
僕達は、やっと島を目指し始めた。
途中、休憩に入ったコンビニから隆一が運転を交代した。
彼は、シートベルトをしていつものようにエンジンを始動させた。いつものように、ごく自然にFMラジオのスイッチを入れた。いつもチューニングしてあるのは、Ocean Bay FMだ。
助手席に玲子が乗り、後部座席に慶と遥が乗った。
*
早朝
時報のあとにふたたびラジオ番組のナレーションが入る。
静かな波の音がクロスフェードしてくる。海にいるような感覚が余韻のように残る。その後に、番組のテーマ曲のイントロが流れる。
Welcome to the Morning lounge. Ocean Bay FM.
みなさん、おはようございます。オーシャンベイFMの蒼井 渚です。
夜明け前のひととき、いかがお過ごしでしょうか。
水平線の向こう側が、やがて明るくなり始めます。
今日、一日の始まり。
夜明けから爽やかな朝までの、つかの間の時間に音楽を添えてお送りします。
魅力的な声の女性DJだった。
端正な喋り方は、きちんとした清楚な雰囲気がある。そのメリハリの効いた言葉の語尾に、ほんのりと若い女性の甘さが残る。聞いていると穏やかな印象を受ける。
さて、この時間は真夏の海辺と題して選曲をお送りします。
この間、梅雨明けしたと思ったらもう8月。早いものですね。今日のお天気は、高気圧の張り出しが強く。快晴です。真夏そのものでしょう。
彼女は、自分の言った言葉にクスクスと可愛らしく笑った。
皆さんは、もう海へ山へと遊びに行かれたのでしょうか。暑さと仕事疲れで、それどころじゃないよ。なんて、涼しい部屋で昼寝?真夏を楽しむなら今日は最適のようですよ。
夏と言っても10日を過ぎる辺りから晩夏に向けてやや陰りを帯びてきますから。今のうちに真夏を楽しんだ方が良さそうです。
一曲目は、泡になった BONNIE PINK です。どうぞ。
*
"泡になった はるか夏の日は
泡になった 愛しい夏の日は
2度と来ないかのように
ただはしゃいだ夏はすでに
足音をたてることなく
まぶたに消えた
彼の茶色い髪が風に翻るたびに
チェリーコークと潮のにおい
若すぎた遠い日のこと
あの夏は… あの夏は…"
*
彼らの乗った4WDは
まだ辺りが暗いうちに、高速道路に上がり疾走した。
道路脇のオレンジ色の照明灯が、後方へ飛ぶように流れていく。
昼間は直ぐに渋滞が発生するこの辺りも、今は走る車も疎らだった。
快適なドライヴィングの車内で、四人は色々な話を語り合い笑った。
何か気分は高ぶり、心地よく。眠気は夜明け前の闇の向こう側に吹き飛んでいた。
ラジオの音楽番組から、
今は、60年代の音楽が流れている。
アップテンポのサーフィンミュージックが、闇に溶けていくように流れている。
*
高速道路を降りて134号線を走る頃には、辺りは車の気配もなく。夜明け前の闇と共に四人の乗ったピックアップトラックの走行する音だけが残る。窓を空かすと窓の外の暗闇から、夏の夜の匂いと風が強く入ってくる。
窓際にいた、中川玲子の寒くなって羽織った白いブラウスのシャツの袖が風に靡いて音を立てる。
「この辺り何処かしら」
遥がひとりごとのように呟いた。
「湘南を通過したばかり」
隆一が、すかさず答えた。
「ふーん」
玲子が興味なさそうに応える。
「いいなぁ。私もこの辺に住んでみたいなぁ」
遥は、羨ましそうに応える。
「別荘持ってる。お金持ちの人を恋人にしたらいいんじゃない。パパ活してたら結構いいカモがいたりして」
玲子が、挑発するように遥を促した。
「えっ、いやだよ。気持ち悪い」
「うちの大学の女の子て結構さぁ。パパ活してるじゃない。おじさん相手に」
「えっ?パパ活?君は?」
神田隆一が、惚けたように玲子に応えた。
玲子は、隆一を無視して話を続けた。
「結構、やってるのよ。可愛い顔してお洒落して澄ましてるけど、割とお金に目がない」
「いい歳した金持ちのおじさんを、手玉にとるのよ。何度も逢って、その気にさせといてお金をもらうだけもらったら、相手の気持ちをスルリと躱してバイバイ」
「したたかだねぇ」
「あざとくて計算高いのよ。中には、楽しむだけ楽しむ人もいるのよ」
「そんな関係て、虚しくないか?」
「ドライなのよ。若くて綺麗なうちが華だしね」
「綺麗なうちに、玉の輿に乗れば人生楽して暮らせる。なーんて甘い考え方」
「自信過剰なんだよ。いつまでも若さや美しさが価値があると思い込んでいるんだよ。歳を取ることを計算してない」
男たちは、嫉妬の感情も含めて批判的だ。
「うちの大学の女の子、結構いるよねぇ」
玲子は、遥に話を振ってきた。
慶のいる前で、純真な遥を困らせようとわざと言ったか定かではない。玲子は、人の反応を伺って楽しむところがあった。友人としては、ちょっと厄介なところもある。
「えっ?そう?時々は、耳にするけど......」
遥は、困った様にうつむいた。
「まあ、若いうちに派手に華やかに遊びたいんじゃないの?」
慶が、あまり興味なさそうに応えた。
「いるよ。高級ブランドのバッグをもらったり。高級フレンチをおじさんと二人っきりで......」
「まあ好きにしたらいいさ。僕は、そんな子には興味も湧かない。つまらない生き方だよ」
「何故、話を遮るの」
「つまらないから。つまらない話は終わり」
慶は苛立った口調で、玲子の話を遮るようにぶっきらぼうに応えて強引に話を終わらせた。
玲子は、不愉快そうにムッとした表情になった。
お陰で、しばらく重い沈黙が車内に流れた。
「な、なぁ。別の話題にしないか」
隆一が、上手く車内の雰囲気を切り替えた。
「どんな話題?」
「そうだ。一人づつ、みんなに質問をしよう」
隆一は苦し紛れに提案した。けれどもわりといいアイデアだった。
「例えば?」
「そうだなぁ。ハーィ。みんな音楽はなにを聴くんだい?」
隆一が、ラジオ番組の明るいDJの様な口調で言った。
みんなは、クスクスと失笑した。
「で?」
「一人ひとり巡回してみんなに質問する。一斉にみんなで答えて理由を言う。その時、みんなは、共感したらいいね。残念ならよくないね。を手を使ってジェスチャーする」
「面白そう」
「いいね」
隆一が親指を立てていいねのジェスチャーをする。
「それじゃぁ質問ね」
「じゃあ、今日のパンツの色?あっ、俺さぁ。履いてなかった」
「えー」
「セクハラ」
「馬鹿じゃないの」
みんなは、口々に隆一を笑いながらクレームをつけた。
隆一は、人を穏やかにさせる。本当に天才的に上手い。
先程の険悪な雰囲気は、車の窓の隙間から夜明け前の闇へ逃げ出してふっ飛んで行ってしまった様だった。
*
5問目あたりから会話がフェードアウトして音楽が鳴り響く。
四人を乗せた白いピックアップトラックは、音楽とともに夜明け前の闇を疾走して、やがて夜明けと共に小さな港町に着いた。
フェリー乗り場の辺りは、閑散としていてまだシャッターは閉まっていた。
*
隆一は、車の後部席で横になって寝ている。
遥と慶は、二人で埠頭に行き夜明け前の水平線をみている。
玲子は、車の助手席をおりて、二人の方へ歩いて行った。
「さつきはごめんね。なんか嫌な事を言っちゃった」
玲子が二人の背後から声かけて謝った。
二人は振り向いて玲子を見た。
「いいよ。もう済んだ事だし」
「楽しい雰囲気を台無しにしたみたい」
「そんなに気にしなくてもいいよ。そんな事より、これから始まる真夏の島の一日を楽しまなくちゃ」
慶は、玲子を見て少年のように笑った。
*
暗闇だった夜空は、東の彼方から明るくなり始めた。深いブルーから急速に変化していき、淡い水色とピンク色に染まる。やがて、水平線の向こう側から燃えるような太陽の光が差し込んできた。
真夏の始まりだ。
夜明け前は四人だけだった港に、やがて島に渡る観光客が集まってきた。30人くらいはいるのだろうか。
港で四人は待機していると、やがて、定期船が入港してきた。岸壁に接岸すると
待機していた観光客は整列して順番に船に乗り込んでいった。
僕達は順番を待って岸壁から、島に行く船に乗った。
船が出発する頃には、完璧な夏空の朝を迎えた。
船が島に着く間、慶と隆一は甲板で日光浴をした。
二人は、Tシャツを勢いよく剥ぎ取り裸になるとショートパンツ一枚でゴロリと甲板に仰向けに寝そべる。
「気持ちいいなぁ。なぁ慶」
「そうだね」
「ねぇ。遥も玲子さんもやってみない?気持ちいいよ」
「ダメよ。日焼けするし」
「水着に着替えるのおっくうなら手ブラでいいよ」
「駄目。もう、何言いだすか」
遥は、冗談に真面目に応える。
「二人とも、本当に馬鹿ね」
玲子は、呆れたように二人を見た。
慶は、瞼を閉じた。
高く青い空と、深く碧い海。
吹いて来る風と、潮の香り。
ジリジリと肌が焼けつくような
太陽の眩しい日差し。
心は果てしなく解放感に満ちて自由だ。
輝くような真夏の朝の海がそこにあった。
*
僕達は、島に着くとホテルにチェックインした。
昔ながらの旅館に一部屋だけ予約しようと電話してみたが、夏のシーズンは予約でいっぱいで空いてなかった。結局、島にあるもう一つのリゾートホテルにツインの部屋が二つ空いていたので予約した。
部屋で水着に着替えた後、羽織る服を着た。
四人は、ロビーに集まった。
遥は淡いブルーの、可愛いワンピースの水着を身につけていた。
玲子は黒の、セクシーなセパレートタイプの水着を身につけている。
隆一は彼女達を見て、口笛を吹いた。
慶も二人を見つめた。
玲子が「どこ見てるの、馬鹿ね」
と、たしなめた。
四人は、岩壁まで歩いていきホテルの用意する午前中のボートに乗って海岸へ行った。
海岸は素晴らしかった。深さは十メートル以上ある、海底が澄んでいた。
真っ青な夏の空に、何処までも続く水平線。海面は夏の日差しに、キラキラ輝いていた。
*
昼食は、予約しておいたホテルの海の家で、シーフードバーベキューを食べた。
ジュージューと、火網のうえのハマグリが口を開く。海老も赤く色艶く。
醤油の香ばしい香りが煙と共に漂う。
四人は、ビールで乾杯して、シーフードを夢中で食べた。
「ほら、海老焼けてるよ。誰か食べろよ」
「帆立焼くから」
「海老、美味しい」
「だろう。俺が焼いたからな」
「誰が焼いても美味しいよ」
「あっ。言ったな。この野郎」
「ほらほら、喧嘩しないのビール飲んで」
「炊き込みのおにぎりがきた。みんな食べろ」
「美味しいね」
「ほらほら、イカもサーモンも野菜も食べごろだ」
「やだ、醤油ちらさないでよ。バカ」
「隆一、さっきからビールばっかり食べろよ」
「そうだよ。隆一くん、飲み過ぎだぞ」
「えっ?食べてるて。玲子、絡むなよ」
シーフードの塩加減は強い。その、しょっぱさと潮の香りが真夏の島の真昼時にいい関係を保っている。四人は笑い燥ぎながらシーフードバーベキューを楽しんだ。
*
吹いてくる様に、素肌から汗の滴と海水が滴り落ちる。
溶けて行くような熱い夏の海辺の午後。四人は、真夏の島の海岸で心一つに繋がった。
四人は午後の遅い時間まで、海岸で過ごした。好きなだけ泳ぎ。波打ち際で戯れ燥いだ
。疲れたら砂浜のパラソルのあるベンチシートに寝転がりコパトーンをたっぷりぬって昼寝をした。
慶は、時々、起き上がり。サングラス越しに海をみた。水平線は青く燃えるようにゆらいだ。
蜃気楼の様な入道雲が空に見えた。
今日の出来事さえも蜃気楼ように消えてしまいそうな気がした。
*
夏の太陽が西に大きく傾くころに、四人はホテルに帰ってきた。
四人は、二つ部屋に別れて入いると順番にシャワーを浴びた。
隆一のあとで、慶はシャワーを浴びた。真夏の午後の肌の火照りを取り除く様に、髪と身体を洗ったあとシャワーを浴びた。
シャワーを終えるとバスタオルで水滴を存分にふきとり髪を乾かしながら鏡の中の自分を見た。
スッキリした気分の中に、夏の一日を満喫して肌はほんのりと日焼けした自分がいる。慶は、満足した様に鏡に向かって微笑した。
浴室を出て冷蔵庫の前まで歩いて行き
冷蔵庫からビールを取り出した。ビールの缶のプルを開けるを美味しそに半分ほどごくごくと飲み干した。ふと、部屋を見渡すと開けっ放しのバルコニーに隆一の姿が見えた。慶は、窓際へと歩いた。
窓際まで来ると隆一に声をかけた。
「黄昏てるのか」
「あぁ。海を見ていた」
慶は、バルコニーに出て彼の隣にきた。
「今日は、なんだか充実してるな」
「そうだね」
「きょーおーは、なんだかー♪」
隆一がご機嫌な様子で歌い出すも、その後は鼻歌だ。
「シュガーベイブだ」
「ふんふん」
僕も楽しくなりテンポを合わせて歌ってみる。
何処かいい感じにハモってはズレたりした。
僕たちは、夕陽に向かって最後まで歌った。
*
しばらくバルコニーで黄昏た後、二人は日の沈む頃に部屋を出た。
慶は、履き古してカットオフしたリーバイスに、いつもの白いTシャツだ。
隆一は、オリーブグリーンのミリタリーショートパンツにグレーのカレッジTシャツを着ている。
二人とも白いスニーカーをつっかけて廊下を歩いた。
エレベーターに乗って、ロビーに降りてレストランへ入っていった。
南向きの大きなガラス張りの向こうに、海がまだ見える。オレンジ色から、グラデーションのようにコバルトブルーへ空が変化していく。
そのガラス張りの窓際の席に、遥と玲子が並んで座っている。
二人とも、キャミソールの形をしたサマードレスを身につけている。
遥は、白い控えめ。玲子は、オレンジの少し大胆なカッテングのデザインだ。
「よお」
隆一が、気軽に声かけた。
慶は、二人に微笑だけして応えた。
「あら」
玲子が見上げて手を振った。
遥も、微笑している。
「お待たせ」
「待ったんだから」
玲子が、恋人を演じるような雰囲気で隆一に視線をやった。
「さあ、座って」
四人が座って、すぐに女性の従業員が注文を取りにきた。
四人は、同じ和食コースを選んだ。
しばらく待った後、料理が運ばれてきた。
魚介類をメインにした和食だ。
四人は、たわいもない戯言を交わしながら静かに食事をした。
時折、ガラス張りの向こうをみては、四人は食事を続けた。快適な空調に、火照った小麦色の肌が心地良い。夏の午後の充実感が四人を満足させた。
ガラス張りの向こう側は、コバルトブルーの空から深いブルーへ変化をしていき、やがて、夜の闇に包まれる頃、四人は食事を終えてレストランを出た。
ホテルのロビーを通って外へ出た。
隆一が、カウンターで預かってもらっていた荷物を持ってその後を続いて外に出てきた。
*
隆一は、ライターを入れた空バケツをもっていた。
慶には、ペットボトルの水と沢山の花火が入ったビニール袋を渡した。
「えー。こんなに買ったの?」
「まあな、ねずみ花火もロケット花火もあるぞ」
「えー、嫌だよ」玲子が悲鳴をあげた。
「大丈夫だって」
「線香花火は?」
「あるある」
「スパークもあるし」
四人は、海岸のある小さな港へ歩いて行き
、夏の夜の花火を楽しんだ。
夏の夜に、漂う火薬の香り。時折、潮の香りのする風が頬を撫でた。
ねずみ花火に悲鳴をあげ、ススキ花火やスパーク花火を大袈裟に振り回したりしておおいに笑い楽しんだ。
ロケット花火を打ち上げては夜空を仰いで歓声をあげた。
終わりは、線香花火を四人で持って楽しんだ。
最後の線香花火の火の玉が落ちるとお開きになった。
「楽しかったわ」
満足したように玲子が言った。
「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」
と、隆一がみんなに言った。
「あっ、じ、じゃあ。私と慶くんは少し散歩して帰るから......。先に戻ってて」
少しバツが悪そうに遥が切り出した。
「あっ。そ、そう?」
隆一は、残念そうな表情になった。
そんな隆一の横顔を、玲子は静かに見た。
「じゃあ、これは持って帰るね」
隆一は、足元にあった花火の燃えかすの入ったバケツとビニール袋にまとめたゴミをを持った。
ライターはショートパンツのポケットに突っ込んだ。
「隆一くん。ありがとう」
「あ、いや。いいよ」
隆一は、落胆した表情で答えた。
「それじゃあね。また、あとで」
遥が微笑して言った。
「早く帰ってきてね」
玲子がそれに応えた。それから、慶に視線を移して言った。
「貴方もね」
「わかってる」
慶が笑顔で答えた。
玲子と隆一の二人は、二人を残してホテルまで歩いて帰った。
*
隆一と玲子は、ホテルに着くまで夜道を黙ったまま歩いた。
夜の闇を、明るく照らすホテルの入り口を、先に入っろうとした隆一に玲子が背後から声をかけた。
「ねえ、隆一くん。ちょっと、一杯だけ付き合わない?」
「えっ?」
隆一は、振り向いた。
彼は、息傷心した様な冴えない顔をしていた。
「せっかくだし。ホテルのバーによって行かない?」
「バー?」
「ほら、このホテル屋上にオーシャンヴューのバーラウンジがあるじゃない?一杯付き合ってよ」
「あ、あぁ。別にいいけど」
二人は、エレベーターで最上階まで上がると、バーラウンジのドアを開いた。
「カウンターバーが空いてるわ。あそこにしよっか」
「うん」
隆一は、玲子に誘われるままにカウンターバーに座った。
玲子は、隆一の左側に座った。
「いらっしゃいませ、ご注文は」
静かで落ち着いた初老のバーテンダーがバーの向こう側で注文をまった。
「わたし、ミモザ。シャンパン強めにお願い」
「じゃあ。僕は、バーボンロック」
初老のバーテンダーは、注文を取ると作り始めた。
二人は、黙ったまま棚にディスプレイされているリキュールの瓶を眺めた。
しばらくしてミモザとバーボンロックが二人の前のコースターの上に置かれた。
「じゃあ。乾杯」
玲子は、ミモザのグラスを手に取り隆一の方を見た。
一瞬、遅れて隆一もバーボンロックのタンブラーを持って玲子を見た。
静かに二人のグラスが弾けた音がした。
隆一は、半ばやけ気味にバーボンロックを半分ほど飲み干した。
「うっ」
彼は、胸焼けしたように前にうずくまり咳き込んだ。
「ちょと、そんな急に飲んで。悪酔いするわよ」
「あぁ。わかってる」
玲子は、ミモザに少し口をつけて飲んだ後に、グラスをコースターに置いた。
「ねぇ。せっかくだしさ。私とあなたの心に秘めているお互いの秘密を一つだけ告白しない?」
「えっ?」
「ほら、人に言えないような秘密」
「えぇ?無いよ」
「嘘つき」
「えっ?」
「白状しなさいよ。そのかわり、私の秘密も教えてあげる。これで、お互い様でしよ。ただし、二人だけの秘密。守れなかったら罰として......」
「わかったよ。言うよ」
「言いたいことあるでしょ。心の中のモヤモヤしたものを吐き出しなさい。さあ」
「じゃあ言うよ」
「はい」
「俺さ、前から南沢さんのことが好きなんだ」
「好きって、惹かれるてことかな?」
「あぁ。まぁ」
「恋?」
「と、とにかく気になるんだよ。けど、川崎とさ付き合ってるし」
「友達の彼女に、密かに惹かれてるのね。好きなんだけど、彼とも友人でいたい」
「そうだな」
「二人の間に挟まれて心は揺れるし想い悩むのね」
「まあ、そんなところさ」
「そう、そうなんだ」
玲子は、何かを悟ったように嬉しそうに棚の上の並んだリキュールを眺めた。
「さあ、僕は話した。今度は、君の番だよ」
「私?わたしはねぇ」
と、言いかけて意味深に微笑した。
「何?焦らさないで早く」
「私は」
「うん」
「LGTBのL」
「えっ?」
隆一は、驚いた顔をして彼女を見た。
「やだ、怖いわ。そんなに見ないでよ」
「あっ、ご、ごめん。なに?L?」
そう言いながら、まだよく理解してない顔をした。
「つまり、女の子しか愛せないの」
「えっ?ちょっとまて。女の子て、きみは、女の子だろ?」
「あー。やだなぁ。レズビアン」
「レズ?て、同性しか……」
「そうそう、そう言うことなの。はい、告白タイムは終わりね」
「そうなんだ」
隆一は、いまだ理解できないような顔をしている。
「だから、貴方と一夜を同じベッドで関係を持っことができないのよ」
「いや?ぼ、僕は」
彼女は、少し慌てた隆一をみてクスクス笑った。
「馬鹿ね。ちょっとからかってみただけよ」
「あぁ。そう」
「部屋に戻ろう。眠くなっちゃった」
そう言うと、玲子はストールから立ち上がった。
*
慶と遥は、二人並んで手を繋いで岸壁を歩いた。
「今日は、楽しかったわ」
「そうだね」
「こんな素敵な夏の日が、二度と来ない様な気がするの」
夜の向こう側の潮騒を見て、遥が不安そうに小声でポッリと呟いた。
「きっと、また来るよ」
慶は、なだめるように彼女の肩を引き寄せた。
二人の会話は、途切れた。
夜の涼しい風が、心地よい。
吹いてくる風の中に、潮の香りがした。
二人は夜に包まれて、抱き合った。
穏やかに波の音が聴こえる。
慶と遥はその時、初めて口づけをした。
二人は永遠に、時間が止まったように感じた。
しばらく抱き合っていた。
「あっ。ねぇ」
「うん?」
「線香花火しない?」
「さっき持ってきたんだ」
慶は遥を放すと、少し離れて遥を見た。
持ってきたリュックの中を、探って線香花火を取り出した。
「ほら、ちょうど二つ残してた」
彼女を見て微笑した。
「あっ、やりたい」
「やろう」
二人は防波堤の隅にしゃがみこんで線香花火を持った。
「最後まで、火の玉が残るかな?」
「先に落ちたら駄目よ」
遥が無邪気な笑顔で言った。
慶はライターを取り出して、線香花火に火をつけた。
夜の闇の向こう側で波の穏やかな音が聞こえる。
勢いよくパチパチと二つの小さな音を立てて線香花火がはじけた。
二人は肩を寄せ合い、嬉しそうに線香花火を見た。
線香花火は、やがて勢いが衰えていき先端の火の玉だけになった。
「あっ」
慶の線香花火は、長く保たないで、そのまま火の玉が落下した。
「あぁ」
遥の火の玉は、さらに燃えてしばらく続いた。
それから、灯火が消えていくような状態でスッと落ちた。
「残念ね。一緒に落ちなかったね」
「仕方ないさ、こればかりは運命なんだろう」
残念そうに慶が言った。
「いいのよ。線香花火できたし」
「そうだな、キスしたし」
「えっ」
遥は、恥ずかしそうに慶を見つめた。
二人は、また口づけを交わした。
今度は、短い間。
先に慶が引いて立ち上がった。
「さあ、帰ろうか」
遥は、少し戸惑った表情で慶を見た。
「うん」
遥も立ち上がり、二人は防波堤を後にした。
防波堤には、いつもの静けさと穏やかな波の音だけが残された。
*
泡になった Bonnie Pink
Songwriting Bonnie Pink
幻の楽園(八) Paradise of the illusion