宇宙感

 金を貯めたら、宇宙旅行に行こうと決めていた。
 今やエレベーターで宇宙へ行ける時代だ。旅行といっても実質滞在時間は一時間。行き帰りを含め約六時間分の金を作るために、生活を切り詰めて欲しいものは我慢して五年。ようやく貯まったものの抽選に落ち続け、当選したのはそれからしばらく経ってからだった。

 成田は、コンビニで発券した宇宙へのチケットを眺めてなんとなく不思議な気分になる。脳内に、腹八分をつぶやいた昼飯が、誘われても行かなかった呑み会が、呑んだつもり貯金を始めたあの日が、よみがえる。集大成が成田の手にある。

 正直、もっと感動するかと思っていた。

 コンビニ発券チケットはこれといって変わったところもなく、いつもの色の紙にコンビニのロゴ。ゴシック体で印刷された宇宙の文字には値段分の重みは感じられない。
 ケチらずにスペシャル記念デザインチケットを選択すればよかっただろうか。しかし少しばかりありがたみが薄く感じられても、宇宙へのチケットだということには変わりない。

 そして、成田が今目の前にしているのは『本物』の宇宙のはずだ。どこまでも続く、成田が持つ概念での無限の空間。未知とロマンが詰まった宇宙。見たかった景色だったはずだ。
 三六〇度宇宙を見渡せる展望デッキには、座り心地の良いソファが用意されていた。
 ソファに座った成田の耳に、後ろにいる家族の会話が聞こえてくる。

「タカシ、もっとよく見なさい。宇宙よ、ほら」

「ゲームはやめなさい、タカシ。…タカシ、ゲームを消しなさい」

「だって、家のテレビの方が解像度高い」

 まあそうだよなあ、と背もたれに体重をかける。
 どういう仕組みかは知らないが、重力も地球と同じ、温度湿度ともに快適、酸素もじゅうぶん。質の良いホテルのロビーで大画面テレビを見ている感覚と一緒だよな、なんて成田はタカシに心の中で話しかける。
 ここから見える地球はきれいだが、この記憶もいずれ自分で見たのかテレビで見たのかわからなくなりそうだった。

 いまいち、宇宙感が足りない。いや、宇宙感ってなんだよと自分に突っ込んで時計を見ると到着してから二十分が経っていた。滞在時間は一時間だから、あと四十分。ぼんやりどうでもいいことを考える。

 今日の夕飯は何にしようか。すき焼きがいいな。それとも焼き肉か。
 そうだ。目標金額なんてもうないのだから、好きなものを我慢することなく食べよう。呑んだつもり貯金も必要ない。
 まずはいい肉と酒を買おう。

 『地球』に帰ったら。

 おっ、宇宙っぽい。

 そうそう言える機会もない。これを言いにここまで来たのかもしれない。成田は己の単純さに呆れながら、しかし口元が自然にゆるんでいく。

「地球に帰ったらなにをしようか」


 宇宙感、ある。

宇宙感

宇宙感

金を貯めたら、宇宙旅行に行こうと決めていた。 今やエレベーターで宇宙へ行ける時代だ。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-01-09

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