ザクロ
女はその赤に、今は亡き世界を見た。
あるところに、生きるか死ぬかの瀬戸際で、愛する人に「俺を食べてお前は生きろ」という遺言を残された女がいた。
男を看取った女は泣きながらその遺言を守り、愛する人のいない世界で生きる道を選んだ。
あれから数年の月日が経ち、彼女は過去を持たぬ者として、理解ある友人らにも恵まれ、新たな人生を歩んでいた。
しかし世界は、あまりにも退屈過ぎた。
その平和を尊びながらも、彼女の中には恐ろしき怪物が育っていた。
「生きてるわ…もう飢えることもなく、追われることもない。これが、幸せというものでしょう?
なのにどうして?たりない…何かが足りないの!」
苦しみながらも選び掴み取ったはずの生が、「生きなければ」に変わっていたとき、女は拭いきれぬ業に気づく。
「ああどうしてなの…わかった、わかってしまったわ。私が求めていたものが。なんておぞましい…私は人間失格よ!
……いえ、そもそも私はまだ人なのかしら?それならばせめて人であるうちに、どうか私を終わらせて!!」
かつての遺言は強制された生へと変わり果て、彼女の中の純粋な生は、目覚めを待つ怪物の糧となった。
約束は呪いに。希望は執念にー。
女は自らを殺めようとしたが、呪いはそれを許さなかった。
自害しようと震える手で喉元にあてがった小刀から伝い落ちる雫を見て、女はその場に崩れ落ちた。
女はその赤に、今は亡き世界を見た。
愛する人と生きた世界、そして迎えた世界の終焉を。
どくん。一際大きな衝動が女を襲う。
抗う力など、もう残されていなかった。
「どうして、私は生き延びてしまったのでしょう。この世界にあなたはいないのに。どうして、私は求めてしまうのでしょう。欲しくて、欲しくてたまらない。全ては手遅れ。私は欲しい、ザクロがほしイ。あなたが、教えて、クレタ。あノ、ザクロが。
あ…あ…アアアアアア!!ホシイノオオ!!!ザクロウ、ザクロウ!ザクロがホシイノオオオ!!タベタイ、タベタイ!!チョウダイ、チョウダイ、ザクロヲチョウダイイイイイ!!!」
部屋を奇声で埋め尽くし、女は町から姿を消した。
女が姿を消したその町は、やがて夜になるとザクロの香りに包まれるようになった。
あの日、女になにが起こったのか。
答える者はもういない。
ザクロ