第七話 後始末
「あー……しんど」
Pは棒になった手足に鞭打って、次々とナカハラを薙ぎ倒していく。
切って切って切って切って切って切って──、
切り終わる頃には、もう次のナカハラが駆け寄ってくる。
ゾンビ映画の様相を呈していた。
「殺すのか」「殺すぞ」「殺してやる」「ぎゃァ」「人殺し」「この野郎」「ふざけんな」「殺す」「殺さないで」「痛い」「許さない」「お前が」「P」「てめェ」「うわぁ」「ちょっと」
公安はまだ到着しないのか……。
いや、到着されても困るな。
もはや戦闘に、駆け引きもクソもない。
ただ滅茶苦茶に刀を振り回せば、誰かしらに当たる。それを繰り返すだけ。
作業。
知り合いを殺す──作業。
もう嫌だなぁ。
いい加減嫌気が差して、気力が抜けた。
ナカハラ達が、ここぞとばかりに雪崩となって襲い来る。
「う、お、ぉぉぉ……」
圧倒的な物量に押されて、Pがバランスを崩し出す。すぐさまナカハラたちが伸し掛かってくる。
潰れる。
息が苦しい。
早く──ソラ!
*
気がつくと、ソラはエスカレータの上にいた。
「……」
2階へと到着し、足を踏み出す。
周囲を見渡す。
「ここは……」
国士舘大学? 倒壊したはずでは……。
ソラは手に握られた紙を見た。
メメの描いてくれた絵だ。くしゃくしゃになって、破れそうである。
丁寧に折りたたんで、後ろポケットへ差し込む。
そして自動ドアを抜けた。
連絡通路に出ると、暖かな外気がまとわりついた。心地よい気温だ。日差しが照っており、空は青い。なんとも牧歌的である。
歩いていくと、いくつかの校舎の隙間に出た。日陰となっている。無人の教室が窓から覗く。大学生徒と思しき若者とすれ違う。壮年の男が忙しく小走りで去っていく。桜の木が揺れて、その下にあるよく分からない銅像に花を散らしていた。
図書館の方。
見慣れたシルエットがあった。
その者は、ひょいと自動ドアをくぐって消えた。
慌てて後を追う。
図書館入り口前にあるロビー。その一角に設置されたエレベータ。
着いたとき、ちょうど地下へと動き出した。
ソラは横にあった非常階段に入って、地下へ先回りすることにした。
そして、
エレベータのドアが開き、彼の姿が現れた。
「……『ユッキー』先輩」
「あれ、何してんの」
「どこへ行くつもりですか」
「え? どこって……。もうホール練始まるから」
ユッキーはソラを追い越して、ホールの方へ向かった。
短い階段を降り、重たいドアに手をかける。
そのとき、舞台裏のドアから一人の男が現れた。
「あ、ゆっきー」
「玲音さん」
「ねぇ小池見てない?」
「いやぁ……小池……見てないですねぇ」
「えー、ありがと。あ、もうメイク始めちゃってね」
云って、彼は走り去っていった。
ソラがユッキーの右手を掴む。
「戻りましょう」
「嫌だ」
「戻ってくれないと困るんです」
「そっちには戻りたくない。皆と仲良くできないから……」
ホール内から、発声練習の音が聞こえる。
机や椅子を運ぶ後輩が、背後を通り過ぎていく。
笑い声や指示の声。
「──こ、コイケさんが……」
ソラが、絞り出すような声で云い出した。
「……コイッ……コイケさんが、さぁ! また公演やるんすよ、皆集めて! ゆっきー先輩の代はもちろん、皆出ますし……。ポッターさん達も参加するんです。だから、ゆっきー先輩が戻ってきてくれないと──公演、できないんで……」
「……」
*
Pは、ふと身体が軽くなるのを感じた。
ナカハラ達がいない。
「なんでだ……!?」
一人だけ。
驚愕に顔を引きつらせたナカハラが、じり、とその身体を後退させた。
「戻りました」
背後でソラの声。
振り返り、見上げると、門からソラが顔を覗かせている。
そのまま、とん、と着地。
左手には新鮮な心臓を抱えていた。血が迸り、未だ動いている。
「これで契約は反故ですよ、ポッターさん」
「……──ソラァァァァ!!!!」
ナカハラが怒りの咆哮を上げる。
「殺す、殺す、殺す、殺す!!」
音が聞こえるほど拳を握り、我を忘れて突進してくる。
そんな油断だらけの彼を、
切断
Pの刀が首を捉えた。
顔が吹っ飛び、ヘリポートの隅へと落ちる。
身体はしばらく走りを止めず、やがてゆっくりと、ソラの眼前で停止した。
直立。
腹を蹴る。
ばたり、と後方へ倒れる。
こうしてナカハラは沈黙した。
*
さて。
これから大変だぞ、とソラは気を持ち直す。なんせコイケがいないし、刀の心臓は知り合いと来た。メメを守れるのは僕だけになってしまった。
「ねぇ、Pさん──」
ソラが振り返り、逃亡の相談を始めようとしたとき。
「え」
Pは右手を胸に突っ込んで、自身の心臓を、無理矢理引きずり出した。
「な、なにしてん、すか……」
「やるよ」
そのまま、銀色の心臓を差し出してくる。
「え、い、要りませんよ……! 早く戻せよ!」
「いいから」
呆然とするソラの手を取り、その平にまだ脈を打っている肉塊を乗せる。
混乱するソラ。
彼の意図が全く読めない。
「どうして……」
「もう疲れた」
そう言い残して、ばたり、彼は膝をついた。
眠るように目を閉じる。
そしてうつ伏せに倒れてしまった。
「……」
*
そこに、
「おい」
ペントハウスから、息切れしたテツヤが現れた。
拳銃を構え、ソラを狙っている。
「はぁ、はぁ、……」
「遅かったですね、テツヤさん」
「……代償で半日は眠んないといけなくてね……」
「もう終わりましたよ」
「それを返せ」
心臓。
刀の悪魔の──Pの心臓。
「テツヤさんのじゃないでしょ」
「うるさい返せ!!」
発砲。
銃弾がソラの頬をかすめる。
「……Pさんは、」
彼の最後の言葉は、
「もう疲れたって云ってました」
「……ッ」
「またいつか、部活で会いましょうぜ」
「無理だ無理だ無理だ!」
「あんたならできるよ」
ソラは、一歩テツヤに近づいた。
テツヤがグリップに力を込める。
ゆっくりと両者は近づき──
──そして、すれ違った。
非常階段を降りていく音。
テツヤはPの死体を前に、発する言葉もなくいつまでも項垂れていた。
──どれくらい時間が過ぎた後か、
「ヤマガタテツヤ」
背後から呼ぶ声がする。
この慣れ親しんだ声は──、
「タカキ」
「あぁ」
テツヤは振り返らない。
それは降伏を意味していた。
「逮捕する」
「あ、そう」テツヤが自嘲気味に笑う。「じゃあ、まぁ、頼むよ」
「その前に」
テツヤの前に、サトウが躍り出た。
「……ミユ……?」
サトウが、ピンク色の手袋を外して、テツヤの額へ人差し指をつける。
とん。
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「──久しぶり、テツヤ」
「久しぶり」
「テツヤは今から4月1日へ囚われます」
「……囚われると、どうなるの」
「大丈夫。ただ夢を見るだけ」
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意識を失ったテツヤを、クロダが背中に抱える。
「……自白剤より効くだろう」
「優しいね」
「そうでもない」
そして2人は、安らかに目を瞑るテツヤと共に、今宵の惨劇を後にしたのだった。
*
*
*
遊園地。
観覧車のよく見えるレストラン──その窓際の席で。
ソラとメメは座っていた。
机の上に置かれているのは、丸焼きチキン、大きなピザ、豪華なオードブル、グラスワイン、こんがり焼けたフランスパン、マッシュルームのスープ……。
2人はまだ手をつけず、黙って遊園地の通りを眺めていた。
ガラス越しに喧騒が聞こえる。
ジェットコースターが走り抜けていく。
「ソラ」メメが口を開く。「コイケは?」
「コイケは……」
ソラは目をそらした。
「ちょっと仕事で遠くに云ってるだけで──」
ふと。
彼の最後の言葉が脳裏によぎる。
メメを見る。
きょとん、と首を傾げていた。
「──もう帰ってこねェんだ」
「……」
メメは俯き、しばしの沈黙のあと、
「そう」
と小さく呟いた。
「だからさァ、」
ソラがメメの頭を乱暴に撫でる。
「ピザ食い放題だぜ」
「うん」
目の前に広がる暖かな食事に、2人は手を伸ばした。
終
第七話 後始末
拙作にお付き合い頂きありがとうございました。
今なら名誉毀損で訴え放題よ。