第七話 後始末



「あー……しんど」
 Pは棒になった手足に鞭打って、次々とナカハラを薙ぎ倒していく。
 切って切って切って切って切って切って──、
 切り終わる頃には、もう次のナカハラが駆け寄ってくる。
 ゾンビ映画の様相を呈していた。
「殺すのか」「殺すぞ」「殺してやる」「ぎゃァ」「人殺し」「この野郎」「ふざけんな」「殺す」「殺さないで」「痛い」「許さない」「お前が」「P」「てめェ」「うわぁ」「ちょっと」
 公安はまだ到着しないのか……。
 いや、到着されても困るな。
 もはや戦闘に、駆け引きもクソもない。
 ただ滅茶苦茶に刀を振り回せば、誰かしらに当たる。それを繰り返すだけ。
 作業。
 知り合いを殺す──作業。
 もう嫌だなぁ。
 いい加減嫌気が差して、気力が抜けた。
 ナカハラ達が、ここぞとばかりに雪崩となって襲い来る。
「う、お、ぉぉぉ……」
 圧倒的な物量に押されて、Pがバランスを崩し出す。すぐさまナカハラたちが伸し掛かってくる。
 潰れる。
 息が苦しい。
 早く──ソラ!

 気がつくと、ソラはエスカレータの上にいた。
「……」
 2階へと到着し、足を踏み出す。
 周囲を見渡す。
「ここは……」
 国士舘大学? 倒壊したはずでは……。
 ソラは手に握られた紙を見た。
 メメの描いてくれた絵だ。くしゃくしゃになって、破れそうである。
 丁寧に折りたたんで、後ろポケットへ差し込む。
 そして自動ドアを抜けた。
 連絡通路に出ると、暖かな外気がまとわりついた。心地よい気温だ。日差しが照っており、空は青い。なんとも牧歌的である。
 歩いていくと、いくつかの校舎の隙間に出た。日陰となっている。無人の教室が窓から覗く。大学生徒と思しき若者とすれ違う。壮年の男が忙しく小走りで去っていく。桜の木が揺れて、その下にあるよく分からない銅像に花を散らしていた。
 図書館の方。
 見慣れたシルエットがあった。
 その者は、ひょいと自動ドアをくぐって消えた。
 慌てて後を追う。
 図書館入り口前にあるロビー。その一角に設置されたエレベータ。
 着いたとき、ちょうど地下へと動き出した。
 ソラは横にあった非常階段に入って、地下へ先回りすることにした。
 そして、
 エレベータのドアが開き、彼の姿が現れた。
「……『ユッキー』先輩」
「あれ、何してんの」
「どこへ行くつもりですか」
「え? どこって……。もうホール練始まるから」
 ユッキーはソラを追い越して、ホールの方へ向かった。
 短い階段を降り、重たいドアに手をかける。
 そのとき、舞台裏のドアから一人の男が現れた。
「あ、ゆっきー」
「玲音さん」
「ねぇ小池見てない?」
「いやぁ……小池……見てないですねぇ」
「えー、ありがと。あ、もうメイク始めちゃってね」
 云って、彼は走り去っていった。
 ソラがユッキーの右手を掴む。
「戻りましょう」
「嫌だ」
「戻ってくれないと困るんです」
「そっちには戻りたくない。皆と仲良くできないから……」
 ホール内から、発声練習の音が聞こえる。
 机や椅子を運ぶ後輩が、背後を通り過ぎていく。
 笑い声や指示の声。

「──こ、コイケさんが……」

 ソラが、絞り出すような声で云い出した。

「……コイッ……コイケさんが、さぁ! また公演やるんすよ、皆集めて! ゆっきー先輩の代はもちろん、皆出ますし……。ポッターさん達も参加するんです。だから、ゆっきー先輩が戻ってきてくれないと──公演、できないんで……」

「……」

 Pは、ふと身体が軽くなるのを感じた。
 ナカハラ達がいない。
「なんでだ……!?」
 一人だけ。
 驚愕に顔を引きつらせたナカハラが、じり、とその身体を後退させた。
「戻りました」
 背後でソラの声。
 振り返り、見上げると、門からソラが顔を覗かせている。
 そのまま、とん、と着地。
 左手には新鮮な心臓を抱えていた。血が迸り、未だ動いている。
「これで契約は反故ですよ、ポッターさん」
「……──ソラァァァァ!!!!」
 ナカハラが怒りの咆哮を上げる。
「殺す、殺す、殺す、殺す!!」
 音が聞こえるほど拳を握り、我を忘れて突進してくる。
 そんな油断だらけの彼を、
 切断
 Pの刀が首を捉えた。
 顔が吹っ飛び、ヘリポートの隅へと落ちる。
 身体はしばらく走りを止めず、やがてゆっくりと、ソラの眼前で停止した。
 直立。
 腹を蹴る。
 ばたり、と後方へ倒れる。
 こうしてナカハラは沈黙した。

 さて。
 これから大変だぞ、とソラは気を持ち直す。なんせコイケがいないし、刀の心臓は知り合いと来た。メメを守れるのは僕だけになってしまった。
「ねぇ、Pさん──」
 ソラが振り返り、逃亡の相談を始めようとしたとき。
「え」
 Pは右手を胸に突っ込んで、自身の心臓を、無理矢理引きずり出した。
「な、なにしてん、すか……」
「やるよ」
 そのまま、銀色の心臓を差し出してくる。
「え、い、要りませんよ……! 早く戻せよ!」
「いいから」
 呆然とするソラの手を取り、その平にまだ脈を打っている肉塊を乗せる。
 混乱するソラ。
 彼の意図が全く読めない。
「どうして……」
「もう疲れた」
 そう言い残して、ばたり、彼は膝をついた。
 眠るように目を閉じる。
 そしてうつ伏せに倒れてしまった。
「……」

 そこに、
「おい」
 ペントハウスから、息切れしたテツヤが現れた。
 拳銃を構え、ソラを狙っている。
「はぁ、はぁ、……」
「遅かったですね、テツヤさん」
「……代償で半日は眠んないといけなくてね……」
「もう終わりましたよ」
「それを返せ」
 心臓。
 刀の悪魔の──Pの心臓。
「テツヤさんのじゃないでしょ」
「うるさい返せ!!」
 発砲。
 銃弾がソラの頬をかすめる。
「……Pさんは、」
 彼の最後の言葉は、
「もう疲れたって云ってました」
「……ッ」
「またいつか、部活で会いましょうぜ」
「無理だ無理だ無理だ!」
「あんたならできるよ」
 ソラは、一歩テツヤに近づいた。
 テツヤがグリップに力を込める。
 ゆっくりと両者は近づき──
 ──そして、すれ違った。
 非常階段を降りていく音。
 テツヤはPの死体を前に、発する言葉もなくいつまでも項垂れていた。

 ──どれくらい時間が過ぎた後か、
「ヤマガタテツヤ」
 背後から呼ぶ声がする。
 この慣れ親しんだ声は──、
「タカキ」
「あぁ」
 テツヤは振り返らない。
 それは降伏を意味していた。
「逮捕する」
「あ、そう」テツヤが自嘲気味に笑う。「じゃあ、まぁ、頼むよ」
「その前に」
 テツヤの前に、サトウが躍り出た。
「……ミユ……?」
 サトウが、ピンク色の手袋を外して、テツヤの額へ人差し指をつける。
 とん。

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「──久しぶり、テツヤ」
「久しぶり」
「テツヤは今から4月1日へ囚われます」
「……囚われると、どうなるの」
「大丈夫。ただ夢を見るだけ」

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 意識を失ったテツヤを、クロダが背中に抱える。
「……自白剤より効くだろう」
「優しいね」
「そうでもない」
 そして2人は、安らかに目を瞑るテツヤと共に、今宵の惨劇を後にしたのだった。

 遊園地。
 観覧車のよく見えるレストラン──その窓際の席で。
 ソラとメメは座っていた。
 机の上に置かれているのは、丸焼きチキン、大きなピザ、豪華なオードブル、グラスワイン、こんがり焼けたフランスパン、マッシュルームのスープ……。
 2人はまだ手をつけず、黙って遊園地の通りを眺めていた。
 ガラス越しに喧騒が聞こえる。
 ジェットコースターが走り抜けていく。
「ソラ」メメが口を開く。「コイケは?」
「コイケは……」
 ソラは目をそらした。
「ちょっと仕事で遠くに云ってるだけで──」
 ふと。
 彼の最後の言葉が脳裏によぎる。
 メメを見る。
 きょとん、と首を傾げていた。
「──もう帰ってこねェんだ」
「……」
 メメは俯き、しばしの沈黙のあと、
「そう」
 と小さく呟いた。
「だからさァ、」
 ソラがメメの頭を乱暴に撫でる。
「ピザ食い放題だぜ」
「うん」
 目の前に広がる暖かな食事に、2人は手を伸ばした。


第七話 後始末

拙作にお付き合い頂きありがとうございました。
今なら名誉毀損で訴え放題よ。

第七話 後始末

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-12-31

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