空の上を歩く日

あおい はる

 虹色の棺には、だれかの、えぐりとられた幸福が、つまっている。アニメのなかみたいな世界線で、どこか頼りない足場のうえで、不確かな祈りを捧げているのは、黒い服のひとびと。空と海が、一年に一度だけ反転する日、昨年は夏だったけれど、今年は、まもなく十二月も終わりという頃の、なにかと慌ただしい日であった。午前九時開店のスーパーマーケットにならんでいる、なんだか浮足立っているひとたちを横目に、ぼくたちは昨晩泊まったラブホテルをあとにする。どうにもこうにも、もの足りない夜だったとぼやく、すこしばかり特殊な性癖があると豪語していた、あつみさんが、平凡なサラリーマンという事実に、ぼくは、軽く打ちひしがれている。すこしばかり特殊な性癖というのは、あつみさんの自己申告であって、実際、その、すこしばかり特殊な性癖を目の当たりにしてみたところで、彼の職業と同様、すこしどころか微塵も特殊ではない性癖で、至って健全なセックスを行ったことに対して、もの足りないとぼやきたいのはこちらである。食事代やホテル代など、すべて支払ってくれるという点では、あつみさんは最高の相手ではあるが。あつみさんの前に関係を持ったひとなんて、挿入中、神さまにお祈りをはじめるようなひとであった。空と海が反転する日が好きで、あしもとに転がる星屑をひろいあつめるのが趣味なのだと、そのひとは言っていた。あつみさんのように、ちゃんとした会社勤めをしているひとではなかったので、いつも割り勘だったけれど。よくわからない神さまに、なにを祈っているのか、そのわけのわからない感じが、ぼくは好きだった。結局、そのひとも、いまは幸福を奪われて、ただの人形になってしまって、奪われた幸福は、虹色の棺にしまわれ、二足歩行のうさぎに、厳重に管理されている。街の、幸福の墓場と呼ばれている一画は、いつも、だれかの泣く声に満ちていて、なんだか、かなしい。あつみさんが、あたらしい年を迎える瞬間も、きみと一緒にいたいなと言って、ぼくの手をにぎる。世のひとびとが、忙しなく大掃除をしているあいだに、ぼくとあつみさんは、そのまま、あつみさんのアパートの部屋に向かって歩き出す。イワシの大群が、空を飛んでいる。

空の上を歩く日

空の上を歩く日

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
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CC BY-NC-ND
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