不倫と悪魔

23時過ぎ、会社から駅までの道をゆっくり歩く。
普段なら3分くらいの道。倍の時間をかけて歩く。
帰り道を急ぐ人が僕を追い越す。
その足音に心が揺れる。
足を擦るような、歩幅の小さい足音。
その足音は僕を追い越して行く。何人も、何人も。
駅についてホームで電車を待つ。階段をおりて左側の最終車両、いつもの場所。
階段を駆け下りる足音。パタパタ歩く音。聞き覚えのある音に心が踊る。
電車を待ったまま背中越しに聞こえる音に集中する。
電車を一本見送る。もう一本。。でも、いつも聞こえてたあの足音と笑顔は僕のところには来ない。

結婚十年目、会社の部下と不倫をした。
妻と子供が2人、家庭には何も問題はない。
仕事も順調で社会的地位もあり人並み以上の収入もある。
何不自由ない生活のはずだった。

彼女といる時は世界が自分を中心に回っているようだった。
夜中にイタリアンレストランで遅い夕食とビール。小さい彼女の家、金魚の入った水槽の明かり、朝まで抱き合った。
通勤は違う駅から会社に向かい、帰りは駅のホームで会う。
僕が自宅に帰る日も途中まで彼女がついて来る。
僕が先に会社を出て、その姿を見て彼女が追いかけて来る。
駅まで3分の道の間か、駅のホームか。いつも後ろから擦ったような歩幅の小さい足音が聞こえてくる。
決まって息を切らし、真っ赤な顔でこう言う「良かった。」
不機嫌そうな顔をして僕は言う「今日はどこまでついて来るの?」
「どこまでも」

そんな日常が当たり前だと思っていた。
永遠に続くと思っていた。

僕の背中越しに足音が聞こえてくる。一人、また一人。
その足音は僕を通り過ぎて行く。
息を切らし真っ赤な顔をした女の子は来ない。
そう分かっているのに、今夜も3分の道をゆっくり歩く。
階段を降りて左側の最終車両に並ぶ。
一本電車を見逃し、次の電車に乗る。

この瞬間がとても寂しい。


電車で30分、駅を出ると冷たい空気と星空が見える。
ここから5分歩くと本当に帰るべき場所に着く。
車の赤いテールランプを見送りながら僕は人を追い越して行く。
そんな自分は悪魔なのかもしれない。

不倫と悪魔

不倫と悪魔

不倫、発覚、別れ。 普通の恋愛と違う別れ方をした男の日常を実体験に基づき執筆。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-11-20

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