チョコレートナイフ
2月14日
高校二年の高島恵太は、今年のバレンタインチョコも告白も0である。今のところは。ホームルームが終わってもう一時間経つ。諦めて帰ろうとしたその時、一件の新着メールに気がついた。
『今日、部活が終わってから教室で会えるかな。』
茜色に染まった教室に2つの影が動いている。
「なにため息ついてんだよ。」
亮平のため息に対し、川村翔は満面の笑みでそう言った。
「だってよ……。お前今年は何個?」
翔は察したように苦笑いして言った。
「32個。因みに告白は25な。」
ふざけんなよ!と口にはしないが思った。
「お前はちょっとイケメンだからって調子乗りすぎなんだよ。」
亮平は小さくつぶやいた。
「なんだお前今年も0かよ。」
馬鹿にした口振りだ。
「そうだ亮、女子にモテる秘訣でも教えてらろうか。」
なんだこの上から目線。悔しかったが、知りたいという感情が勝ってしまったらしい。俺は真剣な表情で言った。
「教えてくれ。」
1年に一度しかないこの大イベントの日に女性と二人きりで会うということは、目的など百も承知だ。
部活を終えた高島は急いで待ち合わせ場所に向かった。彼女からバレンタインのチョコをもらえるのか、告白されるのだろうか。そんな胸の高鳴りを抑えるので必死だった。途中駆け上がっていた階段から落ちそうになったのを後輩に見られたが、そんなことはどうでもよかった。
音楽室で吹奏楽部が練習をしていた。
「出欠とりまーす。」
部長の中山亜紀は三年生の先輩だ。どこか抜けたところがあって、部長としては少し頼りない。
「あれ、今日美香は?」
少しの沈黙の後、美香と同じクラスの男子が今日は来ていないと応えた。
「よし。じゃあ練習するよー!バレンタインだけど、浮かれてないでね。本番近いよ! 」
優奈はフルートパートのリーダーである。メンバー16人をまとめるのには随分慣れたものだ。教室でパート練習が始まった。その時、教室にノックが鳴り響いた。
一番近い位置にいた後輩はドアを開け、廊下に顔を出していた。そして言ったのだ。
「夏生。影山先輩が呼んでるよ。」
夏生は一年生だ。いったい彼女に何の用だろう。夏生は廊下へ出ていった。影山先輩は何をしに来たのだろうか。優奈は今日、影山にチョコを渡す予定だ。運良くば告白まで考えていたのだ。だがこの瞬間から、優奈は諦めつつあった。
「夏生ー!」
隣のクラスの本田涼華だ。高校生初めてのバレンタイン。影山先輩に告白するつもりである。
「夏生これ。友チョコ。」
私も涼華にお返しと言って渡した。
「あ、そうだ涼華。今日一緒にバスケ部行っていい?」
涼華はすぐにわかったようだ。
「いいよ!影山先輩だよね。頑張。」
「うん。ありがとう。」
夏生はバスケ部の練習を見ていた。途中影山がこちらを見ると、目を反らさずにはいられなかった。
そして休憩が入ると瞬時に影山のところへ行き、とても言えないが100均で買った包み箱を渡した。
「おう。さんきゅー。」
影山は笑っていた。
「ねえ優奈。せっかく作ってきたんだから思いきって渡してみれば?」
親友の安藤綾香はそう言った。だが今影山は夏生と一緒にいる。もしかしたら二人は付き合うのか。いやもはや付き合っているのではないか。影山とは朝校門で挨拶をした。その時にでも渡しておくべきだったのかもしれない。 しかし今さらそんなことをっても仕方がない。
「もう無理だよ。別の人に渡そっかな……。」
そう言うと綾香はポカンとした様子で
「え?」
と言っていた。まるで声を出したことを自覚してないかのような表情だった。
「あんた別の人って!?誰よ!?」
そんな人がいるのかと言いたそうな口振りだ。
優奈は宛先欄に『高島』と表記されたメールを綾香に向けた。
まるで失望したような様子でいる綾香に、優奈は自分の打ったメールの文章も見せた。
『今日、部活が終わってから教室で会えるかな。』
返信はすぐにきた。
高島が教室に着くと、一人の可愛らしい女性の後ろ姿が見えた。髪が長く、風になびいてる様子がとても美しくて、しばらく見とれていた。彼女が振り向くと、俺は我に返った。いつも教室で見ているはずだが、今はとても優奈がキレイに見えた。彼女が高島に気づいたようだ。
「ごめんね、呼び出しっちゃって。」
彼女は笑顔で言った。可愛かった。
「はい、これ。あ…」
渡されたのは少し大きめのハート型チョコの1/4が欠けている状態だった。こんなシンプルなものを作る人もいるんだなと関心。だが大きすぎて、一人では食べきれ無さそうだ。
「これ…俺がもらっていいのか?」
何を言ってるんだ俺は。渡されたのだからもらっていいに決まってるじゃないか。
「渡そうと思ってた人にね、渡せなかったの。」
考えもしなかった。やはり現実はそんなものかと少し胸が傷んだ。だが納得のいく真実だ。俺なんかをこんな可愛い子が好きになるはずがない。
「そうか。てことはこれは余り物ってことだよな。お前がいいなら一緒に食べないか。」
なんだろう。なぜこんなことを言ったのかわからない。
素直に受け取って直ぐ様帰ればよかったのに。だが俺の言葉は間違いではなかったのかもしれない。さっきまでとは違い、彼女が笑顔を見せたのだから。
部活を終えた綾香は、バレンタインなどどうでもいい様子で、そのまま帰宅することにした。
「なんで高島にわたすの?」
私は聞いた。すると優奈は応えた。
「だって、高島って優しいじゃん。私が落ち込んでたらなんか…助けてくれそうだし。実際嫌いじゃないし。」
「もしかして好きなの?」
別に好きとかではない。だけど嫌いじゃない。優奈はそう答えた。
私は高島が好きだ。というか付き合っていたのだ。1年前のクリスマスまで。でももう別れた。高島が嫌いになったから。「高島が」というのは間違いかもしれない。正しくは、私が男性恐怖症になってしまったからなのである。
「別れよう」
そう言うと高島は泣き崩れた。
「俺はまだお前のこと好きだからさ。何かあったらなんでも言ってこい。相談も乗るし。助けてやる。だから嫌いにはならないで欲しい。」
こんな言葉が高島の口から出てくるとは思いもしなかった。でも綾香は、それっきり高島と話さなくなった。何を話せば良いのかわからなかった。
なんだろう。すごく高島に会いたい。今彼は優奈と一緒にいるのだろうか。校門に向かって校庭を歩いていたが、少し気になった綾香はUターンして校舎の方へ戻りかけた。そのときだった。彼女の目に何かが写った。そしてなにやら胸騒ぎがした。今何かが見えた。 何かが上から落ちてきた。落ちた場所からは50mくらい離れていて、はっきりは見えなかった。だが何が落ちたかくらいは直ぐにわかった。人だ。人が落ちてきたのだ。
高島は優奈と教室に居ると、悲鳴が聞こえた。なんだろうこの悲鳴。綾香の声に似ていた。
「なんだろうな。」
そう言いながら高島は教室から窓の外を見た。すると突然、彼の表情が変わった。今まで笑顔だった彼の顔が、急に青ざめたのだ。
「どうしたの、高島。」
彼は一体何を見たのだろうか。私は気になって、彼と同じように窓の外を見た。3階から下の校庭がはっきりと見える。そしてそこに一人、男性が血を流して倒れていた。
「まさか…飛び降り!?」
我に帰った綾香は、50mほど全力で走った。体育の授業よりはるかに速く走れた気がした。落ちた人を助けなければという気持ちもあったが、怖いという気持ちもあった。こんなことに関わったら一体どうなるんだろう。また何かの恐怖症に陥らないか。そんなことばかり考えながら兎に角走った。
人が死んでいる。私の目の前で死んでいる。悲鳴をあげずにはいられなかった。制服を着た男性がうつ伏せになって血を流していた。知っている人なのだろうか。顔が見れないのでわからない。こういうのは、死体に触ってはいけないとよく刑事ドラマで言っている。
綾香は先生を呼ぼうと職員室に向かおうとしたが、腰が上がらなかった。誰かいないのかとキョロキョロしていると、彼女の視界に高島が入ってきた。私は少し安心した。高島がこっちを見ている。
「…きゅ…救急車…」
高島は確かにそう言った。そうだ。救急車を呼ばなくては。私は携帯電話を取り出そうとカバンを探したが、見当たらない。走ってくるときに置いてきてしまったのだろうか。50m先を眺めると、黒っぽい物体がぽつんとある。私は絶句した。そうだ。高島に助けてもらおう。そう思い、再び見上を見ると、彼はもういない。なぜだ。私を助けてはくれないのか?あのときのあの言葉は嘘だったのか?綾香の精神はどんどん崩れていった。次第には疲れはてたのか、倒れこんでしまった。そして視界が真っ黒になった。
優奈が下を眺めたので、高島ももう一度見てみた。ここから見る限り、死んでいるのではないかというくらいの血が流れ出ていた。その近くには綾香がいた。どうやら彼女は動けないでいるらしい。
「きゅ…救急車…」
高島はつぶやいた。救急車を呼ばなくては。急いで携帯電話を取りだしたとき、隣でドサッと音がした。優奈が倒れたのだ。
「おい、赤井!?赤井しっかりしろ!」
急いで優奈を保健室に運んだ。そして119番に電話をかけた。
職員室へ行くと暖房が付いていて暖かかった。人が屋上から落ちたと言うと職員は直ぐに高島の後に続いた。先生たちが自分の後に必死で着いてくると、ゲームの主人公気分を味わえたような気がした。
先生達を連れて校庭に着くと、血を流した男性の隣に綾香が横たわっていた。
『安藤!』
急いで駆け寄ったが、どうやら寝ているようだ。高島は振り向いて男性を見た。上から見るのとはずいぶん違い、目の前で見ると死んでいるとしか思えない。彼女が怯えていたのがよくわかる。担任の村岡が彼に触れようとしたので止めた。下手に動かして出血が増えても大変だと考えたのだ。そしてまるでこの場を仕切るように言った。
「兎に角救急車が来るのを待ちましょう。」
村岡は戸惑いを隠せなかった。なぜうちの生徒がこんなことに…。自殺なのか?この学校にいじめは無いはずだが……。
事故であればすんなり解決できそうだな。そう思うと、なぜか他の先生達がこちらを見ている。少しの沈黙のあとわかった。声に出ていたらしい。
そうだ。屋上に何かの手がかりがあるのではないか。村岡は逃げたいということもあり、屋上へ行こうと足を踏み入れた。だがその時高島が帰ってきた。彼は一体どこにいたのだろうか。
「これ、この男性の鞄です。」
ここはテンション高く、ナイスだ高島っ☆と言うのがいつもの俺だがこの状況でそれは不味いと思い、俺なりに頑張って堪えた。
「よくやったぞ高島。」
他の先生たちが鞄をあさっている。そして取り出された物は名前の書かれたノートだった。そして影山誠という文字が見えた。信じられない。なぜ彼が死んでいるのだ。
高島は男性を上から見下げた。こいつはなんでこんなことになってる?上から落ちてきたんだよな。
飛び降り?こいつは死のうと思ったのか?それとも誰かに突き落とされた…。いや、そんなドラマみたいなことがあるはずがない。じゃあ事故か?わからない。高島は気になった。落ちたとしたら…屋上からだろう。高島は屋上へ向かった。階段を上がっていると、後輩と会った。
「先輩どうしたんすか?てかさっき転けてましたね(笑)」
それどころじゃない。
「ごめん、急いでる。」
こんなに急いでどうするのか。だが落ち着かないのだろう。階段をかけ上がった。
屋上には彼のものだと思われる鞄が落ちていた。いや、置いたのだろう。高島は鞄の中を見た。とにかく名前のかいてありそうな…携帯電話を取り出した。マイプロフィールを登録してあるか半信半疑だったが開いた。名前…『影山誠』と表示された。影山誠。高島でも知っている。3年生の先輩で、確かバスケ部だ。下で死んでいたのは影山誠なのか。高島はその鞄を持って校庭に戻った。
高島が先生達に鞄を見せると、すぐに名前を確認していた。影山は少なくともここにいる先生全員が知っているようだった。遠くから救急車のサイレンが聞こえたのはその頃だった。ずいぶん遅い救急車だ。救急車が校庭に入ってくると、サイレンが校内に鳴り響いた。影山誠は救急隊員の人に持ち上げられた。すると妙なことに、彼の胸にチョコレートの欠片が刺さっていた。チョコレートというのは刺さるものなのか?それもとただくっついているだけか。
「なにかあったんですかー?」
2人の女…おっとあれはクラスの女子ではないか。救急車のサイレンで駆けつけたようだった。ふと上を見上げると、校舎から何人かが顔を出していた。その中に、隣のクラスの川村と藤村がいた。二人はこちらに向かって手を振っているようだった。高島は仕方なく振り返した。
「この方のお友達ですか?」
隊員さんは高島に聞いた。ここで違うと言ってもなんだか変な気がした。まあ違うのだが。
「あ、はい。一緒に着いててもいいですか?」
着いていってどうするつもりなのか自分でもよくわからなかった。
「それなら速く乗って。先生も、彼に一番身近な人が一緒に来ていただくと良いのですが…」
何を思ったのか、彼の担任の須藤ではなく、高島の担任の村岡が同行することになった。
影山誠が死んだ。なぜこんなことに。須藤は現実を受け止められないでいる。この場の全員が影山の名前を聞いた瞬間、須藤を見た。当たり前だ。担任だからな。
しかし救急車に乗らなかったのはなぜだ。自分でも疑問になった。なぜ村岡がいくと言ったのだ。口も体も動かなかった。動けなかった。
高島は正直目の前の影山誠より、綾香と優奈が心配だった。二人はもう目を覚ましただろうか。
「高島。」
さっきまでお互い無口だったが、村岡が急に声を漏らした。
「…はい。」
声が裏返った。
「こいつ、なんで死んだんだろうな。」
裏返ったことには突っ込まれなかった。
「あの…影山先輩のご家族には…」
連絡をしたのだろうか。
「大丈夫だ。他の先生に頼んである。」
「そうですか…あの…」
なんだという顔で村岡が見てくる。こんな近くで長時間、村岡を見るのははじめてかもしれない。
やけにしわが多く、思っていたより白髪が多いが量はそれなりにあるみたいだ。
「影山先輩の胸、チョコが刺さってますよね。」
「本当だ。気づかなかったな…。でもチョコレートというのは人に刺さるものなのか?何かをチョコレートで加工してあったりするんじゃないか?」
上手いことを言ったと思ったのだろうか。高島を見てどうだという顔をした。
「全然面白くないですよ。40代の発想って感じです。」
高島はぼそぼそ言ったが、村岡にははっきり聞こえたらしい。
「おお!よくわかったな!俺今年で42だ。」
俺の親と同じだ。なんだろう。ものすごく嫌だ。こんなおっさんが親父と同い年だなんて。そう思っていると、村岡が妙な目付きをしだした。そしてその顔は段々青ざめた。
「先生?」
反応は無かった。
車が止まった。どうやら病院に着いたようだ。影山誠を乗せたワゴンは、手術室へ運ばれた。高島は村岡と一緒に近くのソファに座った。二人は特に会話もなく、一時間が経った。
「助かりましたよ。」
それを聞いた村岡は立ち上がった。
「よかった!ありがとうございます!先生!」
村岡は医者にお礼を言った。
「 胸に刺さっていたチョコレートが出血を少し押さえていたため、無事助かることができたんですよ。 」
あの謎のチョコのことか。
丁度その頃、影山誠の両親がやって来た。
「保護者のかたですか。息子さん、助かりましたよ。」
両親は医者にお礼を言い、泣いていた。
そして手術室から彼が運ばれてきた時、高島はもう呆然とするしかなかった。出てきたのはそこにいる全員が知らない人物だったのだから。
驚いた。うちの高校の人ではなかった。
だがあのチョコレート、なんか知っている。そう、優奈が高島に渡したチョコレート、欠けていたではないか。…単なる偶然か。
影山は病室へ運ばれた。もう少しすれば目を覚ますと医者は告げた。高島は彼が目を覚ますまで待っていたかった。聞きたいことがたくさんある。知りたいことがたくさんある。だがそれは止められた。今日は休ませてやろう。村岡はそう言った。
次の日、高島は普通に学校に向かった。昨日は疲れはててすぐ寝付けると思ったが、なかなか寝付けず今朝が辛かった。昨日まで血で染まっていた校庭も、何もなかったかのようにきれいになっていた。きれいにしすぎてしまったのか、逆に他の部分との違和感があった。綾香も優奈も昨日のことを忘れたように元気だった。
廊下を歩いていると、前に影山誠が見える。高島は思いきって聞いてみた。
「影山先輩!」
当然だが影山は高島を知らない。
「あの…二年の高島って言います。その…鞄って…」
高島が除き混むと高島は言った。
「おい!昨日俺の鞄盗んだのお前か?なんで屋上なんかに置いたんだよ!」
「いえいえ、僕ではありませんよ。ただ屋上で見つけたので届けておきました。よかったですね!」
まずまずいい対応だと思った。
「そうなのか。なら、ありがとう。」
高島が一礼して去ろうとしたとき、影山が呼び止めた。
「あ、おい。お前、影山修平って知ってるか?昨日俺が持って帰ったの、そいつのなんだよ。もしかして間違えたのかと思ってさ。」
誰だ?屋上に置いてあったのが影山誠の鞄で、影山誠が持っていたのが影山修平の鞄……。
もしかして落ちたのは影山修平なのか?
次の日、転校生がやって来た。高島は驚きを隠せなかった。
「影山修平です。よろしく。」
なんと昨日血を流して倒れていた人物ではないか。
高島は授業など集中できなかった。
昨日のすべてが気になった。
「あの、聞いてもいいですか?」
これを聞けば、すべてが解決するはずだ。
影山修平にどうしても優奈のチョコレートを受け取って欲しかった綾香は、彼を屋上に呼び出し無理矢理押し付けた。だが影山は受け取らず、押し付けられたチョコレートを払い捨てた。すると1/4くらいが欠けてしまったので、せめてそれだけでももらってくれと綾香は影山に投げつけた。すると見事に彼の胸に刺さり、なんと出血までしてしまった。綾香は怖くなって走って逃げ、校門へ向かった。影山はよろけながら意識が遠退き、倒れそうになった場所が悪かったらしい。屋上から下へと落下してしまったのである。
影山と優奈、それから綾香の証言で、高島は真実を知ることができた。それはとても残酷で、深かった。これから3人の関係はどうなるのだろうか。今までと変わらないのだろうか。どうか変わらないでほしいと願うしかない。
影山自信の希望で、この1つの事件は無かったことになった。彼が何を思いそう告げたのかは不明である。だがまだ謎はある。なぜチョコレートが胸に刺さったのだろうか。普通、刺さるはずがない。
だが高島は、あることを思い出す。彼のチョコレートが刺さった胸には、包帯が巻いてあった。そうか、彼はもともと傷があったのかもしれない。そして丁度そこの傷口にチョコが入り込んだのかもしれない。
高島の推理は明確だった。影山が言うには、治しかけの大きな傷があり、そこへたまたまチョコが激突してしまったらしい。そしてその傷口は大きく開いてしまった。優奈のチョコレートを綾香から受けとらかったのは、医者から甘いものを控えるようにと言われていたからだそうだ。もらっても食べられない。もらってしまうともったいないと思い受け取らなかった。
「こんなことになるなら、素直に受け取っておけばよかったぜ。」
影山はそう言って高島に背を向けた。影山修平。高島が思っていたよりいい人みたいだ。高島は小さくなっていく影山をじっと見つめていた。
「じゃあ、影山誠の鞄が屋上にあったのは?」
影山は考えていた。
「いや、すまんそれはわからない。あ、でも…間違えた?のかな?」
たぶんそうだな。これで解決した。
いやしかしだ。影山修平は今日転校してきた。なぜ優奈と綾香は知っていたのだろうか。
「影山修平くん?あぁ、よく学校見学に来てたの。それで仲良くなって、休みの日とかも遊んでたんだよ。」
なんとも言えない。そんなことがあるんだな。
「チョコレートナイフって知ってるか?」
川村翔は藤村亮平に聞いた。
「いや…」
藤村ははじめて聞いたように首をかしげた。川村は歯茎を見せて言った。
「だろうな。俺が考えた言葉だ(笑)」
呆れた。川村には全く着いていけない。
「で、どういう意味なんだ?」
藤村は仕方なくといった表情で聞いた。
「藤村、チョコレートっていうと何を思い浮かべる?」
藤村は必死に考えた。
「甘い…とか?うまい。あ、苦いのもあるよな。」
「それは味だろ。」
あ、そうか。
「バレンタインか?」
「それだ!」
当たったみたいだ。
「チョコレートといえば、バレンタイン。バレンタインといえばハート型チョコだろ?」
ハート型…。まあ今時いろんな形があるけどな。藤村は取り敢えず頷いた。
「ハート。つまりは心臓だ。バレンタインてのは、心臓が高まる日だ。まぁ恋愛してないやつにはわからんけどな(笑)」
藤村を見て言った。こいつもイラつくやつだ。
「そして心が傷つくやつも出てくるだろ?降られたり……貰えなかったり。」
もういい。
「チョコレート型の見えないナイフで女が男の心臓を貫けば、それはチョコレートナイフ。」
いっている意味がわからない。
「女が男を殺すのか?」
藤村は思ったことをそのまま口にした。
「んなわけねえだろ。心に傷をつけるんだ。俺はそのチョコレートナイフで女を泣かしたくない。だから、彼女たちがもらってほしいと言えば受けとる。そうすれば、ナイフの先端は尖らずにいられる。」
「難しいな。」
正直な意見だ。
「では結論を言おう。」
今までのは前置きだったのかと呆れた。
「結果、チョコレートナイフの先は自分に向けておけってことだ。」
チョコレートナイフ。またでてきた。川村の考えた言葉ってのはよくわからない。でも藤村もなんとなくわかった気がした。バレンタインはパッピーな結果だけではない。時に、お互い傷つけあうことがあるのだ。それが川村のいうチョコレートナイフなのかもしれない。
チョコレートナイフ