君と巡る季節 ~待ち合わせは、この中庭で~

もすかる

  1. はじまりの秋に、君は笑う
  2. 蒼に溺れる夏
  3. 秘密はホイップクリームで蓋をして
  4. 想い、花開く春

2019年から掲載していた「はじまりの秋に、君は笑う」「蒼に溺れる夏」「秘密はホイップクリームで蓋をして」の3作品と、新しいお話をまとめました。

はじまりの秋に、君は笑う

 食欲の秋にスポーツの秋、芸術の秋もあれば読書の秋もある。「秋」という季節は、自分の好きなことに打ち込みやすい季節なのかもしれない。春のように何だか浮足立つこともないし、夏の暑さや冬の寒さに苦しめられることもない。気温もちょうどいいし、冬に向かう季節ということもあってか、景色がやけに綺麗に見える。特に夕暮れは格別だと思っている。
 ツラツラと思いの丈を述べた私は、秋という季節がとても好きだ。そして「秋といえば?」と聞かれたら真っ先に「読書」と答える程度には読書が好きだ。好きな作家の作品ばかりではなく、新刊から古本まで気になった作品は迷わず購入するし、近所の図書館には休みの日に欠かさず通う。その甲斐もあってか館長や職員の方とは随分と親しくなった。
学生の頃から通う近所の図書館は、とても雰囲気のいい、この町に昔からある古い洋館を活用したものらしい。耐震工事など必要最低限のことは手を加えたらしいが、住民の希望もあって外観も内装も極力そのまま残しているそうで。赤茶色の煉瓦屋根や真っ白な壁には蔦がいくつか絡まっている。これだけでも十分素敵だが、正面入り口へ続く煉瓦道も手入れの行き届いた中庭も、さらに魅力を引き立てている。これは、無くすには惜しいと多くの人が考えても納得できる。

昼下がりの図書館は、とても静かだった。来館者は自分だけで、職員の人が時折本を乗せたカートをカラカラと鳴らして移動する音しか聞こえない。優しいランプの灯と窓から差し込む日差しに照らされながら、お気に入りの木製のテーブルの片隅に座り、いつものように好きな本を読みふける。ああ、なんて幸せな時間なんだろう……。穏やかに流れる時間を感じながら、同じ姿勢で固まってしまった体を思い切り伸ばした。
その時、ふと窓の外の景色が目に留まる。庭に生えた一本の立派な木が、いつの間にか鮮やかな赤に染まっていたのだ。ちょうど読みかけだった本も先程読破したし、たまには外で気分転換するのも悪くないだろう。念のために持ってきた大判のストールを纏い、小さなショルダーバックに貴重品を移し替えて中庭へと出た。

カサリ、と乾いた音が足元から響く。あまり図書館内から出なかったため、こうしてちゃんと中庭を見たことがなかった。すっかり色付いた一本の木の他には、季節の花が花壇の中で風に揺れていて、木のそばには二人掛けのベンチがぽつんと置かれていた。とてもシンプルではあるけれど、とても落ち着く場所だ。これからはここにも必ず立ち寄ろう……。あ、飲食してもいいか館長さんに確認して、もし許可が出たら時々ここで軽食を食べるのもいいかもしれない。
ベンチに一人座って勝手にそんなことを考えていると、ひらりと赤が舞い落ちた。上を見上げれば、太陽に照らされた紅葉が視界いっぱいに広がり、木漏れ日によって一層その赤が際立っている。

「おお……」

 思わず出た感嘆の声。この世の中にこんなにもキラキラした景色が、まだ身近に残っていただなんて。どうして今まで気づかなかったのだろう、という感情よりも、新たに発見できた喜びが胸にあふれる。緩やかに風が吹けば、カサカサという音を立てながら木漏れ日が色々な形に変化する。色とりどりではないけれど、まるで万華鏡を除いているようだ。
しばらく風に吹かれながらその光景を楽しんでいると、どこからかカサリ、という音が聞こえた。音のする方へ目線を向けると、誰かがこちらへ来ていた。見たことがない男の人だから、常連の人ではないだろう。この図書館の佇まいが気になって、一通り見て回っているのだろうか。時折そういった来館者もいると聞いたことがあるし、この人もきっとそうなのかもしれない。

「こんにちは」

「……どうも」

 おや、存外素っ気ない。見た目だけだと、人懐っこい印象があるのに。人は見た目だけではやはり分からないものだなぁ。しかし、せっかくの来館者だ。しかも珍しく自分と同じ年頃の若い来館者。いつもは近所のご老人方か試験前の学生しか見かけないためか、内心ウキウキとしている。これは、もしかすると、数少ない同じ読書好きの友人ができるチャンスではないか。そう思うと、自然と口が開いた。

「よかったら、隣いかがですか?ここから見上げる景色、すっごく綺麗なんですよ」

「いや、結構です」

 お誘い失敗。まあ、分かりきってはいたけれど。まるで猫を相手しているようにも感じる。それがなんだか面白くて、自然と笑みがこぼれた。そんな私を見て不審に思ったのか、彼は非常に気味悪げに顔をゆがめた。それがまた面白くて、クツクツと笑ってしまう。

「ああ、突然笑っちゃって、ごめんなさい。それじゃあ私はこれで。図書館の中、ゆっくり見て回ってくださいね」

 笑いが一段落したころで、体も冷えてきたし退散することにした。チラリと腕時計を確認したらもう十七時をまわり、そろそろ夕飯の買い出しをしなければならない。予定よりも長い時間を中庭で過ごしたので、目星をつけていた本を借りて帰ることにした。館内に戻って借りたい本をカウンターへ持っていく際に、窓からチラリと中庭へと目を向ける。まだあの男性がいて、私が座っていたベンチに腰かけてぼんやりと木を見上げていた。

「結局、自分もやってるじゃん」

 また笑いがこみ上げるも、周りの職員さんの目もあったので、プルプルと震えながらなんとか抑えた。
 これが、彼との出会いである。


 それから休日にいつものように図書館へ行くと、毎回のように彼と遭遇した。私の顔を見るなり思い切り顔を顰められたが、そんな事は気にせずに話しかけることが新たな習慣となった。館内で見かけたときは、軽い会釈をして。お互いお気に入りの席に着くので、この時会話はない。時折本を探しに行くときに、タイミングよく休憩をしていれば話しかける。ただし読書の邪魔はしたくないし、他の来館者の邪魔になるわけにはいかない。簡単な声かけ程度だ。
 そして、中庭で見かけたときは初めて会った時のように話しかける。私が最初に中庭にいるときは、流石に気まずそうにしていた。それでも渋々訪れるのは、中庭の景色が美しいからであろう。この時は簡単な会話……いや、私が勝手に話すことに対して手短に答える、といったやり取りをしていた。

「そういえば、何かお仕事してるんですか?私、雑誌の編集に携わってるんですよ。大手じゃなくて、この近くでアトリエ持ってる人が取り仕切ってる小さな雑誌社なんですけどね。休みが変則的だし、徹夜することも多いですけど、お休みの日にこうして図書館に来るのが楽しみで、毎日仕事してます」

「……ただの、会社員です」

「そうなんですか!人間関係とか、大丈夫ですか?」

「いや、別に……。うちは上から下まで仲良くやってます」

 このような、普通の会話ができたのは、出会ってから四か月が過ぎた頃だ。これまでは簡単な会話どころか、無視されることも度々あった。ただ、お互いのことが何となく分かりだすと、彼の表情が次第に柔らかくなったように感じ始めた。相変わらず無表情だし、声のトーンも低いままだけれど。それでも次第に砕けた言葉で自然な会話が続くようになり、いつの間にか中庭に集まることが二人の間でお決まりとなっていた。
そんな風にして、あっという間に季節が巡っていった。

 「お隣、いかがですか?」

 この日私は、一年前と同じお誘いをした。あの日も今日と同じでよく晴れていた。今年もやはり見事な紅葉がこの図書館の中庭を彩り、夕焼けが滲みだした青空に映えて、より美しさを増している。目の前には、人懐っこそうな見た目の彼が立っている。あの時と違うのは、不審な顔をしていないことと服装くらいだろうか。

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

 あとは、笑顔を見せるようになった。時折ではあるが、会話の中で静かに笑みを見た瞬間は何とも言えない喜びが沸き上がったものだ。
そして今日、初めてお誘いが成功した。今までは、どちらかが立ったまま中庭のベンチで話していたのだ。もちろん、必ず冗談交じりにお誘いはしていた。……これは、完全に猫に懐かれたのではないだろうか。驚きのあまり目をパチパチと瞬かせていると、彼がクスクスと笑い出した。

「あんたの驚いた顔、初めて見た」

「そりゃあ、今までずっとフラれてきたんだもの。どんな心境の変化を起こしたの?」

「たまには一緒に見るのも、別にいいかなって思っただけ。気まぐれだよ」

 ストン、と隣に座った彼は背もたれに背を預けて、いつものように木を見上げた。私も続いて同じように首を上げる。いつもと同じはずなのに、隣に座る存在がいるだけで、いつも以上にキラキラとしている気がした。横目で彼の様子を見ると、とても穏やかな顔をしている。笑顔とはまた違う、じっくりと自然を楽しんでいる顔。今まで見ることが出来なかった表情だ。

「綺麗だなぁ」

「あんた、いつも言ってるじゃないか」

「秋の景色はね、特に綺麗なの。どの季節も綺麗だったけど、私にとって秋は特別。それに、今日は初めて貴方がお誘いにのってくれたからね。一層特別に思えるよ」

「……へぇ」

 
 私は秋という季節が好きだ。動くにはちょうどいい気候で、景色がとても綺麗な季節。そして、新たに美しい景色を発見した季節。ああ、でも、どうしてだろう。
 今年の秋は、一段と美しい。

蒼に溺れる夏

ふと、あの顔が頭をよぎった。木漏れ日の中、目に見える世界全てを愛おしげに眺める、あの顔がすぐに浮かんだのだ。誘ったのは、ただそれだけの理由。

「わ、見て見て、エイが空飛んでる!」

「いや、そういう水槽なだけだろ」

「なんだよー、相変わらずだなぁー」

アーチ型の水槽の前ではしゃぐ彼女に、思わず笑みがこぼれる。彼女とは、たまたま訪れた図書館で不思議な出会いをした。やたらと話しかけられ、こちらが折れる形で気づけば図書館以外でも会うようになった「友人」だ。決して恋人なんて関係ではない。気楽に話が出来る、変わり者の友人。

「いやぁ、君の上司さんに感謝だね」

人の良い上司から急に呼び出された月曜日。休日に赴いた商店街の福引で、隣町の水族館ペアチケットを当てたと聞かされた。ただ、自分は興味無いし、一緒に行く人もいない。だからあげる、と半ばチケットを無理やり押し付けられたのだ。話を聞いていたらしい先輩達はニヤニヤするし、「彼女といけよ」なんて揶揄う同僚もいた。
そんな中で途方に暮れた昼休み、ふと顔が浮かんだのが図書館友達の彼女だ。その日の夕方にいつもの図書館に行けば、やはり彼女はいた。夏の暑さが厳しくなったからか、中庭ではなく中庭近くの席で本を読んでいた。

《チケット、もらったんだ》

《チケット?……ああ、水族館の。どうしたの、それ》

《上司が福引で当てたけど興味ないからって押し付けてきた》

《はは、面白いねぇそれ》

《面白いってあんた……。いや、まあいい》

《いいんだ》

《話が進まないから。……その、あんたの都合がつくなら一緒にどうかと》

《え、行く!》

前置きが長くなった割に、即答した彼女に驚いたのは記憶に新しい。朝の電車では、ちょうど行きたかったんだ、とケラケラ笑っていた。

「ふふ、癒されるねー」

「俺はあんまり分からないけど……楽しそうで良かったよ」

「水族館も楽しいし、君からのお誘いだもんね。楽しさ倍増だよ」

へら、っと笑う顔に言葉が詰まる。いとも簡単に、彼女の言葉は相手の懐に入ってくるから心臓に悪い。それも、無意識だ。1番タチが悪い。そうですか、とさも興味なさげに返事をすると、クツクツと笑った。

「にしても、かなり大きいねぇ」

「たしかに。足が痛くなってきたし」

「だよねー。私もさすがにしんどくなってきた」

プラプラと足をぶらつかせてみせると、彼女も同じように足を動かした。この水族館の水槽があるコーナーは、館内に入って2~3階程のエスカレーターを登った先から始まる。そこから地上に向けてスロープを下りながら鑑賞するのだ。ゆっくり見ながら螺旋状に作られた通路を移動していると、予想以上に距離があったらしい。気づけば足に痛みがじんわりと広がっている。

「ねぇ、そこの椅子で休もう?大水槽前の、特等席だよ」

「そうだな」

ストン、と腰を下ろせばお互いに息を飲む。まるで時が止まってしまったように、周りの音がシャットアウトされた。まさに、そんな感覚だ。目の前には悠々と泳ぐ大型の魚達。そして、集団で忙しく泳ぐ小さな魚達。深い青が視界いっぱいに広がり、つい先程まで感じていた疲労が、静かに消えていった。

「綺麗だねぇ」

「……そうだな」

「はは、さっきからそればっかり」

穏やかな時間だ。もう数え切れないほど、彼女とこんな時間を共有している。煩わしさを感じていたはずなのに、いつの間にか彼女と過ごす一時が当たり前になっていた。彼女が図書館に現れない日は、物足りなささえ覚える始末。

「ねぇ、楽しいね」

どうやら、とっくの昔に、深い蒼に包まれてしまっていたようだ。

秘密はホイップクリームで蓋をして

ページをめくる手が、かじかんでうまく動かない。暖房が効いているとはいえ、中庭の見える窓際はかなり冷える。外の冷気が、じわり、じわりと静かに流れ込んでいるのだ。それでも、ある時ふと見つけたお気に入りの場所から離れるのも心苦しく、ついつい窓際の席を選んでしまう。

「寒そうだな」

突然、頭上から響いた声。その主は、顔を見なくても分かるようになった。首をグイっと動かせば、少し眉を顰めた彼が視界に入った。その表情に、いつも通りだなぁ、なんて安心感を覚える。へら、っと笑うと「なんだよ」とますます怪しげな目を向けられた。

「ううん、なんでもない」

「で、連れていきたいとこってどこだよ」

「ふふ、せっかちだなぁ」

「いや、行先も知らされずに呼び出されたんだ。まず聞くだろ」

出会った頃から幾つも季節がめぐり、その中で知った彼の連絡先。滅多に連絡を取らないから、トーク画面があまり動いていない。いつも図書館で会うし、図書館以外の場所へお出かけも以前の水族館以来あまりない。そんな訳で、お互い連絡を取る機会が無いのだ。そんな状況の中で、唐突に彼を呼び出したのは昨日の夕方。待ち合わせ場所はいつもの図書館。どうしても彼と行きたい場所を、仕事の帰りに見つけたからだ。

「ま、着いてからのお楽しみだよ」

「はいはい…」

「大丈夫、君もきっと気に入るよ」


図書館から歩いて15分ほど。普段は使わない道を歩きたどり着いたのは、アンティークな雰囲気が漂う小さなカフェだ。店内に入れば、暖かな空気が全身を包み込む。オレンジがかった明かりが、なんとも落ち着く。そして、壁際には大型の本棚(これまた重厚な、木製のものだ)にはぎっしりと本が詰められていた。小説もあれば、評論、歌集などなどジャンルは様々だ。店の窓から見えたこの光景に惹かれたものの、昨日は既に閉店間際の時間。せっかくなら、彼も呼んでこの場所を共有したい。そう思いつくやいなや、自然と手がスマートフォンを操作していた。

「どう?素敵でしょう?」

「ああ……驚いた、こんな場所あったんだな……」

「ふふ、もう昨日見つけた瞬間にさ、君にも見せたいって思ってさ」

手元のメニューを開きながらそう言えば、向かいの彼は何か言葉に詰まったような表情。そういえは、最近よくこの表情を見るような気がする。出会った頃から口下手というか、不器用と言うべきか。彼は言葉を伝えることが時たま苦手になる。そんな時は決まって、今のような苦しげな顔をする。さて、今日はどんなことを考えたのだろうか。心の中でこっそりと微笑を浮かべた。

「さ、頼むもの決めよう?私は一目見て決めたから、どうぞ」

「へぇ、何にするんだ?」

「私はココアだよ。しかもただのココアじゃない、ウィンナーココア」

「普通のココアとは違うのか?」

「ホイップクリームが乗せられているんだ。元はコーヒーの種類なんだけどね。ウィーンで飲まれている、アインシュペンナー…ホイップクリームが乗せられているコーヒーなんだけど」

へぇ、と彼は短く返事をして再びメニューに目を落とす。どうやらあまり興味はないらしい。自分から疑問を投げかけたはずなのに、少し説明に熱が入ると彼は途端に興味を無くしてしまう。これも、しばらく彼と過ごす中で知ったこと。初めて出会った頃に比べると、随分彼について詳しくなった。それでも、まだまだ知らない一面もあるのだろうかとワクワクしている。そんなこと考えていると、彼に話すとどんな反応をするのだろう。

「決めた」

「ん、じゃあ店員さん呼ぶね」

軽く手を挙げると、「ご注文は?」と優しい雰囲気を纏ったマスターがふらりと現れる。注文しようと口を開けば、数秒の差で彼が声を発した。かと思えば、もう注文が済まされている。普段素っ気ない返事をしたり、あまり人に興味を示さないのに。ふとした瞬間に、彼の優しさが発揮される。これはきっと、誰に対してもそうなんだと思う。その事実になぜかちょっと悔しくなり、でもそれを悟られないようにそっとメニューを閉じた。

「ブレンドコーヒーかぁ。しかもブラック。大人だねぇ」

「いや、あんた歳近いだろ」

「そうじゃなくって。私、苦いの苦手でさ。よく職場でも友達からも子供舌って言われててね」

「ただでさえ甘いココアにホイップクリーム入れたの頼むくらいだしな」

意地悪そうに、ニヤッと笑いながらそう言う彼を思わず睨みつける。それでもあまり効果はないらしく、そういえばと言葉が続けられた。

「好きな料理も子供が好きそうなやつばっかだよな、あんた」

「えー、そうかな?」

「ほら、前水族館行った時も話してただろ?パスタはミートソースじゃなきゃ嫌だとか、ハンバーグに半熟の目玉焼きがあればもう最高だとか。ああ、あとはめちゃくちゃ甘党。話聞いてるだけで胸焼けしそうなくらい、色々食ってるよな」

「だ、だって美味しいから仕方ないじゃん。…そういう君は、あんまりそういうの聞かないね?」

今まで一方的に話していた内容まで、全て記憶されているとは知らなかった。いつもとは違い彼が優勢だ。いたたまれなくなり、無理やり話題を逸らす。彼はキョトンとした表情を見せ、それから少し考える素振りを見せた。

「あんまりこだわりは無いな…。強いていえば、薄味を好むくらいか?」

「へぇ、そうなんだ。なんか意外。デミグラスソースとか好きそうな顔してるのに」

「いや、どんな顔だよ。…実家の味付けがあんまり濃くなかったというか、優しい味付けだったからな。まあ、食えりゃなんでも食べるさ」

ちょうどこのタイミングで、注文していたブレンドコーヒーとウィンナーココアが運ばれた。軽く会釈をすると、マスターはニコリと笑ってカウンターへ戻っていった。甘いココアの香りと、これでもかとカップギリギリまで乗せられたホイップクリームに、思わず頬が緩む。カップを持てば、中身の熱気が冷えた指先にしみる。火傷しないように、そっと口をつける。

「ん、美味しい」

「みたいだな。クリームで髭できてるぞ」

「ふふ、これも含めてのお楽しみなんだよ。でも教えてくれてありがとう」

「はいはい」

少し呆れた顔をしながらも、彼は湯気の出るブレンドコーヒーをひと口。その瞬間に、僅かばかり彼の瞳が喜色に染まったのを見逃さなかった。どうやら、お気に召したようだ。

「ねぇ、また来ようよ。冬場の図書館は寒いし。ここで本でも読みながら過ごすのも良くない?」

「…まあ、たしかにな」

「よし、決まり。寒い日は図書館に行ってからこのお店のコースで」

「図書館は絶対行くんだな」

「だって、借りたい本もまだまだ沢山あるし。返さなきゃいけない本もあるだろうし。それにほら、君と待ち合わせするにも図書館に行く方が確かだし」

図書館に行かない、という選択肢はそもそも頭にない。その理由を挙げていれば、またクスクスと目の前の彼は静かに笑い出す。おかしいな、面白いことは何も話していないのに。

「なぁ」

「んー?」

「あんたの中ではさ、休みの日は俺といるのが前提条件になってんのか?」

「…え?」

言われてみれば、確かにそうだ。次の休みは何を話そうかと自然と考えているし。オススメしたい本や作家のリストもたくさん溜まってきた。このカフェも、自然に彼と行きたいと思ったほどだ。図書館に行く目的だって、あの場所で本に囲まれながらのんびりと過ごしたいと思っていたはずだ。それが今まではどうだろう。彼と話すことを目的となっているのではないか?

「…初めて気づいた」

「なんだ、無意識かよ。話聞いてると、俺もあんたといるのが当たり前みたいに聞こえてな」

「いやぁ、全く意識しなかったなぁ」

「あんたらしいな。まあ、おかげで休みの日まで退屈しなくて済んでるよ」

「うーん、なら良かったかな?」

からりと空気の乾いた、よく晴れた冬の昼下がり。何かが変わる予感。でも今は、ホイップクリームで蓋をしてしまおう。次に開く時も、熱を持ったままにする為に。その方が、きっと面白いでしょう?

想い、花開く春

ピンと張り詰めた冬の空気よりも、柔らかな陽射しに包まれる日が増えてきた。それに呼応するように、中庭の植物も徐々に芽吹き出している。私はと言えば、休日のお昼頃に図書館へ赴いた時は、お気に入りのベンチに座ることも次第に増えている。そんな風に、季節に合わせて図書館や小さなカフェで過ごすようになってから、随分と時間が経っていた。その傍らには、必ず目の前の彼がいる。
自覚してしまえばすんなりと受け入れられたが、どうやらもう引き返せない段階に来ているらしい。そんな自覚を受け入れてからも、いくらか時間が経った。いつまで私達は、このふわふわした時間を過ごせるのだろうか。居心地はいい。でも、ほんの少しモヤがかかったような、そんな気持ちも確かにある。

「眉間にしわ」

「痛い」

トン、と遠慮なく眉間に打ち込まれた人差し指。出会った時はあんなに近づこうとしなかったのに、今や軽い接触すら許す距離感になっていたらしい。また新たなことを知った。

「珍しく難しい顔してるな」

「失礼な。私だって、物思いに耽ることだってあります」

「ヘラヘラ笑ってる方が多いだろ?」

「そんなこと言うのはこの口ですかねぇ?」

膝の上に置いた本を落とさないように、隣に座った彼の方へ体重を傾ける。そして、眉間に打ち込まれたのと同じ要領で、頬目がけて人差し指を押し込む。が、いとも容易くその手は防がれた。手首をがっしりと掴まれ、そのまま逸らされてしまう。

「ぐぬぬ、卑怯な」

「いや、そうでもないだろ」

カラカラと彼が笑えば、こちらも思わず笑みが溢れる。静かに手首は解放され、お互い座り直した。いい歳で何してんだか、と頭の片隅に浮かんだが、今は無視してしまおう。そっと吹いた風のおかげか、先ほどまでグルグルと絡まっていた気持ちも落ち着いた。お互い無言のまま風の音に耳を傾ければ、いつもの優しい空間の出来上がりだ。いつもと違うのは、彼の無言の時間がやけに長いこと。気になって視線を向ければ、相手の視がパチリとぶつかった。

「どうかした?」

「んー、まあ」

「え、何?そんな言いにくいこと?」

「そうだな、少なくとも俺にとっては」

「えぇ、何だろう…。転職…転勤…あ、もしや引っ越すから今日でさよならとか?」

「転職も転勤も、ましてや引っ越す予定もない」

「うーん、じゃあ、何だろうなぁ…。思いつかないぞ…」

うんうんと頭を悩ませるも、他の選択肢は浮かんでこない。話しにくい、ということは何か彼にとって、あるいは私にとって不利益な話だと思ったのだけど。彼は随分と優しい性分なので、相手のことも自分の事のように悩んでしまうから。しかし、どうやらその路線ではないらしい。ならば、彼にとっておめでたいこと?結婚相手が出来たとか、彼女が出来たとか。ああ、ならば納得出来る。そうなれば今までのような時間は過ごせなくなる。それを宣告するのは、些か難しい。自分がその立場なら、上手く言い出せないだろう。

「降参か?」

「ふふふ、思いついた」

「へぇ?答えは?」

「君に春が来た、ってところかな?だから私とはあまり会えなくなるとか」

「…ハズレ」

「えー、本格的に分からなくなってきた」

グッと背中を逸らし、天を仰ぐ。彼は何を言おうとしているのだろう。いくら考えても分からない。ギブアップだ、と手を振れば噴き出す声が聞こえた。失礼な。真剣に考えた身にもなってほしい。

「なあ、あんたと知り合ってどれくらいだ?」

「んー、どれくらいだろうね。あんまり数えてなかったかも」

「俺も。ただ、最初は厄介な奴に声をかけられたって思ったのはよく覚えてる」

「あ、やっぱりそう思ってたんだ」

最初は、こうやってベンチに一緒に座るなんてこともなかった。私が一方的に話して、話しかける度に嫌な顔をされて。思い出せば、とても懐かしい。今や隣で穏やかな顔を見せてくれるくらい、彼と仲を深めることが出来たのだろう。それだけの時間が、気づかないうちに流れていたのだ。

「今ではさ、休みの度にあんたに会わなかったら落ち着かないんだ」

「奇遇だね、私もだよ」

「で、俺なりに考えた」

「うん」

いつになく緊張した目が、こちらに向けられる。表情だって、初めて見る真剣なもの。思わずこちらに緊張が移る。ゆっくりと口が開かれた。

「あんたと、恋人になりたい」

「恋人?」

「…だめ、か?」

先ほどの真剣な顔から一転。急に不安な表情に変わるそれが面白くて、クスクスと笑えば途端にいつものいじけた顔になる。見ていて飽きない、とはこのことだろう。

「あんたな…こっちは一応真剣なんだぞ」

「いや、ごめん。なんか面白くて」

「まあ、あんたらしいけど」

「ごめんごめん、ちゃんとお返事しますね」

改めて息を吸い込み、彼に向き直る。するとまたもや緊張が戻ってきたようで、少々硬い表情になっている。とはいえ、私も流石にドキドキしてきた。これを言えば、彼はどんな反応をするだろう。ああ、楽しみだ。

「私もね、君との時間が離しがたいと思ってる」

「…そうか」

「君は見ていて飽きないからね。いつも面白い反応をしてくれるし」

「おい、何あんた面白がって、」

「だからさ、私は恋人じゃ足りない」

「……は?」

「結婚、したいな。君と」

ニコリと笑顔も添える。ピシリと固まった彼は、しばらく動けずにいるようだ。だけど、段々首や頬に朱が染まっていく様子を見て、我慢できず破顔した。やはり期待を裏切らない。ああ、楽しい。

「あ、んた、いきなり、結婚!?」

「だってさ、今までも付き合ってたようなもんじゃない?」

「それにしたって、急過ぎないか!?」

「あ、婚約でもいいんだよ?同棲はしてなかったし、親にも何も話してないし。流石に紹介なしだとまずいもんねぇ」

「だから話を…はぁ、いや、いい。降参」

まだ頬を赤らめたまま、彼は頭を押さえる。キッと険しい表情をしながら顔があげられた。その表情も長くは続かず、すぐに頬が緩んだ。それに気を取られていたからか、静かに重ねられた手に気づけなかった。ビクリと肩を揺らせば、先ほどとは一転して、意地悪そうな笑みが浮かべられる。

「これから、改めてよろしく」

「こちらこそ、旦那さん」

「だから、まだ早い!」

「はいはい、まだ、ね」

君と初めて出会ったこの図書館の中庭で、たくさんの思い出が作られた。友人として心を許してくれたこと。休日を一緒に過ごしたいと、お互いに思えるだけの時間を共に歩めたこと。その全てが大切なものだ。
大切なものを増やしながら、始まりの秋からいくつも季節が巡った。春の陽気が風に乗って運ばれる今日。私達は新たな「初めて」を、この「始まりの場所」で始める。

君と巡る季節 ~待ち合わせは、この中庭で~

君と巡る季節 ~待ち合わせは、この中庭で~

お気に入りの図書館、その中で見つけたお気に入りの場所。ある秋の日、この場所から始まった2人のお話。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-12-28

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著作権法内での利用のみを許可します。

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