第二話 召喚

 ──西暦二◯二五年十二月六日 千葉県鎌ヶ谷市 ケーヨーデイツー鎌ヶ谷店内

「水道ホース8メートル」
「はい」
「出刃包丁1振り」
「はい」
「プリン・ア・ラ・モード」
「はい」
「……アラモード、って『最近の』とか『流行の』みたいな意味らしいよ」
「へぇ」
「髪の毛は?」
「リュック」
「じゃ、これでいいか。俺会計しちゃうから」
「あ、じゃあお金先渡すよ」
「あー……今細かいのないから、レジで崩してからがいい」
「なるほど」
 そしてマツミとナカハラはホームセンターを後にした。
 4円のレジ袋を指に引っかけて、鎌ヶ谷の閑静な住宅街を歩く。都会然としたビルの少ない景色は、広々とした青空を見せてくれる。
 遠くに果てしない高速道路が見える。
「一千万か……」
 マツミがツイッターをスクロールしながら呟いた。
「もういけるかね」
「映画館?」ナカハラがリュックを背負い直す。「いや調べてないけど……さすがに一億あれば足りるでしょ」
「足りるか」
「だから、パーッと、心置きなく使おうぜ。切り札(・・・)

 ──西暦二◯二五年十二月七日 東京都世田谷区 国士舘大学世田谷キャンパス

 丸テーブルを囲んだ4人。
「具体的にはいつくらい?」
 と、Pが訊く。
「えぇー……。みんな会社とかあるから分かんないけど……、来年の、5月とか」
 横に座るコイケが、スマホのカレンダーを参照しつつ応えた。
「え、ねぇねぇ脚本は? コイケ?」
 向かいに座ったホロイワが身を乗り出す。
「僕です。コロナでヤバかったときに書いたんですけど、そのままのやつがあったので」
「え~。わ~、楽しみ」
 両手を口の前に合わせて、拝むような姿勢のまま身体を傾けている。
「ポッターさん達には? もう?」
 テツヤの問いに、
「うん。まだ予定は分かんないけど、参加したいって」
 コイケはラインの画面を見せる。
「あ、レオンさんまだこのスタンプ使ってる」
「これさぁ、」ホロイワが噴き出す。「ホントなんでポッターにお金入ってないんだろうね」
「そういやコイケ、ソラは?」Pが訊く。
「ソラは……家で子守りしてます」
「え、ウソ、子守り!?」ホロイワが目を丸くする。「ソラ、いつの間に子供が……」
「そうなんです……。彼もうすぐ結婚するんです……」
「いや違うでしょ」
「ごめんなさい嘘です。なんか、親戚の子を預かってるらしくて」
「へぇ~。ソラ年下感あるから、子守りしてるのなんか面白いわ」
「めっちゃ分かります」テツヤが頷く。

  ──瞬間、自動ドアが弾け飛んだ。

 東武野田線の高架下。
 真っ昼間であろうと影を落とされたその場所は──草も生えていない固い土。
 その上に水道ホースが敷かれていた。
 雑多な魔法陣のように、またはカタツムリの殻のように、ぐるぐると何重にも円を描いている。
 ホースの先端は灯油タンクに付けられていた。
「っしょ、と」
 ナカハラが、灯油タンクを頭の上に掲げる。そして灯油口を下にすると、重力に従って、なかの液体がホースへと流れていく。どくどくと流れていく。
 干からびた蛇が目を覚ますように、
 魔法陣が膨らんだ。

「悪魔──ッ!?」
 誰かがそう叫んだ。
 弾け飛んだ自動ドアは2階まで吹っ飛び、エスカレーターへ突き刺さる。
 けたたましいアラーム。
 白濁に舞う砂埃。
 館内アナウンスをかき消すFランの喧騒。
 4人は慌ててテーブルから立ち上がった。
 自身の身体を陰として、Pがこっそりと左手首を掴む。
 それを──テツヤが目敏く横から止めた。
「悪魔の匂いだよ」
「劇部にはバレたくないでしょ、Pちゃん」
「……」
「今は逃げよう。……──早く、裏から出ましょう!」
 テツヤの叫びに、コイケとホロイワが我に返る。そして4人は、騒乱の中心に背を向けて駆け出した。裏口へ殺到する大学生達の人波に紛れていく。
 途中、ホロイワが振り返り、硝煙の奥へと目を凝らした。
 玄関には──恰幅の良い何者かが立っている。そのシルエットには見覚えがある気がした。

「レオン、ラーメン食って帰らね」
「また? いいけど」
 周囲は夕方。鎌ヶ谷は夕方のオレンジに染まっている。
 大通り沿いの歩道を、2人はだらだらと歩いている。昼間とは違い、どちらも徒手であった。
「あ、聞いた?」
「なに」
「公演の話」
「あ、訊いた訊いた。コイケでしょ」
「でも一個下主体でやるのに、先輩がしゃしゃり出ていいのか感はあるよね」
「まー、でも、向こうから声かけてくれたし。いいんじゃない」
「脚本はレオン?」
「いやコイケ。もう読んだんだけど、かなり、」
「かなり?」
「     」

 マツミがいない。

「は?」
 そして、視界が真っ黒に染まった。
 呆然とするナカハラ──が、目の前の黒い壁に反射している。
 黒い壁なんてつい今まで無かった。
 黒い壁がマツミを奪い去った……のか?
 空を見上げる。
 綺麗な夕焼けと冬の積雲。
 鳥と、マツミが飛んでいる。
 逆さまのマツミ。
 右膝が逆に曲がっているマツミ。
 ────落下。
 鼻が折れた。顎が割れた。膝小僧も割れた。
 マツミが、糸の切れたマリオネットのように、少し後ろの歩道でうつ伏せに倒れている。
 がたがたがたがた……と6秒ほど痙攣した後、うェ、と内蔵を吐き出した。
 そして沈黙。
 ナカハラは、黒い壁をもう一度見た。
 車内は真っ白なクッションで埋め尽くされている。
 クラクションが鳴り続けている。
 ブレーキ痕から立つ煙。
 頭が理解を拒んでいる。

 ただ一つ、浮かんだ思考は──、
「──誰だ(・・)

 人々が消え、喧騒が消え、硝煙が消えたとき──『それ』の姿は晒された。
 着ぶくれするほど厚着をしている。まるで北国の人間の佇まいのように、高級感溢れるファーのコート。
 身長はゆうに2メートルを超えていた。
 『彼』はゆっくりと周囲を見渡してから、一本の柱に目をつけた。ずんずんと近づいていく。彼の体重に耐えられなかった床が、めり込み、足跡となっていく。
 そして柱を両手で掴んだ。太い指が食い込んでいる。
 角と角を掴み、自身は獲物に対して半身となる。その姿勢はまるで、一人の名高い柔道家であった。
 右足を上げて、柱へピタリと付ける。
「…………ふンッ!」
 力み、そのまま──巴投げ(・・・)
 コンクリートと鉄骨が、甲高い絶叫のような音ともに破壊されていく。『彼』に捕らえられた部分が、塊となって、剥がされていく。
 重要の柱の一部をえぐり取られた国士舘大学の校舎は、その全体を大きく歪ませ、崩壊への秒読みを始めた。
「そんな範囲攻撃じゃどうにもならないって」
 背後から声がした。
 巴投げを中断し、『彼』が振り返る。
 そこには、逃げたはずのテツヤが立っていた。
「久しぶり」
 気さくに右手をあげるテツヤを、
「……」
 『彼』は一睨みして無視する。そして、
「ンあ」
 大きく口を開けた。
 右手を喉の奥へ突っ込んだ。
 ずるり。
 体内から──胃袋から、長い武器が引っ張り出される。
 それは両手持ちの──もはや鈍器に近しい斧。グレートアクスに他ならない。ぬらりと体液で湿っている。
 彼はアクスを持つと、片手でぶぅんと一回転させ、空気を切り裂いた。
 敵意を剥き出すその姿を見て、
「あーあ」
 残念そうに呟くテツヤ。
 そんなぼやきも気にせずに、『彼』はテツヤへ肉薄する。
 ずん、ずん、ずん、ずん、と、一歩、一歩、本能の殺意を重く込めて。
 そして、
 振り上げたアクスを平行に振るう。
 その軌道に──既にテツヤはいない。
 見上げると、2メートルほど宙に飛んでいた。
「……あのさぁ」
 そして、ふわふわと降りてきて、地面に足を着く。
「来るなら会社に来てよ。……やっっっっと休み取れたってのにさァ!!」
 テツヤが地面を蹴る。
 その体躯は風を切り、瞬間、『彼』の懐へと滑り込んだ。
 蹴り上げる。
 ローファーの爪先が──垂線を描き──『彼』の顎を穿つ。

「月」

 打ち込まれた衝撃に、『彼』の巨漢が浮かび上がる。打ち上がる。大砲が火を吹いたような音がして、校舎が痺れる。その崩壊はもはや止められない。
 ……コンクリートの白い雨……。
 テツヤは髪にかかった瓦礫を払い、ついでに前髪をセットしてから、天井を見上げた。
 ぶらり。
 特注サイズのジーンズに包まれた脚が揺れている。
『彼』は天井へと頭から突き刺さり、沈黙していた。
「……殺しちゃダメなんだっけ」
 また独りごちってしまった。
 これって老化なのだろうか? とテツヤは思う。
 それとも隠し事があまりにも多いせいだろうか……。
 テツヤはポケットに入れていたスマホで電話を一本だけかけると、その場を駆け足で後にした。梅ヶ丘駅の方へ急いで向かう。
 先に逃げた皆と、早く合流しなくては。
 カラオケの約束をしているのだから。


つづく

第二話 召喚

知り合いでこういう小説書くの止めたほうがいいと思った。
感想ありがとう。

第二話 召喚

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-12-22

Copyrighted
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