終劇
おれは皮肉なことに逃げている。
過去の幸福から逃げている。
哀れなまでに必死になって、
後ろを振り返ることもせずに、
殺されると思いながら逃げている。
それは揺るぎない事実として追いかけてくる。
"まさか忘れてはいないだろうな?"
そう責め立てるような声を発しながらそいつは
どこまでも、どこまでも、執拗に追いかけてくる。
いま、ここで足を止めれば
ほどなくしておれは 幸福の亡霊の餌食となり、
激痛に喘ぎながら 霞んでいく郷土を、旧友を想うだろう。
思い出せないものまで慈しむ余裕がおれにあったなら!
あれほど蓄えてきた断章を、おれはなにかに活かすことができたのか?
活かすどころか、蓄えるほどに喘いでいたじゃないか。
自分の首を絞めていたのは ほかでもないおれだったじゃないか。
絶頂の瞬間に死ねていたら、こんなことにはならなかったのだ。
おれは勝負に降参して、卑屈な笑みを浮かべ、白々しい空に向かって舌打ちした。
終劇