終劇

おれは皮肉なことに逃げている。

過去の幸福から逃げている。

哀れなまでに必死になって、

後ろを振り返ることもせずに、

殺されると思いながら逃げている。

それは揺るぎない事実として追いかけてくる。

"まさか忘れてはいないだろうな?"

そう責め立てるような声を発しながらそいつは

どこまでも、どこまでも、執拗に追いかけてくる。

いま、ここで足を止めれば

ほどなくしておれは 幸福の亡霊の餌食となり、

激痛に喘ぎながら 霞んでいく郷土を、旧友を想うだろう。

思い出せないものまで慈しむ余裕がおれにあったなら!

あれほど蓄えてきた断章を、おれはなにかに活かすことができたのか?

活かすどころか、蓄えるほどに喘いでいたじゃないか。

自分の首を絞めていたのは ほかでもないおれだったじゃないか。

絶頂の瞬間に死ねていたら、こんなことにはならなかったのだ。

おれは勝負に降参して、卑屈な笑みを浮かべ、白々しい空に向かって舌打ちした。

終劇

終劇

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-12-21

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted