おやつ
おやつ
おやつはふしぎ。
あまくて、しょっぱくて、やわらかくて、かたくて、いろいろ。
こんな事を書いて、彼はその紙を冷蔵庫にはり付けた。
なあに、意味などない。ただ、書きたかっただけなのだ。
おやつを食べたい事よりも、そっちのほうが彼にとっては大事だった。
そろそろ時間だ。今日はなんだろう。期待してみる。
彼は一人であった。誰も彼におやつなど与えない。
彼は知っていた。それでも待ち続ける。
おやつはとうとう運ばれてこなかった。当たり前だ。
嘆き、悲しむ。たった一人で。
一人しかいないのだ。
部屋には夜の冷気が襲ってくる。それは彼を襲う。
なにしろ部屋には一人なのだ。そこには彼以外何も存在しない。
存在、といっても実際のところは怪しかった。
存在はあやふやだ。人として、いや、物としてならまだしも、彼は無に等しい。
なんでだろうか。彼は彼の部屋と一体だったからか。
部屋には、いつのまにか紙をはり付けた冷蔵庫など存在しなかった。
存在・・・
これが彼を悩ませる。
あってないようなものでしかないのだ。
果たして、存在させる意味があるのか。
意味を見つけることで、存在できるのか。
彼は次に、
おやつ
おやつはふしぎ。
おやつは、いつくるのかな。いつきてもいいぞ。
まってる。
と書いた後で、またいつの間にか出てきた彼の冷蔵庫にそれをはり付ける。
はり付けるだけ。それで終わり。
彼はそういうことを何度も繰り返していくのみだった。
結局のところ、何も変わらなかった。おやつはいつになっても来ない。
来そうな気配もない。
彼は満足しない。どうしても食べたい。
ただ、食べたとしても、食べたからどうというわけではない。ただ食べたいだけなのだ。
欲はそれだけ。
彼はいつの間にか眠る。そうしてまたおやつの時間が来る。
おやつの時間・・・
別にいつだっていいのだ。何か与えられればそれでいい。
そう考えた後で、彼はこっそり冷蔵庫を開けてみる。
あった。
まん丸のドーナツがひとつ、お皿の上にのっていた。
食べようか。食べまいか。
迷ったのは一瞬だった。
彼はほぼそれをみつけるやいなやそれを口に入れた。
触感と風味を味わう。
うーん。おいしい。
それは、本当においしかった。彼の想像などではなかった。
ここにいるという実感がある。それだけで十分だった。
一個で彼は十分満たされようとした。でも、それはできなかった。
この味を一度知ってしまったら、もう後には戻れない。
彼はもう一度冷蔵庫を開けてみる。
次はプリンだ。
彼の口の中で、それはもう十分なほどとろけた。
今まで、味わえなかったことが彼の中で起こっている。
ふと、何かが爆発した。それは冷蔵庫であり、部屋であり、彼自身でもあった。
もう彼はいなくなっていた。
どこにいったのだろうか。部屋にも、冷蔵庫の中にも、どこにもいない。
いた。
彼は外にいた。外では、誰もが険しい表情をみせていた。
どうやら歓迎されていないようである。別にいい。
しばらく歩くと、街に出た。
街は彼を睨んでいた。
彼は街と目を合わせないようにして、ある地下の家に入っていった。
彼は家に入るやいなや、そこが彼の家だと知った。
だが、家には大勢の人がいた。彼は人混みの中を掻き分けながら、奥にすすんだ。
そこには彼の冷蔵庫があった。
冷蔵庫だけは、彼を歓迎していた。
中を開けると、せんべいが一枚入っている。
彼はそのせんべいを大事に食べた。
ふと周りを見ると、皆こっちをみていた。
彼らの表情は様々だった。笑っている人、泣いている人、嬉しそうな人、怒っている人・・・
彼はみんな本当は仲間であることに気づいた。
彼はもう一度冷蔵庫を空けると、そこから大きなケーキを取り出して、一緒にあった包丁で切り分けてみんなに分けた。
みんな同じ表情に変わったように、少なくとも彼には見えた。
彼は満足そうにして、ドアに向かう。
しかしドアなどなかった。最初からなかった。
そこは外であり、内であった。
彼は、
おやつ
おやつはふしぎ。
おやつでみんないっしょになる。
ありがとう。
と、紙に書き、今度はそれをみんなに見せにいった。
彼はもう自分でおやつが作れるようになったのだ。
おやつ