帰らずの駅

加月ゆずみち

 どうやら寝てしまったらしい。
 気づいた時、ヒサコは電車に乗っていた。
 改札口でカードを通し、適当な人の列に並んだことは覚えている。しかし、電車に乗ったことは覚えていなかった。
 きっと、無意識に行動したのだろう。毎日繰り返す行動であり、通学と勉強、部活の疲労で、意識もにぶっていたから。
 ヒサコは何となく周囲をみつめた。
 車窓からみえる光景は夕焼けだ。ひどく赤くて眩しい。逆光のせいで、反対側にいる客の姿がみえない。
 ヒサコの座る車両は満員だ。随分と人が多いなぁと思いつつも、電車の揺れに身を任せる。
 夕焼けは変わらずに赤い。ぼうっとみつめていると、電車の動きがゆっくりになった。不気味な赤色がとぎれ、駅の光景が流れていく。
 そして、妙に聞き取りにくいアナウンスが流れた。
 
『タい経ん、おマ墮セ、いた死まシタ。シュう天──』

 電車はさらに速度を落とし、駅に停まった。扉が開き、乗っていた人たちが一斉に降りだした。ヒサコも慌てて降りる。
 そこでようやく、彼女は乗り過ごしているかもしれない、と思った。

 ──ここ、どこの駅?
 
 とっさに駅名を確認しようと看板をみたが、ひどく錆びついて文字が欠けている。

『个帚え宀』

 明らかに自分が知らない、おかしな駅のホーム。なのに本当に多くの人がいた。降りた人たちは反対側のホームに並び始める。
 状況がつかめない不安で、たまらず、ヒサコは前に並ぶ二人組に声をかけた。大きなバックを抱えた女性と、黒いメガネをした若い男性だ。

「あのすみません、電車が来るんですか?」

 ヒサコが尋ねると、二人は怪訝そうに彼女を見下ろす。

「何言ってんの、もう、次で最後だから」

「そうそう、乗らないと行けないよ」

「乗れば、行けるんですか?」

 ヒサコの確認に二人は大きく頷いた。

「ああ、一本しかないからねえ」

 ──よかった、最後の電車があるんだ。
 
 ヒサコは安堵し、二人の後ろに並んだ。
 それからほどなくして、奇妙な音楽とともに、アナウンスが響いた。

『魔もナク、サイしュウ電車がマ逝リまス。どウぞ乗り遅れの、ゴざイ間セん世う迯』

 人々はきちんと並んでいるが、誰もが早く乗りたがっているのは明らかだ。
 ヒサコも乗らなきゃと、前との距離を詰めたときだった。ぐいっと腕を引かれる。
 反射的にそちらを振り向くと、とても険しい顔をした祖父がいた。

「お、おじいじゃん?」

「だめだ、戻れ」

 ヒサコの動揺を無視して、祖父は凄い力で腕を引っ張った。自然と列から外れてしまう。その間に電車がホームに停まり、扉が開いた。

「待って、待って!」

 周囲の人たちはヒサコをみていない。電車に乗らんと必死の形相で、操られたように次々乗っていく。

「あれに乗らないと行けないんだ......けない」

「そう、乗らないと乗らないと乗らないと」

 先ほどの二人組も電車にくぎ付けで、うわ言のように繰り返す。
 ヒサコだって同じ気持ちだ。
 そう、乗らないと行けない最後だって。行けなくなる!!

「離してっ! あれに乗らないとっ!!」

「だめだ!」

 祖父はヒサコの腰に腕を回し、肩に抱え上げるように持ち上げた。
 全力で抵抗しているのに、本当にびくともしない。
 あれだけいた人波が少なくなっている。代わりに電車はすし詰め状態だ。
 ヒサコは、自分だけ乗れない焦りにかられ錯乱する。

「やだヤダ! 離して離せ! 離せっ! 乗らせてええっ!」

 届かないものをつかむように、両腕を限界まで伸ばす。

「緋沙子」

 その時、名を呼ばれた。静かな一言。まるで彼女を留めるように、穿つように響いた。
錯乱も暴れるのも忘れて、ヒサコは祖父を凝視した。
 祖父はすとんとヒサコをおろす。なぜか電車の先頭にいる。

「お前には、まだ早い」
 
 なんと──祖父は、ヒサコの体を線路へ突き飛ばした。
 抵抗もできず彼女の体は線路へ落ちる。不思議と痛みはなかったが、彼女の耳は捉える。電車の扉が閉まる音。出発の音が鳴る。まずい。
 顔を上げた瞬間、電車が動き出し、ゆっくりと容赦なくヒサコを轢いた。
 頭がつぶされ、骨と肉が砕かれ、全身が肉片と化す己を感じていた。

 ◆◆◆

 誰かに呼ばれた気がした。光が何度か明滅するが、ぼんやりしてはっきりしない。
 自分はここにいるのに、閉じ込められているようだ。
 必死に何度も何度も呼びかけていると、少しずつだが変化が出た。

「患者の意識が! 意識が戻りました!」

 突然、はっきりとした声が聞こえた。同時に視界も鮮明になり、機械音と呼吸音が聞こえ、酷く重い体を感じる。指先がかろうじて動く程度だ。
 視界に映った看護師が慌ただしく動き出す。
 ヒサコは自分が置かれた状況を把握した。そして、思い出していた。

 ──あぁ......私、事故にあって......。

 古河緋沙子は、電車に乗って四駅先にある高校に通っていた。
 地元より格段に、学力も知名度もある高校だ。成績を重視する両親の期待に応えた結果だった。本当は地元に就職したくて、そのコネに強い高校に行きたかったのだけど。
 日々の勉強となれない電車通学、教師や家族の無言の重圧に疲れていた。
 その日も朝の通学で電車に乗った。
 今思えば、電車は駅に到着する時点で遅れが出ていた。乗った車両はすごい揺れて、速度が出ていた気がする。
 そして、カーブに差し掛かった時だ。突然の激しい轟音と衝撃。目の前で世界がひっくり返った。嫌な浮遊感とともに、乗っていた人々や荷物がありえない方向に飛んでいく。自分も吹っ飛ばされて、悲鳴が交錯して───。
 気づいたときには、ひどく赤い夕焼けが眩しい、あの電車に乗っていた。そして不気味な駅についたのだ。
 駅で会話をした二人は、一緒の電車に乗っていたカップルだ。
 祖父は「乗るな、戻れ」と言った。

 ──おじいちゃんは、私を生かしてくれたんだ。

 後日、両親の話やテレビで、あの電車事故の凄まじさを知った。
 三両車目までは横転し大破。乗客の多くが亡くなった。助かった人の多くは重傷であり、緋沙子もその中の一人だった。それでも骨折ですんだのだから、軽いほうだ。
 緋沙子は絶対に生きようと決意した。彼女の強い精神力のおかげか、怪我は順調に回復していった。
 退院してから、日常を取り戻すには時間がかかった。
 両親は、緋沙子が生きていることが一番だと、今の高校から、地元に転校すればいいといったが、せっかく苦労して入った高校だ。彼女は今の高校でいいと伝えた。
 さすがにまだ、電車には乗れそうにないので、親の車で学校まで通っている。
 緋沙子が学校に戻っても、クラスメートたちは遠巻きにしてくる。その中で、変わらずに接してくれる友人たちがうれしかった。
 
  ◆◆◆
 
 そんなある日、友人の久美と七菜香とお茶した。
 緋沙子は、自分が体験したことを、初めて他人に話したのだが。

「それって夢じゃないの?」

 久美は最初そう言った。

「あの時の私にとって現実だったよ。本当に変な電車に乗ってたし、変な駅にも降りた。会話した人も内容も覚えてる。......おじいちゃんに助けられたことも、電車に轢かれたことも」

「そう。で、緋沙子はその変な駅が気になるんだ」

 そう言いつつも久美の眼は、気にしないほうがいいじゃない?と語っていた。
 思わず苦笑いする緋沙子。

「うん。なんだろうね......、本当に変な駅名だったから」

 不可思議な駅の体験は、緋沙子の中で消えていなかった。

「じゃあ、書いてみて」

 七菜香がノートを広げ、シャーペンを差し出してきた。

 『个帚え宀』

「なにこれ?」

 緋沙子が書くと、久美は理解不能というように、変な顔をした。
 彼女はもとよりこんな感じだ。「やっぱり、夢だったんじゃないの」と言っていたが、

「ヒサコのじーちゃんが助けてくれてよかったね」

 と、真面目な顔をして言った。
 久美は祖父母に育てられていた時期があり、二人のことをとても大事にしている。
 うん、と緋沙子はただ頷いた。
 一方で、二人は七菜香に顔を向ける。彼女はオカルトマニアなので、それを当てにして、お茶したようなものだ。実際、七菜香の食いつきはわかりやすかった。

「これって文字が欠けてるよね」

 真っ先にそれを指摘すると、七菜香はスマホを操作しネット検索を始めた。

「何か当てでもあんの?」

 久美がコーヒーを飲みつつ、軽い調子で尋ねる。

「たぶん。ちょっと、待ってて」

 検索に夢中だ。
 むしろ、この変な文字だけを手掛かりに、探せるほうがすごい気がしなくもない。

「あったあった!」

 七菜香が声を上げ、スマホを突き出してくる。

「このホラーサイトにある、駅のことじゃない?」

 三人で画面をみつめた。
 いかにもホラーサイトらしい、真っ黒な背景に白文字が並ぶ。
 ページのタイトルからして、駅や電車に関するホラーの紹介のようだ。
 さらに強調された赤文字で、デカデカと書かれていた。
 
 『不帰之客駅』と。

「なんて読むの?」

「ふきのきゃくえき、だって」

「どういう意味?」

「不帰之客は死んだ人のことだよ。再びこの世に帰らない人を送る駅、だって」

 緋沙子は、久美と七菜香の会話を聞き流していた。
 彼女は自分が書いた文字を凝視した。いやな鼓動がし背筋がひやりとする。
 あの駅の看板は、確かに文字の一部が欠けていたのだ。
 駅で会った二人組との会話は、かみ合っていなかった。
 自分は集団に引っ張られて、電車に乗っていたに違いない。
 祖父が助けてくれなければ。
 きっと今、こうして二人と会話なんてできなかったに違いない。
 
 ホラーサイトにはこう書かれていた。

 『不帰之客駅(ふきのきゃくえき)』
 不帰之客とは、死者を指す。再びこの世に帰らない人という意味だ。
 その亡くなった人たちを、あの世へ送るための駅があるという。
 あなたは赤い夕焼けに満ちた電車に乗るだろう。
 それは駅へ届けるための専用電車だ。
 そして変な駅に降りるのだ。たくさん人がいて、きっと日常の駅と変わらない。
 だが、その駅に来る電車が来ても、絶対に乗ってはいけない。
 行き先は一つしかないのだから。
 
 【おわり】

帰らずの駅

 補足
 最初、名前が『ヒサコ』になっているのは、彼女が自分をしっかり認識できておらず、精神もまともではないから、です。
 祖父が線路に突き飛ばしたのは、電車に轢かれないと生還できないため。

 参考:新選国語辞典 新版──不帰の客より

帰らずの駅

  • 小説
  • 短編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-12-20

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