冬の精が言うには
探し物
冬の声を聞く
嗚呼、明日にはいつしか消えるのだろうと、ふと息を吐く私の口からは、白い靄が立ち上がっては消えゆく。
疲労で、体が動かない。いつだってそうだ。
この季節になると、途端に肩にのしかかる何かが数倍と増えるのだ。
疲れた。最低限の事だけしていたいと。床に伏せるのはハファ。
「ねえ、ハファ」
「何、コルク」
「ねえ、ハファったら」
「いいよ、聞こえてるよ」
「何も見えないの、瞳を貸してちょうだい」
「嫌だよ君は、そうやって他人の目を借りては返さないじゃないか」
「あらスフィアから聞いたの?」
「違う、シュルカだよ」
白いまつげを動かして、ハファはコルクに言う。
仲間のスフィアとシュルカの瞳は未だに返っていないみたいなので、きっとコルクのいたずらだろう。
白樺の樹には、よく小さな穴が開いていたり、細い隙間や小さな空洞があったりする。白樺だけに留まらない。どんな樹にでもそれは存在する。
それを見かけたのなら、今度からは季節の妖精たちが出てくる扉だと考えてもらえればいい。
季節の妖精は、何でもない。それゆえに、何者でも無ければ何者にもなれない。いるようでいない半端な存在。
妖精には妖精の世界があるわけでもないが、人間たちと関わり合いを持つことも、その他の動物と接触することもしない。
何かを食べることも、何かを出すことも、何か義務を持つこともしない。
そこにいるのに何かを必要とすることも無ければ、何かを欲することも無い。
実に、幻なあやふやな、存在で――
「あら……みんな酷いのね、今年の冬は最後になるのだから、瞳があったまま消えたいのに」
「仕方ないでしょみんなコルクに瞳を取られちゃったんだから」
「あら、そうだったの。ならよかった、なら安心したわ、みんなと同じになれるのだもの、とっても素敵だわ」
「ご機嫌だね」
「ハファは違うのね」
「私はコルクと同じだよ、ただ私だけを傍においてほしいだけ」
「何、ハファ。あなた妖精なのに妖精じゃないことを言うのね」
「私はコルクと同じ刻を永久に過ごしたいだけだよ」
「嫌よ、一人だけじゃ飽きてしまうわ、私誰か一人とずっと居続けるなんて、辛い事と同じように感じるわ」
悲しい顔をする、ハファ
悪戯に微笑みを浮かべるコルク
「消えてしまいたい」
「消えていなくなりたい」
「あら、消えてしまいたいなんて……それは悲しいから?」
「それができない事実があるこの現の中で生きるのが苦しいからだよ」
「うふふ、とてもあなたらしいわ」
「そっちこそ、消えていなくなりたいだなんて……私は嫌だよ」
「限りがあって、それが不幸にしてしまうことが苦しいだけよ、いなければこう思わずに済むんだもの、いなくなってしまいたいわ」
さて、それはどちらが交わした言葉か、
そんな野暮なことはこれ以上口に出してはいけない。
「みんなの集めたけれど、いろんな景色を見れて楽しかったわ」
「なんだか悔しいな、私のじゃ満足できなかったの?」
「ううん、一番私の体に合ったのがハファのよ……とても澄んで、まるで砂子の夢みたいだったわ」
「ふーん、ねえ手、繋いでいい?」
「ええ、丁度一つ空いてるの」
「もう一つは?」
「あなたの瞳と心臓を持つので忙しいの」
「欲張りさんなんだから……」
「あら……あなたが喜ぶと思ったのに……」
「十分嬉しいよ、なら私の処女ももらってよ」
「あら……あなた打って変わって積極的ね」
「私はいいよ、永遠にコルクの中に縛り続けられるのも、コルクの思い出の中で胎児還りをしたって……私の本望なんだから……」
「嫌よ……私は独りでいるのが、好きなの」
「シュヴェルツァもハウストツももう手の温もりに消えたのに、コルクはずっと結晶のまま消えるの?」
「アウルストもヒフェリンゲルもまだ結晶よ、冷たい氷の上でバレエをするのも案外悪くないのよ」
コルクは悪戯な顔をして、ただ、薄くなりゆくハファの手を頬に当てながら「暖かい」と優しい声を耳に捧げるのだった。
「ねえ、ハファ」
「どうしたのコルク」
「赦して欲しいの、あなたの処女を受け取れないことも、私が独りで居続けることも、明日のいつか、また忘れ合うことも」
「いいよ、コルク」
――また、また思い出の湖で探すから。
何千とある、コルクの硝子を――
冬の精が言うには