茸鉄砲

茸鉄砲

茸小説です。縦書きでお読みください。


 子供のころ茸パチンコという遊びがあった。二股の木にゴムを張って小石やビー玉をとばすパチンコはみなもよく知っているだろう。私の頃はパチンコで埃茸をとばして相手に当てた。茸なのであたってもいたくない。当たるとぱっと埃があたる。距離にもよるが顔などに当たると少しは痛い。暗黙の了解で目はねらわないようにしたものだ。
 パチンコで小石をとばすとかなりの威力だ。それをじいちゃんが、茸なら危なくなかんべと言って作ってくれたんだ。当時うちは信州の山の中腹にあった。そこでは茸がそんじょそこいらに生えていた。はじめはイグチの子供をつかってみたが、壊れちまう。一番良かったのが若い埃茸だった。それにその地域ではいつでも埃茸が生えていたんだ。
 なぜ爺ちゃんがパチンコの玉に茸がええなんていったかわけがあった。
 爺ちゃんが話してくれたことがある。私が十一だったから小学五年生のときである。
 爺ちゃんは名前を三井与兵という。子供の頃、与兵爺ちゃんは、身体は丈夫だったが小さかった。だけどあまりいじめられなかったそうだ、きっと周りの子たちのことをいつも気遣っていたんだと思う。
 爺ちゃんは農業を楽しんでいた。いろんな野菜を作って、立派に実らせ、喜んでいたという。そろそろ結婚というときになって戦争が始まった。仲間が徴兵で戦争にかり出される中で爺ちゃんは徴兵検査に合格しなかった。背が小さかったからだ。それで結婚をして、仲間はお国のためにがんばっているんだろうなと思いながら畑を耕していたそうだ。それでもしばらくすると、戦争に行くことになった、鉄砲を担いで陸軍に入隊した。訓練をするのかと思っていたら、すぐに南方の島に送られてしまった。船の中で上等兵に鉄砲の使い方や森の中の歩き方、怪我をしたときの処置の仕方を教わったそうだ。
 ある島に上陸した。日本軍が征服した島だときいていたが、そのときはもう違った。アメリカ軍が入ってきて、日本軍は追いやられてちりじりになっていた。そんなときでも爺ちゃんの部隊は島の中へ入っていった。
 だが、すぐに食料の備蓄も底をついた。爺ちゃんが上陸してからは、補給船が途絶え、それでも軍の偉い人は前に進めと島の村に進軍した。村の食べ物を奪い、抵抗する村人を殺し、爺ちゃんはこれでは昔の盗賊じゃないかと思ったそうだ。
 爺ちゃんの話だ。
 わしの連隊は上官一人と歩兵十二人の十三人だったが、三人一組で行動をした。村を見つけると襲撃して村人を服従させ、食料を供出させたのだ。だが村々にアメリカ兵が入ってきて、住民を守るようになった。遭遇すると銃撃戦になり、わしらは逃げて密林に隠れた。
 わしと秋田の小学校の先生をしていた篠田正夫、福島の農家の金井三太が三人組だった。わし等三人は人殺しを見るのはいやになっていた。勝っているとばかり思っていたのに、食べ物すらまともにない状態だ。三人で小さな村に行かされたときには、住人にあわないようにして、家々から少しずつ食料をぬすんだ。それでもかなりの量の食料を盗むことができた。他のグループは住民に銃を突きつけて食料を供出させたが、量は我々の集めたものの半分にもならなかった。わしらはよくやっているとほめられた。
 それでもだんだん食料は集まらなくなった
 密林の中を歩いていくと、鳥や豚を飼っている部落にぶつかった。食料が豊富にある。
 上等兵は「ここは占領せよ」と命令した。
 いつも一番に動くグループが先頭をきって村をおそった。われわれのグループは一番後ろについた。
 その部落の住民は逆に我々を襲ってきた。斧や鎌で五人ほど仲間が死んだ。上等兵は家の一つに飛び込むと、そこにいた女性をさらった。
 「引き上げろ」
 の合図で密林の中に逃げ戻った。
 上等兵はさらった女を縛り上げ、銃を突きつけて部落への入り口にもどった。そしてこういった。
 「降伏しろ」
 日本語だったので意味がわかったかどうかわからないが、家から男がでてくると槍を上等兵に向かって投げた。上等兵は何とかよけると、「明日までまってやる、降伏しないとこの女を殺す」とどなった。
 通じたのかどうかわからなかった。
 夜、月明かりはあったが、林の中は静まりかえっており、ときどき小さな獣が木の上や下草を歩く音が聞こえるだけだった。
 夜中になり、皆に眠気がおそってきたとき、いきなりどさどさっと、大きな音がして、我々は棒立ちになった。
 何だと思ったときには、我々の目の前に仲間の死体が投げ出されていた。
 驚いたどころではない。何しろこの部落の住人は森の中を音もなく歩くことできたのだ。ということは我々の命がとられていても不思議はなかったはずである。女を帰さないとこうなるということだろう。わしは女を放して逃げた方がいいと思った。しかし違がった。
 上等兵がいった、「ここを離れる」
 我々は女を連れて密林の奥にはいった。
 一時間も歩いただろうか、泉のわいているほとりに来ると、
 「ここで野宿だ、女は始末する」と上官がいった。
 さらに「おまえたちがやれ」とわし等三人にピストルを放り投げた。上官だけがピストルをもっていた。我々は柄の長い銃しか持たされていなかった。
 「俺たちたちがですか」
 正夫が珍しく上官に言った。
 「そうだ、おまえら三人は一番後ろからいっただろう、だから五人もの仲間を失ったのだ、その恨みをはらせ」
 なんと無茶な話だ、そうわしは思った。
 わしら三人は顔を見合わせた。
 「日が昇るまでに始末をしろ」
 上等兵はその場を離れた。
 わしらはどうしたらいいかわからなかった。人を殺したことなどなかった。しかも無抵抗な女性である。
 三太が木の根元に寄りかかっている上等兵に言った。
 「上等兵どの、お願いがあります、殺した女をそのままにしておくのはしのびねえ、向こうに穴を掘って、その脇で銃でやっていいでしょうか」
 上等兵はうなずいた。三太が何とか時間を稼いで、その間にいい案を考えようとしているのはわしらにわかった。わしは女をたたせ縛った縄を持って歩かせて、泉から離れた林の中に連れて行った。
 女は焼けて黒いが整った顔をしている。うつむき加減で目を伏せて目を合わせないようにしている。覚悟を決めた顔である。
 わしらはそこに穴を掘った。女がしゃがんで頭が隠れるほどの深さに掘った。
 それが終わると、わしは「どうする」と二人に声をかけた。
 「死んだようになってもらわねばならない」と正夫が小声でささやいたが、「撃つまねだけじゃすぐばれる、わしらが殺されちまう」
 「ピストルの弾が当たっても死なないようにする方法があるか」
 「弾が当たっても、からだ深くにはいらないようにすればいいのだがな」正夫がそういったときわしは思ったんだ、
 「ピストルの先に何か詰めておいて、弾の力を弱くするんだ」
 「変なものを詰めると、ピストルが暴発して自分がやられる」
 三太は無理だという表情だ。
 わしは周りを見た。羊歯が生えや木の葉が木の下につもっている。
 「土じゃだめだろうな」
 正夫がいう。それもいいのかなと思ったとき羊歯の間に赤いものが見えた。よく見ると赤い茸だ。名前がわからないが、柄まで真っ赤で、まるで血のようだ。柄の太さがピストルの穴の太さと同じくらいだ。いくつか生えている。
 わしはかがんでその茸をとると、みんなに見せた。なにも言わなかったが皆はわかったようでうなずいた。
 三太が女をたたせ、掘った穴の脇に座らせた。
 わしはピストルを女に見せた。女は騒ぎもせずちらっとピストルを見ただけだった。
 わしは赤い茸をみせた。
 女は結わえられている縄の脇から手を出そうとした。
 手で口を指している。
 この茸は毒茸で死なせてくれと言っているのだろうか。いや、ピストルで頭を打ち抜かれた方が死ぬには楽だろう、とすると、麻酔の作用があって痛さが薄れるのだろうか。他の二人とも同じことを考えていたようで、正夫と三太がまだ生えていた赤い茸の残りをとると女に見せた。
 女は口を開けた。入れてやるとクチュクチャかんだ。
 食べ終わったところで、三太が女の頬をつねった。
 女は笑った。痛くないと言うことなのだろう。
 わしは、女の前で赤い茸の傘をとり銃身に柄をつめた。
 それを見た女は驚いた表情でうなずいた。
 女がわしを見た。「やるよ」
 そういって、ちょっと離れてピストルの引き金を引いた。
 パン
 という音ともに女の眉間が赤く染まり女はくずれおちた。
 わしらは穴のなかに女をいれ、こちらをむかせた。女の脈が手に感じられたような気がした。
 鉄砲の音で上等兵や他の仲間がやってきた。額が血に染まった女を見て、
「やったか、よし」とうなずいた。
 上等兵は
 「これから南に進む、あわよくば南に上陸した部隊と一緒になれる」と言った。
 わしらは女が本当に死んじまったんじゃないかと心配になったがどうしようもなかった。
 立ち上がり、皆で出かけようとしたとき、数人の部落の男が飛び出し、わしらにおそいかかった。わしはそれから部落につれていかれた。そこではアメリカ兵が待っていて、わしらは全員捕虜となりアメリカの収容所に入れられてしまった。
 上等兵は裁判で死刑を宣告され、我々三人以外は終戦まで労働に従事させられた。我々三人はその島の収容所で畑の世話をさせられたが、終戦直後日本に帰されたのだ。その収容所に五年もいただろう。
 わしは収容所の賄い婦にそこで覚えたつたない英語で、我々が襲った部落の名前を聞き出し、わしが撃った女のことを訪ねた。
 賄いの女は現地の人間に聞いてくれたようで、その部族はこのあたりでは強い部族で、眉間に傷のある女が酋長の娘であるという。その女がわしの撃った女ならいいと思ったところ、賄いの女は日本兵が赤い茸を食べさせてくれ、茸の銃で撃ったと言った。生きていた。
 わしらはそれを聞いて安堵したものよ。

 爺ちゃんはだいぶ前になくなった。なぜ茸のパチンコのことを思い出したかというと、本屋で驚いた本を見つけたからだ。
 私は遅い結婚だったが、やっと子供も生まれ、その子に絵本を買ってやろうと仕事帰りに書店によった。三歳の子だからイナイナイバーとか白ちゃんと黄色ちゃんとか幼年童話をかうつもりだった。いくつか本を選び、他の棚をみていたら、創作絵本のコーナーに「茸鉄砲」というのがあった。
 開いてみた。戦争に行った兵隊さんの話だった。ページをめくっていくと正兵と二郎と平太という三人の兵隊の話だった。それは爺ちゃんが話してくれた話と同じだった。赤い茸を鉄砲に入れて女の人を撃って助ける話だった。驚いて、作者の名前をみた。金井一郎とあった。確か爺ちゃんの話してくれた仲間の一人は金井といった。
 その本も買って帰った。どきどきしていた。
 爺ちゃんが死んでから、両親は信州から山梨に移って、まだ元気に畑をやっている。
 父親に電話をした。
 「金井って人は福島の岩城の人で、その人と、もう一人、秋田の湯沢の篠田さんとよく手紙のやりとりをしていたよ、兵隊仲間だったんだな」
 「うん、爺ちゃんに赤い茸を鉄砲に入れて人を撃った話をきいたよ」
 「俺も聞かされた、人を撃った爺ちゃんはよほど堪えたんだな」
 「でも、女の人は助かったんだろ」
 「そうだろうと言っていたが、どこかで心配だったんだろうな」
 「その金井という人のとの住所わかるかな」
 「たぶん手紙をとってある」
 「教えてほしいんだが」
 「どうしたんだ」
 「爺ちゃんが話してくれた赤い茸と鉄砲の話しの絵本を見つけたんだ、その作者が金井という人だった」
 「ほう、それじゃ、爺ちゃんの手紙まだ戸袋に入れてあるから送ってやるよ、整理してくれればありがたいな」
 「わかった、それじゃあ送ってください」
 そういうことで、爺ちゃんの手紙を送ってもらうことにした。
 改めて絵本「茸鉄砲」を開いた。茸を入れたピストルを女の人に向けている男の顔が緊張に青ざめて、頬がひっつれている。歯を食いしばり目を大きく開けて、手には青く太い血管が浮いている。
 爺ちゃんだ。きっと生まれて初めてそんなに緊張したんだ。いつもにこにこしていた爺ちゃんにはそんなにも苦しい一瞬があったのだ。爺ちゃんともう一度話してみたい。
 
 それから数日後、親父から爺ちゃんの手紙が送られてきた。爺ちゃんが持っていた手紙全部だと言うことだったが、純粋に私的なものは篠田正夫と金井三太からのものばかりだった。戦争を終えて日本に帰ってきてからも三人の絆は強いものだったことがわかる。
 金井三太からの手紙を古い順に開けてみた。はじめは無事に帰ってこれたことのうれしさがにじみ出ているものだった。うちの爺ちゃん、与兵の英断をたたえていた。茸をピストルに込めて撃った勇気が自分たちを救ってくれたと書いてあった。やがて孫の話が多くなる。孫は大きくなって東京の美大に進んだことが描いてあった。孫の名前も手紙の中にあった。一郎である。
 絵本茸鉄砲の作者の経歴を見ると、手紙に出てきた東京の美大出身である。作者の年も自分に近い、名前も一致するし金井三太の孫に違いないと確信した。
 他にも絵本をかなり出している。
 コンピューターを開いて、金井一郎で検索した。ブログを開設していた。早速ブログを開いた。新しい絵本の紹介があり、コメント欄もあった。私はコメント欄に、爺ちゃんの話を書いた。
 次の日、金井一郎から驚きと連絡いただいてうれしい、どこかでお会いしたいとメイル連絡があった。
 金井一郎の住まいは調布である。新宿の私の会社にきてもらうのが一番近い。私は若いときにインターネットを駆使した国際物流会社を興した。うまく当たって、新宿にビルを構えるまでになった。
 待ち合わせの日、彼は約束の時間ぴったりに会社にきた。社長室に入ってきた金井一郎は髪を長くのばした背の高いいかにも画家といった風貌の人だった。
 「始めまして金井です」と小さな声でお辞儀をした。しゃべるのは得意ではなさそうだ。
 ソファーを勧めて、私も名乗って座った。
 「祖父から話を聞いておりました、三井さんがピストルに工夫をしてくれたから、人殺しをしないですんだと言ってました」
 彼はそういって、鞄から祖父から金井三太に宛てた手紙を一通取り出した。
 「どうぞ読んでください、三井さんのおじいさんは、お孫さん。あなたのことをアイデアマンになりそうだとかかれています、おじいさんもアイデアマンだったと思います、血は濃いものですね」
 「これは金井三太さんから祖父にきた手紙です、お孫さんが美大にはいったことがうれしそうにかかれています、それで金井さんを知ることになったわけです、爺ちゃんからは茸の鉄砲のことはよく聞かされました」
 私が爺ちゃんの手紙を見せると、彼もうなずいた。
 「きっと、篠田さんにお孫さんがいれば、同じようにおじいさんからこの話しを聞かされていると思います」
 「金井さんの絵本は今年出されましたね、もっと早く出すお気持ちはなかったのですか」
 「はい、これを出そうと思ったのは美大をでて、絵本作家として軌道に乗ってきてからで、そのときに祖父はもういませんでした。出すに当たって、他のお二人がどうお考えになるかわかりません、手紙の住所の所に手紙を出したのですが、そこにはおられませんでした、一時はあきらめました、しかし最近、この話は何かの形で残すべきだという思いが強くなり、絵本にしました、お子さんかお孫さんが気づいてくださるかもしれないという期待もありました、それで三井さんから連絡を受けたときには嬉しかったのです」
 「いや、ほんとに良かったです、ありがとうございました、祖父が見たら喜んだとおもいます」
 「喜んでいただけたのならこんなに嬉しいことはありません」
 「金井さん、一つ提案と言うより、お願いがあります」
 「何でしょう」
 「茸鉄砲を英語、フランス語、スペイン語、イタリア語に訳して出しませんか」
 「出版社が何というか」
 「私が交渉をしましょう、資本の点でバックアップしますし、販売の責任を持ちます、私の会社は世界といろいろなものを売買しています」
 ネットで売れば反響があるだろう。
 彼はその申し出を承諾した。
 金井一郎の本を翻訳することに決まったあと、知り合いを通して、出版社を紹介してもらった。
 翻訳者や編集は金井一郎と出版社にまかせた。
 ちょっと時間ができたとき、もう一人の人にも連絡すべきだと、爺ちゃん宛の手紙を引っ張り出した。
 篠田正夫の手紙をみると、金井と同じように祖父が茸鉄砲を撃ったことの感謝が述べてあり、孫ができて、そのかわいいことが書いてあった。孫は北海道にある大学の農学部に入ったとあった。孫の名前は篠田晄とある。
 何か引っかかるかとインターネットで検索すると、出てきたのは北海道の大学で茸の研究をしている学者だった。名前の漢字は珍しいので本人の可能性はある。調べていくと著書があった。タイトルは茸と麻酔である。有名な出版社の新書だった。
 早速取り寄せた。口絵に真っ赤な茸の写真があって、ある熱帯に近い島特有の茸で催眠作用があると書いてあった。しかもその島の名前は世平茸とあった。
 世平茸の生えている場所、薬効成分、名前の由来が書いてある。
 祖父が戦争に行った先の島で見た茸で、麻酔作用があるようだと話していたことから、研究者になってからその島に行きみつけたものだという。そのときはすでに祖父はなくなっていた。この茸に祖父の名前をつけるつもりだったが、一緒に戦争に行った人で命の恩人のことをよく言っており、その方の名前をつけたほうが祖父が喜ぶ、と父親が言ったことから、与平さんの名から世平茸とした。茸を最初に見つけたのもその人だった、とあった。
 紛れもなく篠田正夫の孫である。
 私は早速、メイルで連絡を取った。科学者のメイルアドレスは往々にしてオープンにされているものである。
 すぐに返事が来た。話したいことがありすぐに会いたいと言うものであった。篠田晄は月に一度ほど筑波の科学博物館研究室に来るので、その途中で東京によるという。それで新宿の私のビルにきてもらうことにした。
 彼はがっちりした体格の精悍な男で、とても科学者には見えない。そのことを言うと、「我々の研究は肉体労働ですよ」と笑った。
 私は祖父宛の篠田正夫から来た手紙を見せた。
 「私の祖父は小学校の先生をしていて、しかも国語が専門の弱い男だったんでしょう、小柄の三井さんがしっかりした考えを持っていたので、アメリカの軍法会議でも酌量の余地ありと言うことで、早く日本に帰ることができたと言っていました」
 「私の祖父はそのようなことは言ってませんでしたけどね」
 「正夫は先生だけあって細かなメモを取っていたようで、詳しく話してくれました、特に赤い茸の形や状態を詳細に書き残していて、それで私もその島に行って赤い茸を探す気になったのです。おかげで発見ができて、私も茸学者の仲間入りできました」
 「金井さんのことはご存じですね」
 「やっぱり農業をやっている方で力の強いとても温厚な方で、その人にも頼ってばかりいたと祖父は言っていました」
 「お孫さんが美大をでて絵本作家になり、茸鉄砲の話を絵本になさっています」
 私はその絵本を持ってきて見せた。
 彼は一枚ずつ丁寧にめくってみた。
 「絵本になっているとは知りませんでした、あの話は祖父からよく聞かされていました、いい話です」
 「私もそうでした」
 「ところが本当の所は違うようです」
 彼が私を見た。目が微笑んでいる。どういうことだろう。
 彼は話を続けた。
 「大学院に行って茸の研究を本格的に始めたとき、祖父はもう他界していましたが、その島に茸調査に行きました、日本軍がいたところはあらかじめ調べ、祖父が書き残したものから赤い茸にであったと思われるところを歩きました、確かにそのあたりに一つの部落がありました、私が行ったときはもう開けた場所になっていましたが、それでも林がたくさん残っていて、いろいろな茸を採取できました、部落があったところは近代的な民家が建ち並んでいて、ペンションなどもありました。そこの一番大きなペンションに数日滞在したのですが、ペンションのオーナーが、赤い茸の話を知っていたのです。オーナーは七十ほどのおじいさんでしたが、自分の母親が日本兵に連れ去られたが、三人の日本兵に助けられたそうです」
 話はこうだった、ペンションのオーナーの母親がまだ十五ほどのとき、日本兵が部落をおそってきて人質になった、林の中を連れ回され、じゃまになった母親を日本兵のリーダーが三人の兵隊にピストルを渡し、銃殺するように言った。母親は離れたところに連れて行かれて、三人は穴を掘った。母親はとても怖くて堅くなっていたという。と、一人の背の低い日本兵が赤い茸を見つけ採った。母親は食べると眠くなる茸だと知っていた。茸を採った日本兵はその茸をくれたので食べた。いくつも食べた。その日本兵は赤い茸をとって傘をとると柄を銃身にいれ母親のおでこにいたいほど強く押しつけた。ジュウという音ともに母親の額に赤い汁が垂れた。その日本兵は母親から少し離れ銃を最初母親に向けたが、ちょっと考えた後に、上に向けた。母親を片一方の手で指さし、それから穴を指した。母親には日本兵がやろうとしていることが何となく理解できた。
 日本兵が銃を脇に向けて撃つと、母親を押した。母親は自からも穴に落ち、うずくまっていると他の二人が顔を上に向けさした。その後は意識がもうろうとして覚えておらず気がついたら自分の家だった。
 「そういうわけで、茸の柄のはいったピストルで女を撃ったわけではないようです、茸の汁で上官をごまかしたわけです、後でアメリカ兵にそのときのことを尋ねられ、少女はそう答えたそうです」
 私も納得した。あの優しい祖父の与兵に人が撃てるはずがない。
 「それにしても、三井さんのお爺さんの赤い茸を血に見せかけようと言う機転でその女性は一命をとりとめたし、祖父たちも救われたのです」
 「三人の力がうまく合わさったからですよ、ところでこの絵本の外国語版ができます、うちの会社が扱って海外に売り出そうと思っています、お送りしますから、またその島に行く機会があったらそのペンションのオーナーにあげてください」
 「それは嬉しいですね、どうです、篠田さんも誘って三人でいきませんか」
 私はうなずいた。
 彼は北海道に帰るため羽田に向かった。
 爺ちゃんたちの思いが三人をつなげたに違いない。こんなこともあるのである。

茸鉄砲

茸鉄砲

子供のころ、じいちゃんが、パチンコの玉に、茸を使うと危なくないよと教えてくれた。僕たちは茸鉄砲と呼んだ。

  • 小説
  • 短編
  • ミステリー
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-12-11

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