磯野くん
磯野君と初めて逢った時、それは必然だった。逢った場所は、かもめ第三小学校なわけではなく仕事上の取引先での事だった。
「はじめまして、磯野です」
彼は笑顔でそう言って頭を下げた。僕はたぶん人生で初めて磯野という名字の人と逢った事になる。そうなると当然聞かなくてはいけない。そりゃそうだ。なので軽く挨拶を交わしたあと直ぐに、
「カツオ?」
と聞いた。きっと彼は生まれた時から磯野であり、その名字が日本でもっとも有名な部類に入ってる事を物心ついたあたりから意識しているはずで、ことあるごとに嫌という程言われてきたであろう。
「違いますよ。峯太郎といいます」
そう言う磯野君の表情は笑顔であったが、目は笑っていなかった。彼が小学生の頃なんか毎日あの国民的アニメ番組を恨んでいたに違いない。
わかっている。わかってはいるのだけどもうそれは必須事項みたいなもので、言わないと逆にこっちが気持ち悪い。だから、
「お父さんは波平?」
もう峯太郎君は無表情で仕事に取り掛かっていた。
次の打ち合わせの時には磯野峯太郎君の姿は無く、担当者は福田さんに変わっていた。
当然僕は心の中で突っ込んだ。
「フグ田さんやないんかーい」
そんな事ばかり考えたりしている僕は、あの国民的アニメが放送を開始して五十二年目の今年に五十二歳を迎える。
終
磯野くん