二億円女

二億円を手に入れてしまった。

職業柄、その週に発表になる六つの数字は必ず記憶している。窓口に居ると様々な人が宝くじや数字選択式のくじを購入しにくる。バラ、連番、スクラッチ、ナンバーズ、ロトと色々だ。

購入と、それとは別に当選番号の確認をしにくる人も居る。両者ともわかっているのに、きまりというか儀式の言葉みたいに、末当の数百円単位の当選金に対しても、

「おめでとうございます」

と声を掛けなければいけなくて、それは言う私たちも、聞くお客様も居心地が悪い。当選番号を確認しにくるお客には二つのパターンがあって、当選番号を自分でも調べて確認したうえで、更に確認したくて持ち込まれる方、はなっから売場の機械で確認しにくる方の二通りだ。

前者はもう結果はわかっている為にさして何も無い。後者はというと、

「残念でした」と言ってハズレくじをお返しすると、受け取りもせずに売場を後にする者も居れば、全てを回収していく者も居る。疑いの目で此方を睨む者、笑って立ち去る者、数秒だけど立ちすくむ者などがいて、彼は毎回結果だけを確認するとそのまま立ち去るタイプの初老の男だ。

夏に彼がいつものように売場に現れて、それを差し出し、「確認を」と声を出した。

わたしは、それを見た瞬間血液の流れが自身の血管内で速くなるのを感じた。ひょっとしたら目が泳いでいたのかもしれない。彼は五通り購入していて、一通りづつ五枚のくじを差し出していた。

わたしはその中に一等に当選している番号を確認した。彼はうつむいたままで待っていた。いつものように待っていた。機械にそれを通す。

「残念でした」

わたしがそう言うと彼はいつものようにハズレくじを確認せずに立ち去った。彼が歩き始めて五歩も進んだところで一旦立ち止まった。わたしは心臓が止まるかと思った。そして彼はゆっくりとまた歩き出した。振り返ったりせずに。



わたしはあの当たりくじを機械に通していない。

次の週も彼は来た。五等が当たっていた。「おめでとうございます」と白々しい声で言い千円を渡した。彼は受け取ると、ゆっくり帰って行った。売場には先週一等が当たった事を知らせる手書きのポップが貼り出されていた。

12月に入り、わたしは仕事を辞めた。用心の為に東京のアパートを出て名古屋へ向かった。銀行で手続きをした。

二億三千万円を手にした。

ホテルにチェックインし、とりあえずテレビをつけた。夕方のニュースをやっていて、与党の議員が何かやらかしたみたいで国会で追及されていた。バンタム級のタイトルマッチで日本人チャンピオンはKO負けでベルトを奪われていた。行方不明になっていた老人が山の中腹で遺体で発見されていた。

あの彼だった。わたしはまた血液の流れが速くなるのを感じた。借金があるという事だった。遺族が淡々とインタビューに応えていた。天気予報に変わり、東海地方は明日も晴れの予報だった。

それからわたしはホテルのラウンジへ行ってビールを飲んだ。少し落ち着いてから部屋へ戻りルームサービスで普段は食べられないようなメニューを注文した。もちろんシャンパンも一緒に。

翌朝、チェックアウトを済ませると新幹線で東京へ戻った。アパート付近に来ると何やら騒がしかった。規制線が張ってあって警察官と消防と野次馬がいた。何があったのかと野次馬のひとりに聞いてみた。

「テレビ見てないの?隕石だってよ、それがこんなとこに」

その者が指差す先には、わたしのアパートが半壊して黒くなっていた。わずか直径十センチ程の隕石が、こともあろうにわたしの住むアパートへ落ちてきたらしい。

それって凄い確率よね?

わたしは何だか色々な事がどうでもよくなって、岩手県の遠野に向かった。



二億円女

二億円女

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-12-09

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