袋の中身

田舎ではね、移動する時は、ほとんど車なの。そう、車だから、なかなか道を徒歩で移動するっていう事は無いの。

そりゃね、ウォーキングとかジョギングとかを意識的にやってる人はいるけど、道を歩いているのは学校へ通う小中学生、暇なお年寄りと彼くらい。

彼は二十代半ばくらいでベースボールキャップを被り、ジーンズにボーダーのラガシャツみたいな普通の出で立ちなんだけど唯一不自然なのは常に両腕に布の袋を携えていて、その袋の持ち方が、肘の内側に袋の持ち手を掛けている。買い物をしている主婦みたい。でも彼は両腕にそうしているから正面から見るとアルファベットのダブルみたいに見えるの。

夫にその話をしたら、夫も良く見かけるらしくて興味を持っていたの。

知ってる?と彼の事など頭のどっかに行ってしまった半月後くらいに夫が話しかけてきた。なんでも最近は彼がぶら下げている袋がひとつになったとか。夫は楽しそうに何か企んでいるような顔で、

「よーく見たら、あいつの袋から少し水みたいのが垂れていたんだよ」

「えっ、そうなの?」

「気になったからさ、車を止めて話しかけたんだよ。中に何入ってんの?って」

「なんだったの?」

「なんだったと思う?なんとザリガニ」

「えっザリガニ?」

「そうザリガニ。ザリガニがいっぱいウニャウニャ入ってた」

「ザリガニをどうするの?」

「あいつザリガニすきなんだとさ。家にザリガニの水槽がいっぱいあって飼ってるらしいんだけど、毎日毎日ザリガニもってくるから親父に怒られたみたいで」

「それで?」

「もうザリガニもってくんな!って、あいつ考えたみたいで、半分食べていいよって言ったらしい」

「食べるの?」

「うん、そしたらひと袋だけならもってきていいって言われたんだと親父に」

「だから今は袋がひとつなの?」

とわたしはここまで聞いて、夫の鼻が膨らんでいる事に気付いたの。

「それ嘘でしょ」

と言うと夫は悪びれもしないで、

「バレた?」

と言いながら次の作り話を考えているみたいだった。

袋の中身

袋の中身

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-12-09

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