ヘイトピープル

僕は違いますよ。僕はそんなアレじゃないし、そもそも友好的でしょ?はじめから決めつけたり、そんな事はしないですよ。

僕は引っ越してきた。そこはわりと新しい住宅分譲地で、僕の家が建つ前には先に二軒の家が建っていた。そもそもそんな問題が起こるなんて全く思っていなかった。

休日にお風呂を掃除していると窓の外に人影があった。黙ってお風呂を覗いていたのは向かいに住むHだった。その時は少し驚いたけど特に嫌な思いも無かった。後々考えてみたらそれは駄目な事だった。

Hは五十代後半で奥さんと二人暮らし、声に特徴があって、少し高くて捻れている感じの例えるなら聞いたことはないけど爬虫類みたいな声とでも言おうか。

何かにつけて僕の家に干渉したがるというか、あれこれ言ってくる。自分は言われる事を嫌うのに人には言ってくる。そんな事が気になり始め、更にその声が頭に纏わり付いて気持ち悪く、風呂場の外に居たりする。

ある日、また風呂掃除をしていたら窓の外に気配を感じた。直ぐにHだと気付いたけど、わざと分からないふりをして、

「誰だ!」

そう言って手にしていたシャワーヘッドを窓へ噴出した。

「わっ」

という情けない声を出してHが水をかぶった。薄い髪の毛がワカメみたいになってオデコに貼り付いていた。

その日を境にHは過剰になった。少しの音でも騒音の苦情を言ってくるし、防犯カメラは我が家を向いて設置され、夜に大声を出しながらゴミ出しをする始末。

近所でも有名なトラブルメイカーに成長した。僕の家が建った後にも新しく家は建っていき、その度にHは干渉した。そしてトラブルを起こし、この分譲地で孤立していった。



部長という待遇で会社へ入ってきたSは出鱈目だった。前の会社では営業部長だったらしい。

ところがこのSという部長は仕事の事が全くわからない。わからないくせに口を出し、結果、事務所と現場は混乱し、取引先にも迷惑をかけてしまう。そうなってしまったのは自分のせいではないと思っているから、また同じことを繰り返す。知りもしないことをベラベラと喋り、その的外れな自分の答弁に酔いしれる。

取引先のCさんに一度聞かれた事があった。

「おたくのS部長、あの人大丈夫ですか?」

全然大丈夫じゃないけど、僕は返答に困った。全く畑違いの仕事に手を出し失敗し、用も無いのに現場に赴き訳のわからない事を言って不思議がられ、やらなくていいと言われた事をやって事態を悪化させ、それでも自分は偉いんだと思い込み、会社で浮いた存在になっても全く気付かないでいた。

ある日、入社したての若い女性事務員がSに向かって言葉を発したのは、Sが新しい仕事の詳細を事務所で説明している時だった。

「Sさん、マジでナニ言ってるのかわからないんですけど?」

これは事務所全員の総意だった。Sは憤慨した。顔が高揚し若い女性事務員を睨み付けたが言葉が出ない様子だった。その後もSは空回りを続け、そして会社を辞める羽目に成ってしまった。



面倒臭い先輩というのは職場だけに居るものではない。好きでやっている事、例えばスポーツや音楽、ダンスなんか。そんな集まりに居る。

「そこは魂で押さえるんだよ」

この人は霊媒師か何かだろうか?

「ああ、そんなのばっか聞いてるから駄目なんだよ。え?これも知らない?」

いや、聞きたくないから聞かないだけで、何でアンタに合わせないといけないの?

「昔は、そんな事やったらひっ叩かれてたぞ」

でた!日本昔話!

好きでやってる事が、全く面白く無くなる。なんでこんな人達がいるんだろう?

そんな事をSNSで呟き始めた。すると共感を示すリアクションがポツポツと現れた。なんか僕は気持ち良くなってきて、気が付けば日々、面倒臭い人達について発信していた。

馬鹿ばっかだ。

あれ?そういえばフォロワー減ってるし、反応も無くなってきている。あれ?アレ?

僕はいつの間にか嫌な奴に成り下がっていた。僕は嫌な奴の事ばかりを考えて、嫌な事ばかり言っていて、

違う違う。僕はそんなんじゃないよ。違うったら違う。そう思いながらも発信する事は止まらない。そのうち政治の事なんかも気になってきて、つい、ついね、心の声を発信してしまって。

すると

なにかと賑やかなインターネットの世界で僕は孤独になった。僕は最早面倒臭い人間だ。

僕は受け入れないけどね。

ヘイトピープル

ヘイトピープル

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-12-09

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