集音小僧

久しぶりに帰省したわたしの為に、何人かの同級生が集まりを開いてくれた。

東京でシンガーソングライターをやっているわたしは一応音楽事務所に所属してはいるものの、それだけでは生活出来ない。

コンビニでバイトしていると来月のシフトをマネージャーから相談された。週にもう一日入って欲しいという事だった。

わたしは何の為にこのコンビニで働いているのかが胸の中で弾けてしまった。わたしはコンビニを辞めた。そしてフラッと帰省したのだ。

こんな田舎にいるのに、友達とはありがたい存在で、CDを出せば通信販売で買ってくれるし、上京した際にはライブにも足を運んでくれる。そんな優しさに触れたくて、わたしは帰って来た。

「今日、重壱朗の家に七時な」

そうメールがきた。重壱朗かぁ、もう随分と会ってないなぁと思いながら懐かしい道を歩いて向かった。途中で佳那に会った。

「佳那?佳那だよね、久しぶり」

「あら、芸能人じゃない」

「そんなんじゃないよ、元気?」

「元気元気、千春が来るの皆楽しみにしてるよ」

そんな事を話ながら歩いた。見覚えがある南天が入り口の右側で迎えてくれた。先に佳那が呼鈴を鳴らして玄関に入ると、奥の座敷からわたしの曲が聞こえてきた。重壱朗のお母さんが出てきて、

「あら、いらっしゃい、あがってあがって」

と招き入れてくれた。そうそうこの匂い。重壱朗んちの匂いだ。佳那はもう座敷の襖を開けていた。

わたしが座敷のとこまで行くと、せーのと声がして、

「千春おかえり」

という嬉しい声がした。義之と秀孝の声は若干ズレていた。そこには七名の懐かしい顔があった。

「ちょっとぉ、恥ずかしいからCD止めてよ」

すると義之が、

「じゃ、あとで生で歌ってな」

「わたしギターとか持ってきてないよ」

そう言うと重壱朗が得意気な顔で鼻を鳴らした。そうだここは重壱朗の家だったと当たり前の事を確認した。

重壱朗は小学生の頃から音響みたいな事が好きで、こんな田舎に住んでいるのにその類いの雑誌を読み漁っていて、通販なんかで色々なオーディオを取り寄せて独自のシステムを構築していた。

放送委員で裏方として生き生き仕事をしていたし、録音なんかも好きだった。オーディオには詳しかったけど楽器には興味無かったはずだけどと思い出した。

重壱朗は徐にそれを指差した。それは廊下の端から、この座敷の隅まで伸びている。重壱朗が口を開いた。

「これ、音出るけん」

そう言うと重壱朗は、そのピアノ線みたいなやつを手で弾いた。すると確かにEの音がした。

「下に印あるやろ?そこを押さえながらこれば弾けばAやらCやらコードになるけん」

重壱朗は部屋全体で音を鳴らす変な楽器を作ったのだ。

「でも、コレやりながら歌えないでしょ?あっち行ったりこっち行ったり大変よ」

わたしがそう言うと重壱朗はDのところを押さえてビョ~ンと弾いた。すると部屋全体にDが鳴った。義之が照れくさそうに、

「えっと、今日は千春が久々に帰って来たっちゃけどお知らせがあるんよ」

そう言って、佳那を手招きした。佳那も照れくさそうに義之の隣に行って義之をつついた。

「あのね、俺達結婚するけん」

Dがまだ微かに鳴ってたけど、重壱朗がDから手を放して音は止まった。そして六人は顔を見合わせて口々に、

「おめでとう」「なんね、いつからね」「わぁ、やられた」「びっくりたい」「本当にね?」

と言い合った。そして楽しい飲み会に突入した。びっくりしたけどもうみんな当たり前だけど大人で、当たり前だけど結婚とかするんだなぁって、そっかぁ、そうだよね26だもんね。仕事だってちゃんとしてて、恋愛して、結婚して、わたしは何をやっているんだろう?

楽しいなかでそんな事も頭を過った。酒が進むと秀孝が勢いか何か知らないけど、翠に向かって、

「俺、お前の事好きったい」

と告白した。翠はあっさりと、

「わたしは好かーん」

と言い、秀孝はフラれた。フラれたけどこれで五回目らしい。

そういえば重壱朗は色々な音を録音するのが好きだったのを思い出した。小学生の重壱朗はコンパクトなラジカセにマイクを繋いで、音を録っていた。カセットテープに吹き込んでいた。

鳥の鳴き声、汽車の通過音、蝉の鳴き声は蝉の種類で分けていた。水しぶきや年寄りの会話、季節の音を録るって言って、春の音、夏の音、秋の音、冬の音なんかも録音していたけど、どの音がどの季節なのかは重壱朗にしかわからないはずだ。

ちょうど今くらいの初秋に鈴虫の鳴き声の録音に付いていった事がある。鉄砲の先にパラボラアンテナみたいのが付いたヤツを持って、ヘッドフォンをしてゆっくりと草むらに入っていった。

重壱朗の姿が見えなくなったのが心配で、

「重壱朗ぉぉ」

と叫んだら、ヘッドフォンをした重壱朗がビックリして草むらで尻餅をついた。座敷の外からはあの時の鈴虫の鳴き声が聞こえてくる。秋だなぁと思ったけど、廊下のサッシは閉めてあるし座敷の襖も閉まっていて、外の秋の虫達の鳴き声が聞こえるわけもない。それはさっきまでわたしのCDがかかっていたCDデッキからだった。

「今はデジタルやけん」

重壱朗はあの時の音をCDにして流していた。わたしは至福の時間の中に居た。

東京へ帰ってきた。〖鈴虫〗という新しい曲を書いた。次のアルバムは何時出せるかわからないけど、この鈴虫は収録しようと思った。

そして、アルバムのタイトルは〖集音小僧〗にしようと決めた。

集音小僧

集音小僧

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-12-08

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