三題噺「訪問者」「アドレナリン」「四次元リンク」
「やあ、いらっしゃい! 久しぶりだね」
髪を後ろ手に縛った家主は久しぶりの訪問者に声を弾ませる。
「雫姉、久しぶり。少し痩せたんじゃねえの? 研究も良いけど、ちゃんと飯食えよ」
「それはお世辞かい? それとも、本音かい? ……ふむ、人の本音を駄々漏れにする機械。これは面白そうな……」
「ストーップ! それはさすがにマズイから!」
いつもの癖で発明品の構想に取り掛かろうとする叔母――月野雫を、司は慌てて止めた。
「む。……まあ、つっ君に使ったところで、キャッキャウフフな妄想を聞くのが関の山だしな」
構想を練る邪魔をされた雫は、そう言うと着ていた白衣を脱ぎ出し、薄手のタンクトップ姿をこれ見よがしに披露した。
「??????!! 見てない! 俺は見てないぞ!」
司は慌てて雫の豊満なボディから視線を逸らしたが、アドレナリンの過剰分泌を止めるのには遅すぎた。
「ふむふむ。興奮度数4.7か。……うん、まだまだ私も捨てたもんじゃないな」
おそらく発明品であろう、トランシーバーサイズの機械を見ながら、雫は嬉しそうにつぶやいた。
そんな雫を横目に司は、早くもここに来たことを後悔するのだった。
「相変わらず汚い部屋だなあ……」
リビングに入ると、司はあきれた声で言った。
「何を言う。研究者の中では私ほどの綺麗好きはいないと言われているんだぞ」
「……お願いだから、その格好で胸を張らないでくれ」
司は雫から視線を逸らすように、リビング全体を見渡した。
部屋のあちらこちらに転がっているのは大小様々な金属の塊だった。
司には何に使うものなのか、そもそも材料なのかどうかも検討もつかない。まさか、ここに数千万クラスの発明品がごろごろ眠っているとは、雫から聞かされていなければわかるはずがないだろう。
「……で、見せたいものって何だよ?」
先ほどの興奮からようやく落ち着いてきたのか、司はリビングから雫に視線を戻すと、今日呼ばれた目的を問いただす。
「まあまあ、待ちなよ。せかす男は女の子に嫌われるぞ?」
雫は得意そうに言うと、鼻歌を響かせながら部屋の奥に転がっていた、薄汚れた布を拾い上げた。
「見たまえ、これが今回の新発明『四次元リンク』だ」
「『四次元リンク』って言われても……何それ?」
「ふふふ、まあ見ていたまえ」
そう言うと、雫が聞き慣れた音楽を口ずさむ。そして、拾い上げた布を広げると、自分と司を覆い隠すようにすっぽりと被った。
「……なんで、オリーブの首飾り?」
「それはだね……」
と、雫が答える前に、太陽の光が司の目に突き刺さった。
太陽? 室内で?
瞬間的に目をつぶった司が、眩しさをこらえながら目を開くと――、
そこはスカイツリーの先だった。
「……え? ちょ、え、は? どういうことだよ、これぇ!!」
「驚いたかね? 『四次元リンク』とはワープ機能を持った発明品なのだよ!」
「いや、そんなことどうでも良いから! 早くここから降ろせよ!」
「む。お気に召さなかったかね? それなら……おっと」
雫の動きが止まる。嫌な予感をひしひしと感じながら司は聞いた。
「……どうした?」
「いや、予備の『四次元リンク』を白衣のポケットに入れていたんだがね」
司は思い出す。雫が着ていた白衣。それを司も見ている。そして――、
「どうやら脱いで忘れてきてしまったようだ」
「ちょっと待てよぉぉぉ!!!」
「大丈夫だ。二人で抱きしめあえば不幸も寒さも半分に」
「そういう問題じゃねぇぇ!!」
そうして救出されるまでの2時間、司は理性を保つための死闘を繰り広げることとなった。
しかし、司は知らなかった。
その様子がTVで放送されたことを。
そして、それを見たクラスの男子たちが、次の日の朝礼で司への鉄拳制裁を決めたことを。
この時の司は知る由もなかった。
三題噺「訪問者」「アドレナリン」「四次元リンク」