ショートスリープ/Short Sleeper

ショートスリープ

 蔦の這う柵を越え、野生化した植物を掻き分ける。受付カウンターは錆びているが、きおくと合致する。やはり、ぼくのきおくは正しかった。昔来たであろうボタニカル・ガーデンは本当に存在していた。硝子ドームの空白から内を覗く。尖った硝子の破片で、足のうらを切った。伸びた草花を掻き分けて硝子ドームの中央まで行くと、ぼくは糸が切れたように倒れる。天井から降って来る眩しいくらいのようこう。ぼくのきおくは正しかった。ぼくのきおくは正しかったんだ。――ふっと少年は眠りにつく。
     *
 なんとも難しい質問であると思うが答えて欲しい。そんなふうに友人に言われ頭を働かせる準備をする。
「寝る、ってなんだ?」
 「はあ、それはそのままの意味でとっていいんですか?」
 僕の質問にはてな、と首をかしげる彼。何でもないです、と首を振って口元に手を持って来る。
 「そうですね、簡単に言えば休むという意味ですね」
 彼が何を聞きたいのか、全くもって理解できなかった。いやだって考えてもみて欲しい、唐突に、寝るってなんだ、と聞かれても答えを持ち合わせてはいない。僕らは夜になれば寝て、まあたまに昼寝とかもするけれども、まあそんな暇つぶしだったり本当に体を休めていたりと、寝るにもいろいろあるのだ。
「そか、じゃあ、一緒に寝ようぜ」
 「馬鹿なんですかお前は」
 「まあまあ、そんなこと言うなよ相棒」
 「……はあ、こんなにも白衣の似合わない科学者兼男子大学生もいないでしょうに」
 僕は諦めて彼と寝ることにした。ゆっくり、すやすやと。
     *
 倉庫の小さな四角形から、グラウンドで立ち尽くすあの人を見た。身じろぎせず、バタバタと降る雨に打たれている。姿はぼやけて、最早、それがあの人である、と分かるのは私だけ。
 此処へ招き、二人、マットの上で眠るのはどうかしら、と自分へ向けて訊く。……そんなことをしたら胸の内がバレてしまうかしら。……四角形の柵を握りしめ、ドキドキと鳴る中枢へ向かって、今なら、好きだと叫んでも平気かしら、と訊く。
 何と云ったの、と訊かれたら、先輩と呼んだだけですと答えよう、と決める。
     *
 いつもの匂いと、いつまで経っても慣れない布団とシーツ、毛布の触り心地。すこし高い枕は見た目以上によく沈む。
 いつからボクはこんなにからだが弱くなったっけ。記憶の限りではからだは強い方で、病院のお世話になることなんてほとんどなかったと思うのだけれど、ここ半年はどうしてもからだが重い。別に太ったとかそういうわけではないのだけれど、重い。
 日常的に意識が飛ぶように眠るようになったのは一ヶ月前からだ。自分の意思ではどうしてもやめられなさそうで何度も病院に行くことをこの保健室で勧められている。
 『ね、久留間さん、病院で診てもらいませんか?』
 『嫌ですね』
 『なんて困った生徒なんでしょう。まあわたしは構わないんですけれどね。女の子好きですし』
 そう言って先生が微笑んだのはちょうど一ヶ月前、その時の記憶は今でも鮮やかに、怖いほどリアルにボクの脳内を闊歩する。数秒の会話がいつまでも無限に続く。
 自分の病はなんなのかわからないし、わかりたくもない。鼓動は時を走るにつれ加速するばかりで。この型に嵌ったベッドに寝転がるとさらにはやくなる。
 まあ命が短くなるわけじゃないし、天井にあるたくさんの穴の意味を考えながらもう少し寝ようかと、先生の姿をカーテン越しに一瞥し、とりあえずは数える。

_________________________________________
Short Sleeper
           
しゃらんと鈴の音。どこからとなく聞こえたそれは懐かしい様な、私を安心させる様なそんなものだった。
 「覚えて……る、かな」
 背後から聞こえた特徴的な話し方。誰だか瞬時に理解できた、けれど反射で、えっ誰?と口からこぼれた。視界をずらしながら身体ごとゆっくり振り返る。
 「あ、葵、だよね?」
 「あってる、けれど……ほんとは、少し……違う」
 「見た目は……いつもと一緒だけれど?」
 ブレザーの制服、綺麗な宝石のついたネックレス。それが彼女のいつもの格好。
 「これ、見ても……言える?」
 身につけている制服をぺらりとめくる。
 「葵っ!?羞恥心を持ってと何回言ったら……え?身体がない?」
 「さっき言った……あってる、けれど違う」
 同い年なのに圧倒的頭脳と身体能力で全ての天辺をかっさらっていった青瀬葵はもういないのだと再認識させられる。
 「純、なんで……悲しんでる?」
 「葵とはもう会えないんだなぁって」
 「今、会えてる」
 葵には珍しい力強い口調。だからこそ私はわかってしまうこれが幻だと。いま私はどこにいる?わからない周りの情報が入って来ない。
 「純に魔法……かける」
 「魔法?葵、魔法使いだっけ?どっちかっていうとハッカーよりのクラッカーじゃない?」
 葵がおもむろに自身の首の後ろに手を回す。
 「……間違ってない」
 けれど、と葵はその宇宙色の目を細めて笑う。
 「人間は全員、可能性って言う魔法……使える」
 葵がいつも首につけていたラピスラズリをこちらに投げる。
 「次は純の番だから……ね。連絡」
 待ってる。
 ――覚醒。自分の今の状態、自室、布団の上。そして確かに手のひらに何かを握り込んでいる感覚。
 「葵……」
 三年前の今日に消えた葵と夢で会った。それがただの夢だと、幸運だったと片付けて良いのか。それはラピスラズリが知ってる、のかもしれない。
     *
ラピスラズリの導きと思うのが分かりやすくて、その上、ロマンチック。夢で片付けるなんて、そんなの。
ふわとスカートが舞う。私の目へ葵のスカートの中身が映った。しかし葵は特段気にする様子も無くクロスワードパズルの問題を呆ける私へ向かってずらずらと並べ立てる。
 水性ペンへ水を垂らしたような葵のりんかくが段々くっきりとして答えを促す目もくっきりとした。あらゆる問題が右から左へ抜けるくせのある私はううんと唸り、この場を切り抜ける方法を検討し、
「あっ、てか、スカート。ふんふん。成程ネェ。今日の葵ちゅんの下着は羊ちゅんかあ……って違あう。駄目でしょ!」
 「純だけ……だから」叱る気を失せさせる天才である。「……答え……」
 その上忘れなかったらしく答えを促して来る。訊き返すか、と思案し始めるとしゃらんと音がした。……ラピスラズリの……。「あっ」とわざとらしく大きな声を上げる。
 「先輩が要る」
 きょろきょろと葵が、私と葵以外無人の学校内を見回した。くるりと後ろを向き、私はもっと別の所から来た私を見付ける。何時も、安心したような顔をして私たちをかくれて見て居る。でもね。
 「……純……もう一度教えるね……」
 「バレたか。パードゥンパードゥン」
 あっ宇宙人ネタと当たりをつけ冊子も見ず問題を暗唱する。でもね。君と同じで私が、ラピスラズリを持ってて夢で、どうしたって夢であって、葵のラピスラズリ、君と同じで私が持ってる。
 それでも知らぬまま安心をしてくれたらと思うよ。何時か自分も何処かの世界を覗く折り一方的な幸せへ浸れるよう。
 葵が口を閉じてわくわくとした顔で私を待つ。矢張り聞き逃してううんと唸り服の上からラピスラズリの凹凸へ触れた。幸せな夢から自ら醒める。

_________________________________________

 初めまして靑蓮華です。そうでなくとも改めて。紆余曲折有りつつ生まれる小話の産声。なんて全くしませんがショートスリーパーへの憧れ、尽きません。印刷してくれてありがとう。楽しかったです。
      
僕です初葉です。どうか夢なら覚めないでください、靑蓮華さんとの合同作品です。S・S楽しんでいただけましたか?僕たちの物語が美味しく感じるまで味わってください。早いけれどよい夢を。

_________________________________________

 改めて、初めましてと言いましょう。何時かの私と初葉くんとの対話のような作品のようなものです。当時の私たちは企画期間がおわっておつかれ!と言うきもちで公開を忘れ……まんをじしてやっと公開です!
 楽しかったので、嬉しかったので、残すことが出来て良かったと思います。一年前の私たちと今の私たちはどうかわったのでしょう?楽しかったです、初葉くん。私のわがままを叶えてくれてありがとう。
 初葉くんの新たなあとがきはカクヨムで見られます。(URL↓)
 それでは夢からさめたならその時はまた。

_________________________________________

 本当にお久しぶりです。あとがきみたいなものです。カクヨムhttps://kakuyomu.jp/users/uiha/news/1177354055070616588

ショートスリープ/Short Sleeper

ショートスリープ/Short Sleeper

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-12-05

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted