天空の国のパトリア
0.追想
玉座:空歴ⅠⅥ 4.27 研究施設地下にて 研究員:オリ
私は、ここに至るまでの全てであるあの日の出会いを一生忘れない。
晴天を裂くような悲しい音の連鎖が止み、嵐が過ぎ去った後の冷たい静寂の中で、この世界で唯一のぬくもりとも思えた白いおくるみが空から風にのるように私の腕へ舞い降りてきたあの瞬間。
まだ幼子であった私の心は、腕の中で何も知らぬまま無邪気に笑う赤ん坊に救われた。
街はずれにある小さな丘のそばにある生家で育った私の世界はそのとき、とても狭かった。
引っ込み思案ゆえに上手に友達を作ることが出来ず、体が弱い母だから兄妹もいない。
ひとりぼっちだった私の元に届いた少し早いプレゼントは、まだか弱い命の輝き。赤ん坊は泣きもせず、ただ雲間から覗く晴天の空の色をその目に閉じ込め笑っていた。
その子の家族が終にわからず、我が家に新しい家族として迎えることが決まり、”ララ”と名付けられた女の子が私の妹となった日から、この結末はきっと決まっていた。
けれど、不思議とこれまでの全てにおいて何一つ後悔の心はない。
私の中にあるいくつもの壁を、壊す事なくいとも簡単に飛び越えていったララだからこそ私は真実の全てを貴方に残す。
受け入れてくれなくてもいい、もし逃げたくなったら逃げてもいい。
私のわがまま、私の意志であなたの生きる道を身勝手に縛り付けてしまう気持ちはないのだから。
ただ、あなたの生きる指針の手助けが出来るのなら、この研究に関わった先で何が待ち受けていても絶対に後悔はない。
たくさんの困難があった道だったけれど、あなたがくれた幸せが生きる意味の全てだったから。
あなたの姉になれて本当によかった。
私と出会ってくれてありがとう。
ララ、大好きよ。
ーーー
日記は、とめどなくあふれる愛だけで綴られていた。
長い年月を経たことによって飴色に変化した表紙を撫でると、月日を感じずにはいられない肌触りに思わず涙がこぼれる。
心の中にさだめた決心をもう一度確固たるものとするために、彼女は震える指で日記を閉じた。
「ララ」
名を呼ばれ、振り返る。
出会ったころよりもずっとヒトらしくなった彼と視線をあわせ、少しの間をおいて、ララと呼ばれた女性は深く頷いた。
「なら、もう時間だ」
行くぞ、
地上で出来ることは全てやりつくした者達は、最終段階へとコマを進めるため空へと旅立つ。
閉じた日記を懐に入れ、ララはようやく彼らに続いて歩み始めた。
過去への追想に思いを馳せながら。
天空の国のパトリア