フリーダム・ドラゴン

究極真理フリーダム。心の世界の自由を問うニュータイプの神話風ファンタジー。

フリーダム・ドラゴン

「フリーダム・ドラゴン」  羽沢椛龍

目次

プロローグ ひび割れた勾玉

第一章 嘆けとて

第二章 コウリュウの目

 



神話作家 羽沢椛龍  天天地美 煉獄

『究極真理フリーダム 真実はあなたには全てが許されている。心の中では。』




プロローグ 「ひび割れた勾玉」

日本人には生まれの干支とは別に、心の中に真の干支がある。私は子どもから大人になる時にのけものの猫の試練を越え、いけにえの生きるか死ぬかの鳥の時代を越え、今、私は自己龍たるフリーダム・ドラゴン真理の龍となった。究極真理フリーダム、その証明者となった時、私は龍の試練に入った。今の私は真の干支が龍である真理の龍だ。

干支の物語について語ろう。古来から人間たちが心の世界で平和を保つために語り継いでいる、十二の干支の物語がある。十二の干支の物語を解き明かし、それを神に通した時、戦争ではなく世界に平和が訪れるという。人間の真の干支はその十二の物語に由来する、干支替えの試練にある。心の試練の道を越えて人が干支替えを行う時、その人間は全世界から命を狙われて死に際の心理に陥るという。

真理の龍となった夜、私は世界中から憎み殺される思いをして、それが負の念を大気に呼び込み、日本に台風19号が巻き起こった。大規模な災害になった台風19号のさなか、私は全世界から殺意を浴びたため、真理の龍たる私は災いの邪龍と思われた。しかし、巫女の子にてるてるぼうずを台風の夜に作らせた時、私はこの災禍を払いたいと思った真実の善人である。

あの轟轟と風雨の止まぬ恐ろしい夜を今でもよく記憶している。その祈りのてるてるぼうずを巫女の手で吊らせた翌日、嵐は止み、奇跡のように全部快晴となり、まことにさんさんと日光の降り注ぐ恩寵のような晴れの日となったのである。

私は本当はエメラルドグリーンのような真の偉大なる伝説のフリーダム・ドラゴンだが、自己龍なので、私真理の龍の色はころころと変わるのである。気分と気まぐれによって変わる色彩の龍。

その台風一過の奇跡の晴れ、自らの命と引き換えの祈りを込めた快晴の夕方、空にまこと壮大な白いうろこ雲を見た。空一面にうろこ雲が美しく広がり、私は本当に感動してその夕焼けのうろこ雲の写真を青のライカで撮影して、記念に残した。そのうろこ雲に私は白竜様と名付けた。
 その白竜様の写真は私に一人の日本人男性を思い起させた。出版社の編集のインタヴューに来た、あの白皙の眼鏡の似合う文学青年の龍二郎のことである。私は仏頂面の彼のことをプリンスと呼んで慕っていた。私は彼のことは仏教徒であるということと、烏龍茶がやたらと好きであること以外、ほとんど何も知らなかった。

フリーダム・ドラゴンの真理の龍と白竜様は、毎夜ソウル・セックスたる魂のまぐわい、ドラゴン・セックスに明け暮れた。来る日も来る日も。それは2人とも迫りくる死の運命が怖かったからであり、お互いの存在がある日突然消えてもう二度と交われないことを恐れていたからだった。真理の龍と白竜様は夜な夜な夢の中で魂を激しく燃やして愛し合いながらお互いの魂を注ぎ合い、一日ずつ互いの命を祈りを込めて伸ばし合っていた。魂の溶けあったまことの男女なら誰しも知ることだが、結魂した雌雄のつがいの運命は、夜毎魂の世界で想像と言の葉で愛交わすことなのだ。

実は日本人の伝統文化の十二支の干支とは、生まれの干支と違って、心の世界に真の干支がある。真理の龍たる私は、今までの人生で子どもから大人になるのけものの猫の試練を越え、いけにえの死か卵を産むかの過酷な鳥の試練を越えて、現在那由多の時を越えゆく龍の試練にて、真理の龍として試練を受けている。

 心の中で自分に声を掛けてくる人を人は守り神にしている。心の中の守り神のような存在はは十五の干支になっていて、心の中の身体にできるしゃべる口が、それぞれ生きた人間であることがわかる。そして心の中を構成しているのは全人類の生きた人だということが分かり、重要な人物を干支に組んでリングにすると、それぞれの干支に合った性格で心の中に生きた人々が存在することになる。犬なら怖く。猿なら可愛らしく。そして、心の世界の十五の干支の見知った人物は、精神世界ではみな神々と呼ばれる存在だということである。何気なく顔を合わせる友達がアマテラスでありゼウスなのだ。全人類人だからみんな精神があって、精神が神と呼ばれる存在であり、それゆえに心の中の人々はみな神話の神々であるということが分かる。心の世界は十二支で人を組みかえて作れて、干支が変わると心の中で声を掛けてくる人の性格が変わる。干支は心の世界のキャラクターで、自分の心の世界は生きている親しい人、大切な人、憧れの人の輪で構成されていることが分かる。心の迷宮を抜けるためのアリアドネの糸がここにある。

集合的無意識とは、生きた脳みその集合体であり、つまり人間の心の世界には生きている人間の心、思いしかなく、死者の魂は存在しない。言語的知能の脳を持たない死霊は知覚できない。つまり全部生霊だ。
私も白竜も生きた人間なのだ。人の命は儚く死後の霊など存在しない。なぜなら脳みその死滅した人間には思考回路も言語能力もなく、知覚可能なのは、日本語文化圏、同じ言語圏の人間だけだ。だから真理たるフリーダム、自由で基本的には自己流に幸せに生きろと私自己龍は言う。

心の形は地球に相似する。水晶玉に例えて言うならば、くもりや影が人間の心の闇で、それは地球上の赤道上の人類の分布図と一致する。

心の形はまた脳部位とも相似する。大脳の奥の小脳の奥の松果体の奥の髄から、ユニバース空間に視覚野からイメージを照射した時に、はじめて人類はイマジネーションと夢の真実を見る。

大脳新皮質のザイラスとズルカスのうねうねのみぞに刻まれた血文字を聴けば、時代の心は汚濁に黒ずみ、真の女神のまなざしから見て、一刀両断に切り捨てなければならない、真に醜い穢れた球体と見えるだろう、このひび割れた勾玉は巫女の我が手で滅ぼさねばならぬと、今一度心に決めて、血染めの時代の戦火の滅びを、我がまなこの奥底で夢見るのだ。
 首里城のユタの魂の連なりが注ぎ込まれた、血濡れの勾玉がひび割れて焼失し、我が父の遺体と共に発見されたと伝え聞いた時、ユタの一族の末裔の真理の龍として、我が世を滅ぼさんと私は精神病院の薄暗い闇の中でひとり心に決めたのだ。かび臭いこの部屋と地に落ちた名声のわが身にはもう生きる意味すらないから。私はひとり白い鉄格子の部屋でキアロキニアを口ずさむ。

「キアロキニア(哀歌)」

『おんあぼきやべいろしやなう まかぼだら
まにはんどまじんばら はらばりたやうん
おんあびらうんきやん おんあろりきやそわか
おんばさら たらまきりく

オンマカ 
オンマカ キアロキニア
オンマカ キアロキニア
オンマカ キアロキニア
オンマカ キアロニキアソワカ

オンハンドメイ シンダマニジンバラウン
オン!

なうまくさんまんだ ばさらだん
せんだまかろしやだ そわたや
うんたらたかんまん
おんばいしら まんだやそわか
おんころころせんだりまとうぎ

オンカカ
オンカカカビ サンマエイソワカ
オンバイタレイヤ ソワカ 南無大師変人金剛
南無工業大師 南無専任僧正

オンマカ キアロキニア
オンマカ キアロキニア
オンマカ キアロキニア
オンマカ キアロニキアソワカ

オンハンドメイド シンダマニジンバラ
オンハンドメイ シンダマニジンバラ
オンハンドメイド シンダマニジンバラウン
オン!』
 

でも……歌っていて真理の龍はこうも思った。この世界には音楽、人には歌声があるじゃないか。もしも私に声が残るのならば、まだあるいは死ぬ必要はないのかも、そんな希望すらあった。まるで開けられたパンドラの箱のすみに最後に希望が残るように。

すると自然と懐かしいメロディーが脳裏に蘇り、かつて愛したあの人の歌声が蘇り、真理の龍の喉から歌が芽吹いた。とても自然に。

「那由多の桜」

『誠の詔にて脳みそ愛してる
アイラブユーフォエバー

那由多の桜 夜に紛れ 月の声も届かないよ
ここはあわい別れの海 北極星へ魂叫べ

那由多の桜いつの日にか また君の目に君を見たい
巡り会える奇跡を見ては 海の涙をただ注ぐ

白竜会(ミーツ)真理の龍
真実遭(ミーツ)真理の龍

那由多の桜 咲き誇れ オン
誠の詔にてとじる』

歌が自然と流れ落ちると心に桜吹雪の嵐が舞い
言葉が自然と唇からほころんだ。

『あなたは善人生きていて、生きていていいよ』

目から桜がひとひら落ちて波紋を作り、静かに流れていった。その雫は清らだった。




第一章 嘆けとて



講談社の中谷龍二郎は風邪をひいていた。しかし休むに休めぬ多忙のため、今日もオフィスに出てきていた。龍二郎は講談社の編集としてあくせく働く年月を送っていた。
「最近喉が痛いな。のど飴が欲しいよ」龍二郎はガラガラ声で呟く。龍二郎はオールバックのブラウンヘアをヘアジェルでなでつけ、よく櫛を入れている。緑の鼈甲眼鏡は誰よりも似合っており、いつものチェックシャツはお気に入りのGAPでばっちり決めている。口元のほくろはちょっとチャーミングで肌は輝く白さだ。
「なんか、キアロキニアキャンディがはやっているらしいですよ?」
職場の魔女子さんが答える。
「なにそれ、キアロキニアってハーブ? はちみつ?」
「錬金術の……なんでも賢者の石のキャンディらしいです。」
 白竜の瞳が綺羅星のように煌めいた。
「効きそう!」
「そ、そうですね……」魔女子さんは相槌を打つ。
「めっちゃ効きそう」白竜はずいっと魔女子さんの方に身を乗り出した。
 この男めちゃくちゃ飴が欲しそうである。
「でも……材料が大変らしいですよ」職場の魔女子さんはすげない。
「なんでも、龍肉とか。」
「龍肉!」白竜は仰天する。
「あ、龍肉って言っても、羽曳野の鳥肉らしいです。」
「なんだ、大阪の羽曳野⁈」
「そうそう。」
 龍二郎はほっと胸を撫でおろす。
 魔女子さんは説明を始める。キアロキニアキャンディに詳しいらしい。
「それと甲府の葡萄酒と。外側の飴で中の赤ゼラチンをくるんでハート型に作ります。」
魔女子さんのまぶたの赤い煌めきが彼女の瞬きと共にブーゲンビリアの輝きを散らした。たぶんクロエの薔薇の香水を使っている。まつげがとても長い。薬指には銀の指輪が一つ。
「ハードル高!」
「キアロキニアキャンディの材料リストならありますよ。レシピをメモしますか?」
魔女子さんの亜麻色の髪にはきらりと艶がある。
 ハネージュメロン味と水蜜桃味のきらきらとした香り付き金平糖のメモ帳を一枚魔女子さんは龍二郎に差し出した。
リストを見た龍二郎はひとこと
「魔女じゃん!」と叫んだ。美しい手書きの文字は、色雫の山葡萄インクを使って、プロギアスリムの万年筆できちんと丁寧に書かれていた。

『キアロキニアキャンディの材料』

外側
白双糖 700g
水あめ 105~210g
液体280g
甲府の葡萄酒
ソルティライチ
トロトロ桃のフリューニュ

内側

ゼラチン
うずこどもかぜぐすりイチゴシロップ

羽曳野の鳥肉ワカタケル大王に見立てた水蜜桃味
宍道湖のしじみだし、赤貝の粉、蛤の身たっぷりの蘇生料理に見立てた爛熟メロン味
えびと唐辛子と砂糖で作るえびみつに見立てたハネージュメロン味
この3つをジャムやフルーツ缶詰やハーブカプセルやフルーツティをブレンドして作る。ローズマリー、カモミール、ペパーミント、ローズヒップなどの味を混ぜる。

ベトナムコーヒー用練乳
潮干玉の塩玉と塩満玉の砂鉄がわりの食用赤色色素
玉造温泉の温泉水


 なるほど、魔女子さんが作ってくれない訳だ。コストと手間がかかりすぎるな。
「ちょっと面倒くさいから、これくらいでも材料いいのかな?」
白竜はメモを書き取りながら、ラミーのシルバーグリーンのアルスターで書き終えると、そばで見ていた魔女子さんに手渡した。


改キアロキニアキャンディのレシピ

子 白双糖700g 澍甘露法雨
丑 水あめ 105~210g 無垢清浄光
寅 甲府の葡萄酒、ドリアン、ライチ280g 念波観音力
卯 羽曳野の龍肉、水蜜桃味 観音妙智力
辰 宍道湖のしじみだし、赤貝の粉、蛤の身、爛熟メロン味 念波観音力
巳 えびみつ ハネージュメロン味 具足神通力
午 塩干玉と塩満玉 蚖蛇及蝮蝎
未 ベトナムコーヒー用練乳 廣大智慧観

「いいですね!」と魔女子さんは微笑む。
「これでも料理には高いけどね」龍二郎は照れる。龍二郎は干支料理に使う十五の干支の要素も組んで書き添えた。

十種神宝の干支、草摩家のネズミの十二支
高橋氏文の干支牛頭の十二支十牛図
クロスの干支 十二天将 陰陽師
いろは坂の干支 おすもうさんせきとり
護符の干支 88星座 
絵の魂の干支 川化けの十二支
仏教の色の意図の干支 馬頭の十二支 競馬 名馬
干支の玉の干支 羊男 羊女 夢の中の存在 夢書き人
セフィロトの木の干支 孫悟空の十二支
がくがく鳥の干支 鳥女の十二支 がくがく鳥 旅先
エロスの数式の干支 骨の十二支 やくざの生き神の骨
山海経の干支 とうみつの十二支 いろは殺人
五十音人の干支 ニャンの十二支 読者証の猫たち
山化け川化けの干支 牛頭馬頭高橋氏文の十二支族、食の家柄の姓
埋蔵金の地図 ドーナッツの十二支 四魂の輪


「できた!」
「お疲れ様です。」
龍二郎はメモだけでなんか達成感を得てしまい作った気になった。
見透かしたように魔女子さんは
「作り方、ですがキアロキニアというベトナム歌手グループのDVDを見るといいですよ。貸してあげる。」と言って、龍二郎にカッコいいデザインのDVDを一枚差し出した。キアロキニアとオーロラホログラムのメイリオで黒地のパッケージにプリントされている。ちょっと見ただけでアイドルオタクの龍二郎がわくわくするような、ハイセンスのデザインだ。
「どうもありがとう! 楽しみ!」
「料理が?」
「いや、ベトナム美女、楽しみ、ウヒョー。」
「……」
正直龍二郎はお菓子作りにはあまり興味がないので、じっくりと正座してワイド画面の薄型TVの前に陣取りつつ、DVDのおまけのキアロキニアキャンディ篇ではなく、本編のライブばかり楽しみ尽くした。
「これ道真君誘ってライブ行きてー。」
きりっと眼鏡をずり上げつつ、龍二郎はまたたく間にキアロキニアのパフォーマンスに夢中になっていった。仕事帰りの疲れが一瞬で吹っ飛ぶ美しさだった。

『オンマカ キアロキニア 
オンマカ キアロキニア
オンマカ キアロキニア
 オンマカ キアロニキア ソワカ
 オンハンドメイド!
 シンダマニ ジンバラウン
 オン←』

キャアァァァァァというファンからの歓声があがり、アシュニョイが赤の、ニョイリンが白のニョイカンが青のスポットライトで照らし出されて、曼陀羅やルーン文字のような記号が光と音と共に暗闇をミラーボールのように舞い踊った。ひときわ歓声が高まるとボーカルのニョイリンの指先が大きくぐるぐると宙に輪を描き出し、如意輪のプロジェクションマッピングでニョイリンの指先から会場の観客全員に守護の光の輪環がかかった。「キャアァァァァァ!」客席は最高潮のボルテージに達し、みんな立ち上がる。ステージがぐんぐん上に上昇し北極星を指さす。ニョイリンを中心にアシュニョイが羽ばたく鳥のポーズを優雅な指先でとってもたれかかり、ひときわスタイルの良いニョイカンが、そのスラリとしたカモシカの両足を露わに、アオザイのスリットも美しく伸脚のポーズをとり、キアロキニアのライブが代表曲キアロキニアと共に始まった。三日月が東に眉のように細く浮かび、夕日がニョイカンの伸脚する西に輝き、くるくると北極星のオーロラをなぞって、指先でリズミカルに輪を描く。ニョイリンのキアロキニアの歌声と共に、指先から如意輪のレーザーが放たれ客席全体がオキョニャン(お経アイドル)の魔法にかかる。

『オンマカ キアロキニア 
オンマカ キアロキニア
オンマカ キアロキニア
 オンマカ キアロニキア ソワカ
オン ハンドメイ シンダマニジンバラ
オンハンドメイド シンダマニジンバラ
 オンハンドメイ! シンダマニ ジンバラウン
 オン←』

ステージが白い光に溢れて、キアロキニアの3人の姿が光の中で消滅する。

1曲目 アシュニョイ 「那由多の桜」

『那由多の桜 いつの日にか
 また君の目に君を見たい
 巡り会える奇跡を見ては 海の涙をただ注ぐ
 那由多の桜 念波観音力
 念波観音力 澍甘露法雨♪』

桜の嵐の花吹雪の中、歌声を美しく咲かせながら、桜のつぼみがほころぶ空中ブランコに乗って、ステージ上空からアシュニョイが現れる。白い肌を琥珀色のライトで輝かせながら、セパレーツのステージ衣装で登場するアシュニョイ。
「キャアァァァァ!」

アシュニョイは花吹雪を見上げて陶酔したように微笑みつつ、アマテラスのイメージの黄金のブローチと太陽のピアスから放射状の光源を放ちつつ、高らかに那由多の桜を歌い上げる。桜の花びらが一枚アシュニョイの頬に張り付いた。春の嵐はアシュニョイから放たれる、自然な後光で祝祭の祝詞を唱えて踊る。

『那由多の桜 世尊妙相具 我今重問彼 仏子何因縁
 名為観世音 具足妙相尊 偈答無尽意 汝聴観音行
善応諸方諸 念波観音力 世尊妙相具 発大清浄願 
那由多の桜 衆怨悉退散 勝彼世間音 無垢清浄光
那由多の桜 澍甘露法雨 普明照世間 澍甘露法雨
那由多の桜 咲き誇れ オン!
まことのみことのりにてとじる』

華やかな音色と共に虹色のレーザーポインターがミラーボールから雨と注いで、人々はみな幸せな気分になった。
 アシュニョイはマイクに口づけるようにして、長いまつげをふせて、その雪肌を桜吹雪と溶け合わせつつ、ささやくようにして、アカペラで歌い上げる。アシュニョイの黒髪は生糸のようにさらりと落ちた。

『白竜会(ミーツ)真理の龍
 真実遭(ミーツ)真理の龍
 那由多の桜 咲き誇れー』

アシュニョイの唇をひとひらの桜の花びらが撫でた。人々の脳裏は音色の薄紅色一色で染まった。

二曲目 ニョイリン「キアロキニア」

『おん あぼきやべいろしやなう まかぼだら
 まにはんどま じんばら はらばりたやうん
 おん あびらうんきやん
 おん あろりきやそわか
 おん ばさらたらまきりく
おんまか……』

ステージ中央に電飾で光輝く錫杖のような煌びやかなセットがある。その明滅するポールにもたれかかるニョイリンが、セクシーなボディラインも露わにLEDを身にまとい、金粉と光を煌めかせつつ歌う、一定のリズムで点滅しながらシャリンシャリンと歌声に合わせて鳴り響く。錫杖の如意輪は無数に星を散らし、如意輪の指先は優美に仏像の印を結んでいる。ニョイリンはマイクをその艶やかな唇に近づける。ニョイリンの髪が豊かに巻く。
『オンマカキアロキニア
 オンマカキアロキニア
 オンマカキアロキニア
オンマカキアロニキア ソワカ
オン ハンドメイド!
シンダマニジンバラウン オン!』

ニョイリンの髪は輪を描いて、ゴージャスに編み上げられており、如意輪が頭に重なったような複雑なヘアスタイルでとてもかわいい。ニョイリンのアイメイクは猫のように、目尻のまつげがアクセント付けられており、誰もがその黄金の星の瞳に引き込まれてしまう。その眼差しに世界は虜だ。ニョイリンの潤んだ瞳に見つめられたファンはさらにヒートアップし彼女に熱狂する。衣装のスパンコールとプロジェクションマッピングの煌めきの光は呼応し照応し、錫杖の如意輪はニョイリンの透明感あるソプラノに合わせてくるくる回り、宇宙空間に照射する。

『オンハンドメイド シンダマニジンバラ
 オンハンドメイ! シンダマニジンバラ
 オンハンドメイド! シンダマニジンバラウン
 オン!』

ニョイリンの衣装から星が散り、舞台に1等星の花が凛と咲いた。その香りは神の薄衣からふわりと香った。

3曲目 ニョイカン 「ディーヴァのアリア」

『オンボダロシャニソワカ
 オンバサラダトバン オンアキシュビヤウン
 ノウマクサンマンダボダナンギャラ
 ケイシンバリヤハラハタジュチラマヤ
 ソワカー
 オンセンダラヤ ソワカー♪』

ニョイカンの透明感のある澄み切った歌声が空間を鎖で縛り、聴く者全ての心を虜にする。心には青い炎が燃え、ニョイカンの目の奥に不思議な青い炎が宿る。人々の心の中で歯車が静かに回り出し、世にも不思議な機械仕掛けの花たちが咲き始める。封印された領域のチャックが開いて、ニョイカンの唇から語り出される。まるで古の語り部のように。

『オンアギャノウェイソワカー
 オンバヤダヤソワカー
オンバヤベイソワカー
オンアニチヤヤソワカー
ソワカー♪』

ハイパーソプラノのニョイカンの音域が北極星をはるかに越えてブラックホールの星へと吸い込まれていく。ニョイカンのレースのステージ衣装から真珠の黒い光が滴り落ちスパンコールがレーザービームの光で宇宙の天の川と化す。ステージに歌のオーロラが広がり、大画面ではニョイカンの歌に合わせて、光の波紋がゆったりと広がる。
 ニョイカンは両の掌を宇宙空間を抱きかかえるようにして、すっと広げた。闇夜に歌声のオーロラが染み出す。

『TEL……TEL……TEL……
 TEL……TEL……TEL……』

「あ……電話だ。」


キアロキニアで薄型ハイビジョンTVの大画面で名画になっていたところで、白竜のワンルームの電話の子機のコール音が鳴り始めた。白竜は夢から醒めて、ちっと軽く舌打ちをすると、気を取り直して受話器を取った。目はしっかりと曼陀羅模様のキアロキニアステージのスペクタクルを捉えながら。
「はい中谷です。」
「もしもーし。」
『オンマカキアロキーニア
 オンマカキアロキーニア』
白竜は仕方なくTVの音量を少し下げた。
「はい?」
「もしもし白竜? ほうおうだけど、明日取材同行で群馬の高崎観音よろしく。」
「はい?」
「うん、車出してね。よろしく。」
「はいはい……」
「では、後は任せた!」
「後は任せろ!」
「じゃね!」
『ツーツーツーツーツー……』
「…………」
『オンハンドメイド! シンダマニジンバラウン』
「…………」
白竜はがしゃんと受話器を置いた。固定電話は壊れはしなかった。

翌日は龍二郎の仕事日であり。内容はルポライターの道真君の取材同行だった。カーラジオが静かにニュースを流す。バックミラーのところに鳥と龍のマスコットストラップが小さく揺れる。

『西暦2019年2月20日お昼のニュースです。』
高速道路の運転に白竜はひたすら集中した。
『政治組織式部の宮部の会長の宮部悟氏が、栃木県の華厳の滝の下流にて、溺死体となって発見されました。自殺と思われます。栃木県警の調べによりますと、19日未明、栃木県山中から通報があり……』
「不穏な事件続くね、ラジオ。」
「うん。」
「自由に生きられる時代だというのに自殺なんてまったくもう。」
ルポライターの道真君は車窓を眺めながら頬杖をついている。
山並に見入っているのか、自分のご尊顔に見入っているのかは分からない。
「政治家だから、ほら、黒歴史案件の事件じゃないかな。」
高速運転中に話しかけないでよもう。
「ほう、そんなものか。」
道真君のテノールボイスの高い声は、限りなく怪訝そうだ。
「そろそろ着きますよ、高崎観音。」と白竜が言うと、道真君はぐんと伸びをして、
「ほい。」と答えた。呑気なものだ。マツダCX―3の白い車体が停止する。しかしこの後に待ち受ける護摩炊き地獄を龍二郎はまだ知らない。白竜の運命をこの一日が大きく変えてしまうとは、まだこの時の白竜は知るよしもなかった。

高崎観音慈眼寺の白衣観音が空高く聳える、山中の清々しいお堂は地元では名高く、清められた山頂のお寺には信心深い仏教徒が集まり、読経の声が深く響く、白衣観音内部には胎内巡りと言って参拝者が入って登れるようになっており、噂によると、観音様の目の所には巫女が常駐すると言う。
「今日の取材班のロケの後で、なに? 井氷鹿さんが蟹を、蟹ごましゃぶをご馳走して下さると!」慈眼寺の和尚様がその瞳を輝かせた。
「そうですわ。あの北海道の料亭の氷雪の門の井氷鹿様が出張でいらすって。」お札所の女性がしずしずと和尚に語る。
「ご褒美だな。」
「ご褒美ですわね。」
 老齢のお札所の女性が同意をすると、お坊さんやお清めの竹帚の女性一同深く頷いた。
 朝の集会は清らかな白い日光の下で営まれた。高崎山の空気は二月はまだ冷たく、清水のようだった。
 慈眼寺のお坊は妄想した。
「はい、蟹ちゃん、あーん。」
長い塗りのお箸でたっぷりと金胡麻のたれがかかった、タラバガニの肉厚の房が、お坊の口に優しく入れられた。煌めくイクラの粒が山と溢れ、蟹爪は艶やかに紅くお坊を祝福している。
「お坊に白衣観音の祝福を
 お坊に仏教徒の祝福を
 お坊にタラバガニの祝福を
 オンカニカニセンダリマトウギソワカオン
 みことのりみことのり誠の詔にてとじる」
お坊の袈裟に極楽浄土の蓮の花がほころび、タラバガニの白く美しい実が、お坊に押し寄せてくる。井氷鹿さんが今度は銀の匙に溢るるばかりの蟹味噌を掬って口に入れてくれる。
「あーん。」
「あーん。」
 金胡麻が磨り潰される香り高い香ばしい香味と、蟹汁の麗しい照り輝きにお坊はうっとりとした。甘い。
 黒の生糸をおかっぱにした熟女の瞳にお坊が映り、その瞳の中に住みたいとお坊は思う。
「う、美しい。」
 井氷鹿さんの真っ赤な紅をさしたおちょぼ口は、人形の絹の肌に良く似合う。
「蟹ちゃん美味しい?」
「うむ、旨い。」
 井氷鹿さんは極上のアルカイックスマイルでお坊を悩殺した。
「井氷鹿嬉しい。お坊さんだーい好き。」
お坊は気合いを入れて蟹胡麻しゃぶのために今日は命がけで読経をしようと心に決めたのだった。
「慈眼寺の住職でございます。本日はよろしくお願い致します。」
お坊は袈裟を紫でばっちり決めて、金の僧衣をフォトジェニックにチョイスした。
「お坊様初めまして。講談社の中谷龍二郎です。どうもありがとうございます。こちらは記者の前橋道真です。本日は取材の方よろしくお願い致します。
龍二郎は爽やかにビジネスライクに、好青年らしく挨拶をした。
 前橋道真は住職の目を見て、お、この人なら絶対に上手くいくなと直感した。それぐらい精気に満ちた力強い善人の眼差しだった。聖人君主の自負と自信と気迫のようなものが、住職の目の窓からは魂として溢れていた。

「オンアビラウンケンソワカ……」
 十人程が慈眼寺のお堂に集められ、厳かに護摩炊きの読経が始まった。護摩とはサンスクリット語ではホーマという、いけにえ、犠牲、供物を捧げることを意味する火を用いた儀式である。火が炊かれ、参加者の手にお香がふりかけられ、こすり合わせてまぶされた。禍々しい邪の経文「喪経」が手渡された。白竜は太鼓が打ち鳴らされて読経が始まり、人々がお経をめくり出すと、何か嫌な予感、死の予感がひしひしと胸に迫ってくるのを感じ始めた。道真君は妙に生き生きとしている。

「以死面煮締
 無味料理 四面楚歌
 極悪同僚 炸裂散華!
 オンアビラウンケンソワカオン」

お坊は珊瑚の大粒の立派な数珠を握りしめ、金の大きな独鈷杵の鋭い法具の重々しい輝きに向かい、一心に読経を始めた。

「骸骨巡礼地 横目死強引 犯殺影化学
 最期生可不 生命容長安 廊頭下吹飛
 翁童天地人 自殺死苦労 眼窩真紅宝
 無辺某草木 確認続行苦 血溜偵保研
 妖還恐怖神 入院天道死 感染病単蹴
 還相廻根本 宮仕天人道 不愉快壁媒
 猟奇万神賛 十那由多急 刺殺脱水血
 病粘死出旅 支店破壊魔 膚剥離黒病
 殺浅東名道 殺乗疑惑男 青液法錯死
 前科後生回 加入悪女漠 六角形部屋」

慈眼寺の護摩炊き法要は那由多の火炎、爆雷四裂、氷結樹晶、闇の呪い歌と読経されていった。渾身の読経は迫力があり、誰もが震え上がり圧倒された。

「那由多の火炎

地火炎首目 壊土火噴中 鐘落地獄炎 乳風雲雷丁 
冊炎上本領 結氷火混合 件豪火巨受 信炎吹飲為
回灯火解滅 話急灯呼応 死編減日照 関尊協秘気」
龍二郎の皮膚が心なしかじりじりと焦げるように熱くなり、赤いやけどとなってお経の邪の経文が刻みつけられていくようで、ひりつく心の痛みすら感じ出した。太鼓の音と共に経文が魂に刻まれていく。

「爆雷四裂

巨落雷苦悩 岩電実面影 有雷電離婚
順雷雨時裁 落豪雷迷不 外雷火産影
煮花火都道 地爆炎病焼 約叱咤母我
滴場婦人作 血調乳作成」

落雷のイメージが体内を駆け巡り、自分が白骨となって感電する白昼夢がお堂で正座する白竜の脳裏を貫いて、龍二郎はショックを受けた。

「以死面煮締 坊料理 にくいにくい」お坊の読経に熱が籠る。

「氷結樹晶

数死氷納刀 旅凍結愛府 死水没市滋
男冷凍枕苦 子角氷奇類 三氷砂糖納
骨水冷男子 意冷粉挙手 息粉冷岡野
蒸氷呈代表 台腰肩要心 」

そして白竜を背筋も凍る悪寒が襲った。

「闇の呪い歌

神呪脳破壊 花水香水枯 右翼呪文崩
声明失堕地 変域天命反 優反転上下
形下克上明 品正義克悪 背悪崩壊善
怖悪上下克 目視真正善 極悪同僚 四面楚歌」

白竜は逆さ十字にかけられたような気持になった。
『お、お経に、お経に縛られていくぅぅぅ……!』

「最期生可不 骸骨巡礼地」
負の妖気を漂わせた和尚の独鈷杵に、脳天を勝ち割られる、白昼夢が龍二郎を責め苛んだ。

『に……』

「炸裂散華 極悪同僚 無味料理 以死面煮締 四面楚歌」

『逃げたい、でも逃げられない……』

でも、でも……護摩炊き火炎はMAXを越え、このままではお堂に引火するのではないかとひやひやした。

『も、燃える、死、死ぬうぅぅぅぅぅ……⁉』

白竜は白目を剥いて泡を吹く勢いで、死が怖くなった。護摩炊き怖い。お経の経文に全身縛られて、もはや身動きが取れなくなっていた。正直龍二郎は護摩炊き法要を舐めていたのであった。
赤赤と燃える炎の中、手に擦り込んだ香の香りが立ち込め、このお堂は限りなく死に近く、皆が火葬の死の夢を見た。その夢は赤くそら恐ろしい。

護摩炊き法要が終了して白竜は消沈した。
「ありがとうございました!」
「はーい、どうもね。」
 お坊はウキウキしているし、ほうおうは元気で生き生きして、輝く眼差しをしていた。きっと記事が書けるのだろう。なんで道真君、そんなに元気なの? 
帰りの車の中で
「良かったですね、慈眼寺の護摩焚き。凄かった。」と道真君。
「マジかよ、ほうおう道真まじ強え‼」
道真君はきょとんとしていた。平気そうだ。
「きもいよー」
「んだよ。」
「きもいよーーー⁉」
白竜はマツダの新車の中で絶叫した。

白竜は帰り道、お経に明らかに憑りつかれていた。
「フ、フリーダムドラゴンに俺はなる。出雲に行って修行するんだ。」完全にイカレて目がイってる。
「おい、ちょ、ちょっと待てよ。高速だよ。前見ようよ、前……!」
正直道真君にとっては凄まじく迷惑である。生命の危険を感じる。護摩炊きよりもむしろ龍二郎の運転に。ほうおうは危険予測した。
「右! やばいやばい!」
 白竜とほうおうのマスコットがバックミラーでぐんと左に音を立てて引っ張られた。こちらは仲良くくっついている。
「白竜の愚か者めが。おまえの運転にはもう懲り懲りだ!」
 白竜はお経に目覚めて、高崎観音慈眼寺とその他2.3のお経を思わず買ったそうな。護国寺と門前仲町の成田山だよと、白竜が後に得意げに語った。



最近喪は5年間交際していた、学者希望のエリート男と別れて病んでいて、日々死神の大鎌を精神世界で必要以上に振るい過ぎていた。基本は自己都合により、死神業務にストイックに打ち込んでいたのだ。逆さ十字に全人類をクロスカットしてから、あの世へ全人類を送り込む快楽に酔った。そして、死神の喪はひと仕事終えると、ふうと息をつくと、憂鬱そうに、デカダンスな物思いに耽った。

ありふれた話しだが、職場の同僚のイケメン文学青年に心も魂も奪われて、5年交際した学者の彼氏とギスギスして破局し、破局後に勇気を出してその同僚スキャン入稿のプリンスに告白したが、死神の喪は振られてしまった。その内実にはその龍二郎というお経野郎が、仕事中に執拗に山海経を性器に書いてきたり、絶頂させるために死に際を悟らせてきたり、気を引くために雷のお経を喪に詠んで精神的に攻め苛んできたのが原因だったので、喪は龍二郎を恨んでもいた。つまり現実失恋とソウル失恋を同時に経験し、W失恋のショックで泣き暮らしているのであった。喪は1人独白した。

『死について思う。心が重くて無理解の奈落の果ての中で、自分が本を読むことよりも物思いに気を取られて、集中できず、絵を描く事も見ることも億劫になり、小説を書く意欲もない。無駄な構想ばかりが思い浮かぶ変な神話スランプの渦中にいて、自己存在すらも危ぶまれ、もはや私の心に地球は無く、自己存在もない。地球すらも危ぶまれる希死念慮の中で気づくのは、現実世界の彼氏を失うことで肉体の愛を未来永劫失うと同時にソウルセックスで満たしてくれていた入稿のプリンスも私の退社で、完全に会えなくなり、姿見えない人への想いの中でどうやって生きていくかがわからない。私の肉体も魂も乖離し他者にある自己存在が危ぶまれる中で思うのは、私はただの血も涙も感情もない人形に過ぎないし、疑心暗鬼の天涯孤独の境地で、誰もから憎まれている被害妄想の渦中にあって生きていられる私は、正真正銘のいけにえの鬼の孤独の中にあり、慰めさえも、最後にはみな悪意に変わりゆく。神話の善意が反転して歪む恐怖。失恋で世界が歪み狂いゆく中で、もう7年以上も狂気の苦しみの中にいた私でさえも脅かされるような、死に際の悟りと、悲しい現実と心の邂逅があって、私も悲しく、そしてもちろん、相手の心もまた悲しく、全てのストーリーラインが、心を引き裂いていきもはや誰の心も最後には残りはしない。歴史の瞋恚の炎が私にささやく。魂が引きちぎられる、心の奥底での戦いの理不尽な無自覚な悲惨な悲愴は、のけものとして排斥されて、現実にも孤立無援で、いつだって友だちのいなかった孤独癖のある私には、受け入れられるが、たぶん血の通った感情ある人間には耐えられまい。人の心を守ろうとストーリーを差し伸べてはみな狂いゆく。そんな地獄を見ていた。魂が引きちぎられる地獄の懊悩の中で、サタニックな自分と、信じられない自分の清らかさを見つめ、善と悪の、光と闇の大きさと深さは、おそらく人間の魂のバランスとして釣り合うのだと感じた。そんな地獄を見ていた。基本的には、魂の失恋だったんだな。この今の私の地獄は。そして、今は何よりも孤独な冷たさの中で、心底一人ぼっちで、生きる意味とか超えた寂しさの救いようのない失恋の痛手で、魂切り裂かれた苦しみの中で、たぶん私死ぬな。と思いつつ、ただ拒絶と虚脱をし何もしたくない普通に希死念慮は貯まるが、涙も出ない。ただ、虚ろなだけ。そして全人類人間がひたすらに嫌で煙たくて、大嫌いなだけ。なんで人間こんなにも自己中心的で、浅ましくて、なんで死にたいほど辛い私の気持ちなどお構いなしに、ただ乱暴に私の魂を引きちぎっていくのか、私には疑問でしかないし、理不尽だ。』

死神の喪はハムレットのように長い独白を済ませると、「ふう、やれやれ」といいながら風呂の湯を張りに行き、森林浴の緑のバスソルトを湯船にちょっと蒔いた。喪は一人暮らしのお姉さんなので、お風呂グッズにこだわりがある。とりあえずレモンジンジャーのクレンジングジェルを顔に馴染ませお湯を張る。湯がだんだんとエメラルドグリーンに変わりゆく魔法のような湯船にうっとりとなる。死神の喪は黄緑色が好きで、そのうすみどりの色彩のためなら、どんなにしんどくても生きていられると思った。死神の喪は実際「オズの魔法使い」のようなファンタジー作家であり、神話作家の羽橋椛として10年書いていた。死神の喪こと神話作家の羽橋椛は、エメラルド色のお湯に色白の裸体を滑り込ませその柔肌をほてらせながら、白く立ち込める湯気の蒸気の中簡素な浴室で、最近辞職する気でサボってもう数週間病休長期休職をしている会社のことが頭をよぎり、不快に顔を歪めた。そしてあえて問題の本質であるKYについて考えた。
KY、それは仕事中に空気の読めないお経野郎が、度の過ぎるソウルセックス、あるいは、お経攻めを死神スキャンの喪にかけて病ませたことに起因する。犯人は他部署のスキャン入稿のプリンスたる白竜様であり、喪はその壮大な魂のスケールに怯え、そして逃げた。ある日突然喪の心に白竜様は突入してきた。突如として始まった、山海経四十八手を用いた怒涛のソウルセックスで死神の喪は病んだ。カイメイジュウでクリトリスがむき出しになり、キュウビコで孕んだ。それは仕事中の日中もそのソウルセックスはエンドレスで喪を絶頂させ、それは休憩室に涙目で籠るレベルであり、目で白竜様を盗み見ると「愛してる!」と言葉が飛んできた。なんだあのKY野郎。そのちょっと喪が白竜様を見た瞬間に飛んでくる、愛してる!の単語があまりにもストレートで純粋に響いたものだからさすがの喪ですら危うくなり、ついつい夜の夢見る時間の秘め事で、白竜様をリアルに妄想しながら、激しくゆき果てた。その結果。事態は悪化し3日3晩続く原因不明のエクスタシーが来た。喪は怖くなった。怯えた。でもそのKY無自覚困ったちゃんは他部署だった。話しかけられる距離感にない。焦って業務連絡を持っていったり、昼休みにさり気なく情報を渡そうと会議を試みたりしたが、最終的には喪は、睡眠不足で病んで会社に出社できなくなり謎ののエクスタシーで、病休している。白竜様こと龍二郎先輩のせいで、死神の喪は、勤務時間中にエンドレスエクスタシーを感じるくらいにソウルセックスでイカされていたのであり、喪の原因不明のソウルセックス症状付きの不眠症もまた、龍二郎先輩というKY無自覚困ったちゃんのせいであったと。

喪はぼんやりと緑色の湯に肩まで浸かりながら、悟りを開いたような達観した表情でエメラルドグリーンの水面の湯の光をその濡れた肌に映しながら、心の中でこういった、ザ、パーフェクトディフォーザ、フィリング、ダイ。






「オンマカキアロニキアソワカ 十四の存在よ出でよ! オンマカキアロニキアソワカ オン まことのみことのりにてとじる」
心の世界で、最短シンプルイズザベストで会議を行うミーティングスタイルを、日本では伝統的に神の審議という。要するに神1人決めて議長にして、十二支をねずみからイノシシまで十二人の輪にして配置して、中心にのけものの猫を置いて会議を聞かせる形式の会議だ。ちなみに神の審議は時間のない時にきりっとやらないと逆に長引く、ねずみから始めるが、一応1人30秒以内で話せみたいに神役の議長が時間設定しておかないと、たぶん最後のいけにえの豚たるイノシシまでたどり着けないかあるいは、最悪一時間以上かかり、心の会議なのにおそらく全員疲弊し、猫死亡確定。なので優秀な議長役の神なら、話しが長引く、あるいは不要なことを口にした干支の動物には厳しくきつくパニッシュと言って話を止めて次に行かなくてはならない。龍二郎が初めて会社の神の審議に出た時龍二郎は白竜様で龍として参加した。その時の神の審議は、会社の主任補佐である、キングアラゴルンという異名を持つ、若手ベテラン編集者の上司が開いたが、その時の上司アラゴルンの神の手腕は、まことの神だった。龍二郎が白竜様として、「次、龍!」と言われた時に「ええと、あの、その……」と口ごもると、一撃でパニッシュされた。
その神の審議で一番活躍していたのは、フリーライターの若手のエースで、噂では学生時代にハーバードに留学した秀才肌の理系男だった。ニックネームは菅原道真公にちなんで、道真君という。道真君の干支の位置は鳥であり、ほうおう様と呼ばれていた。ほうおう様の神の審議の発言は完璧で白竜でも嫉妬した。白竜たる龍二郎がじとっとほうおう様たる道真君を見つめると、眉目秀麗な道真君は涼やかな眼差しで、龍二郎にニッコリとするので、男の龍二郎ですらほうおう様の神の微笑みには思わず顔を赤らめてしまうのである。ほうおう様の神の審議の発言は、簡潔かつ、イマジネーション説明付で三十秒で全て完全伝達しきった。神の審議が終わった後、龍二郎は思わず、ほうおう様に話しかけた「み、道真君!」道真君はきょとんとした表情で「あ、白竜先輩おつかれさまです!」と礼儀正しく受け答えた。しかしその瞳は暗澹として、何か龍二郎の素行を懐疑しているかのような、ゾッとする不穏さなのである。彼の目は笑っていなかった。
「あ、いや、ほうおう様の発言、素晴らしかったな、なんてね。はは、はは、は……」龍二郎がしどろもどろに言うと
「白竜先輩ドンマイっす。普通にキングアラゴルン黒いんで、いつもみんなあんな感じで、裁かれてパニッシュされてるんで、気にしちゃだめですよ。テイクイットイージーです。新参洗練です」

白竜は、ほうおう様のその微笑みとブラック発言に凍りついた。そして、ありがとうというと、白竜はしょんぼりとほうおう様にさよならを告げると、お経をいくつか読んで心頭滅却するために、イマジネーションの世界で、お気に入りの山中の滝壺に飛んだ。気持ちの切り替えにはコツがあるのである。早技3秒で。「まことの詔にて、私1人の身ひとつで、栃木の山中の滝壺の水しぶきの中へ、修行の白い衣姿で3秒で飛ぶ。オンアビラウンケンソワカオン!」と、心で、唱えると、不思議と、自分ひとりの孤独の中で、自らの心と向き合うことができる、そんな、栃木の滝壺は、龍二郎なりの心の修行地なのであった。
このときの白竜は知る由もなかった。龍二郎はなんと世界ナンバーワングループキアロキニアのアシュニョイと、夢の抹茶黒蜜極上あんみつ姫デートを実現して、人生の幸福を全て使いきる、最高にハッピーな直撃インタビュー取材の仕事を講談社から一任されて、那由多昇天することになる。白竜が知っているキアロキニアの曲はディーヴァのアリアとキアロキニアと那由多の桜だ。アシュニョイは護国寺のお経からリーブスアイズエレジーのお経翻訳の「キアロキニア」を作り、歌を完成させた。またアシュニョイが、観音経から、千本桜のお経訳を作り、彼女が、YouTubeでソロで爆発的ヒットを飛ばした。キアロキニアの最新曲は南無三十六童子のお経をチルアウトの「ブラックナイト」の曲に載せて歌う、「深き夜に」だ。白竜はCDを買いに行くのが楽しみだった。












  護摩炊きに行ってからというもの、龍二郎は少し塞ぎ込み、TVドラマにやたらと耽るようになった。
「今日も『ひび割れた勾玉』の真理の龍ちゃんを録画で見よう……」龍二郎はドラマのユタの少女がかわいくて仕方ないのである。

『丙午の私だが真理の龍だ。』
 海の雫を滴らせた色白の裸体の子どもが、透き通った眼差しでこちらを見ている。星のような不思議な眼である。
『私の真の干支は龍なのだよ。人々は生まれの干支とは別に心の干支がある』子どもの口元が微妙にアヒル口なのが萌える。子役はにぃっと微笑みながら続ける。
『猫ののけものの時代を越え、いけにえの鳥の時代を越え、そして今この時代に龍の試練に辿り着いた。ユタの誇りだ。』子どもの柔らかな髪に水玉が乗っかり、つつつと雫がまた耳元の後れ毛から落ち、髪をしっとりと濡らした。色素の薄い可愛らしい亜麻色の髪である。潮の香が彼女から匂い立つ。
『龍の試練は長く、那由多の刻を越え行く』
潮の音と共に彼女は凛と言い放った。
『今の私は龍なるぞ。』
大画面に大写しになった小柄な子役の瞳は、やはり昴の星のように不思議な蒼星であった。龍二郎は食い入るようにTV画面に見入る。唇が幼いあどけなさでまた少しまくれている。
「真理の龍ちゃんかわいいいいいぃぃぃ……」
白竜は完全に現実から逃飛行中である。
「まじ萌える。巫女ユタ萌え萌え!」
この子役はガチのホーリーガールらしく、新聞や雑誌の記事などを調べてみると、出雲大社の巫女の家の出だという。メディアでの愛称はハイパーミコミコミーであり、本名は出ていない。スポーツ新聞の号外でこの前、ハイパーミコミコミーの実家として、出雲大社の本殿が載っており、龍二郎は度肝を抜かれて、呆気にとられた。その意外性の虜になり、現在目下大はまり中である。ちなみ「ひび割れた勾玉」のドラマのエンディングテーマの「ニャンニャンゴー」は大ヒット中で、YouTubeの再生回数は1億を超えるという、ハイパーミコミコソングという謳い文句で「スーパーミコミコミー、ハイパーミコミコミー♪」というテーマ曲は、今や街角でもどこでも聞かれるくらいだ。動画のプロモーションビデオでは、神社の赤い鳥居の前で、ハートの猫のコスチュームのミコミコミーが、猫の大群に取り囲まれて、ソロで歌って踊っていた。

『ニャンニャンゴー、ニャンニャンゴー、ニャンニャンゴー、ニャンニャンゴー
ニャンニャンゴー、ニャンニャンゴー!』

ハイパーミコミコミー(十才)が巫女の運命を拒絶して芸能界入りした、パンクロックなお巫女様であるところも龍二郎は好きだった。萌えである。

『サタン様が責任取るぞ。みんな無罪で戦いだー
ニャンニャンゴー、ニャンニャンゴー、ニャンニャンゴー、ニャンニャンゴー』

つぶらな瞳が潤んだように細められ、明るくポップでキュートな歌声で、ミコミコミーは激しく踊る。肉球を付けた猫の手を三角形にカクカク回転させながら、エイエイオーのこぶしをトライアングルに回転させてミコミコミーは歌う。ニャンニャンゴーを歌いながら彼女は人類を盛り上げる。おなかの二層の赤いハートマークがこの上なく可愛らしく、猫耳のヘアゴムにも同じダブルハートが結ばれている。ハイパーミコミコミーの涼しげな眼差しに猫ひげメイクのギャップがユーモラスで堪らない。

『憎み切って((憎み切って)恨みきって(恨みきって)やり返せ(やり返せ)
ルール無用の戦いだ!』

ニャンニャンゴーとエイエイオーのトライアングルの振り付けが、ファイターモードの転調で、より一層激しく白熱して、手も曲も耳奥でぐるぐる回る。曲の内容はハイパーミコミコミーらしく、ちょっと乱暴で残酷なのに、限りなくチャーミングでポップなのが可愛い。

『ニャンニャンゴー(ニャンニャンゴー)
ねこねこ戦隊ゴー!(ニャーン)』

やはりアヒル口がチャームポイントのミコミコミーは、桃色の唇をすぼめると顔面アップで艶のあるウインクをした。龍二郎の目にも綺羅星が散る。うーんノックダウンだね。眼鏡お兄さん降参です!。

『ニャンニャンゴー‼』

ダブルハートの中心がドッキンと脈を打って、明るく元気なメロディーは聞いているだけで元気がもらえるような気がした。

その夜白竜は長い夢を見た。
 ポーンという音が海の奥底から聞こえてくる。口から白い泡が漏れる。
『俺は、どこだ。ここは何だろうか……』
 白竜の眼には漆黒の闇しか見えない。
「暗くて……暗くて何も見えねぇ……。」
黒くて、冷たくて、孤独で、死そのもののような水底で、白竜は凍えるような不安と、骨だけの裸にされたような心細さを感じていた。
『ん……』
 何かがほの見えたような気がして、よくよく目を凝らす。
『……ん? 光……?』
 白竜の瞳に清らかな光球が鮮やかに映った。希望のように。
『光? それとも魂?』
 口から吐く泡が次第に細くなっていく。苦しい。苦しいよ。息が詰まる……。

『誰そ?』

それがフリーダム・ドラゴン真理の龍との出会いだった。とても口では言い表せない理想の女の人が水底で光っていた。
 大きな瞳と桃の花の唇は死の世界に花が咲いたように甘やかで、人魚のようなすんなりと長い黒髪はどこまでも細くのびやかだった。白い肌にはエメラルドの薄絹のような鱗が無数に生えていた。人ならざる美しさに龍二郎は息を飲み、絶句した。水の中に緑柱石の輝きが煌めいて見えて龍二郎は恍惚としてしまった。水の大きな泡が海底から立ち昇り、彼女は一際強く光り始めた。その黒く力強い目は白竜の魂を射抜いた。彼女は白竜を見ると、
『男か。ならばまぐわろう。』と言った。
「えっ、えっ?」
彼女は世にも美しいエメラルドグリーンの龍に姿を変え、僕の身体を甘美に貫いた!
『真理の龍の我が娶ろう白竜よ!
まことのみことのりにて、我がソウルペニスを真理の龍とする。オンアビラウンケンソワカオン。白竜のソウルヴァギナを我が真理の龍にて貫け! オンアボキヤベイロシヤナウマカボダラマニハンドマジンバラハラバリタヤウンオン。みことのりみことのり、まことのみことのりにてとじる』
「ああっ……」
 エメラルドグリーンの真理の龍は、静かに緑の燐光を放った。口には草薙剣。手に八坂の勾玉と八咫鏡の青銅の鏡を持ち、鋭い白牙を那由多生やした口を大きく開いた。その黄金の角に白竜の目は眩んだ。真理の龍の眼差しから、白竜に新たな魂の息吹きが吹き込まれた。その優美な尾の、薄い銀糸に、龍二郎は触れてみたいと強く憧れた。
『我が真理の龍よ、白竜のソウルヴァギナの中で那由多せん動せよオンアボキヤベイロシヤナウマカボダラ、マニハンドマジンバラハラバリタヤウン、オン』
「ああああああああぁぁぁぁ……!ナユタあぁぁぁぁ……‼」
龍二郎は絶頂し、激しく喘いだ。初体験だった。
『みことのりみことのり、法界定印を結ぶ。オンアビラウンケンソワカオン。白竜のソウルヴァギナに以下の山海経の経文を書く。陸吾神圖(りくごしんず)、九尾狐、西王母、九(く)鳳(ぼう)、夸(こ)父(ふ)、天狗、窮(きゅう)奇(き)、義和、燭(しょく)陰(いん)、饕餮(とうてつ)、禺(ぐう)彊(きょう)、句芒(くぼう)、祝融(しゅくゆう)、蓐(じょく)収(しゅう)、女媧、讙(かん)、孟(もう)極(きょく)、応竜。オンアビラウンケンソワカオン。みことのりみことのり、まことのみことのりにてとじる。法界定印を解く。オンアビラウンケンソワカオン。みことのりみことのり、まことのみことのりにてとじる。』
「アン……アン……」
白竜の目から胸のときめきが弾き出そうになった。吐息は熱く、全て海の泡になって弾けて消えた。

チチ、チチ……朝の光が龍二郎の目を覚ました。
「ふっ……夢か……」
あまりにも美しすぎる夢で、思わず龍二郎の目には涙が浮かび、目が覚めると泣いていた。
「あのう、すみません。」
「へ?」目がぱっちりと覚めた。目の前に人がいた。女の子だ。龍じゃない。もっと可愛い感じの子。あれ? この人は。
「中谷龍二郎様、おはようございます。」
彼女は綺麗に一礼して名乗った。ご愁傷様ですと手を丁寧に合わせながら、
「おはようございます。死神のもでございます。中谷龍二郎様、本日命日でございます。」
背筋が凍った。職場の死神スキャンっ係のもが、懇切丁寧に命日コールをしに来てくれたのだ。
「はい?」
「死神のもでございます。ですから、中谷龍二郎様は本日命日ですので、モーニングコールに参りました。死神のもでございます。」
そして僕は奴の本当の職業がガチの死神であることを知った。
「失礼いたします。」と言ってもは遠慮なく、死神の真理の鎌を振り下ろした。その死に際の悟らせ方には、情け容赦ないプロ根性を感じた。
 初めに2.3回軽く構えて降った後で「一刀両断、真っ二つ」と言い放って、龍二郎をデミアン・ハーストの牛のように叩きっ切った後で、「死神乱舞」と言って部屋中を縦横無尽に飛び回りながら、部屋を血に染めた。仕上げに腸や手足を、血みどろになった天井からぶつぶつと吊り下げて、死神アートを展開する出血サービスまで行った。ボランティアサービス、衆生救済、死神業務。
「すみませんでした! 許して下さい!」
「すみません、中谷龍二郎様、本日命日でございまして、罪状はKY無自覚困ったちゃんにてございます。」
「はぁ⁈」
「いえ、申し上げにくいのですが、完全入魂型原画入稿と言いますか、完全に入魂されておりましたので、あなたの魂のスキャンは無事終了しましたので、魂の返却に参りました。」
「?」
「大変失礼ながら申し上げます。勤務時間中のソウルセックスで私だけでなく全世界の女性が山海経病みしていまいましたので、誠に失礼ながら、全世界死神会議で可決されましたので、こうして死神コールに参りました。死神のもでございます。本日命日でございます。」
「ヒエー。」
「そしてこういっては難なのですが、死に方についてです。やはり全世界お経病みの真犯人ですので、全世界の仏法僧によるお経呪殺とさせて頂きました。ご了承下さい。」
「ご了承できるか‼」
「つきましては全世界の仏法僧を上回るお経にゃん力がないと命日の回避はできませんので、申し訳ありませんが、死亡率百二十パーセントかと思われます。それでは失礼いたします。」
「待って! 失礼しないでぇぇぇ!」
もは、ふとためらうように小首をかしげた。
「仕方ないですね。一つだけ『ひんと』を差し上げますよ?」
挨拶って分かりますか? ともは変なことを唐突に言う。
「ありがとうに、ありがとうを、おはように、おはようを返す、あの挨拶?」
「その挨拶でございます。中谷龍二郎様。」
「挨拶が『ひんと』?」
「そうです。少しだけ補足説明をすると、お坊さんに寄せられる民衆の思いは、全部お経が欲しいよという挨拶だと考えて下さい。その挨拶にはお経で返すんです。モテ坊主に多い病み方の典型がお経ラブレター責めによるラブレター圧殺です。」
「はあ?」
「モテまくりエロ坊主状態無自覚の龍二郎様は、残念ながらラブレター圧殺確定で、このままではお経ほしい妄念に呪殺確定なので、このラブレター責めの解決策はたったひとつ。お経ボールです。」
「お経ボール?」
「中国の気功技の基本です。」
「ドラゴンボールのカメハメ派みたいな?」
「はい。」
「どうやるんですか、もさん。僕はまだ生きていたいんです!」
もはびっくりしたように目をぱちくりさせた。
「え! あんなに死にやみさせたくせに生きていたいんですか? 龍二郎様、正直どウツとしか思えません!」
「何ですかその、死にやみとは。」
もはちょっと赤くなって俯いた。
「ソウルセックス。」
龍二郎は嫌な予感がした。
「死神の私に欲情しすぎるんですよ。龍二郎様のエッチ。」
龍二郎の世界観は崩壊した。
「つまり、死神を病ませる程ソウルセックスをする男は例外なく、死に、死にた……」
「そうですね。メタファーとしてでなくとも、普通に死にた過ぎますよね。あなたは世界一死を愛しすぎた、無自覚KY困ったちゃんだと思いますよ。」
ガアァァァァン! そのセリフだけで死ぬ。もはさらに追い打ちをかけた。
「流石に死神を病ませる程にソウルヴァギナを濡らして気持ちよくしすぎてどうするつもりだったんですか? 龍二郎様のエッチ!」
「死、死ぬ。助けて、心が、心が死ぬうううううぅぅ……」
「とりあえずお経ボールですね。わかりました、レクチャーします。テイクイットイージーですよ。」

「お経ボールのやり方」

1. とりあえず

「南無妙法蓮華経」
「色即是空空即是色」
「念波観音力」
「澍甘露法雨」
「那由多」

の中からどれかひとつをチョイスする。

2.「まことのみことのりにてアットリアル、オン!」で始めて、カメハメ波の要領でお経を念じつつ気を溜め言語拡張していく。お経を十回くらい心の中で唱えながら、手を丸めて気功のポーズで、ボールのように気を貯めていくイメージ。

3、限界まで気が溜まったら「フォーワールド!」と念じて「オンアビラウンケンソワカオン。まことのみことのりにてとじる」と念じる。

以上お経ボールの方法です。


「思ったより簡単なんですね。」
「はい、大丈夫。何の問題もありません。かまわない、やるといい。」
「ありがとう。」
「ワンポイントアドバイスですが、慣れるとオリジナルお経でできるようになるのと、別に気の形は球だけでなく、槍でも、輪でも、複数でもいいし、極端な話、言語はドイツ語のアッフェルシュトゥルーデル、カバラのりんごうずまきの実でもいいんですよね。アウフウィーダーゼン!」
「アウフヴィーダーゼン」龍二郎は気圧された。
「それでは龍二郎様、懺悔しますか?」
「させて下さい。」
「懺悔せよ。懺悔2年。白竜の試練。試練内容、お経ボールで全世界救済できるかな? です。」
「ありがとうございます。」
「あなたは善人生きていて。生きていていいよ。」もは龍二郎の目をじっと見つめると、おさげにぶらさげたジンジャークッキーを一つ唇に咥えて、龍二郎に口寄せした。
「‼」
「ジンジャーマン口移しの儀。おはらいです。召し上がれ。」
もはにっこりした。
「ごちそうさま」
サクサクスパイシーで美味しかった。宝玉輪がしゃんしゃんと鳴って生き返った。もの唇の感触が白竜の目をとろけさせる。可愛い。
「ありがとう!」
白竜はもに抱きついた。
「わぁ、抱きつくな変態!」
もは叫ぶと一瞬のうちに真理の鎌を持つ死神と化し、大きく真理の鎌を振った。
「まったくもう。やっぱり龍二郎様はKY無自覚困ったちゃんですね。」
もはなにか嬉しそうに言った。怖いよ。
ジンジャーマンはもう一枚必要になった。そうして龍二郎は元気に全世界の仏法僧をお経ボールでなぎ倒し、命日を生き延びて、最強の邪龍となったのである。


白竜はお経ボールを極めるために、栃木県の山中に一人で滝行に行った。

「南無妙法蓮華経 はぁ
南無妙法蓮華経 はぁ。」


俺は修行を積んでフリーダム・ドラゴンになるんだ。
ザザザザという清流の滝の流れは凍るように冷たく、骨まで心頭滅却してくれる。ザザザザと水流が岩に染み入り、たたいて浸食する。
そこで白竜は生まれて初めて瞑想という心の戦いの世界を知った。
「あっ、もだ。」
目を閉じたその眼差しの奥に彼女の戦う姿を見たときに、彼の世界は変容し、形を変えて動き始めた。
滝壺に白衣の白竜が手を合わせて滝行に励む。
「も……」
そして開眼した白竜は滝を昇りつめて、色即是空空即是色の空に飛びだす。
その鱗は白銀だった。

白竜は栃木県の山中で滝行をしつつ、ものことを考えていた。すると閉じた目の奥に何かと必死に戦うもの印象が強く浮かんだ。
「も……」
滝行の最中、冷たい飛沫を浴び、心頭滅却しながら、白竜はただひたすらに、その脳内のもの印象に全神経を集中していた。
 白竜の凍てついたその閉じた瞳の奥に白昼夢のように、その戦いはめくるめく展開されていったのである。激しく。







第二章 コウリュウの目


栃木県山中の滝行にて、白竜の白昼夢の中、白竜はもが必死で戦う姿を脳裏にずっと見ていた。白竜の内なる目が開いた記念日だった。しかし、それは壮絶な戦いであった。

「黒巫女! 覚悟せよ。まことのみことのりにて、真理の鎌よ出でよ! みことのり、みことのり、誠の詔にてとじる。」
もは、地殻を真理の鎌で打ち割った。
「まことのみことのりにて、真理の鎌よ大地を割れ! オンアビラウンケンソワカオン!」
大地が裂けて、黒巫女はマグマの赤い火鍋へと落下していった。
「ふん、青ガキが。」
ブラックホーリーガールはその純黒の杖を一振りすると、岩石を次々と振るい落して、溶岩を埋めていった。岩が溶ける前に踏み台にすると、黒巫女は難なくマグマから脱出してしまった。
「こしゃくな黒巫女め!」
もは真理の鎌を正中線で構えると、武器に祝福をかける。
「真理の鎌に溶岩の祝福を。真理の鎌にマグマの祝福を、真理の鎌に地獄の祝福を! オンアビラウンケンソワカ」
鎌が溶岩のように発光し始めて一気に熱くなった。
「オン!」
もの鋭いかけ声と共に新たな死神のマグマの鎌が火を噴き出しつつ現れた。
溶け出す溶岩の前で黒巫女は発光しながら青白い鬼の形相をする。
もはその手にマグマの鎌を握り構えると、黒巫女に向かい溶岩を落としつつ切りかかった。
「真理の鎌よ黒巫女を切り裂け! オンアビラウンケンソワカオン  みことのりみことのり、まことのみことのりにてとじる」
逃れた黒巫女の背後の大地がまた割れ、マグマがドロドロと鎌から滴り落ちた。
「黒巫女! 逃げるな!」
「ふん。」黒巫女は岩に昇ると杖を構えた。
「まことのみことのりにて、溶岩よ凍てつけ!氷結樹晶! みことのり、みことのり、誠の詔にてとじる。」
「くそっ! なんて奴、卑怯者!」
もは悔し気に言い放つと、死神の鎌にとげぬき地蔵の清めの塩を振りかけつつ唱えた。
「誠の詔にて、地蔵の塩よ我が真理の鎌に死の清めを与えよ。オンカカカビサンマエイソワカ オン! みことのり、みことのり。誠の詔にてとじる。」
即座にもは泡立つ溶岩に今一度マグマの鎌を振り下ろす。
「究極開眼!」黒巫女は第三の龍人の瞳を開眼した。
「まことのみことのりにて、我が清らなる額の巫女の目よ開け。龍人覚醒! まことのみことのりにてとじる。」
もは一気亜勢にマグマを噴出させつつ、三十度の角度で黒巫女にマグマの鎌を振り下ろす。
「誠の詔にて真理の鎌よ黒巫女を裁け。那由多の火炎よ焼き尽くせ。オンアビラウンケンソワカ那由多オン!みことのり、みことのり、誠の詔にてとじる。」
「ちくしょう!」
黒巫女は焼け死ぬ前に幽体離脱した。
「我が傀儡よ身代わりとなれ。人形よ滅びよ。オンアビラウンケンソワカオン みことのり、みことのり、誠の詔にてとじる。」
黒巫女のいたところには焼け焦げた藁人形が一体黒の消し炭として残った。
「あ、やられた。」もは茫然として、逃がしてしまった敵を思った。マグマの鎌はまだ轟轟と燃えている。
「ブラックホーリーガール、ハドベターダーイ!」もは号泣した。



もは黒巫女の痕跡を追って、氷の国にやってきて、黒巫女を追い詰めた。
「全人類のザイラスとズルカスを右耳から左耳に一秒で引き抜く。オンマカキアロキニアソワカオン」
「この『も』めが!」
もは出てきたザイラスとズルカスを確認して、ズルカスに隠されたアイテムを取り出した。
「この『も』をひっくり返してズルカスにする。オンアビラウンケンソワカオン。」
もは素早く行動に移す。
「このアイテムを口に入れる。オンアビラウンケンソワカオン」
もはアイスフローズンという氷結魔法を手に入れた。
「アイスフローズンを頂戴いたします。氷のすべてのお命頂戴いたします。かき氷を愛してる。 ごちそうさまでした。」
 メロンかき氷が出てきたので、もはフローフシマイナス二度リップの氷の女神の唇になった。
「なんて惨い。」
もは黒巫女が殺した人々の死体を見て眉をひそめた。
「アイスフローズンよ。殺されし人々の魂を癒したまえ。オンアーメンオン。誠の詔にてとじる。」
アイスフローズンが雪の結晶の枝葉を伸ばし、燦然と煌めきながら、グラスのように粉々に砕けた。
「なにを!」
黒巫女は一瞬怯んだ。一五の死体の頭部から白い頭蓋骨が浮かび上がり、頭骨が人体を突き破って、きれいに人骨が血を大量に滴らせながら、黒巫女の頭上に舞い上がった。
「こしゃくな! しゃらくさいね。」
黒巫女は人骨の群れを黒い杖で打ち砕いた。杖のただ一振りで一五の人骨の頭部を粉砕した。
「地獄の釜へと髑髏よ落ちろ! オンエンマヤソワカ オン!」
黒巫女は壮絶な笑みを浮かべてフンと鼻で笑った。
「甘い! 黒巫女!」
もは髑髏の無くなった一五の首なし人骨に対して、キアロキニアのメロディーを歌って癒すように励ました。
「オンマカキアロキニア オンマキアロキニア オンマカキアロキニア オンマカキアロニキアソワカ
オンハンドメイシンダマニジンバラウン 回転舞踊 トンタンツェ 黒巫女に死の舞踏をマカーブルオン! みことのり、みことのり、誠の詔にてとじる」人骨たちが大きな口を開けて、
「オオオオオオオオオオオオオオ……」
と口から吹雪を吐きながら自らを凍結させつつ、黒巫女に綿あめの糸のように氷を巻き付けながら一五人で輪を描いて回り始めた。
「トンタンツェ、トンタンツェ、トンタンツェ、トンタンツェ。」
「イヤアアアアアアアア、やめてええええええぇぇぇ!」
黒巫女はなす術もなく断末魔の叫びを上げながら、瞬く間に氷漬けになった。

 氷漬けになったブラックホーリーガールには霜が降り、空気中はダイヤモンドダストで白く輝き、もの吐く息は白くなった。彫刻のように一五の人骨の首なし死体に取り巻かれて、黒巫女は完全に氷結して大樹となっていた。
「とどめ!」
 もはアイスピックのような毒針を取り出した。
「毒の剣よ黒巫女を封じよ。誠の詔にて、永久の眠り! オンアビラウンケンソワカオン!
みことのり、みことのり、誠の詔にてとじる。」
もの一突きで黒巫女の心の臓は貫かれて、氷の彫刻は赤黒く染まって汚れた。しかしその貫かれた剣は美しく、全てを終わらせた月光の下、黒巫女は永久に美しく眠るかのようだった。


「も! 黒巫女の地獄の釜の底で何かが光ってるよ!」
白竜がおっかなびっくり指摘すると、もは白竜に気づいて、返り血をぬぐうと、石のような青白い結晶を拾い上げに行った。
「白竜ありがとう。何て綺麗な。」
そのハート型の歪な結晶は、月明かりい透き通って、まるで月光の心を見るかのような、アクアマリンに似た宝石と化していた。
「さっきの一五人の魂の結晶かな。」
「そうかもしれない。大切なものだね、きっと。」
 黒巫女との戦いの最中、一五のしゃれこうべがこの釜に落下したのをもは思い出した。
「この宝石で意図の指輪を編もう。」
「意図の指輪って?」
白竜が尋ねる。
「十二の意図の指輪は初めてなんだね? じゃあ見ててね。」
もは手のひらに月光の心の宝石を載せると、呪文を唱えながら、その結晶を月光に翳して、月の光を吸収させて、煌めかせた。それはとても美しく光って見えた。
「誠の詔にて月光の心の結晶を使って十二の意図の指輪を錬成せよ。オンアビラウンケンソワカオン。フォーマイフィンガー、オンアビラウンケンソワカオン」青い大粒の夢見る瞳のような宝石球のリングが出来上がった。
「これは白竜にお守りにあげるね。はい。」
もは白竜の口に指輪を投げ込んだ。「ふぁっ?」
「ヘンゼルとグレーテルの指輪を白竜の口に入れて強制的にごちそうさまと言わせる。オンアビラウンケンソワカオン。」
「ごちそうさま!」
白竜がごちそうさまと言うと、指輪のイメージが脳裏で青白い火を放ちきらきらとしていた。
もは白竜の瞳をじっと覗き込んだ。白竜はどぎまぎしている。
白竜をよそにもはおまじないをさらに唱えた。
「意図の指輪を脳内展開せよ、オンアビラウンケンソワカオン!」
『お菓子の十二支』と白竜の脳内に声が響いてびっくりした。続けて声が直接脳内に語り掛けてくる。

『ヘンゼルとグレーテルの魔女の指輪

子 小梅 ロッテ はじまりはお口の恋人
丑 アーモンドチョコ 明治 黒と白にて二面性
寅 スコーンバーベキュー 強い風味が吠える!
卯 チョコジャンボ モリナガ よく耳に聞くあの有名な
辰 コンソメパンチ カルビー 最強お菓子伝説ポテチ
巳 ソルティライチ キリン やみつきになるあの美味しさ
午 ピュレグミレモン カンロ すぐになくなっちゃう旨さ
未 ブルーベリーアサイー おやすみ前の瞳に優しく
申 C1000レモン タケダ かしこくなれる頭のお共に
酉 ミンティアアクアスパーク アサヒ 舞い上がる爽快感
戌 チョコミント 可愛らしく しっかり吠える
亥 ファイブミニ タケダ ダイエットしたい時に

「ごちそうさまでした!」

白竜がごちそうさまと言うと同じ声が


『おまけ 猫 バヤリースオレンジ 忘れられないあの味』

と声を流して、白竜の舌の上に大量のバヤリースオレンジが注がれ、生き返るような気持ちになった。
「舌がとても美味しい。も、ありがとう。」
「召し上がれ。」
「ごちそうさま。」
白竜は本当に嬉しそうにもに微笑みかけた。もはちょっとだけ赤くなった。
「ウフン、ウフンがいないよ。ママ、ママ……」
 子どもの声があどけなく響く。
「ウフンが食べられちゃった? こわい、こわいよ。」十才くらいの男の子がウフンに呼びかけながらうろうろしている。黒巫女の息子かもしれない。
「アンアンアンアン、ママがアイスクリームになっちゃった。ウフン、ウフンがアイスになっちゃった。アンアンアンアン。」
 子どもは泣きじゃくりながらその腕に抱えた猫に何か囁いていた。
「そうか、ミーチャ。そう思うのかい? うん、でも僕がやるしかないよ。ミーチャをそんな目にはあわせられない。でも、いいのかい? ミーチャ。からしまんじゅうはとてもとても辛く作ったよ。それに戻れないんだよミーチャ。それでもかい?」
猫のミーチャはニャーオと鳴いた。
「そうかミーチャはおりこうだね。じゃあからしまんじゅうをあげるよ。僕の手作りの試験薬がたっぷりとしみ込んでいるから上手くいくよ。ミーチャ。ではミーチャ頼むよ。ママのアイスクリームをうまく溶かしておくれ。」男の子はいたずらっぽく犬歯を光らせた。
「ちょっと君、名前何て言うの?」白竜は思わず声を掛けた。
「お兄さん誰? ウフン。」
「僕は龍二郎だよ。君は?」
男の子は目をぱちくりした。
「僕は松井ジキルだよ。ウフン。お兄さんは猫にからしまんじゅうをあげるのは、動物虐待だと思う? ウフン。」
「思うよ……」
「そうだよね、お兄さん!」
 松井ジキルは瞳をぱっと輝かせると、胸に抱きすくめたミーチャという猫を撫でた。
「駄目じゃないか、ミーチャ。やっぱりからしまんじゅうは僕が食べなきゃね。ミーチャ、いいこだね。」ジキル君は優しくにっこりとした。
「龍二郎お兄さんありがとう!」
「いや、どういたしまして。黒巫女の子なの?」
「ウフン? ウフンはお母さんじゃないけど、ママだよ、ウフン。」
 龍二郎はよく分からなかったが、ハイド君にどうやって尋ねていいか、よくわからなかった。
「黒巫女はお母さんではない?」
「うん、ウフンはゆうかい犯だよ。ウフン。僕はウフンにアメリカから攫われてきて、お勉強をさせられているんだ。えへ。」
「黒巫女、ウフンは先生なの?」
「うん? 先生? ウフンはママなの、ママ。」
ハイド君は首を傾げた。
「ママが風邪をひくからアイスをメルトしないと。なぁ、ミーチャ。」
猫のミーチャは「ナーオ」と鳴いて甘えた。
「じゃあね、お兄さん。」
「ああ、ハイド君じゃあね。」
なんだかしっくりこない気持ちで、龍二郎はハイド君に手を振って去った。
「ねぇ、さっきの子誰?」もが不安そうに尋ねる。黒巫女の母が心配なのだろう。
「ハイド君。黒巫女に誘拐されて利用されている、賢い男の子だ。かわいそうに、黒巫女に懐いていて助けようとしている。」なるべく龍二郎は穏やかに言った。
「どうやって。」
「さあ?」
「なにか嫌な予感がするわ。」もは目を細める。
「そう?」
 もと龍二郎が話していると、向こうから絶叫が聞こえてきた。
「ぎゃおおおおおおおぉ!」
「!」
「からいよー!うわああああぁぁぁぁ、からいよー! ぎゃああああぁぁぁぁ! ガオー!」
からしまんじゅうが辛くて、男の子が叫んでいるらしい。
「どうしようか。お菓子の指輪で助けてこようかな?」
龍二郎が苦笑してもを見ると、もは青ざめて向こう側を指さした。
「あれ見て、あの黒巫女の氷のところ。」
 龍二郎が振り向くと、なにか大きくて黒い塊が黒巫女の氷に向かって炎の光を噴出させていた。
「プルトニウム239、ウラン235、238、ヨウ素131、セシウム137、ストロンチウム90、ふうっ フォー黒巫女。着火。みことのり、みことのり、誠の詔にてとじる。」
「あれは⁈」
「ギャオオオオォォォ、からいよウフン。ママアアアァァァァァァァ……!」
「あれが松井ジキル君⁈」いや、ハイドか。
それはまるでゴジラだった。黒くグロテスクな口の裂けた龍が、黒々と氷を溶かすべく火炎放射していたのだ!
「ぎゃおおおおぉぉぉ、かまた君だよ。ウフン、かわいい?」
 かわいいとかそういう問題ではないが、黒巫女はすでに火力が強すぎて蒸発している。
「ウフン? ウフンがいないよ。こわいよー、うわあああああぁぁぁん、こわいよ! ぎゃおおおおおぉぉぉぉぉ!」
松井ハイド君は泣きじゃくりながら火炎をあたりかまわず噴きまくった。
「からいよー、こわいよー、うわああぁぁぁぁぁぁん。」
「これはもう手がつけられないのでは。」もが言う。
「止めなきゃ。」白竜が言う。
「これはまずいことになったわね。」もはうろたえる。
松井ハイド君だった黒龍は絶叫と共にみるみるうちに巨大化し、ついに近くのビルの丈を越えた。
「ウフンがいないよ、からいよー!」
ハイド君はがおぅと空に火炎を吐いて、飛ぶ鳥を落とした。
「がおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぅ!」
「と、止めてくる!」
かわいそうに思った白竜が、黒龍と化したハイド君の方に駆け寄った。
「危ない!」もが叫ぶ。
「ハイド君、落ち着こう、落ち着こうね。」
もうハイド君に理性はなく、龍二郎の声は届かない。
「ハイド君、目を覚ますんだ!」
 白竜は声を上げながらこぶしで黒龍の皮膚を殴りつけた。瞬間ジュっという嫌な音がして龍二郎の右手が焼けて、皮が剥がれてしまった。
「ぎえええええぇぇぇぇぇぇぇ!」
龍二郎は白目を剥いてのけぞって難を逃れた。
「ぎゃおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
黒龍化したハイド君は危なっかしく龍二郎の方へずんずんと足踏みして向かおうとしている。
「ウフン? ウフンなの⁈」
 もは間一髪みていられなくなって、真理の鎌を取り出して、黒龍ハイドを輪切りにしてかかった。
「真理の鎌にて黒龍を輪切りにする!」
しかし黒龍の分厚い皮膚が真理の鎌を折った。鎌が跳ね返って、折れた刃がもの顔を掠めて飛んできた。
「痛っ!」
 もの頬を赤い血液がつたい落下して赤く染めた。頬を痛めたミカヅキモ形の切り口は大きく、もは涙ぐんだ。
「も! 大丈夫か⁈」
「白竜危ない!そこ逃げて!」
「うわお!」
鳴き声を凄まじく上げながら黒龍は切られたところから火炎を噴き出して、辺りかまわず、全てを破壊しながら、痛いよ、痛いよと号泣した。
「死ぬ! 死ぬう!」
黒龍は傷口から火炎を振りまき、街は炎の海に変わった。
「もうあの子を見ていられないよ。僕は助けたい!」
白竜は覚悟を決めて意図の指輪を指にはめた。
「ヘンゼルとグレーテルの指輪よ、あのハイド君を救え! オンアビラウンケンソワカオン!」
『犬のチョコミントと馬のピュレグミレモン』頭に声が響く。自然と言葉が龍二郎の口をついて出た。
『誠の詔にてヘンゼルとグレーテルの指輪よ、グミとアイスの南無妙法蓮華経でハイド君の傷口をふさげ!オンアビラウンケンソワカオン!みことのり、みことのり、誠の詔にてとじる。』
「そうか、ばんそうこうにお経を使うのね、手伝うわ。」もは唱える。
「澍甘露法雨を那由多ハイド君の傷口に捧ぐ、お経バンドエイド オンアビラウンケンソワカオン」
チョコミントカラーのハートのピュレグミが黒龍ハイドの傷口に貼りついて、流血と火炎が止まった。その上からものお経バンドエイドが張り付けられて黒龍の血が止まり、傷口が治った。
「お経ってすげえ!」白竜は感嘆の声を上げた。
「ひんやりするよ? ウフン。」
ハイド黒龍の瞳の色が赤から黒に変わり、きょとんとした。
「でも、怒っているよ? にくい、にっくい、にっくい、にっくい!」
黒龍ハイドが口をかぱっと開けると、白熱プルトニウム爆破が始まった。熱波で白竜ともはやけどを一瞬にして負った。
「ぎゃっ。」龍二郎は悲鳴を上げた。
「ウフンのいない世界なんて、みんな焼けちゃえ!」
 ハイド君は煉獄火炎をまき散らしながら、勢いよく暴れ出した。
「ぎゃおおぎゃおおわおわお!」
もう絶体絶命の白竜ともは、手を組んでハイド君を足止めする決死の覚悟をした。
「いくよ、白竜!」
「おう!」
2人はお経と死神技の共同作業でデスロールをかけた。
「誠の詔にて真理の鎌に効果を与えよ、炸裂散華 オンマカキアロニキアソワカオン」
「真理の鎌よ大地に大穴を穿て! デスロール! オンアビラウンケンソワカオン みことのり、みことのり、誠の詔にてとじる。」
もは真理の鎌で大地に大穴を掘って、松井ハイドを穴に落とした。
「ぎゃおわお!」
黒龍ハイドは穴の中で大暴れした。白竜ははっと気づいた。あの子はからしまんじゅうが辛いから火を噴いているんだった。あんなに辛がって。かわいそうに……甘いもの!
「意図の指輪よ力を貸して! オンハンドメイシンダマニジンバラウン。」
指輪の声が答えた。
『猪のファイブミニと蛇のソルティライチと猫のバヤリースオレンジのミックスカクテル』
白竜の脳裏にうさぎのバーテンダーが現れて、僕にドリンクを八の字にシェイクして出した。
『バーテンダーの聞き耳うさぎでございます。こちらノンアルコールカクテルの「猫の涙」でございます。どうぞ。』
「あ、ありがとう。」
白竜の口から自然と経文が流れた。
『誠の詔にて、猫の涙よ、ハイド君の口に甘い美味しさを与え、辛さの炎を沈めたまえ。オンアビラウンケンソワカオン』
「あ、甘いよ。おいしいよ。ウフン、ウフン。」
松井ハイドの瞳が輝いた。
「ウフンのジュースだね? 美味しいよ。ママ、ありがとう。ごちそうさま! ウフン。」
黒龍ハイドは途端におとなしくなった。
「ありがとう白竜! お経の結界もお願い。炎が来る。」
「お、おう!」白竜は強くもの命とハイド君の命を守りたいと思った。
「究極開眼! 猫の笑み閉じと死の毒薬のお経で結界を守ります。炎を食い止めよ。。オンハンドメイシンダマニジンバラウン。オン!」
白竜は座禅を組んで法界定印を結んだ。
「誠の詔にて法界定印を結ぶ。オンアビラウンケンソワカオン。以下の経文で結界を守ります。オンアビラウンケンソワカオン。」白竜は目を閉じて経文を唱え始めた。

『猫の笑み閉じ

続連洞門刀 二時次平落 軽為重門波 笛死減草摘
口唇開黒閉 気狂変動天 慣口開大閉 爆裂晶地人
夢中眼開天 回中腹痛回 度目出当弁 以死目煮締』

『死の毒薬

仲中土没薬 絵中人人形 映形人類骨 習中治療人 
鳴響今日夢 院夢薬楽園 画上龍動天 戎目戎天地
警告水上人 親中人外為 精下胆落狂 無味料理!』

以上の経文で結界を守ります。オンアビラウンケンソワカオン。みことのりみことのり、誠の詔にてとじる。法界定印を解く。オンアビラウンケンソワカオン。みことのり、みことのり、誠の詔にてとじる。」

もが加勢した。
「陰陽師羽橋椛の名においてこの領域に結界を張る。オンアビラウンケンソワカオン」

もの描いた五芒星と白竜の二つのお経は、ぎりぎり間一髪でプルトニウム爆炎を食い止めて、二人と黒龍ハイドの命を守った。ハイド君はうるうるとした目でもを見た。
「君もウフンなの? ウフンできるんだね。ウフンだね。ウフン生きていたの? よかったよ。ぎゃーお!」嬉し泣きした黒龍ハイドのために街は黒龍様の火炎で延焼し尽くして滅んだ。



栃木県の滝行から帰ってきた白竜は、信じられないことに、キアロキニアの雑誌インタヴューで京都の宇治まで取材旅行に行くことになっていた。龍二郎は嬉しさで那由多昇天した。編集の仕事をやっていて良かったと心から思った。白竜は宇治の名店でクリーム白玉抹茶あんみつ姫をキアロキニアにごちそうするべく、そのお茶屋さんを二時間講談社の貸し切りにして取材に臨んだ。大国愛守屋という京都の老舗のお茶屋さんで、名物のクリーム白玉抹茶あんみつ姫は、大国さん最中や自家製白玉、かりんとう、抹茶ジェラート、アイス大福、ぜんざい、フルーツ、抹茶わらび餅、抹茶ゼリーなど、一五種類の甘味が入った特製あんみつで、木の温もりを感じる落ち着いた店内はまったりとした和風の空間であり、龍二郎一押しの宇治の隠れ家喫茶だった。取材にはキアロキニアのリーダーのアシュニョイが単独で来てくれた。彼女は沖縄のユタとベトナム人のハーフで、日本語が堪能であり、信じられない程に肌が白く滑らかで可愛い。絶世の美女との噂はまさに真であった。アシュニョイは一目で白竜を気に入ってくれ、心からの笑顔を見せた。白竜の心臓はその微笑みで炸裂散華した。
滝行帰りの仕事で雑誌のインタビューに行った龍二郎だったが、アシュニョイのうなじから香るペンハリガンのリリーオブザバレーの香りでぼんやりとなり、彼女の魅力にノックダウンしてメロメロに魅了されてしまった。
「初めまして、講談社の中谷龍二郎です。よろしくお願いします。」
「はじめましてアシュニョイです。よろしくお願いします。」
雑誌のインタヴューが始まる前に写真の撮影があり、龍二郎がカメラマンになってアシュニョイを様々なアングルから撮った。魅惑の赤い唇のアップに、那由多の桜の衣装で歌うポーズ、挑発するようなスタ―ポーズ。アシュニョイは撮影者の龍二郎に「マリーミープリーズ。」とカメラ越しに囁き、龍二郎はどきどきしながら青ライカのシャッターを押した。弱気な白竜の脳みそは完全に沸騰した。

「アシュニョイインタヴュー  聞き手 中谷龍二郎

Q、キアロキニアを始めて何年になりますか?
A、結成して二年になります。
Q、リーダーは三人の中の誰?
A、私が立ち上げたので私アシュニョイです。
Q,キアロキニアを日本デビューさせたのはなぜ?
A,沖縄出身で日本に愛着があったから。
Q,アシュニョイさんの特技は?
A,料理と車の運転。温泉が好き。
Q,アシュニョイさんにとってのキアロキニアの仲間とは?
A,、運命共同体で、第二、第三の阿修羅の腕よ。
Q,美しさの秘訣は?
A,温泉と岩盤浴とフィットネスね。努力は大切。」

一時間かけて、順調にアシュニョイへのインタヴューは続いていった。

二人はインタヴューで抹茶黒蜜あんみつ姫を食べたが、アシュニョイは黒蜜のついた龍二郎の唇を見つめると「美味しそう」と囁き、いたずらっぽくキスを奪った。龍二郎は慌てて「誰かが見てるといけませんから。」とすり寄るアシュニョイをなだめた。

 龍二郎はふと思い出して聞いてみた。「ところでキアロ
キニアのDVDにあったキアロキニアキャンディを作ってみたいんですが、作る時のアドバイスとかありませんか?」
アシュニョイはにっこりと微笑んだ。「ありますよ。それじゃあお料理の魔法を教えますね。」
 アシュニョイは不思議なことを語った。
「お料理をするときには、心の中で高坏八塚に食材を載せて、干支と食材とお経で、8つの意図をリングして組みます。」
「リング?」
「一つ一つ、リングと念じて、干支ごとに意図の輪を組んでいきます。」
「それはおまじないですか?」
「そうです。料理を心で食べたときに身体が蘇り蘇生するためのテクニックです。高坏八塚に載せた食材は蘇生料理になります。」
「なるほど。」
「キアロキニアキャンディは高橋氏文の赤貝という貝の宮廷料理の魔法を使っています。高橋氏文は貝に料理の物語を託して今の時代に宮廷料理を伝承させています。宮廷料理を作る時には、意図の輪を組んで、これにて意図を終えると言ってリング番号を決めてから、祈りを捧げます。『あああわれあわれ、これらは生きていないといけないものだった。南無妙法蓮華経 ナムオン』と念じて、次に十五の干支の輪を組み、料理に物語を与えます。1の干支から十五の干支までそれぞれの干支にストーリーを言って輪にしていきます。」
「難しいですね。」
「できあがったら、できた終わりといって、リング番号を言うのですが、最初に決めたリング番号より必ず大きなものを設定してください。上手くいくとこの方法で蘇生料理の宮廷料理ができますよ。」
「そうなんですか。難しそうですが今度やってみます。」白竜はアシュニョイの飴づくりのアドバイスをメモにとった。白竜は以前のメモを取り出した。「このレシピでキアロキニアキャンディは作れますか?」アシュニョイがメモを受け取り確認する。



子 白双糖700g 澍甘露法雨
丑 水あめ 105~210g 無垢清浄光
寅 甲府の葡萄酒、ドリアン、ライチ280g 念波観音力
卯 羽曳野の龍肉、水蜜桃味 観音妙智力
辰 宍道湖のしじみだし、赤貝の粉、蛤の身、爛熟メロン味 念波観音力
巳 えびみつ ハネージュメロン味 具足神通力
午 塩干玉と塩満玉 蚖蛇及蝮蝎
未 ベトナムコーヒー用練乳 廣大智慧観


十種神宝の干支、草摩家のネズミの十二支
高橋氏文の干支牛頭の十二支十牛図
クロスの干支 十二天将 陰陽師
いろは坂の干支 おすもうさんせきとり
護符の干支 88星座
絵の魂の干支 川化けの十二支
仏教の色の意図の干支 馬頭の十二支 競馬 名馬
干支の玉の干支 羊男 羊女 夢の中の存在 夢書き人
セフィロトの木の干支 孫悟空の十二支
がくがく鳥の干支 鳥女の十二支 がくがく鳥 旅先
エロスの数式の干支 骨の十二支 やくざの生き神の骨
山海経の干支 とうみつの十二支 いろは殺人
五十音人の干支 ニャンの十二支 読者証の猫たち
山化け川化けの干支 牛頭馬頭高橋氏文の十二支族、食の家柄の姓
埋蔵金の地図 ドーナッツの十二支 四魂の輪

「大丈夫です。このレシピで美味しい蘇生キャンディが作れます。」アシュニョイはとても喜んでくれた。


ところがこのお店のアルバイト同士の噂話が元で、アシュニョイと龍二郎はスキャンダルをスクープされてしまい、二人は連絡先を交換したものの、その愛には永久の亀裂が入ってしまう。しかも、アシュニョイはなんとキアロキニアを首になり、プロデューサーよって代わりの「ヤクリン」という中国系の娘がキアロキニアに入れられ、アシュニョイはベトナムに帰り白竜とは疎遠になる。また、沖縄の首里城が炎上し、アシュニョイの父が死に、彼女は精神を病み入院し、ユタの末裔の力で世を呪う真理の龍となる。



龍二郎はアシュニョイを追いかけてはるばるベトナムまでやってきた。クレタケインキンマーに宿をとり、日系ホテルでキアロキニアのニョイリンが今ベトナムに泊まっていることを知り、彼女がよく姿を現すという高級なバーラウンジの情報を手に入れる。モダンホテルの近くの散るスカイバーラウンジには、眼下にホーチミンの美しい夜景が広がる。そのオープン席にニョイリンはいた。ウフンと言うとニョイリンは赤いチェリーライトの席を立った。
「こんにちは。」
「あら、こんにちは。ジャパニーズ? キューモ。」どうやら酔っているようだ。ニョイリンはセクシーなウインクをしながら挨拶をした。龍二郎は思わず眼鏡を触って知性派を演出した。ニョイリンの乙女らしいドレスアップした姿を白竜は不慣れなベトナム語で褒める。
 ニョイリンはウイスキーベースの梅香るすっきりとしたカクテルを美しく飲んだ。円形の滑らかなバーカウンターには、ヒップなベトナムの若者がきらきらとした表情で集っている。夜空に浮かぶサクランボのような椅子に二人は腰掛、週末の夜の賑わいの中、談笑する。ニョイリンのカクテルグラスには南国の花が浮かんでいた。青い夜空にニョイリンのブラックドレス姿が煌めく。
本当は日中に取材に行った龍二郎だったが、かわいいくしゃみをしたニョイリンにくらっとして上着を脱いで着せかけたところ、上目遣いのニョイリンの一緒にお酒が飲みたいなキューモ、の誘惑に負けて、彼女のお気に入りのバーラウンジに行くことになったのである。龍二郎はベトナムに来れてよかったと思った。
「お兄さん、日本人、どんな人。ウフン。」ニョイリンがちょっと目を覗き込んで尋ねる。
「講談社の編集の中谷龍二郎です。」
「ああ、アシュニョイの良い人? ふーん。」ニョイリンは眉をちょっとひそめる。アシュニョイのかたきとニョイリンは密かに思った。
「まあいいや。あなた被害者。悪くない。あれ日本のメディア悪。」ニョイリンは黒っぽい微笑みでウインクした。そこからが大変だった。ニョイリンは品定めするように龍二郎をまじまじと見つめると、アプローチを始めた。近づいた彼女が、耳つぼの「み」に素早く息を吹きかけると龍二郎は弛緩した。
「お兄さん、虫が耳にいた。それとってあげた。」
「あ、ありがとう。」尾てい骨がしびれるように快感が走った。
ニョイリンは「キューモキー。かわいい?」と言いながらキアロキニアの曲を口ずさんだ。ニョイリンの胸元は盛り上がり、まるで乳首からセクシービームが出ているみたいだった。彼女はぽつんと
「別に付き合わなくてもいいから、イチゴイチエで寝てみない?」とベトナム語で言った。
白竜をその気にさせる目力で「アイラブユーフォエバー」と囁いて、また耳つぼの「み」に息を吹きかけて刺激した。ベットに誘いお姫様抱っこをせがむニョイリンは完全に酒乱だ。龍二郎の胸の奥がきゅんときしんだ。胸がどきどきする。白竜は「ごめん。」と言うと、手元のコップでタキシードに冷水を浴びた。冷たい水で頭が冷えた。心地よい。水が体中を駆け巡る。気持ち良い。酔いが醒めていく。
白竜は「アイラブユーフォエバー」とささやき涙を流す。彼の脳裏にはアシュニョイがいた。光の加減で水をかぶった龍二郎は男らしく煌めく。怒り出すニョイリンに背を向け立ち去る龍二郎はアシュニョイの涙を思った。アシュニョイの二の舞にならないように身を引いた白竜は大人になった。龍二郎の横顔は涙で濡れていた。



 
 数日後龍二郎はアシュニョイのことを尋ねるために、ニョイカンの事務所を訪れた。
 会話を失敗しないような気遣いによる気まずい沈黙の中、白竜は現地でヨーグルトパックを試してもらっ切りたてのヘアスタイルを少しなでつけるが、気まずいままニョイカンと白竜は十五分間過ごす。
 ワイルドな態度で五分間たばこをふかしたニョイカンが、ふと思い出したように窓を開け、一五分間燦燦とした日差しが二人の肌を焼き、無言の中にもちょっと気持ちが通じ合えた気がしてんなごむ。ニョイカンは相変わらずワイルドな態度である。会話の失敗がなくなり、ニョイカンの態度も軟化する。
 白竜は男らしくモンスターエナジーをニョイカンに勧め、二人で喧嘩状態をクールダウンして和解する。
 ベトナム語をしっかりと話すニョイカン。日本語が苦手で無口だったのだと分かり、安心する白竜。ニョイカンは化粧を直して来ると席を立ち、扉がぱたんと閉まる。
 白竜も「引き上げ時かな。」とベトナムの空を見上げて、ちょっと日焼けした肌を誇らしく思う。アシュニョイが入院していることや、全ての事情を白竜はニョイカンからベトナム語で全て聞かされる。

ベトナムの旅の最中に、龍二郎は三つのお経を自分で作ってみた。どれも気に入ってよく使っている。


『発光天使

慎楽器頑張 強微笑箱中 発恥絡納閉
名鉄棒番号 時重力九九 時時間過去
刻仕事辛抱 針肉側歯髪 命汗取引留
電失礼底空 灯感触意外


宇宙の魅力


話慎重執告 乗六段夏終 大話掛様子
家写真呼吸 食大丈夫裏 客拍子誤魔
数硬直平泳 冒振子索引 観覆魅力的
族模様当然 残図書館夜


真実(こども)の唱(うた)

炸裂散華 書朝曇長昼 国雨執美術
兵着一粒伝 返公民鍋家 激集中綴糸
怒郷展少年 建従妹弟担 治申込年代
費棒伝記主 疫抱締安心』




 講談社からキアロキニアスキャンダルの件で謹慎処分を食らっていた龍二郎だったが、ベトナムから日本に戻ると、前橋道真経由で、雨ごいコンテストの情報が龍二郎の耳に入った。
「商品は井氷鹿さんのふるまう蟹胡麻しゃぶらしいですよ。」
「雨ごいですか? それもお経で。」
何でも氷雪の門と言う料亭の女将さんの井氷鹿さんの提案で雨ごいコンテストが行われるらしく、米の不作に繋がる地球温暖化やエルニーニョ現象の回避のためのご祈祷が目的らしい。
「この前の護摩焚きの慈眼寺のお坊さんとか、法力強めの人々が参加するらしいです。」道真君が電話越しに龍二郎に話す。
「出てみませんか」
「僕が?」
「ほら、お経で修行しているって言っていたじゃないですか。」
「プロのお坊さんが一杯来るんでしょ、僕が出ていいのかな。」
道真君はちょっと間をおいて考える。
「いいんじゃないんですか。結果は兎も角、お経の勉強にはなるでしょ。」
「確かに……」
 龍二郎はしぶしぶ承諾した。

 お経と言うのは、人間の精神に大きな影響を与える。心の世界が現実に繋がっているというのが、お経による信仰である。護摩炊きの負の経文を太鼓の打ち込みと共に毒の龍の牙で喝と打ち込まれると、人は死に際の心理になる。諸欲害身者などの悪いお経を呪いたい土地に打ち込んでその地方に地震を引き起こそうとしたり、嵐のお経、雨のお経を使って台風の勢力を拡大させたりすることが、お経の力では可能になると信じられている。ただ、お経と言うのが影響するのは生きた人間の心理的世界だけであり、自然世界には影響しないのではないかという、科学的な考えの方を龍二郎は信じていたので、お経の力で雨ごいといっても、感覚が沸かないのである。龍二郎の信仰は、まだあまり、超自然的な超常現象には向いていなかった。お経と言うのは人の心の世界に影響していて、あくまでも人の心を救ったり、害を成す敵と精神世界で戦ったりするものなのかな、という感覚だった。でもお経は宗教だから、天候を変える超自然的能力があるという信仰があるのだ。ちょっと非現実的だけれども、もしかしたら、心の世界、人間の精神世界は森羅万象の自然世界にも通じているのかもしれない。夢のような話ではあるが、龍二郎はとりあえずお経の力を信じてみることにした。
お坊さんの世界では、愛が憎しみ、憎しみが愛という逆さの世界が存在している。阿弥陀如来型のお坊さんはお経で全人類を守ることで、お経の巨人を出現させてしまい、三種の神器の鍛えた牙で、巨人の中で人と戦うことを学ぶ。家をお経で守ろうとする大日如来型お坊さんは、お経が強すぎて家も世界もみなお経の火が焼き尽くしていき、お経を重ねるごとに自分の家を中心とした炎が太陽のように拡大していく悪夢を見る。お経により世界を守ろうとすると反転して世界を傷つけてしまう現象が仏教ではよく起こるのだ。逆に護摩焚きや法要などで、悪いお経を八十八星座の毒の龍の牙で、お寺を訪れる仏教徒に刻み傷つけ、与えることで、僧侶は民衆に死に際の悟りと精神世界への気づきを与えることができ、それをご利益と呼んだりする。
お経による学びは悟りというけれども、大抵精神世界でとんでもないことが起きるのがお経による試練なので、お坊さんは楽じゃない。僧侶の世界は心の精神世界で他者を攻撃し戦うことで学んでいくものなので、、修行を積んだお坊さんは精神世界で戦い続ける気の強さがある。そして、精神世界において絶大な破壊力を持っている。般若心経を原語で他者に打ち付ければ、電撃のような精神的苦痛が脳内世界を侵食して蝕んでいく。そのように、お経は戦うためのものでもあり、人間の心と関わっている。そしてお経による信仰では、人間の負の念は大気に影響を与えて、雨雲となる。お経により集められた人間の負の念は大気に呼び込まれ嵐となる。

龍二郎は雨ごいコンテストの参加者となった。主催の井氷鹿さんが指定する地域をそれぞれの参加者が受け持ち、コンテストの一か月間の該当地域の降水量で雨ごいコンテストの順位を争う。龍二郎は栃木県の山中の滝に拠点を構え、栃木県全域の降水量で順位を争うことになった。近県のコンテスト参加者では、群馬県担当が蛇の干支のお寺高崎観音慈眼寺のお坊さんで、東京都が、龍二郎の勤めていた講談社のすぐ近くの丙午のお寺護国寺の薬師如来系のお坊さんだった。絶大な法力を誇る精鋭たちが相手だ。龍二郎は栃木県に向かい、滝行とお経に明け暮れる修行と雨ごいの一か月を過ごすことになった。龍二郎はお経ボールで、発光天使、宇宙の魅力、真実の唱を繰り出し、もに教わったお経と死神技の合わせ技のデスロールをかけて、精神世界に大きな竜巻を巻き起こした。龍二郎はお経を読むとき、大雨を強烈に脳内に思い描いていた。そのイメージはやがて、自然と大雨による滑らかな地滑りによる大量の死者などの不吉なイメージにリンクしていった。龍二郎は嫌な予感に包まれた。


「大きな邪龍が日本に来るな。」TVのニュースで台風十九号の情報を見ていた慈眼寺のお坊さんは、これを機に精神世界の悪人共を、台風で成敗しようと考えた。雨雲の天気図は大きな黒々とした雷雲がとぐろを巻く、災いの龍となる予感があった。今の日本にいる精神世界の悪人は、主に精神病院と刑務所にいる。人間の心の世界を踏み荒らし、勝手気ままに破壊しつくしても死に際に追い込まれず、安全な施設の中で生き延びてしまう二か所が精神病院と刑務所なのだ。そこで暴れているのはお経で精神世界を荒らすお経ののけものお経猫たちと、食事の魔術を駆使して世界を病ませる精神世界の大罪人食ののけもの食猫たちであると慈眼寺のお坊さんは考えた。お経にゃんと食にゃんを成敗するためには今度の台風を、あの精神病院とあの刑務所のある地方に呼び込んで、水没させてしまって懲らしめればいい。慈眼寺のお坊さんは週間予報の日本地図をみて、お経で喝を入れつづける地域の目星をつけて、脳内に土地を思い描いた。お坊さんが長年精神世界で戦い続けている極悪非道ののけものの猫どもをこの雨ごいコンテストを機に成敗して退治するのだ。慈眼寺のお坊さんはイマジネーションを逞しく脳内で展開し、沖縄県の精神病院と刑務所、悪いお経にゃんと悪い食ニャンがいる地域に台風が直撃して浸水して被害が出るよう、台風十九号の勢力が拡大する雨雲のお経を読み、日本地図にお経で喝を入れた。お経は沖縄県のとある地方についた。そして、その日は一日お寺の法要で、ひたすら台風の勢力を拡大し、真黒な邪龍が日本を蹂躙するよう世をお経で呪った。

アシュニョイはその頃沖縄県のとある精神病院の最上階の病室で療養をしていた。慈眼寺のお坊さんが食ニャンと呼んだ精神世界の大悪人はアシュニョイのことだった。アシュニョイは料理の魔術に精通しており、入院して料理ができなくなってからも、心の世界で贄の料理を作って、多くの人命を精神世界でいけにえに捧げながら、魂の料理を心の世界で作っていた。アシュニョイは敵の気配を精神世界で感じ取った、災いの邪龍がこの地にやってくる。台風の目は私だ。私を呪い殺そうとしている敵が大気に負の念を集めて、沖縄に台風を寄せようとしているのだ。それだけのことにアシュニョイは気づくと、TVで見たことのある、歌手の巫女の様子を心の世界で見つめた。巫女の子はすぐに気づき、こちらをみた。アシュニョイは簡潔に、「この敵を吊るし上げて、てるてる坊主を手近なものですぐに作りなさい。」と巫女の子にテレパシーで伝えた。巫女の手はティッシュペーパーを丸めると輪ゴムで首を縛り、ハイパーミコミコミーはてるてるぼうずに慈眼寺のお坊さんの名を血文字で念じて書くと「いけにえ」と言って窓辺に吊り下げた。

 そして台風十九号が日本にやってきた。勢力は甚大で、関東地方や都心を台風が直撃した。巫女の子は心の目を開いて全てを見た。

究極真理フリーダム、真実はあなたには全てが許されている。この謎の言葉を残したフリーダム・ドラゴン自己龍は、台風19号の大荒れのあの嵐の夜に、ある1つのことを教えてくれた。心の世界で自分がいけにえになった時は、自分が死ぬんじゃなくて、てるてるぼうずを一匹作って吊るし上げればそれでいいのだと。

巫女の子は心の世界を通して、川岸からすべてを見ていた。レンゲの揺れる原っぱは見る影もなく、沖縄のアシュニョイのいる病院も刑務所も水没していて、105個のテトラポットは全部海の中にある。三角州は大雨で形が崩れて六角形のような不穏な形の土砂になってしまっていた。
「井氷鹿あああ! 好きだぁああああぁ! 死ぬなぁぁああぁ!」
「私は罪深い人間です。いくら那由多生きられる時代とはいえ、もう生きていとうございません。」
「生きろ!たのむから生きてくれ、おまえを失ってはいけない。いけないんだ。」
和尚は珊瑚の数珠をぐっと握りしめた。井氷鹿と呼ばれたおかっぱ頭の女性は目を見開いたが、やわらげた。
「おしたいしております。真の白竜様。」
「井氷鹿あぁぁあああぁ!」
 瞬間洪水がやってきて、川の水を押し流した。井氷鹿は足を滑らせて河口へと転落して流されていった。
「あああぁぁぁぁ……」
和尚の号泣は嵐の暴風雨に掻き消されたが、その残響は悲痛にこだました。
巫女の子は目を星のように散らして「あぁぁぁぁぁぁ……」と唱和した。巫女の子の目には女の自死は母の死のようにむごいものと映ったのである。
「あああああぁぁぁぁぁぁ……」
巫女の子がいけにえのてるてるぼうずを作ったのである。だから和尚の死を目の当たりにしたのだと巫女の子は悟った。あの人をてるてるぼうずにしてたのは私だと巫女の子は涙した。

 群馬県にいた雨ごいコンテストの主催者の井氷鹿は、台風の罪業を抱えて入水自殺した。それを見ていた慈眼寺のお坊さんは自らがいけにえになってこの災禍を止めなければならないと思い、その後を追った。
 そのために翌日は台風一過の快晴で雲一つない不思議な天気となった。貴重な命の犠牲で台風一九号たるフリーダム・ドラゴン自己龍は払われたのだ。翌日お坊の姿たる白竜のうろこ雲が大空を覆い、龍二郎は真実の龍人に泣いた。後日群馬県を訪れた龍二郎は、甘酒と袈裟で作ったてるてる坊主を白竜はお坊のお墓に供え、かたみの珊瑚の数珠で観音経をあげて弔った。









 新幹線と列車の長旅で龍二郎は念願の出雲へとやってきた。新幹線往復4万円で、旅館代に2万円くらい。食事お土産観光その他込みで10万円以内が目安の自由旅だった。
 出雲の玉造温泉の温泉宿は、滑らかな湯の質感が心地よい、数千枚の瑪瑙板を敷き詰めた豪奢なもので、男女の入れ替わり制の湯で、内風呂と外風呂の二か所の瑪瑙湯が楽しめた。色とりどりの瑪瑙の板が赤や緑に透き通り湯の中で揺らめく様は美しかった。龍二郎は出雲観光でオーダーメイドの勾玉を見繕い、土産物として買うと、高く聳える松の参道を見上げて、雲間の空の色を眺めながら、出雲大社へと向かいお参りをした。出雲大社の本殿では、人の手で作られたとは思えない程、貫禄のある太いしめ縄による、独特の清まった空間があった。作法に則ってお参りを済ませると、龍二郎は宍道湖に向かい、宍道湖七珍という珍しい魚介類のお料理を食べた。御膳には大きな立派な鶏肉も添えられていた。龍二郎は湖を眺めほとりを散策した。


命日コールから2年の時を経て、龍二郎は長い旅路を経て、出雲へと辿りついた。龍二郎は出雲大社へのお参りを済ませて、龍二郎の命日に命を刈り取りに来ている、死神のもに向き合った。もは命日戦と心得て、命がけでこの出雲の宍道湖に来ている。

 龍二郎が那由多の火炎のお経をもに詠むと、もは死神技の究極奥義で一瞬にして白竜の四肢を切断して、宍道湖の水の中へと落とした。

宍道湖に落ちて出雲の霊力で身が清まった白竜は湖の水底で真実の鎌を見つける。お経を使って真実の鎌を動かすと、命を刈りに来ているもの方向へと振るった。


真実の鎌は言う「真実はあなたには全てが許されている。」真理フリーダムを越えたところにある真実とは何か?

真実の鎌で湖の中に切断されて落ちてきたもは、口に死のジンジャーマンクッキーを加えると、動けないでいる白竜に死の口づけをした。
「痛かったねごめんね。アイラブユーフォエバー」
龍二郎ともは命日に湖の底で旅立った。



鬼灯のオレンジ色の実を見る。心の形の中に、目には見えない魂の光を見透かすと、色彩のあわいが思い出の中にいる人の魂の輝きを照らし出してくれる。瑞々しい鬼灯の赤や緑のつややかな葉が、こんにゃく閻魔を彩っている。葉脈を追うと、色彩が夕焼けのように移ろいゆき、鮮やかに赤々と灯る。
六法みかさは、六法全書で殴る裁判死神だ。こんにゃく閻魔にいる。
死のジンジャークッキーを自食して、白竜を道連れにしたもは、こんにゃく閻魔まで白竜についてくる。二人で共にこんにゃく閻魔の四つの鬼灯に囲まれた裁きの間に入る。
 男に転生するかいけにえの鳥、(美味しいものを毎日食べ、良い暮らしで日光と運動をたっぷり与えられて、良い肉にすくすくと育ち、食べられて死ぬ運命)になるかの裁きを受ける白竜。白竜は六法みかさに、こんにゃく閻魔の裁きの間に招かれ、こんにゃくが山と積まれる中、鬼灯ランプに魂が照らし出される。
 中谷龍二郎と書かれた白いこんにゃくを半分に正しく切って、礼儀正しく食べるみかさは「男に転生か、難しいね。」とつぶやくと、こんにゃくを那由多咀嚼して味を見ながら六法全書をめくった。八分ほど難解な問題に取り組んだみかさは、いけにえとして白竜が殺した台風一九号の被害者の骨の数をおもむろに数え始めた。
「いけにえの鳥か。男として転生か。」と迷うみかさ。緊張する白竜。光、闇、善人、悪人の四つの鬼灯が灯り、白竜は光の善人として認められて魂を評価された。
『天と神と理と仏。天と神と理と仏。天と神と理と仏。天と神と理と仏。煉獄。』
鬼灯たちが歌い、香油が白竜に注がれる。みかさはしぶしぶ
「不思議な炎に焼かれて懺悔の煉獄行き!」という。白竜はほっとする。
 ハイパーミコミコミーの井氷鹿と、病室のアシュニョイの二人の子として転生することを許された白竜。閻魔帳に六法みかさは「中谷龍二郎 煉獄」と書きつける。器に盛られたもう半分のこんにゃくをみかさはつるんと美味しそうに頂いた。「おいしゅうございました。」
 もの裁きはこんにゃく畑の桃味のものこんにゃくを食べた閻魔が、味を気に入ってもを嫁にとったため、なくなった。また別の人生での再会を誓ってもと白竜はアウフヴィーダゼーエンと別れの挨拶をして、それぞれの魂の門出を祝う。


 中段に構え真実の門に向かい、真実の鎌を鋭く振り下ろす白竜。十字に門を切り開き、新たな世界に生まれ出る。アッフェルシュトゥルーデルの白と黒の渦に龍二郎は落ちていく。


オンタタキヤダハナマンノウキヤロミ オン フォー ヒューマン オンタタキヤダハナマンノウキヤロミ オン みことのり、みことのり、誠の詔にてとじる。

人間が心の世界で地球の地殻を通る時、オペラのアリアの神曲が鳴って、反対側に突き抜けるとき、空間が花開くという。地殻の中心で見える神曲の花は、龍二郎には愛しのアシュニョイの歌声に聞こえた。

魂が蓮の花に守られて安らかになった。龍二郎の魂は安らかに眠りについた。



究極真理フリーダム、真実はあなたには全てが許されている。心の世界は自由です。神話作家無罪。

( THE END )

フリーダム・ドラゴン

お読み下さりありがとうございました。この作品を書くことを通して、新たな神話の領域を垣間見て、自分の世界観を広げることができたと思います。自分を成長させられる一作でしたので、本作を通して見えた世界を今後も抱え持ち、小説に表現していきたいです。

フリーダム・ドラゴン

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-12-03

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著作権法内での利用のみを許可します。

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