汗だくメイド 野山で冒険の日々 第二話

目が覚めると、お上品なレトロ空間に居た。昨日から大金持ちの屋敷に住んでるんだということを思い出す。
今、気づいたけどこのベッド、寝心地いい。特別柔らかいとかじゃないけど、すべすべしてるし高級そう。
でも寝起きの気分は良くなかった。起きた直後に現実を思い出しちゃったから。メイドさんになったけど、メイド服は着ないで昆虫採集しなくちゃいけないのだ、今日から。
お仕事のモチベーションなんて皆無だし、起き上がりたくなくてしばらく布団の中に籠る。
綺麗な先輩メイドさんが起こしに来てくれて、そこで軽度の百合展開なんか無いかなあ。いや、そんなの無いよね。はぁ………メイドさんらしい生活したい。
そんなことぐだぐだ考えてたら、ドアを叩く音が。うわぁ!妄想が現実に!年上美女に無理矢理妹にされちゃいそうになったらどうすればいいんだ?!わたし別にレズじゃないし!他人のそういう恋愛は積極的に肯定するけど、自分は世の中の常識的な結婚したいので!
「起きているかね?入っていいかい?」
ドアの向こうから響く声は、どう聞いても中年男性のものだった………。聞き覚えのある声。ああ、旦那様だ………。
優しくて微エロの先輩メイドさんじゃないのか……………。不貞寝したくなった。
でもすぐに重大問題に気付く。雇用主だよ!無視しちゃ駄目だよ!
「は、はーい。」
仕方なく返事すると、旦那様は即ドアを開けて入ってきた。この屋敷では自分の部屋に家族でもない中年男性が遠慮無くずかずか入ってくるのか。
相当イラッときた。こっちはまだベッドの中だっていうのに。
でも文句なんて言えないし、笑顔を作って布団から出て床に立った。パジャマ姿で赤の他人の前にいるのが恥ずかしい。もしこっちが全裸で寝る習慣の人だったらどうしてくれるんだよ。いや、その場合悪いのは全面的にこっちかな。向こうはご主人様でこちらはメイドだもんね。
なんとなく手を組んで半端にお辞儀した。旦那様は朝から勢い有り余ってる感じでしゃべる。
「おはよう、早速だが君の仕事の話だ。今日から昆虫標本コレクションを始めてもらうわけだが、参考図書はゆうべ読んだんだね?ならばやることはわかっているわけだ。すぐにとりかかれるね?どうだい、朝食前に軽い運動のつもりで庭で少しばかり採集してこないかい?花壇には蝶が来るし、散歩してるだけでも色んな虫を見かけるんだ。うちの庭は昆虫採集に絶好の場所だよ。取りあえずの成果を上げてきてくれたまえ。」
はあぁ!?!朝ご飯前から働かす気かよ!メイドさんてブラック労働なんだ………。
だけど拒否出来る言い訳があるもんね。
「いえ、そのー、本で勉強したんですけどぉ、昆虫採集って、色々専門的な道具が必要なんですよぉ。普通のお店で売ってないようなのばかりでぇ。通販で買えるんですけどぉ、すぐには手に入らないじゃないですかぁ、だから、いきなりはちょっと、始められないんですよねぇ。」
言ってから、旦那様の言うことに逆らったら怒られるかな、お仕置きで鞭でしばかれたりするかなって気付いてビビったけど、別に旦那様は怒らなかった。
「ふーん、そうなのか。わかった、じゃあ朝食を済ませてから執事に会って、経費を請求して必要な道具を注文しなさい。なるべく早く充実したコレクションを作りあげるんだよ、君はそのために屋敷にいるんだからね。期待しているよ。では、またね。」
旦那様は勝手に満足して出ていった。わたし、昆虫採集のために居るメイドさんなんだね…………まあ、知ってたけど。
私服に着替えて朝ご飯食べに行く。この屋敷ではメイドは厨房の隅で食事する決まり。自分の部屋とか、食堂とかで食べれない。下働き感がある。
でも、働く人になったんだって実感出来て、わたしは変に嬉しかった。厨房の壁際にメイド用のテーブルと椅子があって、実質食堂みたいなもんで、下働きの惨め感は無かったし。
先輩メイドさん達の会話内容がいかにもメイドさんのお仕事をしている人達ならではな感じで、それと自分の境遇との落差が惨めだったけど。
食後に執事の大岡さんのところに行った。執事室に入ってすぐ、
「むやみに私服でお屋敷の中を歩くな!メイド服を着用しろ!」
って怒鳴られた。大岡ウゼえ!
でも、今ならメイド服着ていいのか。嬉しい!
「すみません、着替えてきます!」
顔がニヤけるのをこらえながら自分の部屋に戻ろうとしたら、
「私の貴重な時間を無駄に使わせる気か!さっさと用件を言え!」
と、また怒鳴る。私服のままでいいのかよ。何なのコイツ。
こっちもこんな奴の部屋で時間使いたくないから、サクッと用件を説明した。昆虫採集に使う道具を買うのに必要なお金を下さいってことを。
すると大岡は。
「虫捕り網を注文する?そんなのスーパーで買ってくればいいだろう。もちろん経費は認めるが、五百円で充分だな。」
なんてほざき出した。
わたしは、昆虫採集で使う網は子供用の虫捕り網と全然違うことを説明した。
本格的な捕虫網は、ネットと、枠と、柄が別売りになっている。それぞれに色々種類があって、ネットと枠の口径も小さいのと大きいの、中くらいのと様々。大きさによってメリットもデメリットもある。ネットの材質にも種類があって、シルク製だとチョウの鱗粉が取れにくいけど、枝に引っ掛かったりすると破けやすいとか、異なる特徴がある。柄の長さも色々で、伸び縮み式のものなんか、一番伸ばすと20メートルのなんかもある。
狙う昆虫によって、それらを適切に組み合わす必要があるのだ。
だから500円では全然足りない。
大岡さんは、机のパソコンでわたしが言った品物について調べた。昆虫採集に使う道具は、そんなに安くない。捕虫網だけで一万円近くはかかっちゃう。まあ、でも高科家はお金有り余ってるっぽいし、そのくらい余裕でしょ。
「高すぎる。」
大岡はバッサリ却下しやがった。
「こんな無駄な経費は認められない。なるべく安いものを探すんだ。君は、金持ちの家だから経費は湯水のように使っていいと勘違いしているのかね?よその愚劣で下品な富裕層と一緒にするな。秀幸様は、むやみな贅沢がお嫌いな方なのだ。だから経費をドブに棄てる真似は認められない。」
いや、何言ってんの?無駄遣いじゃないから!必要だから!なるべく丁寧語で、反抗してみたけど。
「様々なタイプの捕虫網が必要と。それは、経験を積んだプロフェッショナルの世界の話ではないかね?君には初心者用で充分。そうすると、これらの高級な捕虫網と、スーパーの虫捕り網、どこに差があるのかね?」
確かに………差はありません………。
でもぉ!わたし、一応社会人ですよ?!白昼堂々子供用の虫捕り網を振り回すなんて無理ですから!
だけど何にも反論出来なかった。スーパーで虫捕り網を買ってくる、大岡意見を受け入れるしかなかった………。
「ついでに虫かごも買ってこい。一応、二千円渡しておこう。お釣りは返却するんだぞ。不正が無いように、レシートも必ず提出しろ。必要経費はそれだけだな。」
虫かごなんて要らないよ!欲しいのは三角紙と三角ケース、それに毒ビンと中に入れる薬品。
三角紙は、採集したチョウとかトンボなんかをしまうためのもので、パラフィン紙っていう半透明の紙で出来てる。既製品もあるけど、自分でパラフィン紙を使って作れる。三角ケースは、三角紙をしまう専用の三角形の入れ物。金属製とか革製とかある。毒ビンもスーパーじゃ絶対売ってない。これも大きさに種類があって、大きなのじゃないとカブトムシみたいな大型の虫が入らない。毒ビンの薬品も絶対必要。
どうしてもスーパーじゃ揃えられないし、もっとお金が要る。
「パラフィン紙くらい備蓄があるだろう。資材利用の申請書を書きたまえ。誰かに探してこさせる。三角ケースというのは必要ないな。採った虫をしまって持ち帰るだけの道具だろう?お菓子か何かの空き箱でも使え。毒ビンというのも、ジャムとか調味料の空きビンを洗って使えばいいな。厨房でもらって来い。ゴミだから申請書は書かなくていい。薬品か。どんなのが欲しいんだ?醋酸エチル?それくらい備蓄がある。申請書を書け。」
追加経費は一円も認められませんでした………。
というわけで、五百円もらってスーパーで虫捕り網を買ってくれば、最低限の昆虫採集の道具は揃うことになったのだった。すごく貧しい装備だけど。お菓子の空き箱とかジャムの空きビンとか…………ほんとにガキかよ。心が虚無になって、もう大岡に対抗する余力なんて無い。手渡しで五百円もらって素直にお礼を言った。
それにしても、劇薬が備蓄されてるとか………大金持ちの屋敷ってどうなってるんだ、本当に。
(続く)

汗だくメイド 野山で冒険の日々 第二話

汗だくメイド 野山で冒険の日々 第二話

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-11-28

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