令和二年版 卒業 〜映画「ミッドウェイ」が語らなかったもう一つの事実〜
【凡例】
T :テロップ
M:モノローグ
【登場人物】
小林 舞……主人公。中学三年生。
滝川 護……舞の同級生。
水野 拓巳……舞の担任。
小林 睦美……舞の母。
小林 珠代……舞の祖母。
小林 修一……舞の叔父。睦の兄。
小林 由美……舞の叔母。
西原……睦美の勤めるPC教室の生徒。
坂谷……睦美の上司。
竹村……舞の中学校の社会科教師。
日野……舞の中学校の音楽教師。
《戦時中の登場人物》
小林 喜一郎……舞の曾祖父。
小林 志津……舞の曾祖母。
小林 君代……舞の大叔母。
小林 祥太郎……舞の大叔父。
小林 幸代……舞の大叔母。
小林 喜代……喜一郎の姉。
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※本作品『令和二年版 卒業』は同一作品を下記小説投稿サイトにも掲載中です。
* 小説家になろう!(2020/12/8から、1日1章づつ掲載)
https://ncode.syosetu.com/n1988gq/1/
* エブリスタ(2020/12/8から、1日1章づつ掲載)
* カクヨム(2020/12/8から、1日1章づつ掲載)
序章 昭和20年
T「時が熱狂と偏見をやわらげたあかつきには、そのときこそ、正義の女神はその秤を平
衡に保ちながら、過去の賞罰の多くに、そのところを変えることを要求するだろう」
(「パール判決文より」『パール判事の日本無罪論』田中正明著より引用)
○パラオ・ペリリュー島
ズタズタになった旧日本兵の屍がそこかしこに転がる。
T「昭和二十年、パラオ・ペリリュー島」
一人の痩せこけた日本兵がこちらに向かってくる。
小林喜一郎(39)、銃を杖代わりにヨロヨロ歩いてくる。
喜一郎の顔は煤で汚れ、軍服も泥まみれになり何カ所も破けている。
喜一郎、ギラリと敵陣を睨み付け、
喜一郎「天皇陛下、万歳! 大日本帝国、万歳!」
と、最後の力を振り絞り疾風の如く敵陣に走り込む。
銃を構える連合軍の兵士たち。
照準器の十字が喜一郎の額に重なる。
○旧小林宅・台所
T「昭和二十年 大阪」
小林喜代(40)と妊娠中の小林 志津(30)、こそこそ話す。
喜代「ほんまに堪忍やで。食糧、中々、手に入らんし、かなんわ」
志津「お義姉さん、気にせんといてください。子供らまだ小さいし、大阪いてるより広島に帰った方が安全かもしれませんから」
喜代「せやな、せやせや。広島の方が空襲少ないやろうし、いい疎開先になるわ。せや、頼みに行く間、珠ちゃんら、預かっとこか?」
志津「すぐに置いて貰えるかもしれませんし、迎えに来る汽車賃、勿体ないから一緒に連れて帰りますわ」
喜代「ほんまに、堪忍やで。志津さんのご実家も大変や言うのに。もし、無理やったら、遠慮せんと帰って来てな。しんどいけど、みんなで協力し合ったらええし」
志津、不安そうに愛想笑いする。
○再びパラオ・ペリリュー島
喜一郎の額から一筋の血が滴り落ちる。
喜一郎、崩れる様に地面に跪く(ひざまずく)き、晴れ渡る美しい空に手を伸ばす。
喜一郎「志津、珠代、君代、祥太郎……」
連合軍の兵士、銃の引き金を引く。
喜一郎、荒れ果てた大地に崩れ落ちる。
○志津の実家・玄関(夕方)
T「昭和二十年 広島・呉市吉浦町」
志津の母が、珠代、君代、祥太郎に菓子を配る。
子供らの様子を微笑ましく見守る志津。
子供たち、お菓子を口いっぱいに頬張り、きゃっきゃと大はしゃぎする。
志津の母「(志津に)ほんまに堪忍やで。うちも、いっぱい、いっぱいで」
志津「分かってる。お義姉さんの手前、戻っといたら恰好つくし。お父さんとお母さんに、子供らも見せたかったし」
と、寂しく微笑む。
志津の母、不安そうに志津を見つめる。
○広島・海岸沿いの山道(夕方)
段々畑が山の斜面を覆い、そのすそ野には瀬戸内海が広がる。
石畳の階段を大荷物を持った志津と子供らが降りてくる。
志津、落ち込んだ様子で階段を降りる。
珠代と君代、追いかけっこしながら、はしゃいで階段を降りる。
志津「珠ちゃん、君ちゃん、転ぶで! 気ぃ付けや」
志津と手を繋ぐ祥太郎、姉らに追い付こうとヨタヨタしながらも必死で階段を降りる。
志津「祥ちゃんは、慌てんでええからな」
珠代と君代、階段を降りきる。
珠代「(海を指差し)お母さん、見て!」
沈む夕日が瀬戸内海を鮮やかに照らす。
行き交う船が汽笛を鳴らし合う。
キャッキャッ喜ぶ珠代と君代。
志津と祥太郎、ようやく二人に追い付き一緒に瀬戸内海を眺める。
志津「また、みんなで来ような」
珠代「お父さんも!」
志津「せやな。日本が戦争に勝ったら、みんなで、一緒に広島に来ような」
と、堪えていた涙が頬を伝う。
志津、慌てて両手で顔を覆う。
君代「どないしたん?」
志津「夕日が眩し過ぎるねん」
珠代、手で庇(ひさし)を作り志津に見せる。
珠代「こうしたら、ええねん」
志津、覆った指の間から珠代を見る。
珠代、庇からおどけた顔を見せる。
志津、クスリと笑い手で庇を作る。
志津「ほんまやな、眩ないわ。賢いな、珠ちゃん」
誇らしげに微笑む珠代。
君代と祥太郎も真似て庇を作る。
夕日に照らされる親子四人。
○新幹線・車内
T「平成二十九年 秋」
小林珠代(81)、小林舞(14)、小林睦(45)、小林修一(48)、小林由実(47)、向かい合って談笑する。
珠代「山の斜面の段々畑とオレンジ色にキラキラ光る海、未だに忘れられへんわ。ほんでな、その海を船がゆっくり進みながらボーって汽笛鳴らしててん」
舞「それって、どこ?」
珠代「呉の吉浦町や」
由実「そこも、寄ってみようや」
修一「え? 時間足りるかな」
と、自作の旅のスケジュール表と睨めっこする。
他の四人はぼんやり、瀬戸内の海に思いを馳せる。
○四人の回想・昭和20年の瀬戸内海(夕方)
沈む夕日が海一面を鮮やかに照らす。
行き交う二艘の船、汽笛を鳴らしすれ違う。
○広島平和記念資料館・館内
窓から見える原爆ドーム。
込み合う館内。
キノコ雲に覆われた漁村の写真。その下に『原爆投下直後の呉市吉浦町』のプレート。
写真の前で呆然と立ち尽くす小林家の人々。
○新大阪駅・ホーム
乗降客でごった返す。その中に持ちきれない程の荷物を持った小林家の人々の姿もある。みな楽しげだが、睦だけ一人落ち込んでトボトボ歩く。
× × ×
エレベータ前で、別れを惜しむ小林家の人々。
珠代、睦の手を握り、
珠代「ほんまにありがとうな。睦」
睦「私だけやないよ。お兄ちゃんと、お義姉ちゃんの力もあったから実現できてんやん」
と、照れ臭そうに笑う。
由美「むっちゃん、そんなん言うても何も出ぇへんで(珠代に)あ、お義母さん、エレベータ来たわ」
エレベータに乗り込む由美と修一。
珠代も続いて、ヨタヨタとエレベータに乗る。
由美「むっちやん、また、遊びに来てな。舞ちゃん、また、明後日な」
舞「うん!」
珠代、由美、修一、二人に手を振る。
舞も手を振って三人を見送る。
睦「はあーぁ」
舞「もう、歳やな」
睦「しんどいんと、ちゃうわ」
舞「またまた、痩せ我慢して」
睦「おばあちゃんに、えらいことしてもうた」
舞「え?」
睦「おばあちゃんの一番大事な思い出、壊してもうた」
と、再びトボトボ歩き出す。
舞「ちょっ、ちょっと、どういうこと、壊したって。いつ? どこで?」
と、睦の後を追い掛ける。
第一章 小林家の人々
○小林宅(祖母宅)・珠代の部屋
T「平成三十年 春」
燻る線香の煙。
棚に置かれた喜一郎の遺影。
その横に喜一郎の妻、志津の遺影が並ぶ。双方共、白黒の写真で喜一郎は軍服、志津は訪問着姿で表情が固い。
珠代、水を替え、遺影に手を合わせる。
○同・洗面所
鏡に向かって入念に歯磨きをする修一。
○同・ベランダ
朝の柔らかな日差しが水槽に差し込み、水面がキラキラ光る。
藻が水槽の中を覆うように浮いている。
珠代、水槽に餌をパラパラ入れる。
藻の間をすばしっこく泳いで餌に集るメダカ。
珠代、メダカの様子を嬉しそうに眺める。
○同・キッチン
朝食の準備をする由美。
用意されたおかずを二つの弁当箱に詰める舞。おかずに入った細かいピーマンをよけながら弁当箱に詰めている。
由美「舞ちゃん、何してんのん! おっちゃんまで遅刻するやん」
舞「嫌いや言うてるのに、入れるからやーん」
舞の肩越しから弁当箱を覗き込む珠代。
珠代「舞ちゃん、贅沢やなぁ。お婆ちゃんが子供のときはな、戦争で食べるもん無かってんで、ほんで」
舞「また始まった」
由美「舞ちゃん、大事なことやで」
スーツに着替えた修一がテーブルにつく。
修一「時代が違うねんから、ええやん」
由美「時代が変わっても、食べもんは大事やで。な、お義母さん」
強ばった表情で頷く珠代。
舞「個性やん。選べるだけ食べるもん、あり余ってるねんから、ええやん」
修一「そうや、そうや。ピーマン食わんでも生きていける」
悔しそうに舞と修一を睨む珠代。
由美「個性は関係ない! バランス良く栄養摂らな。な、お義母さん」
珠代「あんたら終い(しまい)にバチあたるわ!」
怒って自室に戻る珠代。
由美「何で、そんな言い方しかできひんのん」
舞「だって、おばちゃんがピーマン入れるからやーん」
自室から叫ぶ珠代の声が響く。
珠代の声「由美さん、ピーマン取っといてなぁ」
由美「はーい」
舞「(珠代の部屋に向かって)おばあちゃん、当てつけがましいねん!」
由美「舞ちゃん! いつまでも子供みたいなこと言うとったら、お友達に笑われるで」
膨れっ面の舞。
修一「舞ちゃん、ずっと子供のままでいいいやんな」
無邪気に微笑む舞。
由美、うんざりした様子でテレビに目を向ける。テレビの画面には 8:20の時刻が表示されている。
由美「舞ちゃん! 時間」
舞、慌てて弁当を鞄に詰めながら、
舞「早よ、言うてぇな〜」
由美「何でも人のせいにして、ほんまに勝手やな」
舞、話も聞かず鞄を持って駆け出す。
由美「舞ちゃん!」
第二章 大東亜戦争って……何?
○パソコン教室
パソコン教室の生徒たち(主婦や高齢者たち)がパソコンに向かって、熱心にホームページを作成したり、アプリケーションの操作を練習している。
講師数人が生徒たちの間を歩いて質問に答えている。
パソコン画面に映し出されるホームページのタイトル『大東亜戦争の真実』。
西原(81)、パソコンと教材のテキストとを睨めっこしながら必死で操作するが、思い通りにならず腕組をする。
西原の傍を通りかかる睦。
西原「先生!(画面を指さし)ここに写真入れたいねんけど、どうしたらいいんです? 写真、ここに入ってるねんけど」
と、USBメモリーを睦に渡す。
睦、USBメモリーをパソコンに差し込み、キーボードを操作しながら画面を覗き込み、
睦「(USBメモリを指さし)ここにUSBメモリを差して、ちょっと、いいですか」
と、西原からマウスを受け取る。
睦「(マウスを操作しながら)このマークのボタンをクリックすると、お持ちいただいた写真が選択できるようになります。(ファイル選択のポップアップを指さし)このボタンをマウスでクリックしてください」
と、西原にマウスを渡す。
西原、受け取ったマウスでファイルを選択する。
画面に零戦と少年兵たちが表示される。
睦、顔を曇らせる。
西原「ああ、できた、できた! ありがとう」
睦、零戦を指差し、
睦美「これって、特攻隊の人が乗ってた飛行機ですか」
西原「飛行機やないがな、戦闘機やがな」
睦美「この前、ドキュメンタリーで見たんですけど可哀想ですよね。十五、六の若さで敵艦に戦闘機ごと突っ込まされて」
西原「無礼な! 突っ込まされたんやない! 彼らは自分の意志でお国を守る為に出撃してんや」
睦「でも、上官が出撃を拒否できんような空気にしてたっていうの聞いたことありますよ」
西原「あんたみたいな自虐史観の人間に、彼らのの美しい心持ちなんか理解できん!」
坂谷(40)、心配そうに睦と西原の様子を眺める。
睦「美しい心とか、美しい国とか、何か綺麗ごとに聞こえるんですよね」
西原「綺麗ごとに聞こえるんは、あんたの心が薄汚れてるからや! 今も日本がこうやって立派に主権を維持できてるんは、彼らのお陰や」
睦「でも、日本がアジアのいろんな国に侵略戦争を仕掛けてたから、アメリカが日本を止めるために」
西原、憤った様子で顔を真っ赤にして机を叩く。
驚く睦。
周囲の生徒や講師たち、振り向く。
西原「侵略やない、自衛や! 大東亜の国々も自国を防衛するために一緒に戦っててんや! GHQの言うがままに信じ込みやがって」
西原の元に駆けてくる坂谷、腰を低くし、
坂谷「弊社の小林が、何か粗相致しましたでしょうか?」
西原「どんな、教育しとんねん! 満足に先の大戦の事も知らんと分かった口ききやがって」
坂谷、深々頭を下げ、
坂谷「誠に申し訳ございませんでした(睦に)小林さん」
と、頭を下げるよう手で指図する。
睦「何が悪いんか分からんのに、頭、下げる方が失礼ちゃいます」
顔をひきつらせ西原、帰る準備を始める。
坂谷「いや、あの、西原様」
西原「(坂谷に)あんたの所の社員教育どないなっとねんや! 二度と来るか、こんなとこ! (睦に)この売国奴!!」
と、憤慨した様子で扉に向かう。
坂谷、睦の方を向き、
坂谷「スタッフルームに来てください」
不服そうな睦、坂谷の後をついていく。
○同・スタッフルーム
坂谷と睦、スチールテーブルに向かい合って座る。
坂谷「弊社に多大な損害を与えた場合、懲戒解雇を社内規定に定めております」
睦「多大な損害?」
坂谷「生徒さん一人の解約による授業料の返金、今後のご利用が無くなることによる収入減、そして、一番大きな損害は弊社のイメージの悪さが多くのお客様に知れ渡り、新規顧客獲得の現象」
睦「解約金と今後のご利用が無くなる下りまでは理解できますけど、イメージの悪さによるっていうのは心外ですわ。私も西原さんも信念貫いただけですやん。それこそ、言論の自由の侵害ですわ。それに」
と、半笑いで俯く。
坂谷「何です?」
睦「いや、何でもないです」
坂谷「いえいえ、意見があるなら言ってください」
睦「だって、私と同じ様なエンジニア上がりのおっさんが威圧的な態度取って何人も辞めさせましたやん。あいつら、そのまま続けられて何で私だけ」
坂谷「小林さんの誤解、お客様の誤解です」
睦「でも、ペコペコ謝ってましたやん。しかもチーフが謝る横で、おっさん腕組んでまだお客さんを威圧する様な目つきで見下してましたよ」
坂谷「仕方がないんです」
睦「火に油を注ぐことが?」
坂谷「私の上司だったんです。新入社員の頃の」
睦「お気の毒に。それで精神病んで、ここに再就職」
坂谷「違います。僕がやらかして契約切られそうになったのを、全部やり直して救ってくださったのが、あの方なんです」
睦「……何の関係があるんです?」
坂谷「え?」
睦「え?」
坂谷「いや、だって、恩ってものがあるでしょ」
睦「ええー?!」
坂谷「何で驚くんです?」
睦「チーフ、もう、ここで、この瞬間に目を覚ましましょ」
と、坂谷の目の前で手を叩く。
坂谷、睦の手をパタパタ払い退け、
坂谷「何なんですか?」
睦「チーフ、あなたは長年、あのおっさんに言葉で洗脳されてきたんですよ。あなたのお人好しに付け入って」
坂谷「馬鹿なこと、言わないでくださいよ。私は川辺さんをずっと尊敬してきたんです」
睦「え! だから職場まで用意したったんですか?」
坂谷「困ってるって相談されたから」
睦、人差し指を右に左に振り、
睦「ノン、ノン、ノン」
坂谷「え?」
睦、立ち上がると、坂谷を指差し、
睦「ドーン! それが洗脳なんですよ、チーフ!!」
坂谷「ハハハ。なんか、懐かしいですね。まあ、いいや。いい加減に本題に戻りましょうか」
睦「ダメですよ、チーフ。あのおっさんだけエコひいきしたら、スタッフ全員辞めて行きますよ」
坂谷「とりあえず、小林さんは弊社から契約終了にさせていただきますけどね」
睦「いやいや、だから! 洗脳っていうのは、暴言吐いて相手を圧力で精神的に支配して、何かうまく仕事をこなした時には上から目線ではあるけど褒める……これを繰り返すことで人の心を簡単に操れるんですよ。これを、『洗脳』と呼ぶ! わかりました?」
坂谷、青ざめた様子で俯いている。
睦「チーフ?」
坂谷、鋭い目付きで睦を見る。
坂谷「チャンスをあげましょう」
睦「良かった。じゃあ、私、戻ります」
坂谷「ダメです。後日、どうにかして西原さんをお呼びするので謝ってください」
睦「だから理由も分からないのに」
坂谷「それでも謝ってください」
睦「ちょっと待って下さい。じゃあ、チーフは西原さんの言い分が分かるんですか?」
坂谷「さぁ」
睦「さぁって、さっき謝ってたのは、とりあえずですか? そっちの方が失礼じゃないんですか?」
坂谷「小林さんが、謝って然るべき所を前もって謝って差し上げました」
睦「それズルいんちゃいます」
坂谷「部下の粗相は私の粗相。西原さんの言い分が理解できたら教えてください。それまで出勤していただかなくて結構です」
睦「いや、でもね、有給もまだやし、生活困るんですけど」
坂谷「じゃあ、早く復帰できるように努力してください。ご連絡お待ちしております」
睦「いや、あの」
坂谷「お疲れ様でした」
と、教室に戻る。
ガックリ首を垂れる睦。
○舞の自宅・舞の部屋(夜)
机の椅子に座る舞と、少し開いた扉から顔を覗かせる睦が睨み合っている。
睦「そんなんやったら、もう頼まんわ! ちょっとの事やのに、何なんよ……(ボソリと)今は高校も、学費いらんし。生活費だけ何とかしたらいいやし」
と、扉を閉めようとする。
舞、扉を押さえて阻止する。
舞「ちょっと待った! 何か危険な匂いがプンプンするねんけど……まさか……また?」
睦「大丈夫、大丈夫。首の皮、一枚は繋がってるから」
舞「何したん!」
睦「いやいや、ええよ、ええよ。確かに、忙しい受験生さん、巻き込むのも酷やし」
舞「皮肉はいいから、ちゃんと説明して」
睦「ほんまに、ええから、ええから。大丈夫、大丈夫」
舞「いやいやいや、お母さんの首の皮一枚に二人の命がぶら下がってるってことは理解できてるやんな」
睦、腕組みして考え込む。
睦「まあね。って、言うてみても、一人でできることにも限界あるし」
舞「だから、私は未成やからお金は稼げんけど、さっき言うてた手伝いはできるやん」
睦、満面の笑顔。
睦「さっすが、舞ちゃん! 男前!!」
舞「それって、褒め言葉じゃないやんな」
睦「そんなん、どっちでもいいやん。実は、お客さんと太平洋戦争の話してたら、お客さんが急に怒り出したんよ」
舞「いやいやいや、絶対いらんこと言うてるはずや」
睦「そんなこと無いやん。お客さん相手やで。『無理やり特攻に行かされた人ら、可哀想』って言うただけやん」
舞「何で、そんなんで怒るん」
睦「知らんやん。そのあとで捲し立てるみたいに『彼らは自分の意思で出陣したんや! 日本は侵略戦争したんやない、防衛やって』怒鳴ったかと思ったら、お客さん、えらい剣幕で帰ってもうたんよ
舞「何か、そんなんに似た奴、知ってるわ」
睦「そしたら、チーフにこっぴどく叱られて……社内規定で解雇がどうとかって言われて、明日からお休みやねん」
と、首をすくめて照れくさそうに微笑む。
舞「か、解雇……それってクビのことやんなぁ」
睦「いや、それが違うねん。チーフの矛盾ついて食い下がったったんよ。ラストチャンス掴んだわ。謝る理由わかるまで出社するなって」
と、どないやと言わんばかりの表情。
舞「自慢げに話す内容?」
睦「でも、解雇じゃ無いやん。 謝る理由さえ分かって、尚且つお客さんが許してくれはったら、晴れて復帰できるんやから」
口をあんぐり開けて呆れる舞。
舞「これって、正に絵に描いた首の皮一枚……何でいっつも、そんな無謀なん。子供一人育ててること自覚できてる?」
睦「大丈夫、大丈夫。謝る理由が分からんでも、他に仕事はいくらでもあるよ。今、景気いいし」
と、扉を閉めようとするが、舞が阻止する。
舞「要するにお母さんが太平洋戦争のことで発言した言葉が原因やんなぁ」
睦「そうそう。何で私の言うたことが悪いんか知りたいんよ。学校とかテレビでも同じこと言うててんけどなぁ」
舞「(苦い表情で)太平洋戦争……滝川……か」
睦「滝川?」
舞「同じクラスの男子。戦争の話になると、急にスイッチ入って、先生とバトりまくるねん。最後に言う言葉が、左翼! 売国奴!!」
睦美「丁度いいやん。その子に聞いといてぇや」
舞「嫌やわ。滝川、面倒臭いし」
睦「だけど、先生と議論できるぐらい知識あるんやろ」
舞「議論って言うか、食って掛かってるだけやん」
睦「他におらんねんから、頼むわ」
舞「滝川に関わったら、この大事な時期に私まで先生に睨まれて内申書悪くなるやん」
睦「そんな、みみっちい考え方でどうするん! 私らの死活問題が、かかってるねんで。高校進学どころの騒ぎや無くなるかもしれんのに。分かってるん」
舞「そもそも、誰のせいなん!」
睦「そんな、カリカリしないな」
舞、腕を組んで考える。
睦「なぁあ、頼むわ」
舞「……あ! おばあちゃんは! 戦前生まれやんなぁ」
と、スマホを操作しだす。
睦、舞を阻止する。
睦「おばあちゃん、その頃まだ小さい子供やったし、知ってる訳ないやん。五秒前の会話も忘れるのに」
舞「いや、当時知ってる人に聞いた方が早いやん」
睦「あかん! 聞いたって話さへんから」
舞、膨れっ面。
舞「あ! そう言えば滝川がいっつも見てる右翼番組があるわ……確か、うってつけの回があったはず」
と、ノートパソコンを操作する。
ノートパソコンから番組の音楽が流れ出す。
舞「これこれ。とりあえず、これから見てみようか」
睦、嬉しそうに頷きながら、
睦「じゃあ、後はよろしく」
と、部屋を出ようとする。
舞、扉を閉めて阻止する。
舞「お母さんの事やで! どうせ明日から休みやねんから、一緒に見ようや」
睦、渋々、ベッドに腰掛けパソコンの動画を見る。
第三章 みんな大好き『憲法第九条』
○中学校・教室
黒板に『憲法第九条』の文字。
水野、生徒たちに正方形の木片を配っている。
配られた木片を不思議そうに眺める生徒たち。
木片一つ一つにサインペンで文字が書かれている。
男子生徒A「先生、これ何するんですか?」
水野「後で説明するから、ちょっと待ってなー」
女子生徒A「だけど、無言で、こんなん配られてもキモいだけなんですけど」
水野「だから、後で説明する、言うてるやん」
滝川「分かった! ハイハイ! 先生、分かった」
水野「却下!」
滝川「今年の優勝祈願に、六甲おろし!」
水野、大振りに滝川を指差し、
水野「惜しいぃー」
女子生徒A「キッモー! 無駄口叩いてんと、さっさと配りぃな」
急ぎ足で残りの生徒に木片を配る水野。
○中学校・教室
水野、手を一つ叩き、
水野「よっしゃー、発表するでー!」
と、ドラムロールを口で再現する。
女子生徒A「もう、そんなん要らんから、早よしぃな」
目をキラキラさせる舞。
水野「もうちょっと、手加減できんか」
女子生徒A「甘やかしてたら、何億年掛かっても話進まんわ。あんたの話が終わる前に、地球滅亡するっちゅうねん」
水野「だから、今から話す言うてるやろ。盛り上げようとしてるだけやん」
滝川「それで、盛り上がってるんか。これは」
と、他の生徒たちを顎で示す。
生徒たち、飽き飽きした様子で漫画を読んだりスマホをいじったりしている。
水野、手を叩き、
水野「おーい! みんな、聞いてくれー」
舞、待ちきれない様子で手を上げる。
舞「先生! さっきのん、どうやるん? ドゥルルルーってやつ」
水野「おい、お前、全然できてないやんけ。こうや、こう」
と、ドリルロール。
滝川「(水野に)もう、分かったから、早よせぇよ! 廊下で先生、待ってるがな」
廊下側に座る男子生徒C、窓を開ける。
鋭い目付きで水野を睨む竹村。
水野、慌てた様子で廊下に向かう。
女子生徒A「(舞に)ちょっとー、あんなんに、食い付きなや」
舞「だって、気になるやん。あの、ドゥルルルーが」
女子生徒B「だから、できてないって」
廊下では、水野がペコペコと竹村に頭を下げている。
滝川「どうしようかなぁ」
舞「え? ドゥルルルー? 一緒に教えてもらう」
滝川「絶対にいらん! 俺が言いたいんは」
水野、急ぎ足で教壇に戻る。
水野「えー、じゃあ説明するな。これは」
滝川「これ一つ一つ彫って、全部の文字組み合わせて、(黒板の憲法第九条を指差し)それ作るんやろ」
水野「鋭いなぁ、滝川! 正解」
滝川「仕切りは俺に任せとけ!」
水野「いやいや、無理やろ。お前じゃ」
滝川「大丈夫、大丈夫。立派な真の憲法第九条を作りますよ、先生!」
と、自慢気に水野に微笑むと廊下にいる竹村に手を振る。
滝川「(廊下で待つ竹村に)竹村先生ー! 僕は未来永劫、我が国が平和を維持できる完璧な日本国憲法、そう輝かしい第九条に仕上げる事を、ここに誓いまーす!」
廊下の竹村、誇らしげに拍手する。
水野「ああ、しかし、滝川、お前は」
滝川「先生、だから次の授業が」
と、廊下の窓を指差すと竹村、嬉しそうに微笑んでいる。
竹村「滝川、お前もやっと目覚めたか」
滝川「ええ、お国のためですから」
水野、教室を出て行く。
滝川、後ろの席の浪川に、
滝川「(小声で)木片回収や。次の休憩時間みんなに持ってきてって伝えて」
浪川「自分でやれや」
滝川「スマホ家に忘れてん。借りは返すから」
浪川「牛丼、たこ焼き、ラーメン、お好み焼き、いか焼き」
滝川「どれか一つや!」
浪川「(甘えた声で)二つ」
滝川「キモいねん、分かったから、早く拡散してくれ」
浪川、了解とばかりに親指を立てると、ノートの切れはしに滝川の伝言を複数枚書いて周囲の席の者に拡散する。
滝川、浪川の頭を叩き、
滝川「何で、そんなアナログやねん!」
浪川「だって、おかんが『何しでかすか、分からん』ってスマホ買ってくれへんねんもん」
滝川「ああ。なるほどね」
浪川、滝川の頭を叩く。
竹村、教室に入ってくる。
滝川と浪川、胸ぐらを掴み合い火花を散らす。
竹村「滝川、浪川! 何しとんねん!」
滝川と浪川、互いに舌打ちして席に座り直す。
竹村「受験生やねんから、そんな事に力使わんと、勉強に力使え。おい、日直」
× × ×
机に突っ伏する舞。
舞を必死で起こす女子生徒B。
その横で鬼の様な形相の竹村が立っている。
寝ぼけ眼の舞。
竹村「朝から居眠りか」
舞、慌ててパラパラページをめくる。
女子生徒B「(小声で)百三十六ページ」
竹村「お前は何で、いっつも、居眠りしてるんや。教科書はいいから話、聞かんかい」
シュンと俯く舞。
女子生徒A「確かに」
竹村「たまには意見が合うな」
女子生徒A「だって先生の授業、催眠術やもん。みんな、瞼、寸止めにするん必死やん。ほら」
と、半開きの目で見る。
竹村、ムッとしながら他の生徒も見渡す。
生徒たち半開きの目ででウタウタしている。
舞、開いた教科書のページを黙読している。
竹村、パチパチと手を叩き、
竹村「お前ら、夜更かしか? しっかり今のうちに勉強しとかんとギリギリになって、慌てることになるぞ」
眠気の覚めた他の生徒たちは教科書を読む振りをする。
舞、高々と手を挙げる。
舞「先生、質問です!」
竹村「今、取り込み中や。後にしてくれるか」
舞「教科書の質問なんですけど……授業の内容以外で大事な事ってあります?」
竹村「お前が授業中に、居眠りしてたことが発端やろ!」
舞「だから、今、起きて質問してますやん」
竹村「ああ言うたら、こう言う。大体、お前は」
舞「質問したらダメなんですか?」
竹村「あかん言うて無いやろ! 何や?」
舞、教科書(中学日本史の表紙)を持ち上げ、
舞「現在の日本国憲法は、戦後、国会で審議に審議を重ねて決議したとありますが、どこ
の国会ですか?」
竹村「お前は何を言うてるねん! 国会に大阪支店とか北海道支店とかあるんか」
舞「国の会やのに、大阪とか北海道って何ですのん。そうじゃなくて、どこの国の国会ですか」
滝川、笑いを堪える様に机に突っ伏する。
竹村「日本に決まってるやろ! お前はさっき何憲法って言うてん!」
舞「いや、日本国って言いましたけど……文中に誰がっていう主語がないから」
竹村「無くても、日本国憲法やねんから、『日本の国会議員が』審議したって読みとれんか?」
舞「でもでも、知り合いがGHQは現行憲法の草案……あ、現行の日本国憲法を一週間で作ったって言うてましたよ。GHQって日本を占領するために作られた外国の寄せ集めの司令部ですよね? しかも、その外国人たちが日本の最高法規をいじくり倒したとも言うてましたよ。その真相が知りたくて」
竹村「ごたくはもう要らんねん! 憲法の事実は唯一つ! 平和憲法の九条が戦後、日本の
平和を守り続けた。それだけや」
舞「でもでも、その知り合いが、言葉だけじゃ国は守れんって」
竹村「だから、それは!」
滝川、立ち上がり、
滝川「先生、憲法に目覚めた僕が、後で小林さんに説明しときます!」
竹村「滝川、いい心掛けや。頼むわ」
滝川「承知しました!」
竹村「じゃあ、授業再開しようか」
《チャイムの音》
竹村「まったく、このクラスは! 残りは宿題や。今日の予定やった百四十ページまで、
読んでノートにまとめてくること。次回、質問受け付ける。以上」
生徒たち、ブーイング。
竹村「ああ、それと。宿題とかも、内申書に響くからな」
生徒たちのブーイング一層高まる。
× × ×
滝川、舞に近寄り軽く頭を叩く。
滝川「ついに貴様も目覚めたか」
舞「はぁ?」
滝川「GHQが憲法の草案を作ったって、知り合いが言うてたとか」
舞「ああ」
滝川「知り合いって誰やねん」
舞「名前知らん」
滝川「それやったら、知らん人やろ」
舞「テレビ出てる人やから、私は知ってる人やん」
滝川「名前、知らんねんやったら、ほぼ知らん人やん」
舞「ごちゃごちゃ、うるさいなぁ。あんたが、前に言うてた右翼番組の人やん」
滝川「我が国に右翼なんか、おらん! おるのは、極左と左翼と保守だけや。お前が左に
寄りすぎてるから、保守を右翼言うてまうんや!!」
舞「そんな、怒鳴らんでも、ええやん」
滝川「明日、補習や。図書室で待っとけ」
と、憤りながら教室を出て行く。
舞「何の補習よ! ちょっとー!」
第四章 舞の悩みごと
○中学校・教室(夕方)
放課後、睨み合う舞と水野。
女子生徒B、面倒臭そうに二人を見守る。
女子生徒B「舞、さき部室行くで」
舞「先生、私ら忙しいねんやん。早く本題に入ってくれへんかなぁ」
水野「さっきから話の邪魔してるのん、お前やろ」
舞「邪魔って何なん! 思春期の深刻な悩みを打ち明けてるって言うのに」
水野「そしたら、そんな悩みも吹っ飛ぶ朗報や」
舞「え! 何、何?」
微笑む水野。
○同・廊下
舞の声「え〜!」
教室の方を振り向く生徒たち。
○小林宅・キッチン(夜)
舞、珠代、由美の三人が夕飯を摂る。
舞、落ち込んだ様子で食事する。
心配そうに見守る珠代と由美。
舞、溜め息一つ。
舞「はあーあ」
珠代、蝿でも追い払うかの様に、手をパタパタさせる。
舞「何してんのん?」
珠代「辛気くさいのん、退けてるねん。ご飯、まずくなるから」
舞、膨れっ面。
由美「舞ちゃんも年頃やねんし、いろいろ悩むこともあるよ」
舞「お婆ちゃん、ご飯以外に幸せなことないん?」
珠代「お婆ちゃん、ご飯食べれるんが一番幸せや。邪魔せんといて」
舞「ほんまに脳天気やなぁ」
珠代「舞ちゃん程やないよ」
舞「私のどこが脳天気なん!」
由美「二人ともそんな喧嘩せんと。舞ちゃん、学校で何かあったん?」
舞、俯く。
珠代「どないしたん?」
舞「どうしよう」
由美「誰かに嫌がらせされてるん?」
舞、困惑した様子で俯く。
珠代「いじめに遭ってるんやったら、学校なんか行かんでええからな」
舞、首を横に振る。
珠代「睦も仕事、仕事って、ちゃんと話聞いたらなあかんやん。由美さん、ちょっと電話してくるわ」
舞「そんなんちゃうねん。ほんまに」
珠代「あんた、そんなもん、かばうこと、あらへんで。図に乗るだけやがな」
由美「舞ちゃん、命賭けてまで学校に通う必要ないからな。他にもいろいろ方法あるし」
舞「違うねん! 先生が」
珠代「先生まで、荷担してるんかいな! 恐ろしぃ学校やなぁ。電話や、電話。校長先生にしたらいいんか?」
由美「校長も当たりハズレあるらしいですよ。揉み消しなんかにされたら、けったくそ悪いし、もう警察に電話した方が」
舞「違う、違うねん! 先生が卒業式に答辞読めって言いよんねん。生徒会長してるから」
珠代と由美、顔を見合わせて大笑いする。
珠代「はっきり、言わんかいな。びっくりするがな」
由美「すごいやん、舞ちゃん! お義母さん、卒業式めかし込んで行きましょうね」
珠代「何、着て行こう?」
由美「お義母さん、あの薄紫の着物、いいんちゃう」
珠代「あれは派手やわ。あれ由美さんが着たらええやん。私は」
舞、テーブルを叩き、
舞「私は、困ってるねんけど」
由美「何でなん! 名誉なことやん」
珠代「舞ちゃん、目立つの好きやし、丁度ええやん」
舞「卒業式って、先生と友達だけちゃうねんで。そんな畏まった所やったら、緊張するやん」
珠代「舞ちゃんが緊張するねんて。へぇー、へぇー、へぇー」
由美「冗談に決まってるやん、お義母さん」
珠代「もう、お婆ちゃん、舞ちゃんに騙されてばっかりやわ。ハハハ」
由美もつられて大笑いする。
悔しそうに二人を見る舞。
第五章 滝川大先生の『日本近代史、本当のところ』(その1)
○中学校・図書室
舞と滝川、向かい合って座る。
長机の上に散らかる大東亜戦争や太平洋戦争の書籍。
手振り身振りを付けて、必死で話す舞。
ふて腐れ気味に頬杖付きながら、舞の話を聞く滝川。
舞「別にお母さん、変な事言うてないやん。お客さんが怒る理由が、まるで分からんねんけど」
滝川「変な事だらけやがな。怒って当然や」
舞「どこが?」
滝川「すべて東京裁判ベースやから、その爺さんと話が噛み合わんねん。大体、『太平洋戦争』って言い方もなぁ」
舞「じゃあ、あんたは何て言うんよ」
滝川「大東亜戦争や」
舞「(顔を歪め)ええ! あの残酷な侵略戦争」
滝川「そこが東京裁判に汚染されてる所や。『太平洋戦争』はアメリカ側から見た戦争、『大東亜戦争』は大東亜、要するに東アジアの治安維持を目的にした自衛の戦争で……日本だけが戦ってたんじゃなくて、現地の人も我が国の軍隊に指導を受けながら一緒に戦っててんや。中国の場合は、複雑な事情がうごめいてたけど」
舞「ちょっと待って、あんた、何でそんな東京裁判に批判的なんよ。あれって、確か
と、『太平洋戦争』の書籍をパラパラめくる。
舞「あ! これこれ。『極東国際軍事裁判』って言うお堅い名前やから、ガチっと、きちっとした裁判ちゃうのん? 『国際』って付いてるねんで」
滝川「国際って付いてようが、軍事裁判って付いてようが、茶番は茶番や。稚拙な報復劇にすぎん」
と、『パール博士の日本無罪論』と『東条英機の宣誓供述書』を見せる。
滝川「インド代表のパール判事以外、全員でたらめの判決文しか書いてない」
舞、滝川に見せられた本をパラパラめくる。
舞「裁判で、そんなんあり得んやろ」
滝川「あり得ん裁判やったし、戦争自体も映画以上の、えぐい政治工作の連続や」
舞「政治工作って、日本とアメリカがお互いに仕掛け合ったってこと?」
滝川「ソ連や」
舞「太平洋戦争は日米やのに、何の関係があるん?」
滝川「ソ連は世界中にスパイを送り込んでてん」
舞「ソ連が日本とアメリカを喧嘩させて、何の得があるん?」
滝川「ソ連はこの時ドイツと戦ってたし、日本はドイツの同盟国やったから挟み討ちに遭うのを恐れててんや。だから、日本の矛先をアメリカに向けさせた訳」
舞「え! それじゃ、テレビとかで言うてるのんと話、全然違うやん」
滝川「GHQが駐留してたときの悪い習慣まだ残ってるんや。アメリカは原爆使用もずっと正当化して、日本の暴走を止めるためやったとか、未だに言うてるけど、当時、暴走してたんはアメリカの方や。ソ連に操られてたことも知らんと」
舞、ページをめくる手が止まる。
滝川「原爆使用は勿論の事、空襲にしても民間人の殺傷は国際法違反や」
○回想・新幹線車内
目を輝かせて語る珠代。
珠代「その海を船がゆっくり進みながらボーって汽笛鳴らすんよ」
○回想・原爆資料館
原爆投下直後の呉市吉浦町の写真。
○再び中学校・図書室
ぼんやりしている舞。
滝川、舞の目の前で手を叩く。
舞、驚いて我に返る。
滝川「話、聞けっちゅうねん」
舞「でも……日本が侵略してたから、仕方なかったんちゃう」
滝川「まだ言うか」
舞「だって……」
滝川「だから、そこやん。お客さんが怒るの」
舞「へ?」
滝川「じゃあ、逆に聞くけど、何で日本が侵略したと思ってるねん」
舞「だって、テレビとか新聞でも、そう言うてるし。小学校の先生も、ちょっとだけそんな話してたし」
滝川「じゃあ、そのテレビと新聞もひっくるめて、当時の日本人だけやなしに戦後から今日までの七十年の間に生まれた日本人が全員、騙されてるとしたら、どない?」
舞「またまた、そんな。それじゃ、都市伝説やん」
滝川「GHQ……マッカーサーはそれをやってのけたんや」
舞「いや、無理、無理、無理」
滝川、舞を指さし、
滝川「できてるやん。さっきのお前の答えが動かぬ証拠や。GHQは戦後すぐにラジオや新聞なんかのメディアを利用して日本軍がどれ程、残虐な行為を行ったか、でたらめの情報を毎日流し続けたんや」
舞「そんなんやったら、反対意見も」
滝川「勿論あったよ。だけどGHQが、反対意見を抑えるために日本人を言論統制しててんや」
舞「それって戦前の日本軍の話やろ」
滝川「それは共産主義者を、あぶり出すためであって意味合いが違う。やり方が強引過ぎたんは否定できんけど、実際にソ連のスパイも捕まえた。一足遅かったけど」
舞「共産主義の何が悪いん?」
滝川「戦前戦後、殺人を含む数々の暴力・テロ事件を起こして、今、現在も公安の監視対象になってる。戦後の東欧諸国、ソ連、中国、北朝鮮、全部共産主義国や。住みたいか?」
舞「あ……」
滝川、『パール博士の日本無罪論』『東条英機の宣誓供述書』の二冊を指さし、
滝川「その二冊は日本が占領下にある間、発禁処分受けててんや」
驚く舞、再び本をパラパラめくる。
滝川「奴らは日本に全ての戦争責任を押し付けようとしてたから、パール判事と東条前首相の『日本が自衛の戦争してた』っていう主張は非常に不都合やった訳や」
舞「侵略じゃなく……自衛」
滝川「この東京裁判の首謀者やったマッカーサは、何年も後に、東京裁判は間違いやったって認めた。朝鮮戦争で米韓両軍の指揮を自分でとって、やっと日本が防衛してた事に気が付いた訳やな」
舞「思い込みだけで日本を犯人扱い?」
滝川「それとは裏腹にパール判事が、日本人全員無罪論を主張したのは何でやと思う?」
舞「それこそ飛躍しすぎちゃうん。日本も悪い事してるのに」
滝川「現在に至るまで戦争を裁く法は存在せんからや」
舞「え! でも、さっき国際法で民間人の何とかって」
滝川「それぞれの行為を罰する法が存在しても、戦争そのものに対する法は無い」
舞「それでも、悪い事したことには間違い無いんやろ」
滝川「喧嘩両成敗や。日本だけ裁かれるのはおかしい。アメリカは国際法も無視して日本の民間人を大量虐殺してるのに、何で、どこからもお咎めがないねん」
舞「それは……」
机の上のスマホが振動する。
滝川「戦争に勝ったからや。勝者は敗者の歴史を塗り替える。当たり前の事や……しかし、日本人はお人好し過ぎる。七十年も、こんな出鱈目、信じてるねんから。他所の国が押し付けてきた憲法を未だに書き換えることもできてない」
と、スマホを見る。
滝川「時間や。それ読んで復習しとけ」
と、扉の方に歩き出す。
舞、神妙な顔つきで本を読み出す。
第六章 滝川大先生の『日本近代史、本当のところ』(その2)
○舞の自宅・居間(夜)
座卓に置かれた『東条英機の宣誓供述書』と数冊の大東亜戦争の書籍。
『パール博士の日本無罪論』を読む睦。
舞、卒業制作をせっせと彫刻刀で彫る。
睦「茶番の国際裁判、政治工作、日本丸ごとマインドコントロール……スパイ映画とSF映画が何本か撮れそうやな」
舞「これ、全部、現実やから」
睦「敗戦後の事は分かったけど、日米開戦の経緯が、いまいちピンとこんねんなぁ」
舞「真珠湾攻撃やん」
睦「それ、きっかけやん。そこに至る経緯やん、知りたいのは。本、読んでても、それぞれ内容が食い違ってるし」
舞、難しい顔で考え込む。
○中学校・図書室
舞と滝川、長机に向かい合って座る。
滝川、頭を抱えて数学の問題を解く。
舞、大東亜戦争の書籍を読みながら、
舞「最新鋭の戦闘機は数学無しに動かせんよ。お父さんみたいな航空自衛隊員になりたいんやったら勉強、勉強! 教科書とか見ながらでもいいから自力で解いてみぃな」
半泣きで問題集と睨めっこする滝川。
舞「昨日、お母さんとかなり考えててんけど、答え出ぇへんねん」
滝川「うるさい!」
舞「……これだけ物量違うの分かってて、何でアメリカと戦争してんやろ?」
滝川「邪魔すんな」
と、教科書を前から後ろからパラパラめくって解法のヒントを探す。
舞「やっぱり真珠湾攻撃が発端やんなぁ」
滝川、ページをめくる手を止めニヤリと笑う。
滝川「日本に先制攻撃させるように、仕向けた奴がいてる」
舞「ああ、陸軍の暴走」
滝川「自分で真珠湾や、言うといて、何で陸やねん!」
舞「だって戦争になったんは、陸軍が暴走したからって、テレビとかでよう言うてるやん」
滝川「テレビはGHQに毒されてる言うてるやろ」
舞「だけど70年も経つねんで」
滝川「奴らは、未だに日本が占領されてると思ってるんちゃうか。お人好しやから自分らで報道規制かけてるんやろ」
舞「小学校の先生も言うてたで」
滝川「何年の?」
舞「6年」
滝川「何組?」
舞「1組」
滝川「ああ、バリバリの共産主義者やがな」
舞「普通の格好してたで」
滝川「共産主義者は、どんな格好してると思ってるねん?」
舞「え?」
滝川「え?」
舞「脱線せんと、早く教えてぇなぁ」
滝川「え、俺が悪いん?」
舞「回りくどい言い方するから、混乱してきたやん」
滝川「あ……まぁ、いいや。スターリンの三方面の秘密工作が日米開戦に大きく影響してる」
舞「どう、三方面よ」
滝川「日本、アメリカ、中国。それぞれスパイを送り込んで、ソ連が有利に動くために工作してんや。それぞれの国のソ連の協力者……共産主義者やな。と共謀して、国策をねじ曲げた。要するに日米の和平を邪魔した訳や」
舞「日米やのに、何で中国が関係あるん?」
滝川「中国の蒋介石が、日中関係を引っ掻き回した奴やけど、蒋介石の裏ににも工作員がいててんや」
舞「だから、日中がどう日米に絡むんよ」
滝川「黙って聞いてたら分かる! 段取り、邪魔すんな」
膨れっ面の舞。
滝川「まずは日本。ゾルゲっていうソ連のスパイと、朝日新聞の記者、尾崎秀実が、時の政権、近衛内閣に近寄って『ソ連と戦争するより、英米と戦争した方が国益になる』と言葉巧みに言いくるめて矛先をソ連から英米に向けさせた」
舞、手を挙げる。
舞「はい!」
滝川「何や」
舞「そもそも何で、日本はソ連と戦争しようとしてたん?」
滝川「ロシアは寒い国で、暖かい土地が欲しくて中国への侵攻を狙っててんや。だけど日露戦争で敗れて、簡単に中国に攻め入ることができんようになってんや」
舞「何で? 中国に日本の土地無いやん」
滝川「あったよ。日露戦争で勝った時に、遼東半島の租借権と東清鉄道を監督権をもらってた」
舞「勝ってんやったら、戦争する必要無いんちゃうん」
滝川「ソ連は油断ならん国や。負けてもまだ南の土地への執着は捨てきれんと、ちょっかい掛けてきてた。だから、日本国内でソ連を警戒する『北進論』と太平洋の資源を渇望する『南進論』に軍略論が分かれててん」
舞「ゾルゲと尾崎秀実は、日本の記者クラブみたいな所で知り合ったん? 『何かトクダネ無い』的な日常会話からお近づきになったとか」
滝川「いや、上海租界や。中国は上海で外国人に対して言論の自由と政治活動の自由を保障しててん。いわゆる治外法権やったから、スパイ天国になってた訳や」
舞「え? あの中国で」
滝川「当時の中国は、西洋人がやりたい放題や。ゾルゲと尾崎は上海でソ連の大規模な工作組織のメンバーになった」
舞「ゾルゲと尾崎は日本で何やらかしたん?」
滝川「尾崎は中国問題の専門家っていうところを高く評価されて、近衛首相とか多くの政治家から中国分析を頼りにされるようになった。その挙句、第一次近衛内閣嘱託として首相官邸に机まで与えられた」
舞「え? ソ連のスパイを首相官邸に出入り自由にさせた……大事な情報、盗みたい放題やん」
滝川「情報の流出以上に奴らの重要な任務は、最初に話したソ連から英米に矛先を向けさせることや」
舞「日本、ロシアに勝ったのに、これじゃ、やられたい放題やん」
滝川「その上にゾルゲは日本人に愛される外国人記者に成り済まして、ドイツがソ連に侵攻する情報を掴んで事細かにソ連に伝えた……ただ、当時のソ連の最高指導者のスターリンは得体の知れんゾルゲの情報に見向きもせんかった」
舞「っていうことは」
滝川「ゾルゲの情報は正確な日本政府の情報やねんから、当然のことながら、情報通りドイツはソ連に侵攻して、ソ連は大敗した」
舞「やれやれ、一安心やね」
滝川「いやいや、これでゾルゲの情報の正確さが認められてしまったんや。その後、ゾルゲからの情報をソ連は採用し始めた」
舞「まさか」
滝川「そう、尾崎が内閣に『南進論』を推して推して推しまくった挙句に、政府が決定した時も、ゾルゲはソ連にその情報を伝えた。それでソ連は戦争の相手をドイツだけに力を集中することができた」
舞「誰も気づいてなかったん? 警察とか」
滝川「特高警察が裏で捜査してたよ。もう後、一歩のところやってんけどな。ゾルゲがソ連に日本の軍略を送ったのが1941年10月4日、特高警察が逮捕したのが1941年10月18日。その3日前に尾崎が捕まってる」
舞「ソ連の工作活動は成功したんや」
滝川「まあな。ほんで、次はアメリカ。こっちはこっちでかなり怖い。共産主義者にホワイトハウス乗っ取られててんから」
舞「……え?」
滝川「日米開戦の要因の一つになった『ハル・ノート』。これを起草したのが財務省長官のモーゲンソーって言われてたけど、更にその元になる原案を考えた奴がいてる」
舞「ちょっと待った! 『ハル・ノート』って……何?」
滝川「日米開戦の話聞きにきて、こんな重要なもんも知らんのんか!」
舞「だから聞いてんねんやん。教科書に載ってないし……っちゅうか、明治以降、テストの範囲外とか何とか言われて教わってない気がする」
滝川「それは、日教組の連中の謀略や。戦後生まれの俺らは、明治以降の歴史は自力で本を読み漁って知識を身に付けるしかない!」
舞「に、ニッキョウソって、え、え、え? ソ連みたいな悪の地下組織的なやつ? 暗闇をフード付きのマント被って、ロウソク持って猫背で歩いてそうな。え、え、え? 先生がそいつらに操られてるってこと」
滝川「中々、いい線いってる」
舞「そんな危険な組織に操られてるのに、国は黙ってていいん?」
滝川「先生は操られてるんじゃない。まさにその悪の組織、日教組の一員やから! 日教組、正式の名を『日本教職員組合』という!」
舞「……それって、先生らの組合ちゃうん?」
滝川「奴らは、聖職を逆手に取って、教育という名の共産主義的マインドコントロールをしてる!」
舞「と、都市伝説やん、先生の組合がそんなん……悪の組織って言うてもた。(周囲をキョロキョロしながら)内申書に響かんやんなぁ」
滝川「都市伝説やない! 奴らは、憲法第9条をこよなく愛し、聞こえの良い言葉で日本文化や日本人を罵倒して共産主義を我が国に根付かせてる危険人物の集まりや」
舞「え? 水野先生も?」
滝川「あのおっさん、付き合い程度やろ。共産主義者の勢いがない。平和ボケでボーッとし過ぎや」
舞「なんか混乱してきたけど、今のことは、後回しや。で、『ハル・ノート』って何よ?」
滝川「別名を『雪作戦』。これもソ連が仕掛けた作戦や」
舞「雪? ソ連、寒いもんなぁ。行ったことないけど」
滝川「本物の雪とは関係ない。ハリー・デクスター・ホワイトっていうアメリカ財務省のエリート官僚のことや。そいつの名前の『ホワイト』から作戦名をとってる」
舞「またもや、大胆に国のど真ん中に突撃やな。アメリカまでって、どんだけセキュリティ緩かったん」
滝川「ホワイトは共産党員じゃなかったけど、財務省の機密を共産党員のチェンバーズに渡してた。1938年から 3年ほど、チェンバーズの離党とソ連国内の混乱でソ連との接触は途絶えた」
舞「ソ連で混乱……血生臭い匂いがする」
滝川「鋭いな。レーニンの没後、強迫観念に囚われたスターリンは秘密警察を動員してソ連の指導者、将校らを逮捕して処刑させた。その数、数十万人。ドイツが侵攻した時、指揮系統を潰したソ連軍は、素人ばっかりの軍隊になってしまって混乱を極めた挙句に大敗した」
舞「指導者の強迫観念だけで、同じ国のゾルゲの機密情報も無視する訳や」
滝川「とは言え、仮に情報受け取ってても、素人だけじゃ戦える状態やないわな。それから、3年後の1941年5月、ようやくソ連が別の共産党員を送り出した。ウインテカー・チェンバーズ。雪作戦、始動」
図書室のスピーカーから音楽が鳴り始める。
放送部員の声「間も無く下校の時間です。各部は戸締りをして」
滝川「続きは、また明日」
舞「ええー、ええー」
滝川、本を数冊渡す。
滝川「予復習して来い」
と、荷物をまとめると鞄を持って扉に向かう。
舞、頬杖つきながら渡された書籍をペラペラめくる。
図書委員、舞に近づき、
図書委員「さっさと片付けて出て行ってもらえます?」
舞、机の上に広がった何冊もの書籍を慌ててかき集める。
舞「(半泣き気味に訴える)片付けるん手伝ってー」
図書委員「片付ける時間も考えて、広げてくださいよ」
舞「ご近所さんのよしみやん」
図書委員「他の人に示しがつきませんので」
舞「あんたが3つの時にお漏らししたのん、私が掃除」
図書委員、舞の口を押さえる。
図書委員「(小声で)彼女が近くにいてるから、やめてもらえる」
図書委員の彼女、図書委員に手を振る。
舞「大人になったなぁ」
と、図書委員の方に数冊の本を押し付ける。
図書委員、ふてくされて数冊の本を抱えて本棚にしまい始める。
図書委員「偉そうに……2つしか変わらんやん」
舞「男前やなぁ。(図書委員の彼女に手を振りながら)あんたの彼氏、優しいし、めっちゃいい奴やでー」
首を傾げる図書委員の彼女。
舞、残っている書籍を本棚に片付け始める。
○舞の自宅・居間(夜)
舞と睦、滝川に渡された本を貪る様に読んでいる。
睦「今まで教わったこと、何やってんやろ?」
舞「日本はGHQの考え方に固執してるけど、アメリカの有識者は太平洋戦争の考え方が、時代とともに変化してるねんて。全員が全員、真珠湾攻撃が悪って思ってないみたい」
睦「しかし、共産主義って恐ろしいなぁ。スターリンって、強迫観念だけで何千万人も殺したって書いてるで」
○中学校・図書室
舞と滝川、向かい合って座っている。
滝川、腕を組んで椅子の背にもたれている。
舞、ノートや筆記用具を広げている。
滝川「今日は、予習の発表会や。どうぞ」
舞「え?」
滝川「インプットだけじゃ、頭に入らんやろ。インプットとアウトプットを両立させて初めて脳に知識が蓄積する」
舞「誰の受け売り?」
滝川「俺様で人体実験済みや。始めろ」
舞「偉そうにー。何なーん」
滝川「予習してないんか?」
舞「したよ!」
滝川「はよ、やれ言うねん。『雪作戦始動!』はい、アメリカは、どうなっていく?」
舞、不服そうにノートを開く。
舞「1941年4月、ソ連はヴィタリー・パブロフをワシントンに送り込んで、ホワイトに雪作戦の指示を出した」
滝川「どうやって指示を出した?」
舞「レストランに呼び出して、雪作戦のメモを見せた。ホワイトがそのメモを持ち帰ろうとしたら、パブロフは持ち帰りを拒否して暗記する様、指示した」
滝川「何が書かれててん?」
舞「『日本が中国と満州への侵略を中止して軍を撤退させること』、『日本が軍備の大部分をアメリカに売ること』」
滝川「ホワイトは、そのメモの内容をどうやって実行した?」
舞「最初は1941年5月に財務省の上司、モーゲンソー財務長官に覚書の形で提出した。内容は『米・英仏による外交の失敗に対する非難』と『日・独・伊に対して何もしないのは、アメリカにとって致命的』」
滝川「小言、言うただけ?」
舞「ソ連優位で日本を叩きのめせくらいの勢いの『ハル・ノート』原案を作成してた。前半の日本政府への提案は、一見日本が有利に見せかけてるけど、実は全部ペテン。例えば『排日移民法の廃止をする法案を議会に示し』ってあるけど、議会に提出したところで否決されて廃案になる可能性もある」
滝川「後半は?」
舞「パブロフの指示実行やね。さっきのメモにぜい肉つけた程度で、全くオブラートに包んでない」
滝川「例えば?」
舞「『すべての陸海空軍および警察力を満州建国前の中国までとインドシナおよびタイから撤収する』とか、『日本が軍備の半分をアメリカに売れ』とか『日本の軍備の半分をアメリカに貸与しろ』。。。パブロフより、ど厚かましい。大部分どころか全部日本の軍備をアメリカに渡して
日本は丸腰になれって内容になってる」
滝川「それは作成されて、すぐ日本に提示されたん?」
舞「いや、日米交渉のテーブルにはまだ乗ってない」
滝川「この当時のアメリカの他の政治家とか軍人の日米開戦に対する反応は?」
舞「外交当局とか財務省は対日制裁を強化してたけど、駐日大使のグルーとか陸海軍のトップは反対やった。そもそも、アメリカ国民は日米だけじゃなく、ヨーロッパ戦線も含めて参戦は反対してた。だから、その国民感情に合致した公約『不戦の誓い』を立てたルーズヴェルトが大統領選に当選したって経緯がある」
滝川「日本は?」
舞「一部の陸軍が積極的やったり、一部マスコミが国民感情を煽ってた感はあるけど、天皇陛下を始め、真珠湾攻撃の指揮を取ってた山本五十六とかは日米開戦を反対してた」
滝川「アメリカで日米開戦を反対してた人らは、何か行動起こしてた?」
舞「11月の時点やったら、日米開戦の回避論が大勢やった。駐日大使のグルーとか日米開戦を避けたい人らで、暫定協定案が作成されてた。日本にとって一番厳しいアメリカの制裁は資産凍結と石油の禁輸やったから、暫定案はそれを緩和する内容を盛り込んだもんやった」
滝川「例えば」
舞「フランス領インドシナ……えっとー、現ベトナム、ラオス、カンボジアに進駐していた日本軍が撤退するんやったら、アメリカは資産凍結や石油の禁輸を緩和するとか」
滝川「日本は同意した?」
舞「もちろん! 日本側も、日米開戦を望んでないから大使二人を訪米させて、ハル国務長官と協議して同意した」
滝川「それは、いつ?」
舞「1941年11月15日」
滝川「でも、11月26日に日本側に提示された『ハル・ノート』の内容はホワイトの原案に近いのは何で?」
舞「11月17日、和平案に日米が同意した情報を手に入れたホワイトは、血眼で和平案を潰そうとしたから。ホワイトは勝手に上司のモーゲンソー財務長官の名前使って、ルーズヴェルト大統領にメモを送ったんよ。ルーズヴェルトを持ち上げながら、日本に対する悪印象を残すような文面で」
滝川「日米交渉を主導してた国務省を無視して、モーゲンソー財務長官も寝耳に水やった訳やな」
舞「メモと同じタイミングで強硬な対日案として『モーゲンソー試案』もルーズヴェルト大統領に送られた。これが最終的なハル・ノートの元になった」
滝川「だけど、ホワイトの思うがまま、国務長官はすぐに強硬対日案を日本に叩き付けた訳やないやろ。日米交渉主導している自分らスルーしてるねんから」
舞「そう! 11月25日までハル国務長官は、和平案の暫定構想案で進めようとしてたんよ。だけど、またソ連の工作員が止めを刺しに掛かってきた。その工作員は、大統領補佐官のラフリン・カリーと蒋介石率いる中国国民党の顧問で派遣されてたオーウェン・ラティモア」
滝川「いよいよ、中国が絡んできたやん」
舞「そうやねん。わかってきたよ、私!」
滝川「じゃあ1941年11月25日から11月26日の間に何があってん?」
舞「1941年11月25日、中国のラティモアから蒋介石のメッセージとして公電をカリー宛に送ってきた」
滝川「ラティモアとカリーの関係は?」
舞「カリーはソ連の工作員で、カリーがラティモアを中国国民党の顧問に送り出したんよ」
滝川「ラティモアの公電は何て書いてたん?」
舞「日米の和平案に対して強い反対の意思を示してるとか、中国人はアメリカへの信頼を失うとかって。それを助長したんがカリー。ラティモアからの伝聞やから、ほんまに蒋介石のメッセージか、わからんのにカリーが『蒋介石からのメッセージ』って更に助長したんよ」
滝川「それでハル国務長官は」
舞「1941年11月26日、ハル国務長官は日本の大使を呼び出して、ホワイト原案の対日強行案『ハル・ノート』を突き付けたんよ」
滝川「だけど日米和平を放棄したんは、蒋介石のメッセージだけ?」
舞「文書で残ってるんはそれだけやねんて」
滝川「よくやった! せやな。ルーズヴェルト大統領の日米開戦の決断と蒋介石のメッセージの因果関係が、はっきりするんはこれからってとこやな」
と、書籍『日本は誰と戦ったのか』を閉じる。
舞「1941年……昭和16年12月8日真珠湾攻撃」
と、一冊の本を開く。
開かれたページは真珠湾攻撃に関する写真と説明が記載されている。
○回想・アメリカ・ホワイトハウス前
T「1941年アメリカ」
ホワイトハウスの前景。
門の前で大勢のアメリカ人が、プラカードを持って大声で叫ぶ。
滝川の声「『非常事態を作った原因を叩きのめせ!』と、世論が騒ぎ出す」
プラカードに赤字で書かれている『Remember Pearl Harbor!』の文字。
○再び中学校・図書室
滝川「ソ連の工作は大規模で巧妙やった」
舞「アメリカは太平洋戦争の終戦後、すぐに共産主義者に対する調査会とか作って公聴会開いたり、追求したりして取り締まったのに、何で日本はまだ放置してるんやろ」
滝川「危険やな」
舞の開いている本に記載されている開戦の詔勅(仮名が振られている)。
舞「開戦の詔勅……天佑ヲ保有シ萬世一系ノ皇祚ヲ踐メル大日本帝國天皇ハ昭ニ忠誠勇武ナル汝有衆ニ示ス 朕茲ニ米國及英國ニ対シテ戰ヲ宣ス」
滝川「そう、昭和一六年一二月一日の御前会議で陛下はご聖断を下された。この攻撃も慎重に慎重をを極めた。攻撃命令までにアメリカ側が何らかの改善する動きが、あったら即時攻撃は回避することになってたんや」
舞、本を開いて真珠湾攻撃の写真を見る。
滝川「『戦うも亡国、戦わざるも亡国。戦わずして滅びるのは、民族の魂まで失う、真の亡国である』海軍軍令部の永野修身総長の言葉や」
第七章 諸外国から狙われ続ける日本〜太閤さんも徳川一族も必死に日本を守った
○舞の自宅・居間(夜)
夕飯を摂る舞と睦。
テレビには反日運動で声高々に主張を訴える韓国の人々の映像。
睦「あれだけ言うんやったら、嘘やなかろうし。謝ったらいいのにな」
舞「誰かも、納得いかんからって、謝ってないんちゃうん」
睦「それと、これとは話が別やん」
舞「いやいや、日本が謝らんのは、謝る理由がないからやん。まあ、お母さんの場合は謝る理由が分からへんだけやけどな。あらら」
睦「く、国の方は意地張ってるだけちゃうん」
舞「だから、意地張ってるんは、お母さんやって。国はあんな出鱈目、相手にしてないだけなんよ。謝る見込みないんやったら、次の道のこと考えた方が有意義じゃない?」
睦「自分が悪くないのに、やめさせられる方が更に屈辱やん」
舞「とはいえ、無収入で親子二人どうやって生きていくん? 自治体のお世話になるん?」
睦「あ……ハハハ。どうにかなるよ」
舞「ああ、いっつもの行き当たりばったりな感じやね」
睦「あ、それって、あれに似てるな。『行き倒れ、バッタリ』」
舞「そんな言葉あったっけ?」
睦「なかったっけ?」
舞「まあ、とりあえず、そうならんように、気を付けてください。その時には、私は叔父さんの所でご厄介になりますので。養女の手続きって難しいんかなぁ」
睦「あんた、リアルすぎて恐いわ」
舞「何はともあれ、お母さん、気を引き締めて事に当たってください。親子が離れ離れにならんで済むように」
睦「承知!」
と、敬礼する。
○舞の自宅・台所(夜)
洗い物をする睦。
舞、本を睦に見せる。
本の表紙『戦争犯罪国はアメリカだった! 著・ヘンリー・S・ストークス』。
睦「なにそれ?」
舞「図書館で見つけた」
睦「ふーん、また返しとくわ」
舞「日露戦争とか大東亜戦争から始まった話じゃなかったみたいやで。日本の防衛は」
睦、タオルで手を拭き、本を読み始める。
舞「明後日、学校に持っていくから、その後で返しに行って」
睦「うん」
○滝川宅・滝川の部屋(夜)
机に山積みされた木片。
筆で木片に文字を書く滝川。
手が墨で所々、黒くなっている。
最後の一筆を書き終えると満足げに木片を眺める。
○第八中学・教室
滝川と浪川、新たな憲法九条の木片を生徒たちに配る。
水野「おい、何でいちいち書き直してるねん」
滝川「我が国の憲法を、あんなヒョロヒョロした線のサインペンで書くとは、何たる侮辱! (生徒たちに)おい、配り直したのん、お手軽なサインペンの方で彫るなよ。こっちの、きちっとした筆の方で彫ってこい」
と、木片の筆で書いた面を見せる。
水野、生徒の机の横を歩きながら木片の枚数を確認する。
水野「あれ? 何か、枚数、増えてない?」
滝川「数学教師が数も数えれんのんか! 数学教師の風上にも置けんなぁ、とっとと、やめてしまえ!!」
水野「いや、しかし、一枚や二枚の騒ぎやないで。お前こそ、元の枚数覚えてるんか? 一人、一、二枚ぐらいやったのに、三枚の子とかいてるで」
滝川「(水野に)気のせい、気のせい(生徒たちに)失敗したり、ギブアップの時は、いつでも相談にきてなー」
水野、生徒に配られた木片をこっそり覗き見る。
水野「おい、滝川、何か関係ない文字、混じってないか」
滝川「そんな訳ないやろ」
水野「いや、でもこの三人に配られた文字『国』『軍』……『防』?」
滝川「全部入ってるやん」
水野「いやいやいや、おかしいって。国は『日本国民は、正義と秩序を基調とする』で、OKやん。軍も、『陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない』で、これもOKやん。問題は『防』や。どこに出てくるねん」
滝川「分かった様なこと言うな! 貴様、憲法第9条を一字一句覚えてるんか!」
水野「そらで言えるよ
滝川、胡散臭そうに水野を見る。
水野「証明したるわ。ええか、よう聞いとけよ。日本国民は、正義と秩序を」
滝川、水野に睨みを効かせながら扉の方に向かう。
水野「おい! 滝川、どこ行くねん!」
滝川「(扉の外に)すいません、もうちょっと待ってもらえます」
水野、壁に掲示している時間割表を見る。
月曜の一時間目に『日本史』の文字。
滝川「で、何やって『防』が」
水野「いや、あの、えっと……後でいいわ」
と、急ぎ足で扉に向かう。
水野の声「あれ、あれ、あれれー?」
生徒たち、俯き肩を震わせて笑いを堪える。
廊下から足音。
竹村の声「何か探し物ですか?」
水野の声「いや、あの、今、来られたんですか?」
竹村の声「そうですよ」
生徒たち、弾けた様に笑い転げる。
水野、勢いよく扉を開け、
水野「こらー! お前らー!」
生徒たちの笑い声は一層大きくなる。
竹村、水野を押し退けて教室に入り、黒板を手で叩く。
静まり返る生徒たち。
驚く水野。
竹村「他のクラスに迷惑やろ! (水野に)なめられ過ぎや」
水野「すいません」
と、一礼して教室を出て行く。
○第八中学・教室
舞と女子生徒B、小声でヒソヒソ話している。
舞「(女子生徒Bに小声で)おっさん、今日も絶好調やな」
女子生徒B「(小声で)あれって、狙ってるんかな」
舞「(小声で)ああ、数学教師なだけに計算し倒してるってやつちゃう」
女子生徒B「(小声で)あれが計算やったら、赤点取って補習コースまっしぐらやん」
舞「ほんじゃあ、あれ天然? ガハハハー」
女子生徒B「(指を口に当て)シーっ!」
竹村、舞と女子生徒Bに近寄り、
竹村「お、小林、今日は元気そうやな」
舞「おかげさんで。目パッチリですわ」
と、バチバチ瞬きする。
竹村「宿題やってきたやろうな」
舞「勿論ですよ、先生」
と、足元に置いた紙袋から数冊のノートを取り出す。
竹村「これ家で書いて来たんか」
と、ノートをパラパラめくる。
舞「歴史の教科書を読めば読むほど不可解で、山のように質問が出て来ました」
竹村「大したもんや。歴史というのは探究心無しに語れん学問やからな」
舞「ただ……先生が宿題に出した範囲外の質問もあるんですけど」
竹村「小林、でかした! 何でも質問しなさい」
舞「鎖国はキリスト教を締め出すための政策とか、徳川幕府が私腹肥やすためっぽい表現で教科書に書いてあったんですけど」
竹村「私腹を肥やすまでは、書いてないけど要約したら、そうやな」
舞「だけどね、他の本やったら宣教師たちが日本人を人身売買する目的で連れ去ったって書いてましたよ。だから、豊臣秀吉も徳川幕府もキリスト教を禁止せざるを得んかったって」
竹村「いやいや、徳川が私腹肥やしてたんは事実や。大体、参勤交代もそうや。地方の武士から搾取して力を弱めててんから」
舞「先生、それやったら二つの話が入り混じってます。キリスト教の締め出しと、参勤交代は目的が全く異なります。キリスト教の締め出しは外敵から日本を守るため、参勤交代は国内の治安を安定させるため諸国大名の力を弱めさせた。良し悪しは兎も角、アプローチが違うものを同じ話の中に混ぜ混むのは混乱の素です」
竹村「ん、いいとこに気づいたな。整理することは大事なことや。よし、じゃあキリスト教の話から行こうか」
舞「かしこまりました」
竹村「しかし、聖職者が人身売買って言うのは飛躍し過ぎちゃうか」
舞「そう仰るなら、今から読むの、よく聞いててくださいよ」
舞、紙袋から付箋だらけの本を取り出し読み始める。
舞「行く先々で日本女性がどこまでいっても沢山目につく。ヨーロッパ各地で50万という。肌白くみめよき日本の娘たちが秘所まるだしにつながれ、もてあそばれ、奴隷らの国にまで転売されていくのを正視できない」
竹村「こらこら」
舞「天正遣欧少年使節の少年がローマ法王に訴えた一節です。五十万人も自国民を拐われたら、入国を禁止するのは当然のことじゃないんですか」
竹村「そんなもん、ガセネタや。そんなん、読むのやめなさい。五十万人も誘拐されて教科書に載らん訳ないやろ」
舞「それやったろ、先生は伏見桃山時代や江戸時代に友達いてたんですか?」
竹村「いてる訳ないやろ!」
舞「じゃあ、何でガセって分かるんです?」
竹村「いや、それは……」
舞「ちなみに私が、この本を信じたのは」
と、本の著者の写真を指差す。
舞「著者が白人さんだからです。ご自身の国の事実もしっかり、執筆されてます。普通、自分の先祖にあたる人たちを、ここまで、こき下ろしますか? 嘘とは思えません」
滝川「(小声で)そうや、そうや。未だに先祖をこき下ろして粗末にしてる残念な国民もいてるけどな」
竹村「何て、滝川?」
滝川「え、ああ。後で小林さんに僕から、しっかり説明しときますわ」
胡散臭そうに滝川を見る竹村。
滝川「僕はね、憲法第九条に目覚めた平和主義者ですよ。先生。これを見てください」
と、『平』『和』の木片を見せる。
竹村「それ滝川が書いたんか? 見事なもんやなぁ」
滝川「書道九段!」
竹村「この調子で答案も読める字書いてくれるか。お前の採点だけで時間えらいかかるんや」
滝川「承知つかまつった! 筆持参します」
竹村「シャーペンでいいから」
舞「先生、参勤交代は」
竹村「他の子のも聞きたいから、また次回な。そしたら、他」
と、出席簿に目を落とす。
女子生徒A、手を上げ、
女子生徒A「舞の他の質問も聞いてみたーい」
浪川「俺も、俺も」
生徒たち、口々に舞を支持する発言を口にする。
竹村「お前ら宿題やってきてないんちゃうか」
女子生徒A「いやいやいやいや、そうやなしに。宣教師が人身売買組織の一員やったっなんて、先生もテレビも教えてくれへんやん」
女子生徒B「同じ白人がそれをカミングアウトしてるんも説得力あるし」
竹村「カミングアウトって、お前。じゃあ、後、一個だけやで。小林」
舞「えーっと、それじゃあ」
竹村「参勤交代か」
舞「いえ、それよりも質問したいことがあります。でもちょっと世界史も入るんですけど」
竹村「どうぞ」
舞「アメリカ大陸はイギリス、スペインなどのヨーロッパの国が原住民の人達を大量虐殺して侵略した末に、アメリカやメキシコ、ペルー、カナダなどの国ができたっていうのは本当ですか?」
竹村「映画で考えたら分かりやすいな。僕らが子供の時は、西部劇っちゅうもんがあって、原住民の人らを悪もん扱いして白人はアメリカ建国を正当化してたけど、90年代に入って実は白人が原住民の人らを迫害してたことを映画にし始めたんや。『ダンス・ウイズ・ウルブズ』なんかが代表的やな。総合的に考えても侵略、蹂躙したことは確かや」
舞「そう考えると白人による日本人の大量誘拐もあながち、嘘とは言い切れませんよね。と、言うことは、やむを得ず、鎖国したとも言えるんじゃないんですか。もし、ほんまに私腹を肥やすためやったら、国を開きっ放しにして、いろんな国と商売した方がガッツリ儲けることができるんじゃないんでしょうか?」
竹村「言われれば、そうやな。歴史はいろんな角度から検証することが大事や。史実は百年経過せんと、歴史としては証明しがたいって言うからな。教科書も、先生が子供のときから考えたら色々変わったわ。よし、ようやった、小林。この調子で、これからもしっかり勉強しぃや」
舞「はい!」
と、敬礼する。
竹村「みんなも、今日の小林の話で歴史に興味持てたみたいやから、小林に聞くのもいいし、他にも興味でてきたら自分で本とかインターネット調べてみるのもありや。発表したくなったら、事前に言うてくれ。今日みたいに時間取るから」
滝川、張り切って手を挙げ、
滝川「先生、次回、僕が発表しまーす!」
竹村「お前は最後や」
滝川「先生、何でですか? 今すぐにでも、発表できるんですけど」
《チャイムの音》
竹村「はい、終わり! 今日は有意義な授業になったな。ありがとう、小林! 次回は普通の授業に戻るからな。はい、日直」
日直「起立、礼、着席」
竹村、教室を出て行く。
○第八中学・教室
滝川、舞に近づき、
滝川「やるやんけ」
と、肘で舞を小突く。
舞「あんたが喜ぶことなんか、何もしてないけど」
滝川「あのおっさんを、あそこまで認めさせるとは。お前の強引さの勝利や」
舞「あんたが説得できひんのは、感情的になりすぎるからやん。有事では完全にマイナスー。何事に於いても肝心なんは、冷静さでっせ、兄さん。軍隊の場合、『冷静さ』は特に重要じゃないのん。あんたより私の方が、自衛隊に向いてるんちゃう?」
悔しそうに舞を見る滝川。
何食わぬ顔で本を読む舞。
○舞の自宅・舞の部屋(夜)
舞、机で勉強している。
睦、ノックして入ってくる。
睦「あの本、明日返却日やから、返してくるわ」
舞、紙袋から授業で引用した本を取り出す。
睦、本をパラパラめくる。
睦「やっぱりこの本、決定的やったな」
舞「よその国の人の証言でやっと納得して、自分の国の元総理の証言も信じられんなんて、ほんまに今の日本は歪んでるな」
睦「それ以前に弱りきってた人らの心を操るって、卑劣すぎやわ。パール判事が一番心配した『自虐史観を信じる国民』が大半になってきてるのも悲しいな」
舞「日本人が、戦争の謀略に気づくのは、もっと先なんかなぁ。私らだけじゃ何にもできひんもんなぁ」
睦「歴史の新しい側面を知った人が、戦争の話する機会があるときに、否定されても言い続けたら、いつか嘘の歴史は消えてなくなるわ」
舞「せやな。一人一人の小さな心がけで事実が日の目を見る日が来るって感じやね」
睦「明日、お客さんに謝ってくるわ。最初の第一歩や」
舞「うん」
第八章 最初の第一歩
○PC教室・応接間
睦、坂谷、並んで座る。
上座に座る西原、不機嫌に腕を組んでいる。
睦、頭を下げ、
睦「この度は無知からくる失言の数々、誠に申し訳ございませんでした。そして、本日はご足労頂き、誠にありがとうございました」
西原「客が減るの、そんな困るんか?」
睦、顔を上げ、
睦「いいえ、お客様が憤慨された理由を、ようやく理解致しました。謝罪する機会、そして勉強する機会を与えて頂いた事も重ねて御礼申し上げます」
西原「見え透いた事を」
睦「娘と一緒に大東亜戦争の事を調査させて頂きました。自分の先祖、この国を守った英霊そして我が国の諸先輩に、今は、ただただ感謝するばかりです。娘も私も今は日本人であることに、大変、誇りに思っております」
西原「えらい、変わり様や。気味悪いわ」
睦「是非とも『大東亜戦争の真実』を仕上げて、戦後生まれの私達にご教示ください。私どもスタッフも、精一杯サポートさせて頂きますので」
と、頭を下げる。
坂谷「何卒、よろしくお願い致します」
と、続いて頭を下げる。
頭を下げる二人をじっと見る西原。
西原「真珠湾攻撃の原因は何や?」
睦「ハルノートですね。ただ、ハル国務長官はギリギリまで、日本との和平交渉を進めようとしてたのに、ルーズベルト政権の主要ポストにソ連の工作員が潜り込んでたから、和平を邪魔されて」
《西原の携帯電話からメールの着信音》
西原、携帯電話を見る。
西原「その先、面白くなってきそうやな。孫迎えに行くから、続きは明日や」
と、立ち上がり扉の方に歩き出す。
坂谷「え? じゃあ」
西原「『大東亜戦争の真実』再開や。ソ連のスパイの話は多少知ってたけど、もうちょっと面白い話聞けそうやな」
睦と坂谷、立ち上がり深々とお辞儀する。
睦・坂谷「ありがとうございました」
西原「うん」
と、後ろ手で手を振り部屋を出る。
西原の姿が見えなくなっても、頭を上げずお辞儀を続ける睦美と坂谷。
○小林宅・舞の部屋
勉強机に広げた原稿用紙を前に頭を抱える舞。
原稿用紙にはタイトルだけが記されている。
『卒業式 答辞』
舞、ブツブツ呟く。
舞「天皇陛下、君が代、憲法第九条……」
舞、女子生徒Bに電話する。
舞「なぁ、答辞どうしよう……うん、うん」
電話しながら、パソコン画面の検索エンジンに『卒業式 答辞』と入力する。
○中学校・体育館
卒業式リハーサル。
日野真由美(48)のピアノの伴奏で生徒や教職員が『君が代』を斉唱する。
生徒たち、儀礼的に歌う。だるそうに歌う者、後ろの生徒と会話する者、こっそりスマホを操作して全く歌わない者。
一部の教師、口を一文字にして下を向いて歌わない。
一部の教師の様子に困惑する校長と教頭。
場内の歌う姿勢を不服そうに目を光らせる滝川。
× × ×
生徒たち、壇上に向き整列して座る。
校長、並びに教職員一同、壁側に一列に座る。
壇上に立つ舞、答辞を読み上げる。
舞「三年間のさまざまな思い出が頭によみがえってきます。体育祭、水泳大会、文化祭、修学旅行」
× × ×
リハーサルが終了し、参加者が体育館から出て行く。
女子生徒Bと舞、談笑しながら歩く。
水野、舞に声を掛ける。
水野「爽やかで良かったよ」
舞、はにかんだ笑顔を見せる。
滝川、水野の背後から、
滝川「無難で、いまいちやったよ」
女子生徒B「そ、そんなん言うんやったら、あんたが代わりにやりぃや」
滝川「(嬉々として)マジで!」
水野「いやいや。滝川、何が気に入らんねん」
滝川「何かこう……機械的っていうか……インターネットで『卒業式 答辞』で検索したような」
女子生徒B、図星で胸を押さえる仕草。
水野「いや、でも小林も一生懸命考えたのに、それは言い過ぎやろ。な、小林」
舞、心苦しさに胸を押さえる仕草。
女子生徒B、天井を指差し、
女子生徒B「あ!」
水野、滝川、舞、指差す方向を見る。
女子生徒B、舞の腕を掴んで走り去る。
滝川と水野、二人の後ろ姿を呆気に取られた様子で眺める。
滝川「(鼻で笑い)こんなしょうもない事に引っかかりやがって」
水野「お前もやろ」
と、滝川の頭を軽く叩く。
睨み合う滝川と水野。
○パソコン教室
パソコン画面に映し出されているホームページのタイトル『大東亜戦争の真実』。
睦と西原、画面を指差しながら朗らかに会話している。
第九章 君が代特別修練
○中学校・音楽室
旭日の鉢巻を締め、片手に竹刀を持つ滝川が黒板の前に立つ。
滝川「(日野に)御老女、本日は私がこの場を取り仕切りますので」
日野「御老女って、あんた」
滝川、竹刀でピアノの椅子を指す。
滝川「あちらにお掛けください!」
日野「いや、滝川君」
滝川、竹刀で黒板を叩く。
滝川「只今より、『君が代』特別修練を執り行う」
男子生徒D「(滝川に)おい、それ俺のやんけ」
滝川「この鉢巻か?」
男子生徒D「そんな、いかつくない」
滝川、竹刀を持ち上げ、
滝川「こっちの方が、いかついんちゃうか。君のような剣士であれば、たちどころに相手を殺傷してしまう威力がありそうやな。丁寧に取り扱うので少々、拝借したい」
男子生徒D「そ、そういうことで、あれば」
浪川、男子生徒Dの頭を小突く。
浪川「乗せられんな。止めろや」
滝川、竹刀で床を叩き、
滝川「只今より『君が代』特別修練を執り行う」
男子生徒D「おい、お前どこが丁寧やねん!」
滝川「ハハハ、失敬、失敬。熱が入りすぎた」
男子生徒D「どないしてん、お前……いっつも以上にヤバイやん」
浪川「(男子生徒Dに小声で)何か悪いもんでも食うたんちゃうか。あいつ」
男子生徒D、分からないとばかりに首を振る。
女子生徒A「滝川、ギョーカイ人」
滝川「何でや」
女子生徒A「だって、さっきから『シュウレン』、『シュウレン』って、逆言うてるやん」
滝川「何の逆やねん」
女子生徒A「『レンシュウ』」
滝川、竹刀を床に投げつける。
滝川「逆に読んでない! 漢字も違う!」
男子生徒D、ここぞとばかりに竹刀に手を伸ばすが、滝川がすでに竹刀に足をかけている。
女子生徒A「似たようなもんやん」
滝川、竹刀を拾い上げ床を叩く。
滝川「全く違う!」
滝川を、うっとうしそうに眺める女子生徒A。
滝川「『練習』とは厳しかろうが温かろうが、ただただ繰り返す事や。しかし『修練』とは、厳しく己を鍛える、いわば修行のようなもんや」
滝川、竹刀を女子生徒Aに突きつける。
滝川「我がの星へ帰れ、この地球外生命体」
女子生徒A「ち、地球外生命体?」
滝川、竹刀で床を叩く。
女子生徒A、ビクリとしながら不気味そうに滝川を見る。
滝川「今から私語は禁止や!」
うんざりした様子の生徒たち。
滝川「君が代、斉唱! 全員起立!」
だるそうに立ち上がる生徒たち。
滝川、床を竹刀で叩く。
滝川「シャキッと立たんかい、シャキッと。やり直しや」
生徒たち、不服そうに着席する。
滝川「君が代、斉唱! 全員起立!」
軍隊の如き勢いで立ち上がる生徒たち。
滝川、ご満悦の様子で一同を見渡す。
男子生徒のほとんどが学ランのボタンを上まで閉めておらず、シャツをズボンの外に出している。
滝川「(男子生徒たちに)お前らなめてんのんか!」
男子生徒A「何がやねん」
滝川「今から、大事なお国の歌を歌おうという、この時に、何やそのだらしない格好は!」
男子生徒C「お前も、さっきまでやってたやんけ」
滝川、竹刀で床を叩く。
滝川「普段ダラダラしてても、ここぞというときにはビシッと決める。これを世間ではケジメと呼ぶ! 覚えとけ」
滝川、再び竹刀で床を叩く。
怯える男子生徒C。
滝川「さっさと直せや!(他の男子生徒を見渡しながら)お前らもや」
男子生徒たち、半泣きでオロオロしながら制服を正す。
呆れ顔の女子生徒たち。
滝川、女子生徒たちを鋭い視線で見渡す。
女子生徒B「エロい目でジロジロ見んなっちゅうねん」
女子生徒たち、意地悪そうにクスクス笑う。
滝川、竹刀で床を叩き、
滝川「茶髪に、ピアスに、ゴテゴテの爪。何よりも、お前ら、足、出しすぎちゃうんか!」
女子生徒A「滝川、やらしいー」
舞、机の上に載ってスカートに手を置き、
舞「もっと見したろか?」
男子生徒たち、狂喜乱舞で大騒ぎする。
女子生徒たち、舞を指差して大笑いしている。
滝川、舞の足を手で叩く。
舞「ああん、下から覗かんといてー」
と、スカートを押さえる。
滝川「お前が上にいてるんであって、俺が下にいてるんじゃない!」
女子生徒A「滝川の話だけ聞いてたら、何かエロいな」
生徒たち、更に大爆笑する。
舞「キャッ」
と、頬に手を当てる。
笑いの止まらない生徒たち。
滝川、床に竹刀を何度も叩きつける。
一層、大笑いする生徒たち。
日野、立ち上がり、
日野「ちょっと、あんたら静かに」
滝川「誰がぶっとい大根見て、欲情するんじゃ! この、どアホ!」
膨れっ面の舞。
舞「先生、滝川君、私の足、大根って言うー」
日野「小林さん、さっさと降りなさい」
舞「でもなー」
日野「早く!」
舞「はーい」
と、机から降りる。
日野「それと滝川君」
滝川、ピアノの椅子を竹刀で示し、
滝川「御老女は、あちらへ」
日野「あんた、全然仕切れてないやないの」
滝川「先生、これからですよ。口出しせず生徒を見守るのも教育の一貫じゃないんですか?」
日野「いや、でもな」
滝川「御老女はあちらへ」
と、ピアノの椅子を竹刀で示す。
日野「あ……次、大騒ぎになったら終わりやで」
滝川「畏まりました(生徒たちに)お前ら、聞いての通りや。この時間だけで済まんかったら放課後も休みもないと思え!」
生徒たち「ええー!」
日野「そんな事、一言も言うてない!」
滝川、竹刀で床を叩き、
滝川「冗談やないからな! 心して掛かれ!」
半泣きの生徒たち。
呆れ顔の日野。
日野、ピアノで君が代を演奏している。
生徒の間を、巡回する滝川。
浪川、小声の上に猫背で歌っている。
滝川、浪川に近寄り、
滝川「姿勢は気を付けや。手は足の横に付けて、指先まで伸ばす」
他の生徒も、滝川の指示で一変に姿勢を正す。
滝川、立ち止まり生徒たちの歌に耳を澄ませる。その表情、不機嫌そのもの。
滝川「あかん、あかん! 息継ぎの場所、間違えてる。先生の伴奏がまずいんですよ」
日野「何、言うてんのん。毎年これで誰にも文句、言われたこと無いで」
滝川「でも、僕は入学式のとき、ちょっとイラっときましたけどね」
日野「何で、その場で言わへんのん。中坊になったばっかりで、臆病風、吹かしてたか」
滝川、竹刀で床を叩く。
日野と生徒たち、ビクリとする。
滝川「先生、入学したての僕は心苦しかったんです。年長者に、ましてや音楽が専門の先生に意見するなど。しかし、これが最後のチャンスやから、意を決して物申してるんです。何でか分かりますか。今、この瞬間、この場で注意しとかんと、先生は一生、我が国の国歌を間違えたまま伴奏して、その教え子もまた」
日野「分かった、分かった! そこまで言うんやったら、あんたが一回手本に歌ってみぃや」
滝川「どいつも、こいつも愛国心の欠片もない。よう聞いとけよ」
滝川、『君が代』を朗々と歌う。
♪君が代は千代に〜
感心した様子で滝川を眺める生徒たち。
滝川「そして、歌い終わったら、国旗に一礼」
滝川、鉢巻を取り、頭上に掲げて一礼する。
生徒たち「(感激して)おおー」
音楽室の窓から、この様子を目を細めて眺める竹村。
滝川、竹村に気づいて扉を開け、
滝川「先生いかがでしたか? 一緒に練習しませんか」
忌々しそうに滝川を睨む竹村。
滝川、扉から顔を出し、
滝川「先生ー! ただ今、憲法第九条、絶賛製作中でーす」
戻ってくる竹村。
竹村「九条に目覚めて何で、君が代や」
滝川「我が国は民主主義の国ですから」
と、微笑み返す。
竹村「あ……せやな。九条の方、楽しみにしてるわ」
滝川「承知しました!」
第十章 リリース間近!みんなの憲法第九条
○舞の自宅・舞の部屋(夜)
睦、ドアを少し開けて中の様子を窺う。片手に冊子を持っている。
舞、机に頬杖をついてぼんやり考え事をしている。
睦、舞の目の前で手を振る。
驚く舞。
睦「ええもん、見つけてん」
睦、持ってきた冊子を舞に渡す。
冊子の表紙に『大阪大空襲 体験記』と記されている。
舞、冊子をパラパラめくる。
睦美「それお婆ちゃんが、戦争の話したくないからって、くれてん」
舞「何で話したくないんやろ?」
睦「お婆ちゃん、曾お祖母さんなくなった時ショックで一時的に声失ったらしいんよ」
驚く舞。
睦「戦争っていうのは、私らじゃ想像つかんほど過酷な経験やと思うねん。そういう辛いこと、どうやって質問していいか分からんわ。舞も辛い思い出、質問されるの嫌やろ」
舞、しょんぼりと冊子に目を落とす。
睦「滝川君に教えてもらった後で、これ読んで良かったわ。太平洋戦争って教科書の一部としか思って無かったけど、やっと家族の苦しみと向き合えた気がするわ」
舞「ずっと読んでなかったん?」
睦「何か恐くて。でも今回、大東亜戦争の勉強してやっと勇気が出た。いろいろ、ありがとうな。会ったことのない、お祖父さんとお祖母さんの事、初めて深く考えることできたわ」
舞「それ言うたら、私もやん。歴史は単なる学問じゃなくて、私らの人生にまで繋がってるって初めて気がついたわ」
睦「それ読み終わったら、声かけて。子供の時に、ちょっとだけお婆ちゃんから聞いた話するから。きっと、読み終わった後の方が理解しやすいと思うよ」
と、扉を閉めようとする。
舞「なあ、お母さんが、お婆ちゃんの思い出壊したんちゃうで。ルーズベルトとトゥルーマンとソ連が壊したんやで」
睦「……せやな」
と、寂しそうな笑みを浮かべて部屋を出る。
舞、冊子を読む。
○中学校・教室(朝)
ホームルームの時間。
教壇に立つ水野。
水野「もうじき卒業式やけど、卒業制作どんな感じや。滝川ー」
滝川、パンを頬張りながら、万事OKとばかりに親指を立てる。
水野「おい、朝飯、家で食うてこいよー。ほんで、何割ぐらいできてるねん」
滝川、浪川の背中を叩く。
浪川「痛っ。(滝川に)お前に聞いてるんやろ。俺は、お前の小間使いやないっちゅうねん」
滝川、頬張った口を指差す。
浪川「(水野に)あー、0.9割ぐらいです」
水野「えーーー!」
浪川「もうじき終わるやん」
水野「いやいや、もうじきやないやろ。0.9割やったら、全体を10とした時、全体の1も終わってないってことやで」
浪川「……え?」
水野「お前、歩合の数、分かってるか。10のうち9できてるんやったら、9割で、ええねんぞー。もうじき受験やし復習しとけよ。これも出ることあるからなー」
浪川「ほ、ほ、ほんまに、いっ、1割もできてへんし」
滝川、浪川の頭を叩く、
滝川「何で、みんなの努力踏みにじってまで、そんなセコい見栄張るねん。(水野に)先生、来週には組み立てられるから」
水野「おお、そうか! やったなぁ! みんなお疲れさん」
生徒たち、気だるそうにガッツポーズ。
生徒たち「おおー」
第十一章 大東亜戦争
○舞の自宅・居間(夕方)
スーツケースに荷物を詰める睦。
学校帰りの舞、部屋に入ってくる。
舞「ただいま」
睦「あ、舞、今日、お婆ちゃんの家に行ってな。もう電話してるから」
舞「出張?」
睦「うん、明日、朝から広島で入学説明会あるから、夜の内に新幹線で移動しとこうと思って」
舞「明日、土曜やで」
睦「社会人向けやねん」
舞「ほんじゃ、今日、時間ないな」
睦「何?」
舞「空襲の体験記、読み終わったから、教えてもらおうかと思ってんけど」
睦、置き時計に目をやる。
時計の針は16時を示す。
睦「いいよ、新幹線の時間変更したらいいだけやし」
○小林宅・珠代の部屋(夕方)
舞、曾祖父母の遺影の前で正座して手を合わせる。
部屋を覗く珠代と由美。
舞、珠代と由美の間を抜けて自分の部屋に向かう。
由美「舞ちゃん、もうじきご飯やで」
舞「ごめん、明日食べる。冷蔵庫に入れといて」
由美「明日って。ちゃんと食べんと」
舞、部屋の扉を閉める。
珠代と由美、怪訝な表情で顔を見合わせる。
○同・舞の部屋(夜)
舞、机に突っ伏して眠る。
肩に半纏がかけられている。
舞、大東亜戦争の夢を見ている。
× × ×
昭和初期の長屋。
喜一郎と舞が向かい合って正座している。
喜一郎「珠代、お母さんの言うことちゃんと聞いて、お手伝いしぃや」
舞、ぼんやり喜一郎の顔を見る。
舞(M)「私が珠代……ということは私がお婆ちゃん? この人は遺影の曾お爺ちゃん?」
喜一郎、舞の膝を軽く叩く。
喜一郎「珠代、聞いてるんか?」
舞「はい」
喜一郎「お姉ちゃんやねんから、弟や妹の面倒も、ちゃんと見なあかんねんで」
舞「はい!」
× × ×
戦時下の街。
広場で出征兵士を見送る町内の人々、日章旗を振って叫ぶ。
町内の人々「出征、万歳、万歳!」
台の上に立つ喜一郎、敬礼している。
お腹の大きい志津と、その横に舞、君代、祥太郎も町内の人々に混じって同様に見送る。
× × ×
戦地。銃撃戦の最中。
散兵壕(さんぺいごう)に身を隠す喜一郎、滝川。一様に緊迫した面持ち。
僅かに銃撃がやむ。
喜一郎と滝川、顔を見合わせる。
喜一郎・滝川「今生の別れ」
喜一郎と滝川、銃を持ち上げ散兵壕を飛び出すと、敵陣に走り込む。
飛び交う弾丸。
喜一郎が、滝川が、口々に叫びながら命を散らす。
喜一郎・滝川「天皇陛下万歳! 大日本帝国万歳!」
軍服姿の舞、血まみれの喜一郎と滝川の骸(むくろ)を見下ろす。
舞「(前方の敵を見据え)天皇陛下万歳! 大日本帝国万歳!」
舞、銃を構えて敵陣に向かって走り込む。
× × ×
長屋。
志津、虚ろな目でお骨箱を抱える。
神妙な面持ちの舞と君代と祥太郎がその前に座る。
布団ですやすや眠る幸代。
志津「お父様は名誉の戦死を遂げられました」
お骨箱を持つ志津の手が震える。
舞、君代、祥太郎、俯いて涙を堪える。
志津、仏壇にお骨箱を置き、
志津「珠ちゃん、お母さん、ちょっと具合悪いから先寝るわ。(珠代以外に)みんな、お姉ちゃんの言うことちゃんと聞いて、いい子にしてるんやで」
志津、隣室に入り障子を閉める。
布団を被って泣いているのか、時折、すすり泣く声が聞こえる。
微かに聞こえる志津の泣き声につられて、正座した君代、祥太郎も俯いて涙を流す。その横であどけない寝顔で眠る幸代。
舞、幸代の寝顔を見ながら、
舞「名誉の戦死……天皇陛下万歳。大日本帝国万歳」
舞の頬に一筋の涙が伝う。
× × ×
町内、夜半。
空襲警報が鳴り響く。
B29からバラバラ投下される焼夷弾。
家や建物に着弾するとシャーッという音と共に火が一面に広がり、炎がメラメラ燃え上がる。
あちらこちらの家屋にも火が付き、一帯が火の海となる。
警防団や町内の人々、手に手にバケツを受け渡して水を撒くが消火が追いつかない。
家屋が崩れ落ちる。
防火していた人々、熱さに耐えきれず散り散りに逃げてゆく。
志津、背にしっかりと幸代を巻き付けて、もう片方の手で祥太郎の手を握る。
志津の目の前に防空頭巾を被った舞と君代がしっかり手をつないで立っている。
志津「珠ちゃん、喜美ちゃん、お母さんの後、しっかりついて来るんやで」
頷く舞と君代。
志津「もしお母さん、見失っても、八中、目指しや。お母さん、探したらいかんで。お母さんも、そこで待ってるからな」
不安そうに頷く舞と君代。
× × ×
薄暗い防空壕。
外の爆発音、悲鳴、サイレンなどの音が響き渡る。
舞と君代、不安げにしっかり手をつないで座る。煤で顔が黒くなっている。
その隣に日野が座り、その母親らしき老女が横たわる。
舞「ここ、何で、おばちゃんらだけなん?」
日野「ここは危ない言うて、みんな別の防空壕に逃げてもうた」
舞と君代の表情が曇る。
日野「あんたらも、他、当たった方がええわ」
舞「おばちゃんらは、どうするん?」
日野「おばちゃん、病人と一緒やし。もう、これ以上、逃げれんから、ここで死ぬわ」
舞と君代、しょんぼり俯く。
日野「あんたら、お母さんは?」
舞「はぐれた」
君代、ぐずつく。
舞、君代の背中をさすって慰める。
舞「八中に行ったら、お母さんにちゃんと会えるからな」
君代、ヒクヒク言いながら頷く。
近くで爆弾が炸裂し、壕が揺れる。
怯える一同。
誰も話せず、歯を食いしばって空襲の止むのを待つ。その間、何度も爆弾の炸裂音がし、壕が揺れる。
外が静かになる。
日野「空襲やんだんかなぁ」
舞と君代、嬉々として外に出ようとする。
日野、二人を制し、
日野「ちょっと待ち、危ないから。おばちゃんが先、覗いたるさかいに」
日野、防空壕から用心深く顔を出して外の様子を眺める。
日野「……もう、大阪も終わりや」
と、防空壕から外に出る。
続いて舞と君代も外に出る。
夜の闇に切れ目なく盛りを過ぎた炎が紅に浮かび上がる。
辺り一帯の建物は跡形なく消えてしまい、そこかしこの電線がだらしなく垂れ下がっている。そして遥か彼方先まで、平らな土地が続く。
焼け野原と化した大阪の街を呆然と眺める舞、君代、日野の後ろ姿。
× × ×
避難所の第八中学校、校庭。
避難者でごった返す。
舞と君代、志津を探す。二人とも煤で顔が黒くなっている。
舞・君代「お母さーん、お母さーん!」
二人とわずかに離れた所で、志津、舞と君代を捜して辺りをキョロキョロ見回している。
志津もまた煤で顔が黒くなっている。手を繋いだ祥太郎と負ぶってる幸代も煤で顔が黒い。
志津「珠ちゃん! 君ちゃん!」
舞と君代、志津の声に反応し振り向く。
志津、舞と君代の姿を確認すると笑顔で手を振る。
舞と君代、全力で志津の元に駆け寄る。
志津、舞、君代、微笑み合う。
志津「祥ちゃんも、さっちゃんも無事やで」
手を繋いだ祥太郎と負ぶっている幸代を二人に見せる。
微笑む舞と君代。
志津、手ぬぐいを取り出し、舞と君代の顔を拭ってやる。
志津「よう頑張った。よう頑張った」
舞と君代、志津に抱きつくと、堪えていた涙がポロポロ溢れ出る。
志津、幸せそうな笑みを浮かべて舞と君代を抱き締める。
× × ×
第八中学校、教室。
志津、子供たちを連れて中に入る。
乳飲み子を負ぶっている由美。
志津、由美に近づき、
由美「奥さん、無事やってんな」
由美、虚ろな目で志津を見る。
由美「へえ」
志津、乳飲み子の頭を撫でる。
志津「あんたも、よう頑張ったなぁ」
由美「死んでますねん」
志津「え?」
由美「この子、死んでますねん」
と、乳飲み子を志津に見せる。
志津、乳飲み子の背中をさする。
志津「……そうですか、そうですか」
× × ×
廃墟と化した町内。
志津と子供達、とぼとぼ歩く。
前方から水野、疲れ果てた様子で歩いてくる。
水野「ああ、小林さん、ご無事でしたか」
志津「団長さんもご無事で。ご家族の皆さんは?」
水野「妻も息子も無事なんですけど、親父が」
と、手に持ったハトロン紙の封筒を見せる。
志津と子供達、不思議そうに封筒を眺める。
水野「死体が多すぎて、一体一体焼いてられんからって、何体もまとめて焼かれて……(俯いて涙を堪えながら)役所の人がスプーン一杯分の遺灰を、この封筒に」
志津、封筒に手を合わせる。
子供達も続いて封筒に手を合わせる。
× × ×
十三、淀川付近。日中。
機銃掃射が低空飛行し、人々を狙い撃ちする。
逃げ惑う人々。
撃たれて怪我した人々がそこいらに呻きながら転がる。
舞と君代、手をつないで逃げ惑い、命からがら橋の下に逃げ込む。
恐怖に顔を引きつらせる舞と君代。
× × ×
国鉄 京橋駅、日中。
B29、飛来する。
電車、線路の上で停止する。
降ろされた乗客、高架下に逃げ込む。
B29、無数の焼夷弾を投下する。
崩れ落ちる駅の高架。人々の悲鳴が轟く。
駅周辺を逃げ惑う人々。
そこかしこに血まみれの怪我人や遺体が転がる。
焼け焦げた新聞の切れ端が熱風に舞う。
切れ端の印字された文字が見え隠れする。
『昭和二十年八月十四日』
× × ×
第八中学校、校庭。
朝礼台に置かれたラジオから流れる玉音放送。
玉音放送「堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍び」
校庭に集まった人々がラジオの前で正座し、みな天皇陛下のお言葉に涙する。
その中に幸代を負ぶった志津、舞、君代、祥太郎の姿もある。
彼らも、また悔しそうに俯いて涙する。
× × ×
バラック小屋。
顔色の悪い志津、配給された僅かな米と芋を調理して、四人の子供らに与える。
舞、自分の分を半分残し、
舞「お母さん、食べて」
志津「お母さんは、ええねん」
舞「でも、お母さん、殆ど食べてないやん」
志津「大人はちょっとでも大丈夫やねん。あんたが食べなさい」
舞「お母さん!」
志津「お母さん、工場に行ってくるから、みんなの事、頼んだで」
と、立ち上がると同時によろめく。
舞、志津に手を貸す。
志津「大丈夫やから」
と、微笑みヨロヨロと表に出て行く。
× × ×
食品工場。
大きな鍋の中でグツグツ煮込まれる磯のり。
大人の工員に混じって作業をする舞。
女子工員A「珠ちゃん、お母さんの具合どないなん」
舞「寝込んだまんま」
女子工員A「(小声で)弁当箱、持っといで」
と、磯のりの鍋を指差す。
女子工員A「お母さん、ちょっとは元気になるわ(口に人差し指を当て)工場長さんに内緒やで」
舞、微笑んでこっそり持ち場を離れようとすると、血相を変えて走り込んで来た君代とぶつかる。
舞「君ちゃん、こんな所で走ったら危ないやん。怪我するで」
君代「お姉ちゃん! お母さん、お母さんが」
× × ×
バラック小屋。
横たわる志津の横に医者と祥太郎と幸代が座る。
医者、険しい表情で志津の診断をする。
舞と君代、息を切らして志津の枕元に座る。
志津「珠ちゃん、君ちゃん、みんなのこと頼んだで。ほんまに、堪忍な。もっと、みんなと一緒にいてたかったのに」
舞(M)「嫌や、お母さん。私も、もっとお母さんと一緒にいたい……あれ? 声が」
君代、祥太郎、幸代、泣きじゃくる。
志津「姉弟仲良く力合わせて、一生懸命生きてな。お父さんと二人で見守ってるからな」
舞、慌てながら弁当箱を開けて志津に磯のりを見せる。
志津、微笑み、
志津「大収穫やな。日本もこれから、ようなっていくわ。そしたら、もっといろんな美味しいもん手に入るようになるで」
舞、声が出ず口をパクパクしながら志津の手を取り首を横に振る
志津「ひもじい思いばっかりさして堪忍やで、ほんまに……ほんまに堪忍な」
と、力尽きて目を閉じる。
君代「お母さん、死なんといて!」
舞、必死で声を出そうと口を開くものの声が出ない。
医者、志津の脈を取り、残念そうに首を横に振る。
大声で泣く君代、祥太郎、幸代。
舞、目を見開き志津の亡骸を見る。涙がポロポロ目からこぼれ落ちるものの、声が出ず口だけパクパクさせる。
舞(M)「お母さん……」
× × ×
現在の舞、苦しそうに口をパクパクしている。
舞「(大声で)お母さんも一緒に一緒に美味しいもん食べようやー!」
○小林宅・ベランダ(朝)
舞の声に驚き、手に持ったメダカの餌を水槽の中に落とす珠代。
水面を隠すようにプカプカ浮いている大量の餌。
悲しそうに、その水面を眺める珠代。
メダカ、我先にと大量の餌に集る。
○同・洗面所
修一、舞の声に驚いて歯磨き粉を壁にぶちまける。
悲しそうに壁を眺める修一。
○同・居間
由美、舞の声に驚いて仕分けていた結婚式の写真をそこいらにばらまく。
散らばる写真を悲しそうに眺める由美。
○再び舞の部屋
珠代、由美、修一、部屋に入る。
由美「どないしたん、舞ちゃん」
舞、悲壮な顔でキョロキョロする。
珠代「大丈夫か?」
舞、珠代の顔を確認するとポロポロ大粒の涙を流す。
舞「声、出た」
珠代「それが、どないしたん?」
舞「やっと、声出てん」
と、珠代に抱きついて泣き出す。
舞「お婆ちゃん、いっつも、ごめーん」
珠代、首を傾げながら舞の背中をさする。
修一「そんなん遠慮せんと、早よ言うてくれたら良かったのに」
舞「え? 何が?」
修一「よっしゃ、今日は、みんなでうまいもん食いに行こー!」
由美「ハイハイ! 私、フレンチー」
珠代「お母さん、お寿司ー」
修一「あんたらに聞いてない! 舞ちゃんに聞いてるんや。何する? 舞ちゃん」
舞「ああ、私? えーっと……」
由実「むっちゃんにも、メールしとくな……って、そうや、出張やった」
修一「あいつは、ええ、ええ」
由美「そんなん言うてたら、また、怒られるで」
舞「あ、明日のお昼、帰って来るで」
由実「じゃあ、明日の夜にしようか」
と、スマホを操作する。
珠代「そうや! メダカの餌」
由美「どうしたん?」
珠代「舞ちゃんのせいで、メダカの餌、全部水槽に落としてもうたやん。また買いに行かなあかんやーん」
舞「私のせい?」
修一「食い過ぎて、金魚になるんちゃうか」
由美「え! その次は……鯛?」
舞「ほっといたら、刺身食べれるやん」
修一「しかし、あの水槽じゃ小さいやろ」
珠代「なるかいな!」
由美「突然変異っていうこともあるし」
珠代「え……そんなん聞いたことないで。メダカは、メダカちゃうのん」
秀一「確か歌にもあったで、火の無いところに、煙は立たぬって言うやろ」
珠代「ええ?」
由美「目の小さい網やったら、餌回収できるんちゃう」
修一「急がな、おかん。えらい、こっちゃ、えらい、こっちゃ!」
珠代「ただ水槽の水汚れるだけやがな」
修一「糞しすぎて」
珠代「餌が散らかってや! 食べたい分、食べたら置いときよるがな」
由美「大丈夫、大丈夫! お義母さん、後は私らに任せといて。えらい、こっちゃ、えらい、こっちゃ! あ、お義母さん、これ」
と、無造作に持った写真を預ける。
修一と由美、駆け足で部屋を出る。
珠代「(扉の外に向かって)あんたら、全然、話、聞いてないやないのん! メダカまで掬わんといてやー!」
と、手に持った写真を見る。
大欠伸する舞。
珠代「舞ちゃん、休みやからって、いつまでも寝てたらあかんで。ほら、これ」
と、舞に写真を渡して部屋を出る。
舞、写真を眺めて微笑む。
写真には新郎新婦を中心に、めかしこんだ親族一同が段上に並んで写っている。
舞、写真を指差しながら、
舞「珠ちゃん、君ちゃん、祥ちゃん、さっちゃん、そして、その子供たち、その孫たち」
○同・珠代の部屋(朝)
舞、曾祖父母の遺影の前で手を合わせる。
遺影の前に結婚式の写真が供えられている。
舞(M)「曾お爺ちゃん、曾お婆ちゃん、命を繋いでくれてありがとう。そして、あなたたちは、私たち家族の誇りです」
第十二章 卒業式
○中学校・中庭
スーツ姿の水野と生徒たちが憲法第9条のオブジェクトの前に集まっている。
水野、必死にオブジェクトの文字を読んでいる。
その後ろでニヤニヤ笑う生徒たち。
水野「あれ、あれ、あれれー!」
滝川「どないやー! これが真の憲法第9条や。日本もこれで安泰やな」
水野「いや、お前、こ、国防軍って。それに、後、あれが無くなってる、あれ」
滝川「どれ?」
水野「『陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない』っていうのは、どこいってん?」
滝川「最高法規に嘘は、あかんやろ!」
水野「何で、嘘やねん」
滝川「貴様は、戦闘機やら駆逐艦を、どう思ってるねん。旅客機とか豪華客船とでも言逃れするつもりか?」
水野「そうは、言わんけど」
滝川「ほーら、見ろ。今まで、戦力を持ってるのに持ってないって書いてたんこと自体がおかしいんや」
水野「え? あ……ま、まぁ、せやな」
竹村、嬉しそうに意気揚々とこちらに向かって来る。
竹村「おおー! 立派なんできてるがな(生徒たちに)ようやった!」
礼儀正しく深々と竹村にお辞儀する生徒たち。
竹村、嬉しそうに何度も頷く。
竹村「よっしゃ、読んでみるで」
水野、オブジェクトの前に立ちはだかり、
水野「あ、先生、もうじき式ですし、後でゆっくりと」
竹村、時計を見る。
竹村「水野先生、まだ充分、時間はありますよ。勿体ぶらんと見せてくださいよ」
と、水野を押し退ける。
竹村、右端から堪能するように一文字、一文字読む。
竹村「彫り込むと、また、いい味出すなぁ」
滝川「ありがとうございます!」
竹村「ん?」
水野、手を叩き、
水野「よっしゃー、みんな、一回、教室に戻ろうか。じゃあ、竹村先生後ほど」
と、竹村に一礼して生徒たちを校舎に追い立てる。
先を読み進める竹村、次第に憤りで肩が震える。
撤退し始める生徒たち。
竹村、振り返り、
竹村「滝川! ちょっと来い!」
水野「先生、そろそろ保護者の方も来られますので。また後で」
滝川、水野を押し退け、
滝川「はい、何すか?」
竹村「貴様という奴は、神聖な平和憲法を何と心得る」
と、滝川の胸ぐらを掴む。
滝川、怯む様子もなく、ほくそ笑む。
滝川「平和憲法と仰いますが、現行憲法で平和を維持する事は不可能です。現実的に北朝鮮は日本に向けてミサイルを発射しました。武器を持つ相手から我が国を守るのに、自衛隊に丸腰で臨めと仰ってるんですか?」
竹村「憲法九条さえ改正されんかったら、どっこも攻めてこん」
滝川「逆です。その憲法九条が我が国を脅かしてるんです。憲法九条のせいで我が国が、手も足も出せんことを知ってるから、中国もロシアも日本の領土、領海で好き放題するんです。このままでは、北朝鮮の拉致被害者を救うチャンスが訪れても自衛隊は動くこともできません」
水野、二人の間に割って入り、
水野「(竹村に)うちのクラスの子に最後の挨拶したいんで、これぐらいにしてもらえませんか(滝川に)教室に戻り(他の生徒たちに)みんなも、早く教室に戻れー」
意気消沈した生徒たちトボトボと校舎に戻る。
竹村「おい、滝川、将来は、お前も人殺しの訓練するんか! 親も親やったら子も子やなぁ」
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参考資料:
・産経新聞
「陸上自衛隊は人殺しの訓練」共産党、奈良への駐屯地誘致反対チラシに記載
・ビジネスマン育成塾/
共産党「自衛隊は人殺しだ」…この発言の異様さ!
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滝川、竹村の方に猛突進する。
慌てて後を追いかける男子生徒たち。
水野、間一髪の所で滝川の前に立ちはだかって食い止める。
水野「(小声で)今日はお前にとっても、お前のご両親にとっても晴れの日や」
滝川、怒りが収まらず竹村に掴みかかろうとしている。それを後ろから必死で食い止める男子生徒たち。
水野「(小声で)滝川、今日を乗り越えられたら、お前もお父さんと同じ強い人間になれる。あんなおっさんらの天下なんか、あと僅かや。お前は立派な意見持ってるねんから、あんな奴、相手にするな」
舞、竹村の方に勢いよく歩み寄り、
舞「先生は卑怯です!」
竹村「ひ、卑怯?」
舞「先生のは、議論と全く関係のない誹謗中傷です! 反論が難しいから誹謗中傷に走るのは卑怯と言います! 滝川と滝川が最も尊敬するお父さんに対して、とんでもない言葉で、たった今、罵倒しました。これを卑怯と呼ばずに何と呼ぶんですか」
竹村「関係ないことない!」
舞「関係ありません! 左翼の人たちは自分が議論で負けが混むと、必ず議論から脱線します。テレビ番組ならまだしも、血税を使った国会の審議中でも平気で脱線して税金の無駄遣いをしています。先生は、もっと酷い。脱線するだけでなく、我が子同然の生徒に対してあの物言いは戦犯ものでしょ」
竹村「せ、戦犯?」
舞「だって滝川は根拠をもって冷静に意見しているのに、先生は何の根拠も示さず神聖だ、平和憲法だ、人殺しだと、こちらが恥ずかしくなるほど稚拙でした。還暦前のおっさんが遣う言葉ではありません。五、六歳の子供が、持てるだけの言葉を必死にぶつけてる様にしか聞こえませんでした。正直、気味悪いです」
竹村「い、いや、しかしな」
舞「だまらっしゃい! 九条が平和を守ってる? 言葉だけで平和を維持できるほど、国際社会は甘くありません!」
水野「もう、それぐらいに」
舞「だまらっしゃい! だまらっしゃい! だまらっしゃーい! (竹村に)先生の行動の方が余程、私達の平和を乱しています。先生は滝川の胸ぐらを掴んだり、滝川や滝川のお父さんに対して薄汚い言葉で罵ったりして、非常に暴力的です。言葉と行動が矛盾しています。私はそんな先生の言葉に何の重みも共感も感じません。以上!」
竹村は勿論のこと、滝川、水野、男子生徒たち、戻ってきた生徒たち、共にポカンと口を開けて舞を眺めている。
舞、生徒たちの方に向いて、手を叩き、
舞「はい! 教室に戻りまっせー!」
生徒たち「お、おー」
と、首を傾げながら校舎に向かう。
舞「駆け足! おっさんのせいで、最後の貴重な時間食い潰されてもた」
生徒たち「おおー」
と、駆け出す生徒たち。
舞、滝川の背中を叩き、
舞「戦いは始まったばっかりや。私がもっと大勢の前で、あの、おっさんを叩きのめしたる。あんたは、我が家の窮地を救ってくれた恩人や」
と、ニヤリと笑って駆け出す。
滝川「え?」
水野「ハハハ、女の子は勇ましいなぁ」
滝川「お、おう」
と、はにかんで笑う。
水野「惚れたか?」
滝川「アホか」
と、水野を突き飛ばし校舎に全速力で走り出す。
水野「痛っ! 何でやねん!!」
竹村「あーあ、この国も終わりやなぁ。あんた、生徒らに何を教えてきてんや」
水野「僕は数学以外、教えてませんよ。彼らは自分の力で事実を突き止めて、未来への道筋を探し当てたんだと思います。僕は彼らが作る未来が楽しみです」
男子生徒A「先生、早く!」
水野「おう」
と、手を上げると校舎に向かって走っていく。
竹村「チッ」
と、悔しそうに水野と生徒たちの後ろ姿を睨む。
○中学校・教室
生徒たち、最後の談笑を楽しむ。
滝川と舞、答辞の原稿見ながら打合せする。
舞「あのおっさんを挑発できるのって何やろ?」
滝川「いろいろあるやろ。天皇陛下、憲法改正、教育勅語、君が代……」
舞「君が代、最初に歌うし、もう一回壇上で歌うんもなぁ」
滝川「あと、天皇陛下を、こんなことで、引き合いに出すのも無礼やし」
舞「教育何とかって何?」
滝川「我が国の美しい道徳観念を凝縮した明治天皇からの贈り物や……父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ」
舞「え、え、え?」
滝川「父母に孝行をつくし、兄弟姉妹仲よくし、夫婦互に睦び合い、朋友互に信義を以って交わり、(文部省訳)。要は日本古来の道徳観念を凝縮して言葉にしたためてんや」
舞「当たり前のことを、何でわざわざ」
滝川「明治時代、一気に西洋文化が流れ込んで、日本中が西洋フィーバーで浮かれ倒して自国の文化を疎かにしててんや。その様子を心配された明治天皇が時の総理大臣に依頼して教育勅語を作らせた」
舞「へー」
○同・体育館
舞台壇上正面左に掲揚される日章旗。
君が代を歌う卒業式の参加者たち。
保護者席に珠代、睦美、由美の姿もある。
竹村を始め一部の教職員、口を開くも歌わない。
教員の口元を見て回る教頭、困惑の表情。
× × ×
舞、壇上で挨拶する。
舞「皆様方のご活躍をお祈りしつつ、御礼の言葉とさせて戴きます。最後に明治天皇からの贈り物『教育勅語』を唱和し、締め括りの言葉とさせていただきます」
一部の教職員、どよめく。
舞「朕惟フニ我カ皇祖皇宗国ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ」
竹村、立ち上がり、
竹村「やめろ、小林! お前は中学最後の日を台無しにする気か! 戦争を美化する様な軍国主義の教育勅語なんか取り上げやがって」
舞、演台を叩き、
舞「先生! 天皇陛下の悪口を言わないでください。先生、国旗に背を向けないでください。先生、自衛隊に敬意を払ってください。先生、君が代を一緒に歌ってください。そして先生、一緒にこの美しい日本の国を愛してください」
舞、全員の方を向き直り、
舞「教育勅語がお嫌いな方もいらっしゃるようですので、続きは皆さんで調べてください。最も美しい国語、世界中で愛されている国語です。本日は素晴らしい卒業式を誠にありがとうございました」
舞、一礼して壇上を降りる。
場内、シンと静まり返る。
睦、立ち上がりスタンディングオベーション。
睦「舞! よう言うたー!」
慌てて珠代と由実が睦の服を引っ張る。
珠代「(小声で)やめんかいな、恥ずかしい」
他の保護者たちもパラパラ立ち上がりスタンディングオベーション。
舞、水野に促され壇上に立って照れくさそうに一礼する。
更に大きな拍手が沸き起こる。
× × ×
司会「卒業生、起立。『仰げば尊し』斉唱」
日野、ピアノの椅子に座り『仰げば尊し』の伴奏を演奏する。
○同・中庭
体育館から流れる『仰げば尊し』の合唱。
柔らかな日差しに包まれる新憲法第九条のオブジェクト。
【完】
令和二年版 卒業 〜映画「ミッドウェイ」が語らなかったもう一つの事実〜
【参考資料集】
書籍を執筆された先生方、
空襲の体験談を執筆されたみなさま、
そして、テレビを通していつも自虐史観の私たちを叱って下さった故 三宅久之さんに心より御礼申し上げます。
■書籍
* 産経新聞「ふりさけみれば」(新聞小説)
* 大阪大空襲体験記 第五集/大阪大空襲の体験を語る会
* 大東亜戦争を見直そう/名越 二荒之助 著
* パール博士の日本無罪論/田中 正明 著
* 大東亜戦争の真実~東條英機 宣誓供述書/東條 由布子 編
* 教育勅語のすすめ/清水 馨八郎 著
* 田母神塾/田母神 俊雄 著
* 世界が語る大東亜戦争と東京裁判/吉本 貞昭 著
* 戦争犯罪国はアメリカだった!/ヘンリー・S・ストークス 著
* 教育勅語の真実/伊藤 哲夫 著
* 一気に読める「戦争」の昭和史/小川 榮太郎 著
* 日本は誰と戦ったのか/江崎 道朗 著
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■Webサイト
* msn産経ニュース 2011/12/7
「ルーズベルトは狂気の男」 フーバー元大統領が批判
http://sankei.jp.msn.com/world/news/111207/amr11120722410009-n1.htm
↑
上記URL記事が削除されていましたが、執筆当時の平成24年かなり衝撃を受けました。
興味のある方は、下記動画参照ください。`ルーズベルトは狂気の男`のキーワードでヒットしました。
https://www.nicovideo.jp/watch/sm28626287:embed
* 日教組の「自衛官の子いじめ」 「人権」はなかった…
元産経新聞編集長の記事だったのですが、これも記事が削除されてました。
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/4759/19990218.html
↑
自衛隊員の方のご家族の苦労を知ることができました。
ありがとうございました。
* ハル・ノート(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88#cite_note-FOOTNOTE%E9%A0%88%E8%97%A41999164-165-536
* スターリンの大粛清
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E7%B2%9B%E6%B8%85
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66675?page=2
* 日本共産党HP~憲法より
[http://www.jcp.or.jp/kenpou/:title]
* できるかな?じゃねえよやるんだよ。今がその時だ!/)
「君が代」の正しい歌い方を知らない日本人が多過ぎませんか?
http://minkara.carview.co.jp/userid/761752/blog/20894355/
↑
平成23年大阪で施行された「国旗国歌条例」で裁判沙汰になった時に、
当時の知事だった橋下さんが裁判の話プラス余談として
「君が代は息継ぎする場所が決まっている」旨の内容を話されていました。
それにヒントを得て、作品の中にも反映しました。
上記のサイトかなり詳しく記載されていたのですが、
ブログ終了していたのは、とても残念です。
大変、お勉強になりました。ありがとうございました。
* 大東亜戦争 開戦の詔勅 (米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書)
http://www.geocities.jp/taizoota/Essay/gyokuon/kaisenn.htm
↑
ブログ終了していました。
詳しく知りたい方は下記サイトをご参照ください。
http://bewithgods.com/hope/doc20/25-17.html
↑
お勉強になりました。ありがとうございます。
* 自民党_日本国憲法改正草案
https://constitution.jimin.jp/document/draft/
【令和二年版 卒業について】
日米戦について新しい本を読みました。
『日本は誰と戦ったのか コミンテルンの秘密工作を追及するアメリカ』/江崎 道朗 著
(2019/2/8 発売/初版2017/12/5)
やっと、ハルノートに対するモヤモヤした気持ちが吹っ切れました。
平成24年の初版からハルノートが、一番難しい資料でした。
多くの本を読み、当時、アメリカが日本に要求したことを少しずつ理解しましたが、
戦時中の状況が掴みきれず、また国同士の駆け引きが理解しきれずモヤモヤしていました。
特に産経新聞のWebサイトの記事、
『msn産経ニュース 2011/12/7 「ルーズベルトは狂気の男」 フーバー元大統領が批判』
を読んで、「これだ!」と思い、平成三十年版までルーズベルトの責任に重きを置いて記述していました。
今年九月、産経新聞の広告に江崎さんの新刊(今見ると監修でした)
「ミトロヒン文書 KGB(ソ連)・工作の近現代史」紹介されており、
「KGB」の名に惹かれてAmazonで調べてみました。
江崎さんは先述の書籍以外にも興味津々の本を執筆されていました。
その時、一番目を引いたのは『日本は誰と戦ったのか コミンテルンの秘密工作を追及するアメリカ』でした。
早速、購入して読みました。
驚きました。
ソ連のスパイはホワイトハウスに一人潜り込んでいただけではなく、
日本、アメリカ、中国に複数の工作員をそれぞれの国に配置して日米開戦へと追い込んでいました。
今年、5月に今までと同様の内容をリライトしてブログにも公開していましたが、
これじゃダメだと気がつき9月から必死に江崎さんの本を読み、内容を理解し、
日米開戦に関連する章を大幅に書き換えました。
江崎さんの本は、多くの資料に基づいて論理的に分析された良書です。
しかも、解説が非常に分かりやすい! 政治や戦争の知識に乏しい私でも、すんなり理解できました。
興味のある方は、是非読んでみてください。おすすめです。