ママは帰ってこない
ずっとやまない雨が窓をぬらしている。ママはまだ帰ってこない。最後にママにあったのはいつだっただろう。かたわらに積み重なった、おつとめ品の菓子パンの袋の賞味期限は二週間前だった。窓を見上げる。まだまだ雨は降り続いている。まだママは帰ってこない。
「ひとつつんではちちのため、ふたつつんではははのため……」
ワンルームアパートの一室で子どもが二人、遊んでいる。片方は、いかにも幼い五歳ほどの子で、もう一人は少し年上の十歳ほどの女の子。姉のようにみえる年上の子が、妹をあやすような調子で賽の河原のうたをうたって、小さな方はそれにあわせるように積み木を積んでいる。
「へんなうたぁ」
「そうだよね、変なうた。おかあさんのふるさとのうたなんだってさ」
「どんなうたなの」
「うんとね。ちいさな子が死んじゃうと、さいのかわらっていうところ行くんだって。そしてそこで石をつむの」
「いしを?」
「うん石を。毎日毎日石をつんで、そのうち指をひどくすりむいて、血を流して、お父さん、お母さん、たすけてってなくの。それでもまだまだなきながら石をつまなくちゃいけない」
「かわいそう。なんでいしをつまなくちゃいけないの?」
「石をつんで、塔ができあがるとそこから抜け出せるの。そこを抜け出せてお母さんのところに帰れるんだって」
「じゃあだいじょぶだ。かえれるんだもん」
「……そうだね」
玄関の扉が開く音がした。
「おかあさんだ、おかえりぃ」
小さな子が玄関へと駆けていく。
「ただいま。あ、タオル干しといてくれたのね、ありがとう」
「うん、ベランダに手がとどくようなったから、やってみたの」
「積み木で遊んでたのね。これはなにを作ってるの?」
「うんとね、これは、さいのかわらのとうなの」
「賽の河原?そんなのどこで習ったのかしら」
「おねえちゃんにおしえてもらった」
「あああの子ね、公園でよく会う」
「え?いまもここにいるよ?」
「なにいってるのよ、私となっちゃんしかいないじゃないの」
そういって母親は積み木を片付け始めた。小さな子はほんとなのに、と言いながらも母親にしたがって積み木をしまっている。
私はずっとそうしてきたように部屋の隅の壁にもたれかかった。
窓の外ではまだ雨が降り続いている。
ママは帰ってこない。
ママは帰ってこない