道端

道端

茸幻想掌編です。縦書きでお読みください。

   

 長年勤めた会社を退職したので、終の住処として、東京近郊の一戸建てを買った。都内には一時間かかるが駅まで歩いて十五分と近いし、駅ビルには大きなマーケット、家電の量販点、薬屋、クリーニン屋などそろっているし、それなりの大きさの大学病院も近くにある。
 団地は広い田んぼだったところを宅地にしたところで、いまだに広がっている
 越してすでに何年も経つ。今まで、毎日の散歩は欠かさない。家の建てられていない宅地の間の道を通って河原の土手まで行って帰ってくると、二十分ほどで、良い運動になる。
 その日の朝も散歩にでた。風は少し涼しく感じられ、晴れている空には薄っすらと雲がかかり、まわりは秋の様相を呈している。道の脇にはいつも茶色の汚れた茸が生えているが、今日は道端の草むらに白いきれいな茸が立っていた。
 白い茸が私を見ている。通り過ぎて、振り返ってもまだ見ている。誰でも背中から誰かが見ていると思って振り返ったことがあるだろう。視線を感じるという奴だ。茸に目があるわけではないが、茸の目線を感じをそのときはかんじたのだ。
 「昔会ったことがあるのかい」
 歩きながら声を出さずともつい頭の中で茸に声をかけてしまう。
 私を見ているとなぜ思うのか。
 通り過ぎても白い茸の傘が目に浮かぶのだから、きっとそうだろう。
 そんなことを考えていたら、頭の中でシーン、ミシミシという音がきこえた。声にはなっていない。茸の返事なのだろうか。
 あっと思ったとき、いきなり日本語が頭に響いた。
 「ムキラトシエラ」
 あたりを見渡した。誰もいない。白い茸が言ったのか。
 どんな意味だろう。
 「ハンカチをお持ちかしら」
 今度は低音の女性の声だ。
 ポケットから茶色のハンカチを出した。
 「あら、紫じゃないのね」
 なにを言われているのかわからないので、何も言わないでいると、
 「拭いてくださる」
 と言うのだが、誰がいっているのか、なにを拭くのかわからない。
 「昨日雨が降ったでしょ、土がはねて汚れたの」
 もしかすると白い茸かと思って見ると、確かにすそのほうに土がとんでいる。だが土を跳ね返して生えてきのだから汚れるのはしょうがないんじゃないか。
 「あら、生えたときは真っ白よ、さあ拭いて」
 やっぱり茸だ。茸の頭をハンケチで拭いているのを人が見たらどう思うだろう。きっと変な目で見られる。ちょっと躊躇をしていると、こんな声が聞こえた。
 「あら。ムキラトシエラのときは、紫色のハンケチを取り出して、私の隣にいた彼に、白いズボンに土がはねてます、お使いくださいって渡して、私の恋人がしゃがんでズボンの裾の土を拭いているすきに、あたしの腰に急に手を回して唇を奪ったじゃない」
 何の話だ。誰か演劇の台詞の練習でもしているのだろうか。
 「拭いて」
 やっぱり白い茸しかいない。
 しゃがんでハンカチで茸の土を払った。なにやっているんだろう自分は、と頭の隅で自分の声が聞こえる。
 ハンカチが紫色になった。
 白い茸がむくむくと盛り上がると、目の前に白い布を身にまとった女性が現れた。縮れた長い金髪を肩まで垂らした、彫りの深い顔、大きな目をした西洋人だ。真っ赤な唇から日本語が漏れた。 
 「あら、ムキラトシエラがこんな人間になってた」
 こんな人間とは何だ。
 「ここどこかしら、目が見えたら生まれたとことは全く違う世界ね、でもあなたは確かにムキラトシエラ、私の彼の恋敵」
 「どこの国からいらっした、お名前は」 
 「クマヌの国の姫、ララモーラ、父親はクヌマの国の王、ムラキューラ、私の彼はラエシトラキム、結婚すればいずれは王になる、あなたは私を奪おうと躍起になっていたわ、でも昔の話し、神話の神話よ、あなたたちの知ってるのはギリシャ神話でしょ、そこにすんでいたアポロンだとかヴィーナスたちが創り出した神話がクヌマの神話、私はその住人よ」
 人間の作り出した架空の話だ。
 「違うのよ、その世界があって、それを人間が見て記述しただけ、その神の世界にさらに神の世界があって、それがクヌマ」
 ララモーラが歩き出した。どこに行くのだ。ここは家の近くの散歩道だ。周りはこれから家が立つ宅地になっている。
 ララモーラは私の家の方に向かって歩いていく。
 どうして私の前に現れたのだろう。
 「あなたがムキラトシエラだからよ」
 彼女が説明をしてくれた。
 「クマヌの世界は糸の固まりでできていた。私たちは糸の中にに住んでいる。その周りを空気の固まりが覆い、そこにあなたの神たちがすみ、やがて糸の固まりに土と水が絡まって、その上に人間が生まれた」
 と言うことは、菌糸に住むのがクヌマの人たち、空に住むのが我々の言う神ということか。
 「飲み込みが早いわね」
 だが自分はどうして人間になったんだ。
 「あら、あなたであるムキアトシエラはとうとう私の彼のラエシトアキムを殺しちゃったじゃない、私の父、ララキューラが怒ってね、軍隊を動員してあなたを追いかけた。あなたを殺せばラエシトアキムは生き帰る、父はクヌマの国を治めることができるのはラエシトアキムしかないと思っていたのよ、ところが追いつめられたあなたはすごいことをしたのよ、それには父も感嘆の声をあげたわ」
 なにをしたというのだ。
 「糸の中を軍隊に追いつめられたあなたは糸を膨らませたのよ、今までだれもやったことのない方法で、手で糸をかき寄せ束ねて息を吹きかけ膨らましたの」
 もしかすると茸か。
 「そうよ、あなたが茸を作ったの、そこに隠れていたけど。軍隊が見つけておそったの。そうしたら膨らみが破れて、強い光が射し込むと、あなたは外に放りでた、爆発したと思った軍隊は、そこから引き上げムキアトシエラは死んだと王に報告したの、これでラエシトアキムは生き返ってクヌマの王になりクヌマの国を発展してくれるだろうと考えたけど、何億年も待ったが生き返らず、クヌマの国は滅びたの、そのあとに土と水は糸の周りを堅く取り巻き、地球と呼ばれるようになった。我々は国が滅びても個体は生きていて、ムキアトシエラ、あなたが見いだした方法で茸を作り、地上の様子をうかがってたのよ、そうしたら、あなたがいたので私は人間の形になってあなたの前にあらわれたってわけ」
 それでどうしようっていうんだ。
 そんな話をしていたら家の前にきてしまった。
 ララモーラが玄関を開けた。どうなるのかとあとについて、玄関にはいると、家内がお帰りとでてきた。
 ララモーラはと見るといない。
 九十になる家内が、
 「あら、今日は白い茸とってきたの」と笑顔になった。
 私は白い茸をしわの寄った手に持って立っていた。

道端

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退職男の茸の妄想、幻想

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-11-20

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