旅と紅茶とドーナッツ

 肉にも、おわりがある。星、月、海、生命、物質にも、おわりというものはあって、森にも、空にも、タピオカミルクティーにも、きっと、ある。
 進学塾のはいったビルの、一階、ちいさな書店のおくに、きみはいて、いつも、紅茶を飲みながら、文庫本を読んでいる。ぼくは、ときどき、商店街のおとうふやさんがつくっている、とうふドーナッツを持って、あそびにいく。進学塾には、勉強ができそうな子どもが、うようよ通っていて、ビルの階段を、てきぱきとのぼってゆくのが、印象的だった。だらだらとは、のぼっていかない。とにかく、むだがなく、すばやいのだ。
 きょうはダザイの気分、というきみの、文庫本を持つ右手の、甲のあたりを一瞥して、ぼくは旅行雑誌をひらく。どこかに行きたいね。ひとりごとみたいにいうと、きみは、静かに本を読めるところがいい、とつぶやく。このビルは、すこしばかり、にぎやかしいのだという。勉強はできても子どもはやっぱり子ども、と言い切るのが、きみである。旅行雑誌の特集は、豪華列車の旅。具体的に計画しているわけではないけれど、予算も組んでいないし、でも、ふと旅に出たくなる衝動が、おとなになってから、顕著に、あらわれるようになった気がする。発作的なもので、結局はどこにも出かけずに気持ちだけ収束することが、ほとんどなのだけど。
 頭上から、かすかな足音がきこえる。
 書店にお客さんはおらず、きみは、でも、そんなことはぜんぜん、どうでもいいという感じで、ページをめくっている。ぼくは、雑誌を、だいたいまんなかのページで開いたまま、紅茶をすする。とうふドーナッツに、きみの淹れる紅茶はよくあうなぁと思いながら、ほんとうのところ、紅茶の味やちがいなど、わかってもいないくせに、ちょっと気取ってみたりしていると、読書に集中していると思っていたきみが、ぼくをみて、おもしろそうに微笑む。

「なに?」

「なんでも」

 くすくすと笑って、それもほんのわずかのあいだで、きみはまたダザイの本と向き合って、ぼくは、よくわからんなぁと思いながら、ドーナッツをむしゃむしゃとたべる。二十一時。

旅と紅茶とドーナッツ

旅と紅茶とドーナッツ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-11-19

CC BY-NC-ND
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