少年の賛美歌

 雪の降る、たいへんさむい夜でした。
 駅の出口の、ガード下に、ふたりの少年がぴったりとよりそって、うずくまっていました。だれもたべものを分けあたえてはくれず、もう何日もなにもたべていないふたりはひどくおなかをすかせていましたし、おまけにひとりは数日前から熱をだしていました。
 大人たちは、このはだしの少年たちをちらっと見ても、あしばやに通り過ぎるだけです。
 かたほうの少年の肩に頭をもたせかけ、ぼうっと目を見開く、もうひとりの少年の頬は、熱で赤らんでいました。そして、手には一本のびんを持っていました。これは、さっき通りすがった、酔っぱらった大人たちが、この子どもたちを笑って、おいていったものです。
 もう何日もたべていない、おなかをすかせた少年は、それをちろっと一口飲みました。あまくて、けれどもすこしからい味のしたその飲み物は、つめたくひえていたのですが、少年はなんだかのどとおなかがあたたまるここちがして、もう一口、今度はぐびっと飲みました。
 そうして夜空を見上げた少年のひとみには、そのとき、何片もの、真綿のような雪と、その奥にかがやく三日月がうつりました。
「おいしい。飲む?」
 いっぽうの少年はしもやけした赤い手で、もういっぽうの少年にびんをさしだしました。
「うん、ありがとう」
 おなじく赤い手で、少年はそれを受け取りました。それからふたりはこうたいごうたいに飲みました。
 やがてびんは空になり、ふたりはたがいにもたれあって、高架橋のむこうにひろがる夜空をながめました。
「みて、影ができる」と、少年は月明かりに手をかざしました。
「ほんとうだ、ほんとうだ」
 もうひとりの少年も手をかざして、アスファルトに落ちる影を、ひらひらと動かして、しばらくながめました。そうしているうちに、ふたりはふしぎな、ぽかぽかとした気持ちになって、月明かりの下で、手をつなぎました。通りかかる人々はそのふたりを見向きもしませんでした。けれども、たとえふたりの格好がみすぼらしくとも、手をつなぐふたりは、ふたりの前を行きかうだれよりも、満ち足りた表情をして座っているのでした。
「ぼく、なんだかお月さまが歌っているのが聞こえる気がする」
「ぼくもだ」
「そうだ、ぼくたちも歌おう」
「うん」
 ふたりが歌う賛美歌は、高架下によく響きました。なんだ、なんだ、と、そこを通りかかる人々はちょっとふたりのことを見ますが、やっぱりだれも気にかけず通り過ぎるだけです。ふたりも、他のひとなんて気にせず歌いました。

…And now let the weak say, "I am strong"
Let the poor say, "I am rich
Because of what the Lord has done for us"…

 手をぎゅっとにぎりしめ歌う、ふたりの姿は、天使のようでした。
 歌が終わると、ふたりは「あはは」とほほえみあいました。ああ、ほんとうに弱くて貧しかったふたりは、今夜、強く、そして豊かだったのです。
「ねえ、ねえ」
「なあに」
 ふたりは手をつないだまま、向きあって横になりました。
「あした、目がさめたら、電車にのっていこう」
「うん」
「どこまでもいこう」
「うん」
「ずっとずっと、とおくまで」
「うん」
「ここよりも、もっとあたたかいところへ」
「うん」
「ほんとうに、きっと、いこうね」
「うん…」
 それからふたりはしゃべらなくなりました。聞こえるのは、電車の走る音と、雪が降り積もる音だけです。びんが、横たわる少年の手から離れ、道に転がりました。雪の降る、たいへんさむい夜でした。駅の出口のガード下で、ふたりの少年はぴったりとよりそって、眠りにつきました。

少年の賛美歌

少年の賛美歌

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-11-19

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