剛腕について

剛腕について

電光石火とか、縦横無尽とかいう言葉も、八つ当たりと同義にしてしまえば、一気につまらなくなる。幼さを牽制することにもいよいよ飽きれば、このままコロナに呑まれるだけの終末を迎える。体言止め。小春日和。朝ですね。タヒね。
ぼく。ぼうりょく。ぼく。(オセロ)
強盗するときの気持ちになってみた。己の弱さに打ち震える、「ああっ」ニューロンの活動電位を感じていた。生まれて、自然と膨れて引き延ばされた、水袋系の人体。十七歳の誕生日まで数週間。腕っぷしは強くないから、床をグーで打ち付けても、建てた家は壊れなかった。ぼくの掌中でひねりつぶされそうな天邪鬼。九割九分九厘の視線はぼくを糾弾してくれないから、やがては腕だけのおばけになる。喧嘩しても喧嘩しても、人体はなめらかじゃないからどうしようもないよね。そのどうしようもなさって、名前をつければ台無しになるほど脆弱だし、ぼくらも同じくらいには脆弱だよね。生まれて、名前が付けられたけど、それは人格じゃなくて、このどうしようもなさが人間性の本体だった。内包していた。じたばたして、もんどりうった。ぎゃあぎゃあ言っても何も出てこなかった。だから喧嘩で血も出さなければ、その喧嘩自体がどこかでばかにされてしまう。腕を脚をばたばたさせて、はげしく体を揺さぶっても、でかい声しかでない。暴力性は取り除けない。

剛腕について

剛腕について

体言止め。小春日和。朝ですね。タヒね。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-11-16

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