三位一体

北上八三

この夏はこれだった印象

今年の夏、それまで知らなかった場所にビックエーが出現していたことに伴い、あっという間に私はそこに通うようになった。
「ダメなのにダメなのに」
それはもうなんというか食虫植物の甘い蜜に吸い寄せられる植物のようにビックエーに通った。あるいは不貞はいけないと思いつつも家に間男をあげてしまう主婦の様な感じであったと思う。

そしてビックエーに行けば必ずお酒を飲むという状態にまで至った。それはまるで方程式のようなものであった。

ビックエー=お酒。

今日はやめよう。絶対に。

そう思ってもビックエーを見るともうだめだった。中でも特に何がダメだったって、
「ビックエーのマグロのたたきお安いなあ!」
ビックエーに売ってるマグロのたたき。私が知る限りあそこよりも安い場所は無いように思う。それなりにグラム入って300円以内。

「しかも今日はお前え!」
しかも、なにきっかけなのかはわからないけど、ちょくちょく増量する。

それを見つけると、それがあるとより一層お酒という感情が強まった。メーターが飲酒の方面に一気に振れた。

「今日は創作物をやるんだ!」
そう決意してもビックエーにマグロのたたきがあると、そんな決意なんの意味もないものに変わる。株券が大暴落でただの紙切れに変わるみたいなもんだ。

だからとにかく夏場私はビックエーに通った。

まずはじめにマグロのたたきありき。

マグロのたたきがあれば後はサブを求めた。マグロのたたきが無ければ焦燥とともに違うものを求めた。こうなってはもうどうにもならなかった。もはや心の中にマグロのたたきを思い浮かべればお酒を飲んだ。

「このままではダメになる!」
夏の頃の私というのは本当にそう思っていた。しかしやめられなかった。それはまるで不倫や覚醒剤みたいだった。

ちなみにマグロのたたきというのはそれだけではあまりおいしさを感じない。

ただ、マグロのたたきだけを醤油をかけて食べてると、
「なんだこれ?」
ってなる。他の人もそうなのかどうかはしらない。でも私はそうなる。
「何食べてるのこれ?」
ってなる。マグロのたたきというのはネギ、そしてワサビがあってこそ真価を発揮すると私は思っている。

同じマグロのたたきなのに、ネギとワサビを加えただけで、まるで別の物に代わる。

「かああ!」
突然宇宙が広がる。

そうなるともうあれです。
「うひゃー!」
ってなって、私は正体を失う。正体を失うまでお酒を飲む。飲める飲める。

そうして今夏、私はたくさんの日々酒におぼれた。あれの三分の一でも創作物創作に回せていたら、今頃星空さんもとっくに70作品くらいに行ってたと思うんだけど。

「でも仕方ないよ」
そう仕方ない。
「三位一体。ジェットストリームアタックだよあんなの」
そうなんだ。そういう事なんだ。私にとって醤油をかけたマグロのたたき+ネギ+ワサビというのは三位一体の存在であった。

地獄の淵に立ち、地獄から抜け出そうとする脱獄者を追い返す三つの頭のケルベロスが如く。

三位一体。私にとってマグロのたたき+ネギ+ワサビというのはつまり、完成された存在であり、抗う事が出来ない寿命か自然災害か、あるいはゴジラにも等しい存在であった。

しかしそんな無間地獄とも思える懊悩の日々も、夏の終わりとともに自然と疎遠になって御破産する二人のように終わりを迎えた。

秋になり涼しくなり、あっという間に寒くなり。
「もうマグロのたたきっていう感じでもないな」
あるいは食べすぎて飽きたのか、正直あれだけ世話になったからそんな事軽々しく言うべきではないけど、言いたくもないけど。

ただでも、やっぱり飽きたのかもしれない。

自然と酒の肴は温めて食べるものになり、グラタンになったりおでんになったりした。

まるで一夏の恋のように。気持ちは移ろいだ。

マグロのたたきに対しての気持ちが落ち着いた。夏の頃あれほど心を焦がしていたのに、不思議なほど漣も立たなくなった。

そうなるとビックエーに向かう足も自然と遠のく。

二日に一回となり、三日に一回となり、やがて一週間に一回となり、今は大体二週間に一回程度。

「まあ・・・」
多少寂しいという気持ちもある。でもその分また創作活動も出来るようになったし、あのアル中みたいな状態の日々には戻りたいとは思わない。

「これでよかったんだよなきっと」
そう思いたい。

で、こないだ久々にビックエーに行った。

「おおお」
夏の終わりが私だけではなく、あちら側にも表れているのか、マグロのたたきがたくさん売れ残っていた。

増量で、しかも30パーオフの物もあった。

夏の頃は考えられなかったのに。

「久々になあ」
だから久々に買う事にした。なんというかお互い前に進むためとか言って円満に別れた相手と何年か経って偶然カフェとかで再会したみたいな感じだった。

当然ネギも買ったし、わさびは夏の頃の残りがまだ冷蔵庫に残ってる。醤油は当然常備してるし。それからあとビックエーのプライベートブランドの梅酒も購入した。ビックエーの梅酒。安いんですよ。それに梅酒は相手を選ばないし。何にでも合うし。冷たくてもあったかくても飲めるし。

マイバックにそれらを詰めて家に帰った。今日は久々にマグロのたたきだなあ。いいなあ。あの頃に戻りたいとは思わないけど、でも思い出すなあ。

キュリキュリキュリキュリ!

突然、聞きなれない変な音がした。振り返ると車がこっちに突っ込んできていた。

「あぶね!」
そう思った時にはもう、すぐ目の前まで車が来ていた。

目を覚ますと病院に居た。

「あ、気が付きましたか!」
看護師の方が私に気が付いて声をかけた。

その後大丈夫ですか、何かおかしなところはないですか。とかいろいろ聞かれたし、目にライトを当てられたりした。

病院の話によるとけがは一切なかったらしい。

私を轢いた車の運転手は重体で、前歯は折れるし、頭はハンドルにぶつけて意識ないし、手足もぐちゃぐちゃだという。でも、私は切り傷一つなかった。

「現場を見ていた人の話によると、あなたも背中を建物の壁に叩きつけられてそれで死んだと思ったそうですけど、ラッキーでしたねえ」
先生は不思議そうに言った。

警察も来て、後々連絡するかもしれません。と言われたが、とりあえずその日はそのまま帰らされた。検査の結果本当に異常はないからって。

「・・・」
私は歩きながらある事を考えていた。

手にはマイバックを持っている。中にはマグロのたたきが入っている。ネギも。あとお酒も。

「冷蔵庫に入れておいたんで大丈夫ですよ」
看護師の方がそういって病院から出る時渡してくれた。

そのマグロのたたきもお酒も私同様特に異常はない。買ったときと同じ状態。へこんだりとか、飛び散ったりとか、一切ない。ピンピンしてる。

だからまあ、そんなのありえないだろって思いつつも、

「私も三位一体の中に入り込んだのかな」

なんかそんなことを考えてしまった。

マグロのたたき+ネギ+ワサビ。

三位一体。

マグロのたたき+お酒+私。

これもまた三位一体に該当するのかなって。

「まさかあ」
運が良かっただけだろ。

でも・・・、

ずっと、

帰り道ずっと。

ずっとそんな事を考えていた。

三位一体。

三つに分かれたものが一つになることで、完全体。

まさかな。

まさかね。

三位一体

三位一体

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-11-14

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