ナスのあげびたし

実家で作られた奴以外を食べるとみりんかなんかの甘みが気になるんですよね

「ぶああ!」
ふと、目を覚ました。なんだソリッドシチュエーションホラーかと思ったが違った。単にみんなで飲み会に行って酒に弱い私がいの一番にテーブルに突っ伏して気絶していただけだった。
「吐いてる?」
目をこすりつつ恐る恐る周りを確認した。

大丈夫だ。

「よかった」
寝ゲロなどは吐いていないようだった。安心した。ほっとした。だがしかし眼鏡が無い。
「眼鏡眼鏡」
メガネが無いとジュラシックパークの一作目に出てきた太い科学者の人みたいに何も見えないのだ。当然車も矯正アリじゃないと乗れない。

「ねえ・・・」
自分の隣に座っていたはずの川口の肩を揺すった。もちろん良く見えないが、とにかく服とか色味が川口だったから構わず揺すった。しかし裸眼でよくよく見てみると川口も突っ伏しているように見えた。

「ちょっと」
反対隣に座ってた村井も揺すってみた。当然村井も良く見えない。でもなんとなく村井に見えたので揺すった。しかしやはり村井も突っ伏しているようだった。

「え?なにこれ?」
どういう事だ。右も左も突っ伏して無反応だ。もしかして皆殺しとかそういうのだろうか。目が見えない分想像力で補わなくてはいけないからか、脳がやけにクリアでそんな不穏な事を考えた。私はもう死んでると思われていたのかな、早々に潰れて突っ伏してたからなあ。そういうのってよくある気がする。もう死んだと思われて助かった系の話みたいの。

いや馬鹿言うな。
川口も村井も細々とながら息をしていた。口のあたりに手を持って行ってみたら息してた。お互い歳が歳だけに若干不規則な感じではあったが、まあ、息はしていた。

「え?じゃあ」
睡眠強盗的な?ピクシブとかの睡眠姦とかの礎になったようなやつか?店ぐるみか?

慌てて、お尻のポケットに入れてた財布を探る。あった。

お金も無事だし、免許証とかマイナンバーカードとかも無事。スイカとかナナコとかもお金は入ってないけど無くなってない。なくなったものなど何一つない。携帯は?あるし。変な支払いとか、ギフトカードかったような履歴とかは?無い。

「大丈夫だ」
大丈夫そう。

あとはまあクレカをスキミングされたという可能性もあるけど、でも、それはもう見た目には判断できないし。そこまで疑うのもなあ。なんか感じ悪いし。それにウィル・スミスの出てたフォーカスの映画みたいな感じだったらもう、そもそもわからないだろうしなあ。

「じゃあ、まずメガネ」
とりあえず川口も村井も放っておいて、眼鏡を探した。視界が無いと何もわからない。眼鏡。どこだ眼鏡。

そうしてしばらく効かない視力であたりを手さぐりで探しているとようやくテーブルの下に転がった眼鏡を発見した。

かけた。

視界がクリアになった。

視界が開けたことで、心にも余裕が出てきたのか。

「ナスの揚げ浸しください」
聴力も戻ってきた。

「ナス揚げ浸しです」
「どれですか?」
向こうのテーブルの一番端っこの所で、スーパー赤ら顔の都築が店員さんとなんか揉めてるみたいな感じだった。

「これですよこれ!」
「ああー」
店員さんはわかりましたと、笑顔になって捌けていった。ちなみに向こうのテーブルも都築以外はもうみんな突っ伏してる。あと都築自体は完全に酒飲みすぎてるのか私が見ている事も気が付いてない。

「ナスの揚げ浸しだって言ってるのに」
実際、奴は独り言のように悪態をついた。

「ナスの揚げ浸しなあ」
実家でよく食べてたなあナスの揚げ浸し。ナス料理の中で一番好き。でも、外で食べるとなあ。甘いのが気になってなあ。結局のところ、実家では父の方針というものがあって、料理には砂糖みりんの類は一切使わないというルールがあった。んで、それが当たり前という中で元気にすくすく育った私も当然のことながら、外に出て外食などをすると甘いのが気になる性分になった。だから平たく言えばまあ父のせいだ。今こういうことがあったらチチハラとかアジハラとか言われるかもしれない。別に私はそれを害だったとか悪だったとは思ってないけど。

だから外では食べない。加えて母が死ぬ前にそのレシピを習得しなくては今後一生ナスの揚げ浸しは食べれないかもしれないぞとも思うが、今の所習得に関する事も何もしてない。

それなのになんか知らないけど気まぐれに、今日はなんとなく食べてもいいかもと思えた。

そこで、その飲み屋で。都築が頼んでたから。なんとなく。ナスの揚げ浸し。

だから、私もメニューを引っ張り出してみた。

「ナスの揚げ浸しなんてあったんだなあ」
気が付かなかったなあ。

ナスの一本漬けは観た記憶あるけどなあ。

それは一品料理のページにあった。揚げ出し豆腐の隣に。写真は載ってない。字だけ。

あ、揚げ出し豆腐の写真に目が行って気が付かなかったのかな。

まあいいや、都築のが来たら私のも頼もう。

しかし、何か違和感があった。

よく見てみた。

改めて。

目をぐしぐししてから改めて。

で、よく見ると、そこにはナスのあげひたしとは書いてなかった。

ナスのあびせげりと書いてあった。

「え?」
おまたせしましたー。

声が聞こえた。都築のいる方から。

見ると巨大なナスがそこにいた。

巨大なナス。その巨大なナスから足が出てる。両足が。御盆の時にお仏壇に飾る奴みたいな。ナスから割りばしが出てるみたいな。でもその足は美脚だ。

とてもしなやかで滑らかで白くてきれいで。

そんな事を考えてる私の目の前で、都築がその巨大なナスから見事な浴びせ蹴りを喰らってテーブルに顔面から落ちた。

これで飲み会の連中は私以外全員テーブルに突っ伏した。

私はただ、都築が浴びせ蹴りを喰らう瞬間を黙って見ていた。

ナスがこちらを見た。

いやナスに目はないけど。

でも、両膝がこちらを向いてるから。

多分あれは私を見てるんだろうと思う。

私はまだ頼んでないから。

ナスの浴びせ蹴り。

頼んでないから。

喰らう謂われはないよ。

絶対に嫌ですよ。

ナスのあげびたし

ナスのあげびたし

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-11-13

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