雑記 2020/11/12 プロになりたいというより遡及的言い訳が欲しい
卒論が終わらない。
ウソ。
やってないだけ。
お門違いかもしれないけど、夜な夜なゼミの教授を恨んでる。(風を装えば精神的自滅を免れる)
助言を求めて家に招いたら、あーだこーだと空を掴む様なことを云われた挙げ句、さんざ室内を荒らされた……。と勝手に被害者面をしてる。
今は荒らされた室内を「これはここだった、あれはそこだった」と片付けて回るような作業をしてる。
ど~~~しよ。間に合わんて。
書くことは決まってるし、ゴールも見えてる。
けれどどうやって論文として書けばいいのか分からない。
このまま書いちゃってもいいのか分からない。怖い。
かの森博嗣先生は、(きっと恐らくナニカの本で)こんなことを仰っていた。
“どうやったらいいか分からないというときは、実はどうやったらいいか知っているんだけど、面倒臭くてやりたくない方法……というのが正解なんです。”
ごもっとも3点バーストですね。
上の話に絡めて話題展開します。
大学4年生にもなると、周囲では「夢のために行動する」人間が増えてくる。こんなに沢山いるものなのか、と驚いたくらいです。
そういう人たちから話を聞くとき、いつも思うのが「リアリティ」の差について。
(勝手に思ってるだけだから失礼かもしれない。先に謝ります。)
夢を追いかけるのは自由だし、決して何人たりともそれを止める権利はないと思う。
しかし追いかける本人は、社会的生命体である以上は、追いかける責任みたいなのがあるんじゃないでしょうか。
といっても、そこまで重い意味じゃなくて、目指すのなら目指すなりのビジョンを持つべきでは? というものです。
これは特定の誰かを指してはいませんからね。
つまんねー脚本書いてつまんねー劇を演る素人カス学生とかは、
「こういう劇がやりたい!」ってイメージはするんだけど「じゃあこうしよう」とかは考えてないのでしょう。だからアホみたいなことになって観客の貴重な1時間を奪ってしまう。
これも森博嗣先生が云ってましたね、そういえば。
”何を作るかは考えるのに、どう作るかは考えない。”
どんな夢を追うのも自由だけど、だったらどう追うかもちゃんと見据えないといけない……。すなわち「リアリティ」を持たないといけないな、って思いました。何様?
こういう話題のとき必ず上がるのが、「1万時間の法則」というやつですね。意味は読んだ通りです。この言葉、根性論ではなく統計的な意味合いが強いそうですよ。
宮崎駿が云ってましたね。「才能とは情熱を持続させる能力である」とか。
才能って言葉、なんか偉人の名言多くない? 多すぎて意味がブレブレブレブレ(1期OP)
僕の周りにも、完全に素人目ですが、才能人だなって思うような人が沢山います。
今「それ」に傾倒してる人もいれば、「それ」ができる環境から離れてしまった人もいます。宝くじの使い道はそういう人達のパトロンがいいな。
ちなみに僕の従兄弟は天才です。絶対将来デビューするのでそのときは買って下さい。(こういうこと勝手に云ったらウザがられそう。ごめんね)
で、この才能人っていうのは、なにも創作とかスポーツに限った話じゃないんです。
日常会話でさらっと面白いこと云えるとか、ラインの返信が機知に富んでるとか、大喜利が上手いとか、勉強ができるとか、手先が器用とか、飲み会にて如才ないとか、諸諸諸諸……。枚挙に暇がないです。
で、そういうのを感じる度に「自分は駄目な人間だな」ってつくづく思うんですよね。
バイト先の飲み会なんか劣等感の嵐ですよ!!! 勉強ができてルックスが良くて筋肉質で爽やかで酒に強くて礼儀作法を色々知ってて気を使って話題を振ってくれて……………………。そんな人達に囲まれるわけですから!!!!!!
ここで才能の話に戻るんですけど、高3くらいのときに級友から「そんなに脚本書いててすごいね、才能あるね」みたいなことを云われたんですね。
でも僕が執筆するのって、別に情熱とか野望とかではない(側面もある)んですよ。
前述した通り僕は駄目な人間なんですね。それもネタとかではなく大真面目に。
運動ダメ勉強ダメ会話ダメで出不精。じゃオタク的になにか秀でているのかと云われてもそんなことはない。ずば抜けた知識や経験がない。それは本当に、例えばスマホの下らないゲームにハマってそれなら負けないとかそういうのすらない。本当の本当にない。
人生において大それた覚悟なんかしたことないし、ポジティブに本気で歯を食いしばったことも多分ない。
で、ですよ。
これでもし、めちゃくちゃ面白い脚本だか小説だかを書いて、プロになったとするじゃないですか。
その瞬間、↑に書いた怨嗟の渦みたいな過去が全部「逆転」するわけなんですよ。
「「「「「「小説を書くためでした」」」」」」って云えちゃうんですよ!!!
ようは意味を後付けしたいんです。遡及的言い訳が欲しい。
だから書くのを止めた途端、今まで費やした時間全て「ほーん」って感じになっちゃいそうで怖い。
って思ってるんですけど!! どうですか? そうじゃないですか??? 共感して。
僕は卒論で西尾維新について研究しています。
『本題』という対談集にて、彼がめちゃくちゃいいこと云ってました。
“(前略) ただ、才能とは何かと考えると「他のことができなくなるもの」でもあるだろうし、「他のことができないからそれに専念するしかなくなってしまうもの」でもあって、『できない』の集大成が結果として才能として特化されていくんじゃないかとは思ったりもします。だから、才能という部品が僕の中に元々組み込まれているというような意味の「あっていいですね」には、考え込んでしまうかもしれません。”
好き~~~~~~~。
最近観た『輪るピングドラム』が面白かった。
決め台詞の1つに、
「きっと何者にもなれないお前達に告げる」
というものがあります。
山田玲司のヤングサンデーで知ったのですが、幾原邦彦監督はこの作品について
『90年代の亡霊と戦う少年の話だ』
と発言していたそうです。
そう考えると凄まじい決め台詞ですよね。
ちなみに台詞は「ピングドラムを手に入れるのだ」と続きます。
最終回で”ピングドラム”に触れた人にとっちゃ、これ本当に良さみが深いエールでしょ。
小劇場とか抽象劇とか好きな人、そのエッセンスがふんだんに盛り込まれてるのでおすすめですよ。
何者といえば、就活が終わってから朝井リョウの『何者』を再読した。
この作品も、読んだ人を取り込んで取り込んでメッタメタにした後、
最後の1文でエールを送ってくるんですよね。最高。
個人的に”笑える”作品だと思ってるので、大学4年生(もしくは3年生)は必ず読みましょう。これは文部科学省の命令です。
あざした。
雑記 2020/11/12 プロになりたいというより遡及的言い訳が欲しい