汗だくメイド 野山で冒険の日々 第一話

わたしは小学生の時から、将来はメイドさんになりたいと思っていた。アニメに出てくるような可愛くてちょいエロい、そしてご主人様がピンチの時にかっこいい活躍する感じのメイドさんに憧れてきた。
でも高校卒業も近づいて就活の時期になっても、メイドになるにはどうしたらいいのかわかんなくて、なるための努力は一切しなかった。まあ、いくら探してもメイドの求人は皆無だし、なるの無理かって気にはなっていた。夢をあきらめてはいなかったけれど、実際この夢を実現するのは、アイドルになるより難しいわけで、まーどうにもならないかなーと、半分どうでもよくなっていた。
しかし。わたしは卒業の次の日にメイドになった。なんと、うちの親戚にすごい金持ちがいて、母がわたしをメイドとして雇ってくれるよう頼み込んだらしい。進学もせずまともな就活もしない娘のことがよっぽど心配だったのか。
普段はお母さんの余計なお節介にはイラつくだけだけど、今回はスーパーナイスすぎる。
めでたくメイドになった初日、わたしはまず、ご主人様となる秀幸様にご挨拶に伺った。
わたしが就職した高科邸は、ちょっと田舎っぽいところにあって、ありえない巨大豪邸だった。小さな学校ぐらいの大きさがある。土地が安いのか知らないけど、日本にこんなアニメみたいなお屋敷が実在するなんて感動してしまう。それだけでテンション上がる。しかもメイド服着たメイドさんが何人も働いてた。メイド喫茶じゃないのに。感激で涙腺がやられそう。
ご主人様の高科秀幸様は、親戚っていっても一度も会ったことない人だったから、どんな人なのか不安だったけど、優しそうなおじさんで安心した。顔はイケメンじゃないけど結構好きになれそうな感じする。頭がお坊っちゃんカットのせいで威厳無い。口髭もかえって威厳無くさせてる。怒ったら怖いのかもしれないけど、パワハラとかは絶対しなさそう。いいところに就職出来たかも。
「待ってたよ、君が美奈妃ちゃんか。はじめまして、高科家の当主の秀幸です。これからうちのメイドの仕事、頑張って下さい。つらいこともあるかもしれないけど、長く続けてくれるといいな。よろしくね。」
「は、はい、よろしくお願いします!」
真面目に就活してなかったから、こんな時にどう返事したらいいかわからない。困る。でも秀幸様優しいから何とかなりそう。
「あ、あの、仕事の時はやっぱりメイド服を着るんですよね?」
とりあえず最大の関心事を聞いてしまった。やっぱりメイド服は大事。早く着たい。
「うん、まあ、うちで働く時はね。でもどこかにお使い行くとか、外で働く時は基本、メイド服じゃないね。だから美奈妃ちゃんは当分、私服勤務が多いと思うよ。」 
ご主人様におかしなことを言われた。メイドなのに私服で仕事することが多い?
「えっ………何でですか?」
「ほら、仕事内容からして、うちにいる時間は少ないわけだから。」
ますますわけがわからない話になる。
「えっとー、どういうことでしょうか……?」
「あれっ?聞いてない?!」
秀幸様がびっくりしていた。
「おかしいなあ、君のお母さんにはちゃんと説明したんだけど……うーん、女の人には話の内容がわかりづらかったのかもしれないねー。よし、最初から話そう。うちではね、今、メイドの人数は足りてるんだ。美奈妃ちゃんを雇っても、やってもらう仕事が特に無いんだよ。でも、頼まれたのをお断りしたくなかったからね、それで僕が前からやりたかったことを替わりにやってもらおうと思ったんだ。美奈妃ちゃん、いや、君はもう僕のうちのメイドだから呼び捨てさせてもらうよ。美奈妃、君の仕事はね、昆虫の博物館を作ることだ。」
いきなり話が飛びすぎて意味がわからなかった。途中まではへこまされるような話だったんだけど………何でそこで昆虫。
「どうしてそんなことするんでしょうか………?ちょっと、その、意味がよくわからなくて………」
「うん、それはそうだろうね。これは僕の個人的な事情なんだけどね。僕の甥っ子がね、昆虫が大好きなんだ。体が弱くて滅多に外出も出来ないから、虫捕りなんか出来ないんだけどね。毎日昆虫の本を見て、色んな国に虫を捕りに行きたいって話すんだ…………。僕はね、あの子に本物を与えてあげたいんだよ。」
「えっと、それは、クワガタとか買ってくるんじゃダメなんですか?」
「あの子はショップで売ってる虫なんて好きじゃないよ。野生のものがいいんだ。生きてる虫だと衛生的にも不安だしね。免疫力弱い子だから………。だいたい、この任務が無かったら美奈妃の仕事が無いし、さすがにうちでも何もしないメイドに給料は出せないんだけど………どうしてもやりたくない?」
「やります!やらせて下さい!」
もはやこう言うしか無かった。就職早々、こんな追い詰められたら言いなりになるしか無い。一瞬、笑ってる秀幸様の目が怖かったし!
そんなわけでメイドになったわたしのお仕事は私服で昆虫採集と決まった。
「やり方は本を読んで勉強しなさい。必要な道具を購入する場合は執事の大岡君に申請すれば、経費が出るから。じゃ、今日から頼むよ。」
秀幸様は何冊かの本を用意していた。『楽しい昆虫採集』とか、それと似たようなタイトルのばかり。つまりそれらを教科書にして、お仕事やってくわけだ。
ご主人様の執務室を退出したわたしは、他のメイドさん達や、執事の大岡さんにもご挨拶した。皆さんとても優しくて美形で、本気で感動した。メイド長の雪葉様にわたし用のメイド服を渡された時は、嬉しすぎて落涙した。当分着ること無いかもしれないけど。
その後は、わたし用の部屋に案内された。メイドさんは皆、お屋敷の敷地の端の寮で暮らしていて、そのうちの一部屋がわたしの新しい家になった。結構広い部屋でかなり雰囲気いい。そこでわたしは早速お仕事のお勉強を始めた。はっきり言って今、仕事のための本を読んだりなんかしたくないんだけど、やらなくちゃいけないのだ。だって、自分の部屋にいるけど勤務中だから。
他のメイドさんは、部屋にいる時は完全プライベートだけど、わたしは違う。今夜中に本を一通り読んで、レポート提出しなきゃいけないから。執事の大岡さんにそう指示された。大岡さんは背が高くて細くてイケメン中年で最初、わたしは喜んでたが、仕事の話になると態度キツイし新人に平気で幾つも指示出すし、なんかもうやだ。だまってればイケメンなのに………。
昆虫採集のレポートって何書けばいいんだって思ったけど、本の感想とか、自分なりの抱負とか書けばいいんだって。要はちゃんと読んでますって証明でしょ。そんなチェックしなくてもちゃんと読むわ!まあ、課題出されなきゃ今日読むことは無かったけど………。何でメイドになった初日に昆虫採集の勉強しなくちゃいけないんだアホー!
とはいえわたしは別に昆虫は嫌いじゃない。むしろ小さい生き物はわりと好き。虫が怖いとか思わない。全然さわれるし、ゴキブリとかも気持ち悪いとか思わない。昔は夏休みにセミを捕まえるのが楽しみだった。バッタ捕るのも好きだった。
あの頃の気持ちを思い出せば、この仕事も上手くやってけるかもしれない。わたしは本を読んだ。
昆虫博物館は、昆虫の標本を陳列した博物館だ。それを作るには、当たり前だけど昆虫の標本を作らなきゃいけない。
問題は。採集した昆虫を、標本にするためには、殺さなくちゃいけないのだ!
本には、“チョウの採集法”とか“トンボの採集法”とか、昆虫の様々な仲間それぞれの探し方と、捕まえ方が書かれてるけど、同時に殺し方も必ず書いてある!
チョウは、捕虫網で採って、ネット越しに親指と人差し指で胸部を強くつまむと、それだけで死ぬらしい。さすがに蝶は儚い。甲虫(カブトムシとかテントウムシとかの、前翅が固い仲間)とか、カメムシとかは、殺虫管ていうのに入れて殺す。
殺虫管は、劇薬を綿に染み込ませて入れてあるビンで、薬品のガスで虫を殺す。殺虫管て名前、昆虫採集っていうより害虫退治みたいな印象だな。俗称を、毒ビンという。毒って。露骨に殺しの道具じゃん。
他にも。大型のガは、アルコールを注射して殺す。胸部に少量注入するだけですぐに動かなくなるらしい。トンボは、死ぬと腐りやすいから生かして持ちかえり、一日くらい放置して糞を出させ、お腹の中が空になってから標本にするんだけど、腹部をまっすぐにするために草の茎を喉の下からお尻まで差し込む。大型のトンボの場合は腐るのを防ぐために内蔵をピンセットで抜く!!バッタとかキリギリスも腐りやすいから、内蔵を抜く。
残酷すぎる。これがメイドの仕事か!どちらかというと魔女だろ!とてもやってられん。
でもレポートには頑張って標本を千種類集めたいです、と書いた。仕方ないもん。給料欲しいし。
初日から立派な社畜になったわたし。まともなメイドになる日が早く来るといいなあ。
気づいた。幼い頃からの夢がかなったと思ってたけど、厳密に見たら全然かなってない。チャンスをもらっただけの段階だね。
なんかどっと疲れた。レポート提出したら寝よう。
(続く)

汗だくメイド 野山で冒険の日々 第一話

汗だくメイド 野山で冒険の日々 第一話

  • 小説
  • 掌編
  • 冒険
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-11-11

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted