春、だから

モッソモソ モッソモソ
 雪がまい降りる、寒い寒い冬のこと。
 明るく優しいウサギ君が小さな森にやってきた。
 面白くて話し上手なウサギ君は、あっという間に森の人気者になった。
 どんな子とも仲良くなれるウサギ君は、いつもみんなに囲まれ、幸せそうに笑っていた。
 フフフ アハハハ
 とても幸せそうなその笑顔は、みんなを幸せにしてくれた。
 いつも笑顔だから、ウサギ君の泣いたところや怒ったところを誰も見たことがなかった。
 だから森のみんなは、ウサギ君がどう怒るか、泣くか、どこに住んでいるのか知らなかった。
 見せなかったけれど、一緒に遊で、笑っているその時間がとても楽しかったから、誰も気にしなかった。
 ウサギ君は、誰にも知られてない家に帰ると何だか寂しくて
 シクシク シクシク
と、たまに独りで泣いていた。
 それでも次の日になると元気に森の広場に行った。
 一緒に遊んだり、笑ったりしているその瞬間が、とても幸せだったから。
 ポンワリ フンワリ
 春の近付きと一緒にキツネ君がやってきた。
明るく元気で、好奇心いっぱいのキツネ君は、すぐにウサギ君と大の仲良しになった。
 キツネ君もウサギ君の幸せそうな笑顔に幸せをもらい、みんなと同じようにウサギ君を好きになった。
 キツネ君は、どうしたらあんなに幸せそうに笑えるのか知りたくなった。
『住んでいるところが素敵なのかな』
『一人の時も幸せそうに笑うのかな』
『僕みたいに悲しんだり、怒ったりするのかな』
 ウサギ君の笑顔と優しさを見るたびに、キツネ君は、ウサギ君のことを知りたくて知りたくて、たまらなくなった。
 キツネ君は、シッポを機嫌よく
 ワサッフワン ワサッフワン
振りながらフフッとほほ笑んだ。
『ウサギ君をもっと知ったら、もっと好きになれる。』
と、確信していたからだ。
 だからキツネ君は、誰よりもウサギ君のそばにいて、色々な話をした。
 ウサギ君は春が好きだとか、キノコが嫌いだとか、以前は東の森に住んでいたことだとか、ウサギ君についていっぱい知れた。
 ドッキンポワン ドッキンフワン
 すごく楽しくてキツネ君は、ウサギ君をもっと好きになった。
 だけど、ウサギ君を知れば知るほど、ウサギ君がキツネ君を遠ざけている気がした。
「好きだよ。」
って、伝えるほど、ウサギ君の笑顔に元気がなくなっていくように感じた。
 キツネ君は、それでもウサギ君に話しかけた。
 ウサギ君は、自分に興味を示し、自分を好いてくれるキツネ君のことをとても好きになっていた。
 だけど、好きになっていくたび、嫌われるのが怖くなった。
 自分を知られるたび、離れていくのではないかと寂しくなった。
 家でたまに泣いているのを知られたら、今まで通り仲良くしてもらえるか不安になった。
 ビクビク ザワザワ 
 ウサギ君の心は、落ち着かない。
 嬉しいのに知って欲しいのに、不安や恐怖心がじゃまをしてキツネ君と距離を取ろうとしていた。
「どこに住んでいるの? 」
 それでも聞いてくるキツネ君をウサギ君は、キッと睨んで叫んだ。
「どこだっていいだろ! 」
 そして、サッとかけ出した。 
 色々な気持ちが、入り混じって涙が出そうだった。
 ウサギ君は、涙を見せないために怒鳴ることしかできなかった。
 次の日から、ウサギ君は森の広場に来なくなった。
 ウサギ君のいない森はシーンとして、太陽が昇らなくなってしまったかの様に、暗くなった。
 森のみんなは、ウサギ君を心配した。
 だけどどこに住んでいるかだれも知らなかったので、広場で待つことしかできなかった。
 キツネ君は、どうしても会いたくて、家を探すことにした。
 トボトコ トボトコ
 キツネ君は、一つ一つの家を訪ね歩いた。
 でも、どんなに森の中を探しても、ウサギ君の家は見つからなかった。
気が付くと辺りはすっかり暗くなっていた。
途方に暮れて、空を眺めていると、物知りなフクロウのおじいさんが声をかけてきた。
「こんばんは。こんな真夜中にどうしたんじゃ? 」
「こんばんは。ウサギ君の家を探しているんです。」
 フクロウのおじいさんは、翼をバサバサ動かして言った。
「ウサギの格好をしているオオカミのことじゃの。」
「オオカミ……? 」
キツネ君は、驚いて鼻をピクピク動かした。
「ほれ、あそこの家じゃよ。」
 フクロウのおじいさんが指さした先には、森から少し外れたところにポツンと寂しげに建つ家があった。
「最近は夜になっても暗いままじゃ。泣き声すら聞こえない。」
「泣き声? 」
 キツネ君は、驚いて目をパチクリさせた。
いつも幸せそうに笑っているウサギ君の泣いている姿を想像することが、出来なかった。
 キツネ君は、ウサギ君の色々な表情を知りたいと思っていた。
 だけど知らない間に
『ウサギ君は、笑顔でいることが当たり前だ』
と思っていた自分に気が付いて、恥ずかしくなった。
 キツネ君は、唇をギュッと結んで、寂しげに建つウサギ君の家へ向かった。
 トントン トントントン
 扉をノックする音が家の中に響く。
 ウサギ君は、ベッドの上で布団に包まりながら耳をピクピク動かした。
 しばらくしても返事がないので、キツネ君は、ゆっくり扉を開けた。
 キツネ君は、布団に包まりブルブル震えているウサギ君の傍に行き、小声で尋ねた。
「……ウサギ君ですか? 」
 小刻みに震えている布団の中から、力ないウサギ君の声が聞こえた。
「違う。オオカミ。」
「ウサギ君の声だ。」
 キツネ君は、久しぶりにウサギ君の声を聞き嬉しくなり、シッポを振った。
「違うよ! 僕は、オオカミだよ! 」
 ウサギ君は布団の中から、さっきよりも大きな声で言った。
 大声に驚いて、耳をピンとさせながらキツネ君が、呼びかけた。
「ご、ごめん。と、とりあえず布団から出ておいでよ。」
 オオカミの返事は、無かった。
 キツネ君は黙って、オオカミが布団から出てくるのを待つことにした。
 キツネ君は、家を探し歩き疲れていたので、待っている間に寝てしまった。
 窓から差し込んでくる暖かな光で、キツネ君は目を覚ました。
 いつの間にか、キツネ君に布団がかかっていた。
 布団の暖かさにキツネ君は、寝入ってしまっていた。
 ハッとして、布団を脱ぎ棄てキツネ君は、ベッドを見た。
 そこには、ウサギ君の姿もオオカミの姿もなかった。
 キツネ君が、焦って頭を抱えていると、隣からファと欠伸が聞こえた。
「おはよう。キツネ君。」
 隣には、涙のあとが出来た顔で、えんりょがちに言うウサギ君がいた。
「おはよう。ねぇ、オオカミって言ってたけど、やっぱりウサギ君だよね? 」
 ウサギ君は、耳を垂らして小さく首を振った。
 そして、ウサギ君はゆっくりウサギの被り物を脱いだ。
「騙していて、ごめんね。これが本当の僕。ウサギ君は、偽物さ。」
 ボロロポロ ポロボロボロ
 オオカミは、涙を流した。
「キツネ君は、僕を知りたがったね。これが僕だよ。独りの時の僕は、オオカミなんだ。」
 オオカミは、自分の大きなキバを指で掴んだ。
「本当の僕は、こんなキバをもっている。いつも笑ってなくて、泣いたり怒鳴ったりするんだ。みんなが好きなのは、ウサギ君。僕じゃないんだ……。」
 キツネ君は、黙ってオオカミの隣に座った。
「ウサギ君が好かれるのは、嫌じゃない。でも僕も好かれたいし、見て欲しい。」
 オオカミは、ゴクリと唾を飲み込み大声で叫んだ。
「ウサギ君の中には、オオカミがいるって、知られて嫌われるのが怖かったんだよぉ。」
 オ~ンオ~ン オ~ンオン
 大きな大きな泣き声にキツネ君は耳を傾け、目をつむった。
 オオカミの言葉にならない気持ちを一生懸命聴いた。
 しばらくして泣き声が小さくなると、キツネ君は、オオカミの頭をなでながら尋ねた。
「ウサギ君が笑った時、オオカミ君は幸せだった? 」
 オオカミは、コクリと力強くうなずいた。
「ウサギ君は、僕に優しくしてくれた時、オオカミ君は、僕に優しくしたくなかた? 」
 オオカミは、大きく首を横に振った。
「ウサギ君もオオカミ君も僕のことを好きだと思う? 」
 オオカミは、とても力強くうなずいた。
 キツネ君は、オオカミとウサギの被り物を力強く抱きしめた。
「僕は、アナタが好きだよ。色々な表情や気持ちをもっと知りたい。」
 オオカミは、キツネ君を抱きしめ返した。
「色々なアナタを知ってもっと好きになりたい。僕が好きになったのは、アナタだよ。オオカミもウサギもアナタ。どちらも本物なんだよ。」
 キツネ君は、更に力強く抱きしめた。
 ピクンッサワサワ サワサワパチン
 ついに、小さな森に春がやってきた。
 キツネ君は、鼻をヒクヒクさせ、扉のすきまから香る匂いを嗅いだ。
「さぁ、外に出よう。春の匂いがするよ。」
オオカミは、キツネ君に促され外へ出た。
暖かい日差しを受けて雪が溶け、冬で止まっていたオオカミの景色が、春へと変わった。
オオカミは、鼻をピクピクさせ春の匂いを確かめた。
「新しい匂いだ。」
 オオカミは、ニコリとほほ笑んだ。
 チョウチョを追いかけながらキツネ君が、オオカミに尋ねた。
「暖かくなったけど、ウサギの被り物は、着ているの? 」
「春だから、ウサギは着ないよ。でもウサギ君って、呼んでくれるかな? 」
オオカミが照れくさそうに言った。
「良かった。ウサギ君って、呼びなれちゃったから、助かったよ。」
そう言ってキツネ君は、笑った。
姿はオオカミになったけど変わらないウサギ君が、久々に森へ帰ってきた。
ウサギ君は、とても軽くなった体をポンっと弾ませながら、幸せそうに体全身で幸せそうに笑った。
キツネ君は、ウサギ君を見つめ、耳をピョコピョコ動かしながら、おそるおそる言った。
「僕のことも、今まで通りキツネ君って、呼んでね。」
「もちろんだよ。」
 ウサギ君は、キョトンと不思議そうな顔をしながらうなずいた。
「春、だからさ……。」
そう言って、ゆっくりキツネの被り物を脱いだ。

春、だから

春、だから

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-11-10

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted