溶怒

周りの色に染まる、私は何色にもなれるといえば聞こえはいいけれど、それは自分に何もないのと同じなのだ

 どうにもならないこの怒りを抑えるのに、時間は要らない。
 もう何度と経験し、もう何度と慣れ、もう何度とおこなってきたので、もう今、現時点でそうすることに戸惑いなどなかった。だがしかし、違和感もあれば、認めたくないことだってある。それでも、それを「はい」と一言飲み込んでしまえば、丸く収まるので、もうそう答えるほかの術を一切捨ててこの今を生きている。
 腹立たしいことこの上ないが、仕方のないことなのである。
 自分の人生がどうでもいいわけではないが、面倒事は嫌いなのでそれが生じれば、一目散に逃げに徹するのが、上手く今の状態を保ち続けながら生きるに、最適なのだ。
 トラブルが嫌いで、それが生じれば、目を逸らすがごとく至極無言を貫くのだ、それはどうしていいのかがわからないからである。
 どうしてよいのかもどうするべきかもわからないでいる。謝れば、こちらが頭を下げれば――それでいいのかもしれない。だがそれができないのだ。
 自分に非があると、認めたくないわけではない。
 だがしかし、その時点で自分がどうしていいのかもわからなくなるのだ。
 何故なら、そのトラブルというものに直面した時、目を逸らしているのだ。目を逸らし、ほとぼりが冷めればまたさっきまでと変わらない顔をして、皆の前で同様に変わらない態度を貫くのだ。
 恥だ。大恥だ。
 しかし、これ以外にどうすればいいのか、学んでこなかった、逃げて。
 逃げて逃げて、逃げた先の成れ果てがこれだった。
 もっと何かより良い方法があるはずなのだ。というか、あるのだ。
 しかし、それがわかっているのにも関わらず、それがわからず、得とくする方法もわからず、その恥を振る舞い続け、そして、恥にまみれたその顔で、死んでゆくのだ。
 嗚呼、どうすることもできない。
 自分に非があろうとも、相手に非があろうとも、自分の所為にもできず、相手の所為にもできず。一体そこに、自我というものはあるのだろうか
 何もない。そんな空虚なハリボテなのではないのだろうか。
 「はい」と答えていれば、流され、そしていつかは静かな湖へとたどり着くことができる。そう言えば聞こえはいいが、じゃあ、自ら動くことのできないまま、その湖の真ん中へと辿り着いてしまったらそれからはどうするのか。
 どうにもできないのだ。
 人に助けを呼び掛けることも、また自ら助かりに行こうともせず。
 ただ、誰かの優しさというものが偶然通りかかることを、心の底から願っているだけなのだ。
 一旦関わっても、それだけの関係。
 深く入り浸りたくもない自分にとって、それは孤独で淋しくて、そして空虚な存在でしかなく。
 ただただ、自滅に走る、阿呆の所業でしかなかった。

 自ら助かる道を捨ててまで、孤独という選択肢を選ぶのは何故なのか。
 それへの答えはもう出ているのに相応しく、また明言する程度のものでもなかった――ただ、それがめんどくさいだけとかいう、馬鹿な理由で自滅を選ぶのだ。
 足元しか見れない自分にとって……いや、曇った先の出来事よりも、今グラグラと不安定な足元の方が大事な自分にとって、もうそれしか、今の自分に残された唯一の輝ける選択肢だったのだ。
 それは、何も知らない、無知故の愚かさだった。
 何も知らない――だからこそ、彼は、彼という自分は、それが、唯一の希望だと思えてしまうのだった。

 だからこそ、彼は――彼という自分は。
 それが愚かだと知っても尚、この愚行を辞めることはないだろう。

 だって――それ以外の術を知らないのだから。

溶怒

溶怒

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-11-10

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