ビブリア古書堂の事件手帖 ~栞子さんとU-15の少女たち~ 【諏訪野しおり『君はキラリ』】

 ビブリア古書堂の事件手帖 ~ 栞子さんとU-15の少女たち ~
 諏訪野しおり写真集『君はキラリ』、睦月影郎『ロリータ体験合宿』


 ビブリア古書堂で店員として働くようになって半年が過ぎた。仕事はだいぶ板についてきたのではないかと思う。
 相変わらず本が読めない体のままだが、どの棚にどの本があるくらいのことは自然に頭に入り、客の求めに応じてすぐに商品を取り出せる程度の能力は身に付けた。
 古書店にまったくそぐわない体質を持っていながら、栞子さんのそばにいたい一心で仕事を続けている俺だが、以前から不可解に思っていることが一つある。
 ビブリア古書堂で扱っているのは、主に文芸書である。漫画や写真集なども多少はあるが、それはパセリと同じ添え物程度のものだ。長く店をやっていると客層も決まってくるもので、そういった類は買われることも持ち込まれることも少ない。
 漫画や写真集でさえそうなのだから、アダルト系の本や雑誌が持ち込まれることは滅多にない。以前の店主の頃ならともかく、栞子さんのように若くて美しい女性にエロ本を査定してもらうなど、よほど恥を捨てないとできないということもあるだろう。
 ――であるのだが、俺がこの店に勤めるようになってから――いや、きっとそのずっと前からであると思うのだが、店の隅の棚に、いつも一定量のアダルト系雑誌が置かれているのだ。
 天井まで届きそうな大きな棚の、ほんの一段だけ。それもブックエンドで区切ってあるので、わずか二十センチほどのスペースである。そこにビニール袋に入ったエロ本が十数冊、立てて置かれている。
 店の雰囲気にも合わないし、この程度の量なら他の古書店に引取りを頼むなどして無くしてしまえばいいと思うのだが、栞子さんはそうしない。
 さらに不可解なのは、その雑誌が、どうも一定の傾向を持って集められているらしいことである。一冊一冊手に取って表紙を眺めたことがあるが、写っている少女の年齢層が、えらく低い。
 モデルは小学生から中学生くらいまでで、俺のストライクゾーンからは低めいっぱいに外れている。世に言うロリコン向けの雑誌らしい。
 十八歳未満は何とか法に引っかかるんじゃなかったっけ? そう思い裏表紙も確認したが、露出度はせいぜい水着までで、裸の写真は一枚も無かった。かなりきわどい写真もあるようだが、一応法に則った作りになっているらしい。
 俺には良さが全然分からないのだが、たまに売れる(俺が店番をしているときに限る)。いかにもオタクっぽい挙動不審な青年が買っていくこともあれば、スーツを着た白髪交じりの男性が、森鴎外の著書と一緒に買っていくこともある。どうもロリコンという性癖は、生い立ちや人となりとは無関係に生じるものらしい。そういう遺伝子があるのだろう。
 そうやって細々と売れては行くのだが、無くなることはない。持ち込まれることはほとんどないから、俺の知らないうちに栞子さんが補充しているのだ。
 いったいどこから仕入れているのだろうと思う。他の店で買ってくるのだろうか。栞子さんがロリ雑誌を買うところなどあまり想像したくはない。清楚なイメージが崩れる。
 いったいそこまでしてこの手を商品を揃えておかなくてはならない理由はなんなのだろうか。本人に聞くのは気が引けたので、一度栞子さんの妹の文香さんに聞いてみたことがある。
「あたしも聞いたことあるよ、これ何で置いてるのって。でもお姉ちゃん、『お客さんの趣味は多様だから』とか下手な言い訳して、教えてくれなかった」
 だそうだ。
 さらにもう一つ不可解なことがある。ロリ雑誌に添えるように、場違いな商品がいくつか置かれているのである。
 大した値は付いていないが、ウラジミール・ナボコフの『ロリータ』翻訳本。文学作品なんだから置き場所が違うだろうと突っ込みたいところだが、これはまだ理解できる。
 しかし、一緒に置かれている「ガラスのうさぎ」と「台風クラブ」のDVD。これはいったい何なのだろうか。何でこんな古い邦画のDVDが一緒に並んでいるのだ?
 様々な謎を秘めつつ、そのロリ雑誌とDVDは、今日もビブリア古書堂の一角を占有し続けている。


 夕方六時を過ぎたころ、一人の客が来店した。年齢は三十前後か。黒のスラックスに、無地のポロシャツ。健康的に陽に焼けた顔。まっとうな仕事をしていそうな普通の男である。手に紙袋を持っている。
 その男に、俺は見覚えがあった。確か一週間ほど前に来たはずだ。ビブリア古書堂の客には珍しく、例のロリ雑誌を手に取っていたので覚えていたのだ。その時は結局何も買わず出ていった。
 その男は真っ直ぐにカウンターへ向かった。いつもどおり本を読みふけっていた栞子さんが顔を上げる。
「買い取りをお願いします」
 男は紙袋から三冊の本を取り出し、カウンターに置いた。どれもありふれた実用書で、栞子さんはそれに見合った値を付けた。
「その値段でいいです」
「それでは、こちらにお名前とご住所を……」
 栞子さんが差し出したボールペンを、男は「持ってます」と言って断わった。胸のポケットに二本掛けているペンのうち一本を取り、それがボールペンでないことに気付いてポケットに戻し、もう一本のペンで記入した。
 その間に栞子さんが代金を用意し、男に支払った。極度の人見知りでありながら、最近はレジのやり取りくらいはそつなくこなせるようになっている。
「あの、実物は今持って来ていないんですが……」
「え? あ、はい」
 これで終わったと思ったところで男が別の用件を切り出したので、彼女は少し身構えた。マニュアルから外れた応対に直面するとすぐ緊張する。つくづく客商売に向いていない人だなと思う。
「『君はキラリ』と『1500日のネットワーク』は、いくらで買い取りますか? いや、それ以前に買い取るかどうかを……」
 栞子さんの目がスッと細くなった。喧嘩している猫みたいに上がっていた肩が、元の高さに戻る。
「……諏訪野しおりですね? 初版ですか」
 しっかりとした声音で栞子さんは話した。スイッチが入ったようだ。
「いえ、両方とも初版ではありません」
「本の状態は?」
「良好です。日焼けもありません」
 栞子さんは眼を伏せ、軽く握った拳を顎に当てた。しばらく考えてから、顔を上げる。
「……実際に本を見ないと確定はできませんが、状態がよければ、『1500日のネットワーク』が五千円、『君はキラリ』が五万円、で」
 両方諏訪野しおりという作者の作品らしい。人並みの本の知識しかない俺は当然知らない本だが、同じ作者で十倍の差がつくのか。栞子さんと似た名前なのが気にかかるが。
 値段を聞いて、男は渋い顔をした。
「ちょっと安いな。ひと昔前ならともかく、このご時勢なんだから今はもうちょっと相場が上がってるでしょう。新田まゆみの方は仕方ないとしても、『君キラ』が八万円を切るとは思っていなかった」
 新田まゆみ? 作者は何とかしおりじゃなかったのか?
「これ以上は出せません」
「じゃあ、他の店に行きますよ。相場を知らないんですか?」
 栞子さんが溜息をつく。
「……相場ですか。そうですね、ちょっと待っていてください」
 男に断わると栞子さんは立ち上がり、カウンターを仕切っている本の壁の奥に引っ込んだ。カタカタとキーボードを操作する音が聞こえる。壁の向こうでパソコンを操作しているようだ。
 男は腕を組み、俺とは目を合わせようとせず棚に並んだ本の背表紙を眺めて待っていた。調べ物が終わった栞子さんが、カウンターに戻ってくる。
「どうです? 相場が分かりましたか?」
 イスに座った彼女に、男は得意顔で聞いた。
「……清岡東小学校」
 栞子さんのひと言に、ビクッと身体を震わせる。
「あなたは、小学校の先生ですね?」
 男の顔が瞬く間に血の気を失っていった。ものも言えず、口をパクパクさせている。
「こちらに書いた住所と氏名は嘘なんでしょうけど、学校に問い合わせればすぐに分かりますよ。色黒で右頬にホクロがある男の先生って。私は人の趣味にどうこう言うつもりはありませんけど、小学校の先生としては、あまり表に出せる趣味ではありませんね」
 普段の人見知りはどこへやら、真っ直ぐに目を見て栞子さんが言い放つ。男は力なくうなだれた。
「……モノは車に積んであります……少し待っててください……」
 しょげた様子で男は店を出て、すぐに戻った。手には二冊の写真集。小説かと思っていたが、写真集だったのか。
 栞子さんはレジから五万五千円を取り出して渡した。男はもうここには一刻も居たくないといった風にさっさと帰っていった。
「良かった、これで赤字にならずにすみそう」
 写真集を手に嬉々としている。『1500日のネットワーク』をカウンターに置くと、赤い水着を着た少女が表紙の『君はキラリ』をめくりだした。俺も首を伸ばして中を覗きこむ。……幼いなあ。これもロリ写真集なのか。
 しなやかなストレートのロングヘアーに、整った顔立ち。ずいぶん前の写真集のようだが、モデルの少女は時代を超越した美しさを備えていた。
 それはともかく、うちの店の片隅に並んでいるロリ雑誌と違い、『君はキラリ』の少女は惜しげもなく全裸を晒している。スレンダーな肢体に、ふくらみかけの胸。……まだ生えてないんだな、と分かってしまうところまで、全部丸出しである。
 俺はロリコンの気はないから興奮はしないが、それらの写真は全裸であっても淫猥なポーズなどは一切なく、ポルノとはかけ離れた優れた芸術作品だという印象を受けた。でもこういうのって、法に触れるんじゃなかったっけ?
「栞子さん、いいんですか? こんな本買い取っちゃって? 確か法律が……」
「児童ポルノ禁止法ですね。もっと略して児ポ法とも言われますけど。確かに抵触します。うちの棚には置けません」
 栞子さんは事も無げに言い、『君はキラリ』を閉じた。
「この写真集は児ポ法が施行される平成十一年よりはるか前、昭和五十九年に出版されました。当時でも少女の全裸を撮影した写真集は珍しく、十二歳だったモデルの諏訪野しおりの神秘的な美しさも評判を呼び、十万部を超えるベストセラーとなりました。
 無名の少女の写真集がこれだけ売れたのは、諏訪野しおりが男性にとっての理想の少女象を体現していたからでしょう。ファンの間では『君キラ』と呼ばれています」
 こちらから質問する前に、本の解説をスラスラとしゃべりまくる。普段の物静かな彼女と同一人物かと思ってしまう。
「英知出版は同時期に、早見裕香の『不思議の国の少女』、織絵可南子『心のいろ』と、立て続けにヒット作を世に送り出しました。この三冊の写真集は英知三部作と呼ばれ、裏のマーケットで高値で取引されています」
 そう言って栞子さんはもう一冊の写真集、『1500日のネットワーク』を手に取った。『君キラ』と一緒に表紙を俺にかざす。
「モデルの子、似ていませんか?」
 『1500日』の方は、胴体が泡だらけの姿でバスタブに腰かけた少女が表紙だ。確かに似ているが、こちらの方が明らかに年齢が上だ。十七歳くらいか?
「似てますね。姉妹ですか?」
「同一人物なんです。こちらは十七歳の時に出した写真集。芸名も"新田まゆみ"に変わっています。『君キラ』からの写真もいくつか転載されているのですが、性器には修正が施されています。だから買い取り値はだいぶ下がります」
 ペラペラとページをめくる。十七歳の少女の写真の中に、時々幼い頃の写真が混ざっている。局部は黒く塗りつぶされていて、それがせっかくの美しい写真を下品で汚らわしい感じにしてしまっていた。俺はロリコンではないが、さすがに無粋なことをするなと言いたくなる。
「なるほど、『君キラ』の方が格段に高いわけが分かりました。ところで栞子さん、まだ聞きたいことが山積みなんですけど……えーと、そうだ、どうしてあの男が小学校の教師だって分かったんですか?」
 栞子さんは写真集をカウンターに置き、おそらくでたらめの住所氏名が書き込まれた買取票を指し示した。
「最初に写真集とは関係のない実用書を売ったのは、うちの店が身分証明書の提示を要求するかどうかを確かめたのでしょう。買取票に書き込むとき、あの方はポロシャツのポケットからはじめに赤鉛筆を抜き取ったんです。シャープペンタイプの、芯が交換できるものでした。小学校では、テストの採点などで今でも赤鉛筆を使います。ボールペンよりも温かみがあって、子供にはその方が良いからでしょうね。
 あと、わずかですが、ズボンに白い粉がついていました。教育現場ではホワイトボードよりも黒板がよく使われます。粉が飛び散る不便さよりも、視認性を優先するんです。企業と違って、掃除は生徒にさせればよいことですし」
「赤鉛筆は俺も気付きましたけど、カウンターの中からズボンまで見てたんですか……。それにしても、どうやって小学校を特定したんですか?」
「ポロシャツの襟に、黄色い染みが付いていました。米粒ほどの大きさですけど。小学校の先生ですし、カレーの染みじゃないかと思ったんです。最近はネット上に給食の献立を載せている学校が多いので、近隣の小学校を検索してみたらすぐに見つかりました。カレーライスじゃなくてカレーうどんでしたけど、うどんの方が飛び散りやすいですよね。
 清岡東小学校と清岡西小、あと栗山小学校の三校は、同じ給食センターで作られています。当るまで校名をあげていくつもりだったんですけど、一発目で当ったのはまぐれです」
 ……俺、すごい人の下で働いているんだなあと、あらためて思った。うしろめたいことはしないようにしよう。何かやらかしたらすぐに見透かされそうだ。
「それにしてもあいつ、ロリコンで小学校の教師なんて大丈夫ですかね? 俺、清岡東小の前で見張って、素性を洗い出してやりましょうか?」
 そんなに悪い奴には見えなかったが、最近は物騒な事件が多いし、「まさかあの人が」なんてのもよく聞く話だ。
「そんなに警戒することはないでしょう。分別のある方だと思いますよ」
 無意識に腕をまくっていた俺に、やんわりと栞子さんは言った。
「どうしてそう思うんです?」
「ロリコンの人も、何かをきっかけにコレクションと決別しようとすることがあります。例えば恋人との同棲や、結婚ですね。あの人の場合は、結婚指輪の周りに日焼けの跡がありましたから、結婚してそれなりの期間は過ぎているでしょう。そうであれば、もう一つの大きなイベント……」
「イベント?」
「女のお子さんが生まれたとか」
「ああ、なるほど」
 それなら納得だ。年頃になった娘に見つかりでもしたらたまったものではない。貴重な写真集を手放す気にもなるだろう。
「『君キラ』を手放して、他のコレクションを残しているなんてことはあり得ません。そういう分別のある人なんですよ。心配は要りません。
 昔は十四、五歳で結婚するのが当たり前だったんですから、私は特別ロリコンの人に嫌悪感を持ってはいないんです。もちろん犯罪を犯す人は絶対に許せませんけど」
 それは俺だって許せない。俺が陪審員だったら全員死刑だ。
「栞子さんが大丈夫っていうなら、大丈夫でしょう。それで、最初の質問に戻るんですけど、それ、売ったらやばいんでしょう? どうするつもりなんですか?」
 まさか栞子さんのコレクションにするわけでもあるまいし。
「大っぴらには売れません。買い手の当てがあるんです。というか、その人に探すのを頼まれていたんですけど……」
「そうなんですか。あ、じゃあ、五万円というのは、その人の言い値ですか?」
 欲しい本のためなら、時として手段を選ばないこともあった母への反発から、常日頃誠実な査定を心掛けている栞子さんなのに、相場を大幅に下回る買値をつけるのはおかしいと思っていたのだ。
「そうです。あの人には悪いことをしてしまいましたけど……私は六万円くらいまでなら譲歩してもいいと思っていたんですけど、思いのほか簡単に折れてしまって……でも、もう仕方ないですね。こちらも違法行為の片棒を背負ってるんですから、リスク代だと思ってあきらめてもらいましょう」
 ……妻も子供もいて、児ポ法に触れるものを売りに来た店で勤め先をズバリと言われてしまったら、交渉する気も失くすよなあ……。不運な事故ということにしよう……。
「店の隅にあるロリ本にも納得しました。アレは『君キラ』をおびき寄せるための餌だったんですね。あ、でもまだ疑問が……あのDVDは何なんです?」
「『ガラスのうさぎ』には当時十三歳だった蝦名由紀子の入浴シーンがあり、『台風クラブ』には女子高生達が台風のなか下着姿で雨に打たれるシーンがあります。どちらも今は撮れないシーンで、ロリコンにとっては貴重な映像になっているんです。こういうマニアックな情報に通じていることを示せば、『君キラ』も向こうから寄ってくるかと……」
「……ご明察恐れ入りましたよ。見事に網にかかりましたね。それで、当てにしている買い手ってのは、どんな人なんですか?」
 俺がそう言うと、栞子さんはきゅっと唇を結んだ。これまでスラスラと薀蓄を披露していたのに、急に困ったような顔になる。
「……それは、取り引きがすべて済んでからお話することにします……まだ『君キラ』が手に入っただけで、目的が達せられたわけではないですから……」
 そう言って彼女は俯いてしまった。俺は会話が続けられなくなり、適当な言葉で話を打ち切って、店仕舞いの準備を始めた。長々と話している間に、すでに日はとっぷりと暮れていた。
 店の外に出していた均一本のワゴンを片付けていると、栞子さんが電話で話している声が聞こえてきた。
 店の看板も片付けてカウンターへ戻り、閉店の準備が済んだことを報告した俺に、「……明日の午後、買い手が来ます」とだけ彼女は告げた。


 翌日の午後、俺と栞子さんは落ち着きなく買い手の男が来るのを待っていた。
 男は「午後」とだけ言って、時刻を指定しなかったそうだ。おかげで俺たち二人はどうも気が落ち着かず、そわそわしながら幾度も店の入口に目をやっていた。
 午後三時、カウンターの中で栞子さんが急に背筋を伸ばした。緊張で顔が強張っている。店の入口を振り向くと、四十代くらいの男が入ってくるところだった。
 四十代と言っても、前半なのか後半なのか分からない、年齢不詳である。渋い色に色落ちしたジーンズに、洒落た麻のジャケットを着ている。耳が隠れるくらい長めの髪は茶色に染めていて、一見するとミュージシャンか業界人かといった風貌だった。
 男は俺に目をとめると軽く会釈して、ツカツカと店の中へ入ってきた。カウンターを挟んで栞子さんに対峙する。
「久し振りだね、篠川さん。アレが手に入ったって?」
 人を食ったような笑みを顔に貼り付けている男に、栞子さんはうやうやしく頭を下げた。
「……お久し振りです、桂木さん」
 久し振り、と言いながらも特に昔話を始めるわけでもなく、栞子さんは仕舞っていた『君はキラリ』と『1500日のネットワーク』を取り出した。親しい間柄ではないようだ。
 男は写真集を受け取ると、パラパラと中を開いた。
「……うん、いい状態だ。新田まゆみの方もあったのかい?」
 満足気な笑みを浮かべる。栞子さんは緊張気味の顔で見つめている。
「『1500日』の方もできれば、というお話だったので……価格は約束どおり『君はキラリ』が五万円で、『1500日』は五千円でいかがですか?」
 買い取り値に少しも上乗せせずに栞子さんは価格を口にした。商売が目的ではないということか。
 男は札入れから紙幣を抜き取って差し出した。
「六万円。五千円はおまけだよ」
 しかし栞子さんは、手をかざして受け取ろうとしない。
「桂木さん、約束のものをいただいてからです」
 声は小さいが、気弱な彼女がきっぱりと言った。目はしっかりと桂木を睨んでいる。
 桂木は悪びれるでもなく笑って、
「これは失礼。ちゃんと持って来てるよ」
 と言ってポケットをまさぐった。取り出したものは、USBフラッシュメモリ。栞子さんがそれを受け取る。
「……中を確認します。少し待っていてください」
 奥に引っ込み、パソコンを操作する。桂木はチラッとこっちの方を見たが、俺に興味はないらしくすぐに目をそらし、カウンターを人差し指でトントン叩きながら待っていた。
 しばらくして栞子さんがカウンターに戻ってきた。普段どおり落ち着いた表情なのだが、何だか高揚する気持ちを抑えているようにも見える。心なしか頬が赤い。
「……確認しました。間違いなく約束のものです。これはお返しします。ありがとうございました」
 USBメモリを桂木に返す。続いて写真集を手渡し、代金を受け取った。メモリの中身は知らないが、これで取り引きはすべて終わりだろう。
「じゃあね、篠川さん。また欲しいものがあったら連絡するよ」
「古書なら何でもお探しします。でも、今日のようなものを扱うのは、今回限りです」
「はは、そうか。俺はもう篠川さんの欲しいものは持ってないからな。じゃあ、また縁があれば」
 名残を惜しむ様子もなく桂木は写真集を持って出て行った。俺は桂木はもうこの店に来ることはないだろうと思った。「縁があれば」と言っていたが、逆に縁が切れたような気がする。
「栞子さん、何者なんですか、あの男」
 桂木が出て行った出入り口を呆けた顔で眺めていた栞子さんに聞くと、彼女はハッとして俺の方を向いた。うつむいて片手を頬に当てる。
「ああ……そうですよね、お話しなきゃいけませんよね、違法行為に巻き込んでしまったようなものですし……ちょ、ちょっと待っててください」
 栞子さんは母屋に引っ込むと、しばらくしてからカウンターに戻ってきた。時間からして自室に戻ったのだと思われる。
「……発端はこの本なんです」
 カウンターに一冊の文庫本を置く。タイトルは『ロリータ体験合宿』。……またロリ系か。作者の名は睦月影郎。何だかペンネームからして怪しげだ。
「睦月影郎は官能小説で有名な作家です。四百冊以上の著作がありますが、中でも二見書房のマドンナメイト文庫から発刊されたこの『ロリータ体験合宿』は人気が高く、ファンの間でも傑作と言われています」
 ……こういうのにも造詣が深いんですね、栞子さん。何だかちょっとイメージが変わってしまいますが。
「これも相当値が張るものなんですか?」
 手に取ってみる。表紙には体操着を着た少女が描かれているが、顔の上半分は枠外に断ち切られて見えない。出版年を確かめると初版が昭和六十三年、この本は第三刷だった。
「人気作品で数多く出版されたので、初版かどうかに関わらず相場は四千円くらいです。小説は児ポ法に触れることはありませんので、普通にネットオークションで取り引きされています」
 ページを捲ってみる。二十年以上の前の出版だからさすがに紙は少々黄ばんできているが、状態は良く読むのに不具合はない。
 それはそうと、ペラペラと捲っただけで「おっぱい」とか「ペニス」とか「愛液」とかいった単語が次々目に飛び込んでくる。栞子さんが読むくらいだからもうちょっとソフトで文学的な内容かと思ったが、コテコテのポルノ小説らしい。
「無邪気な小学五年生の麻衣、清純な中学三年生の絵理子、ボーイッシュな高校二年生の由貴、この三人の少女に、寺の住職である主人公の金丸が仏の教えと称していやらしいことをしまくるという荒唐無稽なストーリーです。この四人以外にも麻衣の母親や絵理子の同級生の男子も登場し、タイトルのロリータの枠にとどまらないバラエティに富んだ内容になっています。でも、それだけでは巷にいくらでもあるポルノ小説と変わりません。この作品を傑作と言わしめるまでに押し上げているのは、十四歳の絵理子の存在です」
 ……立て板に水のような栞子さんの解説はいつも通りなのだが、聞けば聞くほど残念な気持ちになっていくのは何故だろう。
「金丸の寺の近所に神社があって、絵理子はそこで巫女をしています。とてもおとなしい美少女で、人を傷つけるとことができない彼女は、金丸にどんなにいやらしいことをされても、抵抗らしい抵抗をすることができません。しかも羞恥心が強いため、何をされても誰かに漏らすということが絶対にありません。性欲の権化である金丸には、まさに格好の餌食なのです」
「な、なるほど。でも少女に悪戯するのはやっぱり良くないことでは……」
 倫理的によろしくないだろ、そんな内容。
「私も初めて読んだ時はひどい話だと思ったんですけど……主人公の金丸は少女が好きでたまらないだけで、サディスティックな性向は持っていないんです。だから基本的に和姦で……絵理子以外の少女は最初からあっけらかんとしていますし、絵理子も最初は嫌がるのですけど、後半になると『ああ、またか』と、半分あきらめて金丸の変態性欲に付き合ってる感じがコミカルで、陰惨な雰囲気がないんです。明るく性を楽しんでいるような……現実にはありえないことですが、小説の中なら男性にとってのユートピアがあってもいいんじゃないでしょうか」
 それもそうか。アクション映画なんか、人がバタバタ死んでいくのを爽快に描いているし。フィクションなんだから固いこと抜きでも構わないと思おう。
「とにかく、天使のように穢れない絵理子が、金丸に変態的ないやらしいことをされ恥かしさに身悶えする姿が、何とも言えずエロティックで可愛らしいんです。そこが睦月作品の中でも傑作といわれる所以でしょう。やはり巫女というそもそもが世俗から離れた存在であるところが、男性のハートをつかむのでしょうか。東方の麗夢も巫女という設定だからこそ、人気ランキングの上位をキープし続けることができるのでしょう」
 ……分からない単語が出てきたぞ。
「何ですかその『とうほう』っていうのは?」
「シューティングゲームです」
「シュ、シューティングゲーム?」
「東方はPC専用の同人ゲームで、ZUNという方がゲームの製作から美少女キャラのデザイン、音楽までをすべて一人で……」
 栞子さんは俺のために東方について詳しく説明してくれたが、「同人ゲーム」とか「二次創作」とか「カップリング」とか馴染みのない単語が出てくるたびに待ったをかけて説明してもらわねばならず、聞けば聞くほど分からなくなっていった。美少女から弾が出るって、どういう画なのか俺には想像もできない。
 そのうちどうも本題とは全く関係なさそうだということに気付いたので、話を打ち切ってもらった。栞子さんの知識の幅、広すぎる……。
「すみません、話が横道にそれてしまいました」
「……ええ、だいぶ……それで、桂木が持ってきたUSBメモリに入っていたのは、いったい何なんですか?」
 栞子さんは『ロリータ体験合宿』の上に手を置き、溜息をついた。
「物語は少女三人と金丸が温泉に入るシーンで終わります。金丸は少女たちの身体を散々もてあそんだあと、絵理子に挿入して射精します。絵理子は言われるがまま金丸に馬乗りになり、金丸の男性自身を受け入れます。――痛がりもせずに」
「まあ、その前に散々やられてるでしょうからね」
 十四歳でそう簡単に男を受け入れられるようになるとは思えないが、フィクションだし。
「いいえ。この場面で、絵理子は初めて挿入されているんです。これより前に、絵理子が処女を失うシーンはないんです」
 それなら、終盤の温泉のシーンが処女喪失で……あれ? 「痛がりもせず」って言ってたな?
「……おかしいですね? 初めから処女ではなかったとか?」
「それはありえません」
 台詞がかぶるくらいの早さで、栞子さんはきっぱりと答えた。
「金丸に初めて悪戯されたときの絵理子の素振りからして、彼女が処女でなかったということはありえません。絵理子は天使のように清純なのです」
「それでは、つじつまが……」
「そのとおりです。物語の中盤にあるはずの、絵理子の処女喪失シーン。それは、削除されているんです」
 削除? 処女喪失ってポルノ小説では見せ場じゃないのか? それをストーリーに矛盾を生じさせるのが分かっていて削除するのだろうか? 俺は思ったままの疑問を栞子さんに投げかけた。
「当然作者の睦月は、絵理子の処女喪失を書いていたんです。それが、編集段階で出版社側に削除されたようです。ページ数合わせのためなのか、どのような意図でそんなことが行われたのかは分かりません。しょせんポルノ小説と軽く見られているのか……でも、作品に明らかな欠陥を及ぼすような改変は慎むべきだと、私は思います」
 そうだよな。睦月影郎も精魂を込めて書いたのだろうし、矛盾が残るような校正をするのはあんまりだ。……え? こんな話をするってことは、ひょっとして……。
「栞子さん、さっきのUSBは、もしかして……」
 こくん、と彼女は頷いた。
「はい。失われた絵理子の処女喪失シーンを含む、『ロリータ体験合宿』のオリジナル原稿です」
 俺の腕に鳥肌が立つのがわかった。この人は……よくそんなものを手に入れることができるな。
「あの桂木って男は……」
「元マドンナメイト文庫の編集者です。一時期睦月影郎の担当をしていました」
「ど、どうやって知り合ったんですが!?」
 栞子さんはまた一つ溜息をついて、カウンターのイスに腰を下ろした。そういえば桂木が出て行ってから二人とも立ちっ放しだった。夢中で話を聞いていたので、足を悪くしている彼女を気遣うことができなかった。
「すみません、気が付かなくて……」
「大丈夫です、ちょっと立ち疲れただけで……桂木さんは、以前うちの店に来られた方に紹介してもらったんです。その方はある本を探していて、お話を伺っているうちに二見書房の編集者だということが分かって……睦月の担当かと尋ねたら、自分は違うが、担当者は知っていると言われました。私は、実は私はその担当者の親戚だと嘘をついて、連絡先を教えてもらったんです」
 栞子さんが嘘をついてまで……本当にこの人は本のことになると人格が変わるなあ。
「電話でお話したら、桂木さんはオリジナル原稿のファイルを持っていると言いました。その代わり、『君はキラリ』を手に入れるようにと条件をつけてきたんです。ネットで調べれば手に入らないことはないはずですけど、将来児ポ法が改正されて単純所持も禁じられる可能性がありますし、足跡が残るやり方は避けたかったのでしょう。こんな商品ですから私も他の古書店に協力を頼むことができなくて、うちの店に持ち込まれるのを三年待ちました」
 三年間……よくそのあいだ情熱が続いたなあ。でも良かった。これであの隅っこの、店の雰囲気にそぐわないロリ本たちとおさらばできそうだ。
「それでは、大輔さん、店番よろしくお願いします」
 そう言うと栞子さんは、俺も返事も待たずに店の奥に引っ込んだ。しばらくしてプリンタが紙を吐き出す音が聞こえてきた。俺もそうだが、彼女もパソコンの画面で長文を読むのは苦手らしい。
 まさかポルノ小説とは思わなかったが、栞子さんが長年探し求めていたものが手に入ったのだ。そっとしておこうと俺は思った。
 ウィウィ、ウィウィと、プリンタの音は長々と続き、やがて静かになった。それからまたしばらくして、「すー、すすー、すー」と、例のかすれた口笛が聞こえてきた。
 
 
 三十分後に栞子さんは奥から出てきた。何だか目がとろんとして、ポーッと赤い顔をしている。……分かりやすい人だなあ。
 読書家だけあって読むのが早い栞子さんではあるが、原稿を読み通したにしては早すぎるし、例の場面だけを読んだにしては長すぎる時間だ。たぶん例の場面を「じっくりと」読んでいたのだろう。
「どうでした? 栞子さん」
 俺は努めて普通に聞いたつもりだが、栞子さんは犬に吠えられたようにビクッとした。
「え!? あ、ああ……えっと、た、確かに、睦月のオリジナル原稿でした……」
「どんな内容だったんですか?」
 またビクッとする。本の解説をするときは「射精」とか平気で言ってたのになあ。不思議な人だ。
「ど、どんなって……」
「話してくださいよ。絵理子はどんな風に処女喪失するんですか? 本のことは何でも話してくれるって約束でしょう?」
 別に意地悪しているつもりはないが、ここまで引き込んでおいて、いまさら内容は教えません、はないだろう。栞子さんにも話す義務があると思うのだが。
「そ、そうですね……大輔さん、近くに来てください。あまり大きな声では話したくはありません……」
 栞子さんは椅子に腰掛けて、俺は言われたとおりカウンターを挟んで近くに立った。上から見る彼女の頬が、赤く染まっているのが分かる。栞子さんは一つ大きく深呼吸してから、話しはじめた。


 ――十五分後。絵理子の処女喪失の場面を語り終えた栞子さんは、色白の顔を雪国の少女のように赤く染めていた。
 思ったよりも詳しくその場面を説明してくれて、俺は途中何度か「そんなに細かく話さなくていいですよ」と言おうかと思ったほどなのだが、それを言ってしまうと栞子さんが恥かしさで爆発してしまうだろうと思ったので、おとなしく聞いていた。
 処女喪失の場面をダイジェストで言うと、こうだ。
 金丸が絵理子に新しい巫女の衣装をプレゼントする。巫女の服は普通袴だが、それはロングスカートになっていて、絵理子は変だなと思いながらもそれを着て境内を掃き掃除している。
 神社にやってきた金丸に絵理子が何故スカートなのかと問うと、金丸は「教えてあげる」と言ってスカートの中にもぐりこむ。絵理子の下着を脱がして悪戯をはじめるが、そこへ折り悪く、絵理子の女友達三人が彼女の巫女姿を見たいと遊びに来てしまう。
 友人の前で絵理子は平静を装いながら、金丸の愛撫に必死に耐える。友人たちはお参りをすませ、帰って行く。誰もいなくなった神社で絵理子は拝殿に連れて行かれ、鈴の緒につかまった姿勢で後から挿入され、鈴をガランガランと鳴らしながら処女を奪われる。
 概略はこんなところだ。さすが四百冊書いた官能小説家。常人には思いつかないような、実に変態的な発想だ。三年がかりで発掘した甲斐がある。
 栞子さんは小声で恥かしそうにしていたが、かなり細かいところまで話してくれた。省略するということができない性分なのだろう、ほとんど朗読しているみたいだった。羞恥プレイのようで、本の内容も良かったのだが、どちらかというと栞子さんの表情の方がよりそそるものがあった。
 手を団扇代わりにして、上気した顔を扇いでいた栞子さんは、手を止めて上目遣いに俺を見た。
「……あの、大輔さん……」
「何ですか?」
「私のこと、変に思わないでくださいね……というか、変なんでしょうか私……女のくせに、こんな本を……」
 俺は微笑んで、茶化さないように答えた。
「変なことないですよ。そんなことちっとも思ってないです。最初はちょっと意外に思いましたけど、内容を聞いてなるほどと思いましたよ。栞子さんが選んだだけあります。俺は読むことはできないけど、ポルノ小説の枠に収まらない名作だと思います」
 栞子さんは、ほーっと胸をなでおろした。
「良かったあ……私、調子に乗っていつものように際限なく話してしまって、大輔さんに気味悪がられてやしないかと心配で……」
「取越し苦労ですよ。それより、栞子さんが原稿を読んでいる間に、『ロリータ体験合宿』を少しだけ読ませてもらったんですけど……」
 俺は本が読めない体質だが、頑張れば数ページくらいは読むことができる。冒頭と、絵理子が初めて金丸に悪戯されるシーンだけ斜めに読んだ。
「一つだけ、疑問が残っているんです。この本ですが、官能小説として優れているとしても、やっぱり栞子さんが手に取るような本ではないと思うんです。栞子さんは、どういうきっかけでこの本を読んだんですか?」
 冒頭で登場するのは別の少女であり、その濡れ場は非凡とはいえない。絵理子が出てきて小説が光を放つのは中盤以降なのだ。読み通すつもりで手にしない限り、栞子さんが手に取る小説ではない。
 栞子さん本人、若しくは栞子さんの母が絵理子のモデルであるとか、俺なりにいろいろ考えてはみたが、出版年と照らし合わせるとどうしても計算が合わない。彼女が『ロリータ体験合宿』に固執する理由が分からないのだ。
「そ、それは……」
 栞子さんはうろたえた表情を見せ、俺から視線をそらした。言い難いことなんだろうか。それなら、強いてまで聞くつもりはない。
「いえ、いいんです。ちょっと気になっただけで。話したくなければ、それで構いません」
 俺は本をカウンターに置き、棚の整理に戻るため背を向けた。そのうち気が向いたら話してくれるかもしれないし、深く追求するようなことじゃない――と思ったのだが、栞子さんは俺を呼び止めた。
「あ、あの……」
 振り返った俺に、視線はそらしたまま彼女は、
「私、睦月先生にお会いしたことがあるんです……」
 と言った。さっきまで呼び捨てだったのに「先生」が付いている。
「本当ですか? いつごろです?」
 栞子さんは何故か恥かしそうにもじもじしている。
「中学生の時です。あの頃は母も店にいて、私が学校から帰ってくると、本棚の前で母と睦月先生が楽しそうに談笑していて、『この方、作家の先生よ』と紹介されたんです。その時は、『奈良谷隆』という名前で紹介されました。睦月先生の本名で、官能小説ではない作品は、その名前で書いているんです。
 母は当然睦月先生のペンネームを知っていたんでしょうけど、さすがに中学生の私に官能小説家としての名前で紹介するのは気が引けて、本名の方を教えたのでしょう。
 そして、睦月先生は私に『君は、私の書いた作品の、絵理子のイメージによく似ている』と言いました。私は本が好きですけど、実際に作家に会うのはそれが初めてだったので、小説家だというだけで舞い上がっていて、作中の登場人物に似ていると言われたことが、嬉しくてたまりませんでした。
 その後、『奈良谷隆』の本を探したのですけど、その名前では数冊しか書いていませんから、なかなか見つかりませんでした。高校生になってから『奈良谷隆』と『睦月影郎』が同一人物だと分かって、ポルノ小説を書いているのだと知ってショックを受けました。でも、私に似ていると言った絵理子がどんな少女なのか、それだけはどうしても気になって……ネットでいろいろ調べたら、それがこの、『ロリータ体験合宿』に登場する一人だと分かったんです。
 家族に見つからないように、ネット通販でどうにか本を手に入れて……表紙を見たときはやっぱりポルノ小説だとがっかりして、中を読んだらあまりの低俗さに身震いしました。絵理子が出てくるシーンも最初はいやらしいと思ったんですけど、何かこう心に残るものがあって、これはこういうジャンルの小説なんだって思って読み返したら、不思議と受け入れることができるようになったんです。
 絵理子が私に似ているかどうかは抜きにして、可愛らしい少女だと思いました。そのうち絵理子の処女喪失の場面がないことに気付いて、それをどうしても読みたくなったんです……」
 栞子さんは、俺への答えを一気に喋りきった。一度ためらったのが嘘のような潔さだった。
「そうだったんですか。何も、隠すようなことじゃないと思いますけど」
 恥かしそうに俯き、栞子さんは頬を赤く染めた。
「……自分が登場人物に似ていると言われた官能小説を探し求めるなんて、大輔さんによけい変に思われるんじゃないかと思って……」
「そんなこと思わないですってば。でも確かに、絵理子に似てますね」
 何気に俺がそう言うと、彼女はさらに顔を赤くして狼狽した。
「な、な……何を、え、絵理子に、似てるって……」
「少女時代の栞子さんを知ってるわけじゃないですけど、ストレートの長い髪とか、大人しくて清純なとことか。あ、これ写真集を見たときから気になってたんですけど、諏訪野しおりと栞子さんは特に関係ないんですよね?」
「あ、あるわけないじゃないですか! な、何を根拠に!?」
 怒りながら栞子さんはますます赤くなり、頭から湯気が出そうになっていた。
「名前が似てるから気になっただけなんですけど。ストレートの髪と整った顔立ちも共通点が……」
「す、諏訪野しおりに似てるって……あ、あの写真集をそんな目で……もう! 大輔さんのエッチ!!」
 ビンタこそされなかったが、彼女は見たことがないほど怒って、母屋の方に去っていってしまった。そんなつもりはなかったのだが、かなり心証を害することを言ってしまったようだ。
 それにしても、恥かしさに頬を染める栞子さんは、例えようもなく可愛らしかった。確かあだち充の漫画の『みゆき』だったか、「スケベ」と言われるのは不本意だけど、「エッチ」と言われるのはちょっと嬉しい、そんな話があった。今、主人公の気持ちがよく分かる。
 失言によるマイナスを補って、なお余りある収穫を手に入れたような、俺はそんな心持ちだった。


ビブリア古書堂の事件手帖 ~栞子さんとU-15の少女たち~ 【諏訪野しおり『君はキラリ』】

ビブリア古書堂の事件手帖 ~栞子さんとU-15の少女たち~ 【諏訪野しおり『君はキラリ』】

ビブリア古書堂の二次小説です。 たぶんビブリアの二次書いてるのって、日本でオレひとりでしょう。

  • 小説
  • 短編
  • ミステリー
  • コメディ
  • 成人向け
更新日
登録日
2012-11-18

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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