万引き
彼が万引きでつかまった、つかまったというかコンビニで見つかってバイトに見つかって店長に報告されて2、3時間説教されて親呼ばれて帰されて警察は呼ばれなかったけど指定校推薦は取り消しになったらしい。
それを聞いたとき、あたしはすごいうれしくなった。彼がいよいよ、取り返しのつかないことをしてしまって、今度こそほんとうに彼にはあたししかいなくなると思ったのだ。噂が広まりきった教室は、ひそひそと彼を遠巻きにする声にみちていて、あたしはそれを掻い潜って彼の顔を覗き込む。ねえ、だいじょぶ?
彼はホント、どうしようもない人間で、どうしようもない人間としてどうしようもなく成長してゆき誰にも相手にされなくなるのが、あたしは、すっごくうれしい。大丈夫じゃねえよばかじゃねえの、って彼はいう。あたししかいないのにそんなこと言っていいの?って思うけど、言わない。
彼がなにかダサいことをするたび、先生に怒られて逆上するたび、似合わない髪型になって学校に来るたび、私服のセンスのなさが露呈するたび、みんなは彼から離れていく。こんなダサくって格好つかなくって人間として終わっている彼、彼のことを好きな人なんて、最初のほうくらいは顔が良ければいい女がうろうろいたけれど、こんだけダサさを積み重ねてれば、もうあたししかいなくなる。あたししかいない。それがうれしい。あたししかいなくなる。彼がなにかするたび、あたししか。それに気がつかないままでツッパってる彼が、ものすごく愛おしいと思うのだ。
放課後の教室で、あたしは彼に告白する。ずっとすきだったんだよ、とは、言わない。ちょっと気になって、って言う。つきあって。彼はいいけど、ってちょっと口をとがらせていう。彼は、万引きをしたことで気になっちゃう女子もいるんだな、おれも捨てたもんじゃねえなって内心きっと満更でもない。それまではまだダサくない人間にもどれたはずの彼が、万引きをしたことでもう、どこにももどることができなくなってしまって、あたしを選ばざるを得なくなった、真実はそうなのに、もうあたししか残っていないことにやっぱり気がつかない。
彼は、おれはまだイケてる、と勘違いしながら、あたししか愛せないようなところまでずるずる堕ちていくのだ。大学どうするのってきいたらおれべつに大学行きたくなかったし就職しよっかなって言った。ほら、また。愛おしさを越してだんだんと彼のことがかなしくなっていきながら、手つないで帰った。
万引き