郵便の話
紅く移ろいだ落ち葉が、庭にたくさん落ちていた。掃き掃除をしているときに、偶然見つけたのだった。わたしはそれらを幾つか拾って、したためた手紙に貼ってみた。真っ白だった一枚の便箋は、たちまち秋のたよりらしい暖色に染まる。それを茶封筒に入れて、封をして〆の字を書き入れる。抽斗から切手を取り出して、左上にぺたりと貼り付けた。切手には花の絵が描かれていて、わたしはこの絵がお気に入りだった。
深まり出した秋のこの頃は、すこしだけ肌寒い。茜色のカーディガンを羽織り、サンダルで家を出てきた。家から徒歩五分、郵便ポストの前に辿り着く。手紙を放り込もうとしたその瞬間、わたしは「あ」という声を耳にする。ちょうど、同じ時に手紙を出そうとした青年と、衝突しそうになったのだった。
「す、すみません」
「こちらこそ、ごめんなさい。早く入れちゃいますね」
わたしは焦って手紙を捩じ込んだ。続いて、青年が手紙を入れた。お互いに用を済ませると、そのまま立ち去ればいいものを、わたしたちは何故か顔を見合わせ照れ笑いを浮かべた。背の高い青年は、人懐っこい顔をしていた。
「あの」
青年が、すこし気恥しそうに切り出す。わたしは目を瞬いて、言葉を待った。
「そのカーディガンの肘のところ、素敵ですね」
わたしは、はっと肘を手で押さえる。カーディガンの肘のところには、群青の刺繍糸が入っている。この間引っ張り出したときに穴が空いていたから、自分で直したのだった。ダーニング、と呼ばれるそのやり方で繕ったのは初めてだったから、仕上がりはとても不恰好だった。でも、お古だし、部屋でしか着ないし……と、それで良しとしていたのだ。恥ずかしくて、今すぐ消えてしまいたくなった。自分の格好を改めて見ると、ひどいものだった。足元は靴下にちょっと庭に出るようなサンダルだし、スカートには埃がついているし。カーディガンは着たきり雀みたいな綻びだらけの代物だし。でも、わたしは今、褒められたのだ。
それから、その青年とは度々ポストの前で鉢合わせすることになった。あるときは木枯らしが吹いていて、あるときは雪が降っていた。年賀状を出しに駆け込んだときなんか、どちらも息切れ切れに出したもんだからふたりで大笑いしてしまった。
年が明けて、晴れ晴れしい新年がやってきた。
大晦日から元旦にかけ明け方まで神社で越したわたしは、睡眠が足りずうとうとしていた。ろくに午睡もとらず炬燵で温まっているうちに、すっかり夕方になっていた。寝惚けた瞼をそっと開くと、目に入ったのは鏡餅の横に積まれた年賀状。そして、その隣にはまっさらな返信用の葉書。その白を見たとき、なぜだか目がはっきりしてきた。挨拶し損ねた人たちへ、お返事を書かなければ。
届いた新年の挨拶は十人十色だった。鮮やかな赤色が所々に踊っている。秋の赤とは違う、元旦の赤。他にこの赤を見せたい人は居るだろうか。と、考えたときに、わたしはあの青年の顔がぱっと浮かんだ。だから、返信を書き終えたわたしが玄関を駆け足で出ていくときには、何枚かの葉書のうちに切手のないものが一枚混じっていた。
家から徒歩五分、郵便ポストの前に辿り着く。先んじて葉書を出す青年が居た。
「やっぱり、この時間、来ると思ったんです」
わたしに気づいた青年は屈託なく笑った。
「あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうございます」
わたしも青年も、恭しく頭を下げる。顔を上げたとき、わたしは青年に、切手のない葉書を一枚差し出した。一月の空気が指先を冷やした。青年は驚いた表情を見せたけれど、すぐにそれを受け取ってしげしげと眺めた。そして、素敵なお手紙をありがとうございます、郵便屋さん。と言って、また笑ったのだった。
郵便の話