チョコレート・チップのワルツ
秋の嵐が過ぎ去り、穏やかな晴ぞらの日が戻ってきた。心地のよい風に乗った落ち葉たちのダンスが、右から左へ、左から右へ、薄明るい水色の空を舞った。紅葉し、そして枯れた葉は、パステルブルーのドーナツにまぶされたチョコレート・チップのように、わたしの心を甘美に揺らした。
教会からオルガンの響きが飛び立つと、それとは反対側からリュカさんがやってくる。ちょうど図書館の方向だ。リュカさんはいつだってその方角からやってきては、「やあ」とだけ言ってわたしの隣へ腰を下ろす。
リュカさん。わたしはそう声をかけ、それを皮切りにいろんな話をし始めた。最近の仕事のこと、夜長に読んだ本のこと、万年筆のインクが滲んだ話から、花びらを落とした紅茶を飲んだ話まで。夜空に星を散りばめるみたいに、取り留めなく話した。
お嬢さん。一通り話してから、リュカさんがわたしを呼んだ。リュカさんの黒い瞳は、やさしい宇宙を映していた。
「お嬢さん。いつもの靴は、どうしたの。」
「ああ、あれは……修繕をお願いしているの。雨で駄目にしちゃって。」
「ふうん。黴か、なにか。」
「いいえ。毛並みが崩れてしまって。」
わたしが気に入りだと話していた靴。広場に来るときは必ず履いていた靴のことを、リュカさんはきっと会う度に気にかけていたのだろう。「それなら、僕でも直せたのにな。」何でもないことのように言った。
「リュカさんは、何でも直せるんですね。それってなんだか、魔法みたい。リュカさんなら、すべての時を巻き戻せるんじゃないか知ら。」
するとリュカさんはゆっくり瞬きをして、「僕は時を戻すことはできない。僕だけでなく、誰にもできない。絶対に。」と答え、深く息を吐いた。すこしだけ拍子抜けした。だって、いつも「きみの三倍は生きてる。」だとか、掴みどころのないことを飄々と言うリュカさんだから。嘘でも、僕ほどになると時を戻すことができるんだ、実はね、なんて言って、可笑しそうに笑うかと思っていたのに。
リュカさんはしずかな吐息の終わりに、ジャックの店の隣にドーナツ・ショップができたのを知ってる? と、わくわくした表情でわたしに問いかけた。知らないと答えると、今から行かないかと言う。承諾して、わたしはリュカさんの高い背を追って通りに向かった。ゆるやかな人集りに囲まれたお店でパステルブルーの爽やかなドーナツを買い、家に帰ってからチョコレート・チップをまぶした。
チョコレート・チップのワルツ