次の世界のアダムの子達へ

『岩を削って文字を刻んで、歴史を記そうと思った。文明が終焉した地球上に生き残った一人の人間として、知っていることを後に残したい。
生態系の支配者たる人類の栄光は終わった。崩壊した文明はもう元には戻るまい。だが、人類という種は、多分、絶滅はしないはずだ。少人数かもしれないが、野生の暮らし方をして生き延びる人々も、絶対にいる。
彼らは子孫を残し、時が経てばどんどん増えて、再び地球全土に広がるだろう。そしていつか、高度な文明が発展するに違いない。
遠い未来の子孫に、僕らのことを伝えたい。どんな生活をして、何を思って生き、そして、何故滅びたか。人類史の一つの終わりの当事者となった身として、そうしたことを書き残すことに、強い使命感を覚える。やらざるを得ないことと思えた。
まあ、他に死ぬまでにやることも無いのだが。僕に原始人の様な生活はとても不可能だ。もう何日も生きられまい。何しろこの部屋に食糧は、昨日コンビニで買ったパンとお菓子しかない。
残された時を、最後の語り部として生きよう。何を記そうか。僕らの文明の成り立ちから、終わりまで書きたい。
どう記そうか。遥か遠い時代の未来人には日本語はわからないと思った方がいいだろう。ではどう書く?絵文字なら理解されるだろうか?
いや、解読されることを信じて、普通に日本語で書こう。他言語の人間にもわかる表現法なんて僕には考えられない。そんなことをじっくり工夫する時間も無い。そもそも絵文字とかでは、伝えたいことをろくに言い表せない。“インターネット”とか、絵文字でどう描けばいいんだ。
日本語で書くと決めたら、早速取りかかろうと意欲が沸き上がった。とにかく一日か二日くらいで仕上げたいし、特に大事なことから書いていくことにしよう。となるとやっぱり、文明がどう滅びたか、である。これを後世に伝えるのは、とても大きな教訓を与えることにもなるだろうし、最も重要だ。
しかし困った。世界はどうして滅びたんだろう?今になって気づいたが、僕はそれについて具体的なことを知らないのだ。
今朝、世界は滅びた。それはわかる。今、世界中でネットにアクセスしている人間は百二十二人しかいない。人類の大半がいなくなった。残された人は皆、今は外に出るのは危険だとコメントしている。
重大な事に気が付いた。外に出られないなら、歴史を刻む岩を探しに行くことも出来ないのだ。
仕方がない。部屋の床に彫刻刀で刻む。床材が長い時の果てまで残ることを切に願い、以下に歴史書を記す。』


これは一応、ある孤独死した青年の遺書である。彼はいわゆる“コミュ障”で、友人などは一人もおらず、家族とも会話することは無かった。学校にはゆかず、バイトなどもしない引きこもりだったが、買い物のための外出はしていた。お金は親が定期的に無言で彼の部屋の前に置いていた。
ある日から数日、彼はドアを開けてお金を回収することをやめて、ひっそりと飢え死にした。
技術革新によってインターネットが時代遅れとなり、世界中で誰もやらなくなったということを、彼は最期まで気づかなかった。

次の世界のアダムの子達へ

次の世界のアダムの子達へ

ショートショートを書いたつもりです。

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-11-02

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