思い出は心に。
知識はあるけど思い出は無い。
たとえば「りんごはバラ科の落葉高木で春に花が咲き丸い果実が実る」ということは分かる。
けど、それが美味しいのか、どんな味がするのかは実際に食べてみないとわからない。
ある病室でのはなし。
ある少女は病室に入ろうか迷っていた。
医者からは、もうあの少年に思い出はないと聞かされていた。
だが、扉のまえでウロウロしてるのもめんどうだ。
ノックを2回すると、はい? という声が聞こえた。
懐かしい少年の声。
そこにいるのは、いつもと同じ少年。
すぐ少年の胸に飛び込もうと思ったそのとき。
「 あなた、病室を間違えていませんか? 」
「 ……そっか… 」
どうしても視線が下にいく。
ある少年は、身体ではなく精神が死んだという、たったそれだけのお話。
「 …ヤマト、覚えてない?私のこと覚えてない? 」
「 えっ、もしかして俺達知り合いなのか? 」
その質問が少女にとってはとても辛い。
「 ヤマト、覚えてない?私の名前はメロンパンっていうんだよ? 」
「 メロンパン?なんだそりゃ。偽名だろ、絶対そんな名前ありえないって。おもしろい冗談だな、あはは 」
本当に覚えてないんだ…。
目に涙がたまる。今にも泣きそう。
「 ヤマト、メロンパンはヤマトのことが大好きだったんだよ? 」
「 ……ヤマトって誰のこと? 」
「 ………っ 」
メロンパン、と名乗る少女は笑う。
完璧な笑みとはほど遠い、ボロボロの笑顔で。
「 なんつってな、引っ掛かった~!うそだよ~!!ほんとは覚えてるっつうの!!あははは! 」
「 ……… 」
「 ……あれ?本気で…怒ってます? 」
「 ………(がぶり 」
「 あ"あ"ぁぁあ"あ"あぁ!!!! 」
少女はいかにも『ぷんぷん』という感じで病室を出ていった。
だが、廊下に出ると「良かったぁ」となみだをこぼした。
「 けど、あれで本当に良かったのかい? 」
医者は聞く。
「 ……なにがですか 」
少年は答える。
「 本当は君、何も覚えていないんだろう? 」
もういちど、医者は聞く。
「 けど、あれで良かったんじゃないですか。あの子にだけは泣いてほしくないって思ったんです。もう思い出すこともできないだろうけど、そう思えたんです 」
少年は少し嬉しそうに、でも寂しそうに言う。
「 案外、俺はまだ覚えてるのかもしれないですね 」
「 君の思い出は細胞ごと死んでいるはずだけどね?パソコンで言うならハードディスクを丸ごと焼き切ったって状態なのに。脳に情報が残ってないなら、一体人間のどこに思い出が残ってるって言うんだい? 」
どこって、そりゃあ決まってますよ。
___心に、じゃないですか。
思い出は心に。