雨と黒猫

 珍しくオサレして出て行った。ひんやりと冷たい窓辺で降り出した雨の音に耳を澄ませながら、俺は今朝のあいつの様子を思い出す。いつもは二度寝するのを、朝から妙に張り切っていた。そういや、このところスマホの虫だったな。
 
 ちぇっ。
 
 俺は足を崩して、手持ち無沙汰に掌を舐める。雨が降ると、だるい。目をしばしばさせながら、空のベッドを見やる。
 こんなとき、いつもなら、同じようにだるそうに寝込むあいつの隣で、俺も寝るのに。
 晴れたら晴れたで、陽の光に屈するみたいにあいつは眠る。
 昼も夜もなく眠る女。
 俺は朝晩の飯とあそびのために、そいつを叩き起こす。
 俺がいなけりゃ、あいつは本当に何にもしないで、気が向いたときだけ食べてあとは眠りこけて、ますます痩せこけて、いつか死んじまうだろう。だから、俺が、時間というものを、まあなんだ、言ってみれば、管理してやっているわけだ。
 ガチャ、という玄関の音に、俺は飛びあがる。昨日、いやだっていうのに無理やりあいつに着けられた首輪の鈴がチリンと鳴る。
 けだるそうに濡れた靴を脱ぐあいつの顔は、湿気にふくらんだ髪に隠れて見えなかったが、どうやらふてくされていた。
 やれやれ、張り切ってデートに出かけたんじゃなかったのか?
 見上げる俺の顔にあいつの手が伸びてきて、無言でつるりと撫でる。だがそれ以上はかまわずに、足を洗いに風呂場へ消えた。俺は狭い玄関に投げ出されたあいつの荷物を点検する。ふんふん。驚いたな、男のにおいがしない。
 ザーザーいうシャワーに被せて、「あーあ」と大きなため息が響いた。

 なんだ、あれは。
 
 出てくると、見上げている俺に一瞥をくれて、面倒くさそうに言った。

「まだご飯の時間じゃないよ」

 外着のままベッドに座り、起きているつもりのように、枕元の本を拾い上げる。こっちはあそびのルーチンがまだなんだが、なんとなく、じゃらしを持って行くのは気が引けた。なにしろ近づくなオーラが半端ない。それなりに読んでいるらしいやつの背中は、しかし重力に負けるように次第に丸まっていった。やがて崩れるように寝転び、本を閉じる。

 「なんだかなぁ」

 誰にともなく呟く。俺はそっと近づき、トン、とベッドに飛び乗る。

 「今日は疲れたよ」

 顔の側に伏せた俺に呟いて、既にはっきりとしない目を閉じた。俺はすぐには眠らずに、やわらかい唇から細い寝息が漏れてくるのを見守る。


 俺、猫だけど、時々、もとは人間だったような気がする。


 こうやって寝顔を見てると、他のことは何もしないでこいつの傍にいてやりたいなぁと、思った自分がいたような、気がしてくるんだ。

雨と黒猫

雨と黒猫

ねむい

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-11-02

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